Monday, February 23, 2026

ひげ剃り考

【2月23日 記】 僕はこのブログに結構ひげ剃りのことを書いていて、多くはシェーバーの替刃や充電についてだが、ま、それ以外にもひげ剃りにはいろいろと悩みが多い。と言うか、もう何十年も剃り続けてほとほと剃り飽きてはいるのだけれど、それでも満足に剃り切れていないという欲求不満がある。

で、前に使っていたわりと高級なシェーバーから買い替えた、今の少し値段の安いシェーバーにしてから、なおさらどうもうまく剃れない気がしているのだが、しかし、今朝突然思ったのは、ひげ剃りの出来栄えについても人それぞれ感じ方が違うのだろうなということ。

僕は子供のころから几帳面、神経質と言われて育ってきたような人間なので、ひげ剃りについても何かと気になってしまう。

あ、ここに剃り残しがある、とか、あ、深剃りできてなかったからもう伸びてきた、とか…。

そういうことが気になるので結構時間をかけて剃っている。しかし、肌が弱いのでカミソリで剃ろうとまでは思わない。

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Sunday, February 01, 2026

整形外科手術に思うこと

【2月1日 記】  北海道日本ハムファイターズの新庄剛志監督がまた整形手術を受けたことを YouTube の番組で明かした。

シーズンが終わってすぐに鼻の整形をして…。ここ(鼻の下)の土台で笑い顔がちょっと窮屈なので、取ってきました。

とのこと。

あー、時代は着実に変わってきているんだなあと思った。

僕らが小さかったころは、整形手術についてはつねに悪徳感(自らの罪悪感ではなく、手術を受けた者を糾弾しようとする心情)がつきまとっていたように思う。

ぶさいくなくせにインチキしてきれいになろうなんて厚かましい奴だ! あさましいにも程がある。バレないとでも思っているのか、このバカが!

みたいな感じ。

「整形警察」みたいな人も結構いて、僕の母親などはテレビを見ながら、「あ、この人、鼻触ったな」などとよく言っていた(それがどこまで当たっていたのかは知らないが)。

それが、「朝起きたら二重まぶたになっていた」などと言ってのけるぶりっ子のアイドル歌手が出てきた辺りから、少しずつ変わってきたような気がする。

整形外科医の広告で忘れられないものがある。

多分英語の雑誌だったと記憶しているのだが、その雑誌そのものを見たのか、それを引用した記事を読んだのかは憶えていない。

それは一家4人の家族写真だった。若い父親と母親は、そこの外科医で手術を受けたのだろう、まさに絵に描いたような美男美女である。ところが、幼い2人の子どもたちは、こう言っては何だが、見るも無惨にぶさいくなのである。

つまり、両親の元の顔はこんなにひどかったということの証明になっているのだが、これは整形手術というものが如何にまやかしであるかを述べたものではなく、外科医の腕がどれほど熟達しているかをアピールした、歴とした広告なのである。

それを見たときに、ああ、整形手術というものに対する倫理観に変化が起きているんだなあと痛感した。

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Saturday, January 17, 2026

Engrish in Japan への投稿

【1月17日 記】  以前このブログにも書いたことがあったかもしれないが、僕は Engrish in Japan という Facebook の公開グループが好きでよく見ている。

これは日本中に溢れている変な英語を収集したサイトだ。ちなみに English の綴はわざと間違えてある。

このサイトで今までで一番面白かったのは、果物屋の店先の張り紙で、「桃に触らないで」という日本語に(多分外国人の客も多いのだろう)それを英訳した文章が添えてあるのだが、「桃」が peaches ではなく thigh になっていたやつだ。

(笑えなかった人のために書いておくと、thigh は「もも」は「もも」でも「ふともも」である。多分「もも」を和英辞典で引いて、そのまま書き写したのだろうw)

で、そういう分かりやすいのもたくさんあるのだが、中には、「ん? これはどこがおかしいんだ?」と、写真の隅々まで目を凝らしてみたり、暫し考えたりしなければならないものもある。

最後まで分からないということはないのだが、よくよく考えてみて、「あ、そうか、ここがおかしいんだ」と気づくものもあるのだ。そして、そういうのに出会うのも非常に楽しい。

