【5月10日 記】 映画『幕末ヒポクラテスたち』を観てきた。
何の予備知識もなかったが、監督が緒方明だと知った途端に、もう観ると決めていた。監督にとっては 12年ぶりの劇場用映画であり、僕にとっては『のんちゃんのり弁』以来、なんと 17年ぶりに観る緒方作品である。
『ヒポクラテスたち』と言えば、1981年の大森一樹監督の誉高いデビュー作である。僕も劇場で観ているが、古尾谷雅人主演の医学生たちの群像劇という程度のことしか憶えていない。
でも、この『幕末ヒポクラテスたち』が『ヒポクラテスたち』を意識している、と言うか恐らくそのオマージュになっていることは疑いない。
── 何の予備知識もなくても、その辺りまでは想像がつく。
だが、冒頭にクレジットが出るまで、これが京都府立医大創立150周年記念事業企画だったとは知らず、ああ、そういう流れだったのか、と思った。ご存じない方のために書いておくと、大森一樹は京都府立医大の卒業生である。そんな彼が『ヒポクラテスたち』を撮ったことが、当時とても話題になった。
そして、この映画では「製作総指揮:大森一樹」とクレジットされているのである。そうか、大森一樹か最初から噛んでいたのか、と。
しかし、家に帰ってパンフレットを読んでみたら、それだけではないことも分かった。
緒方明は大森一樹の下で助監督を務めていたのだそうだ。そして、忘れてしまっていたが、当時自主映画で名前が売れ始めていた内藤剛志も『ヒポクラテスたち』に出演していたのだそうである。
さらに、ナレーターを務めた室井滋(この声は聞き覚えがある。誰だったか?とずっと考えていたのだが)のデビュー作は大森一樹監督の『風の歌を聴け』だった。彼女がどんな役で出ていたかははっきりと憶えているのだが、あの映画が大森一樹監督だということを忘れていた。
前置きがめちゃくちゃ長くなった。設定とストーリーを書いておこう。
主人公は幕末の京都の田舎に住む蘭方医・大倉太吉(佐々木蔵之介)。同じ村で太吉と対立しているのが、どんな病にも葛根湯を処方して馬鹿笑いする漢方のヤブ医者・荒川玄斎(内藤剛志)。
病弱の妹を診てもらおうと太吉を尋ねたのが、実は呉服屋の若旦那なのだが、博打に入れあげていて、どこから見てもやくざ者にしか見えず、礼儀も何もあったものではない新佐(藤原季節)。
冒頭は太吉と玄斎のディスり合いから始めて、やがて、賭場で金を盗もうとして刺された新佐を太吉が生まれて初めて手術するエピソードがあり、そして、摘出された自分の腎臓を見ているうちに新佐が感じるところがあって、心を入れ替えて蘭方医を目指すという展開になる。
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