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Monday, December 15, 2025

今年のエンタメ体験総括

【12月15日 記】 12月に入り今年もそろそろ終わる。僕の個人的なイベントの予定ももう入っていない。

今年は振り返ればいろんなところに行っていろんなものを楽しみ、その結果お金もたくさん使ってしまった。

海外旅行1回、国内旅行4回。ほとんどは妻と2人で行ったものだが、何人かの友だちと行ったものもある。

歌舞伎鑑賞3回(これは高いのである)、コンサート/ライブなど5回。トークショーなど5回。

博物館・美術館・展覧会など 13 回。これには旅行中に訪れたものも含まれる。

それに加えて、映画は大体例年と同じくらいの本数を観ている。お金が減って当然である。年金暮らしなので、今年は当然かなりの赤字である。

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Sunday, November 30, 2025

60進法の不思議

【11月30日 記】  小学校低学年ぐらいの頃、世の中のほとんどすべての数字は十進法に従っているのに、秒とか分だけは何故 60進法なのか不思議で不思議で仕方がなかった。

しかし、それから半世紀以上を経て改めて考えてみると、これは却々うまくできた、と言うか、バランスの取れた設定だったのだなと気がついた。

例えば十進法に変えるとして、1分 = 10秒にしてしまうとさすがにあまりに忙しない気がするので、1分 = 100秒、1時間 = 100分とする。そうすると 1時間は 10,000秒ということになる。

ところが、今の基準では 1日は 60秒 × 60分 × 24時間 = 86,400秒である。だから、上の設定を当てはめると1日 = 8.64時間などというめちゃくちゃ半端なことになって、これは困るのである。

いや、待てよ、これは1秒の長さを今のままにしているからであって、例えば新しい1秒 = 0.36秒にしてしまったらどうか? そうすると1分 = 100秒、1時間 = 100分としても、1時間は今と同じ 3,600秒ということになって丸く収まるではないか。

しかし、この新しい「秒」はあまりに一瞬であって、人間の認識能力や生活習慣にはちょっと合っていない気がする。それを考えると今の1秒という長さは、ちょうど人がゆっくり「ひとつ」を数えるぐらいの長さになっていて、とてもうまくできている。

それに仮に1秒 = 0.36秒に変換したところで、1日の長さはやはり 24時間という 10では割り切れない数字が残っていて、僕としても割り切れない気持ちだ。

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Monday, October 20, 2025

ひと組のコンピレーション・アルバム

【10月20日 記】  僕も年を取って初めて気づいたのだが、人間、年を取ると死を意識するようなるようだ。これは僕だけではなくて、結構いろんな人から同じような話を見聞きする。もちろん人によって濃淡はあるのだけれど。

で、僕は何事かを成し遂げた人ではないので、自分が死んだあと歴史的に残るようなものは何もない。僕と親しかった人がひとりもいなくなる、例えば 100年後とかには、僕の存在を匂わせるものは、有形無形を問わず、完全にこの世からなくなるだろう。

それはそれで構わない、と言うか、仕方ない、と言うか、いや、もっと何の感情もなく、ただそうだろうと思うのだが、ひとつだけ心残りなのは僕の音楽CD のコレクションである。

僕がネット上に書き散らしてきた何千編もの文章にも、僕が買い求めて読んできた書物にも、実はそれほどの執着はないのだけれど、僕が買い集めてきた CDコレクションには執着がある。

それは非常に僕らしいものであるし、唯一無二の存在だと思うのである。それが置き去りにされると、せっかく買い集めた労力が無に帰するような気がして、残念で仕方がないのである。

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Tuesday, October 07, 2025

「プラスティック」と「ビニール」の語感

【10月7日 記】  最近「プラスティック」という言葉(あるいは「プラスチック」、大阪のおっちゃん・おばちゃんたちは「プラッチック」などとも言ってました)の持つイメージが変わってきたと思うのです。

きっと若い人たちはそんなことないんだろうと思いますが、僕らが子供だった頃は、プラスティックと言えばもっぱら硬いものでしたから。

多分、当時の日本にはまだ柔らかいプラスティック製品があまりなかったんだろうと思います。

当時の僕らにとって典型的なプラスティック製品といえば、それはプラモデルでした。

はい、硬いプラスティック。そして、透明ではなく、色がついていました。

それから各種おもちゃ関係。グリコのおまけもそうでしたし、後の時代にはプラレールなどという大ヒット商品も出てきました。

女の子たちの人形も、僕らの幼少期にはセルロイド(これもプラスティックの一種なのですが)だったのが、次第にセルロイドよりも割れにくいプラスティックに変わって行き、今のフィギュアにたどり着いたのだと思います。

あとは何かな、弁当箱かな。筆箱もあったかな。

いずれにしても、それらは全て(でなかったとしたら大抵)硬めの素材でした。

じゃあ、柔らかいものは何と言っていたかと言えば、それは「ビニール」です。典型的なのは「ビニール袋」。

ところが、これは大人になってからのことですが、ビニール袋のことを英語では a plastic bag と言うのだと知って大変驚きました。え? あんな柔らかくて透明のものを「プラスティック」って言うのか!って感じ。

ちなみに、東京の名の通ったホテルのフロントで、外国人に Do you have a plastic bag?(ビニール袋ないですか)と訊かれて、意味がわからず何度も聞き返しているホテルマンを見かけたことがあります。

そして、「ビニール傘」もまた a plastic umbrella です。

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Tuesday, July 01, 2025

10スキの人”The Man of 10 Likes”

【7月1日 記】 先日 note に「10スキの人 ”The Man of 10 Likes”」という記事を書いた

のだが、もうまさに笑けるぐらいその状態が続いている。

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Friday, May 16, 2025

「毎日更新」に思う

【5月16日 記】  note を見ていると、よく「申し訳ありませんが、今日は投稿をお休みします。明日はちゃんと書きます」みたいなことを(「記事」ではなく「つぶやき」として)書いている人がいる。

これにいつも違和感を覚えてしまう。

僕は、このブログを始めるときにも、まず「毎日更新するのだけはやめよう」と決めた人間だ(それは無理に書こうとしてつまらない文章を書いてしまうのを避けたかったからだ ── ただし、そのおかげでつまらない記事を書かずに済んでいるかどうかはまた別の話であるw)。

だから、まず何が何でも毎日更新しようとする心意気が理解できない。でも、「毎日更新」を標榜している書き手は note には少なくない。僕にとってこれはかなりの驚きなのである。

その上で、なんで「今日は更新しません。すみません」と謝るのだろう? これは誰に対して謝っているのか?

誰も毎日書いてくれなんて頼んでいない。もちろん、毎回読むのを楽しみにしている読者もいるのかもしれない。そして、その人たちがひょっとしたら「毎日楽しみにしています」みたいなメッセージを送っているのかもしれない。

しかし、まあ、それはそうしょっちゅうあるものではなく、大体ブログなんてものはどれぐらいの人たちが毎回楽しみにしてくれているのかなんてことは却々分からないものなのである。

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Friday, May 09, 2025

世襲について思うこと

【5月9日 記】  歌舞伎を見るといつも思うことがある。

僕が父親との折り合いが悪かった、と言うか、父親を忌み嫌っていたからなのかもしれないが、僕は小さい頃から自分の父親の職業を継ぐ人の気持ちがどうしても分からなかった、と言うか、親と同じ職業を選ぶ人間を軽蔑していたとさえ言える(もちろんそれは「偏見」とよぶべきものなのだが)。

小さな貿易商を営んでいた僕の父親は、僕が小さい頃から僕に自分の会社を継がせようとしていたが、僕は小さい頃から父親の会社を継ぐのだけは絶対に嫌だと思ってきた。

その観点からすると、歌舞伎みたいな世襲制の世界がよく崩壊せずに続いているなあと驚くのである。

「俺は歌舞伎なんかやりたくない」という子息はいないのだろうか?

もっとも、実際には親の跡を継いで歌舞伎役者になることを拒否した人もそこそこいるのかもしれない。ニュースは有名人のことしか報じないから、歌舞伎役者の息子が他の世界の有名人になっていたら別だが、一般のサラリーマンなんかになっていたら、それが世間に報じられることはないだろう。

でも、それにしても、歌舞伎役者の息子でロック・ミュージシャンになったり、画家になったり、学者や政治家になったりした例もあまり聞かない。

確かに、歴史を振り返ると、歌舞伎役者をやめて映画スターになった人なども何人かはいる。しかし、それは大相撲をやめてプロレスラーになった人数より遥かに少ないんじゃないかな?

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