Monday, December 29, 2025

『十二月の十日』ジョージ・ソーンダーズ(書評)

【12月29日 記】 基本的に長編小説が好きで短編はあまり進んで読まない僕が、どこでこの本を知り、何故読もうと思ったのか記憶がない。

多分誰かが書評で激賞していたのだろう。あるいは、「現代アメリカを代表する」と言われているジョージ・ソーンダーズという作家を初めて知って興味を持ったのか、それとも翻訳者である岸本佐知子に惹かれたのかもしれない。

しかし、いずれにしてもこの短編集が全米ベストセラーになったということが信じられない。陽気なアメリカ人たちは本当に好んでこんな小説を読もうと思うのだろうか?

訳者があとがきに書いているように、

ソーンダーズ作品の登場人物に、順風満帆な人生を歩んでいる人はほとんどいない

(『十二月の十日』訳者あとがき、岸本佐知子)

のである。いや、ほとんどじゃない、全然いないではないか。

しかも、彼らは、人生のある時点まではそれほどの苦難もなく幸せに暮らしていたのに、ある時ある事件をきっかけに人生の奈落に突き落とされた ── というわけでもない。

この世に生まれた瞬間から、家がとても貧乏だったり、親がとんでもない奴だったり、自身の性格に問題があって誰ともうまく溶け込めなかったりして、もう人生全てが不遇なのである。そして、

さまざまな理由で人生の歯車に押しつぶされている人々が、そこからなんとか脱却しようとして、ますますのっぴきならなくなっていく

(『十二月の十日』訳者あとがき、岸本佐知子)

のである。

ただ、彼らは、そんな中でもなんかひょっとして、ひょっとしたきっかけさえあればここから抜け出せるんじゃないかという淡い希望、と言うか、根拠のない自分勝手な妄想を抱いていたりもする。実際宝くじで 10,000ドルが当たったりもするのだが、残念ながら、そんなものは彼らの人生における小さな息継ぎでしかなく、大きなターニング・ポイントにはならないのだ。

設定は必ずしもリアルなものではなく、むしろ SF的、あるいは荒唐無稽でさえあったりして、読んでいてすぐに何のことか分からないようなことも少なくない。

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Friday, December 19, 2025

『考察する若者たち』三宅香帆(書評)続編

【12月19日 記】 三宅香帆の『考察する若者たち』に関する記事を note に書いたので、内容的にはかなり重複しますが、久しぶりにここにリンクを貼っておきます。

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Thursday, December 11, 2025

『考察する若者たち』三宅香帆(書評)

【12月11日 記】 僕がこんなに多くの箇所にハイライトした(= Kindle本の文中にマーカーを引いた)本がこれまでにあっただろうか? それほどまでに分析と例示と指摘が適切で胸に響く書物だった。

近年、若者たちの間では、作者が意図した正解を当てに行く「考察」という楽しみ方が広がっている。

三宅香帆はその「考察」に「批評」ということばを対比させて論を進めている。

言うまでもなく彼女は批評の側の、まさに批評家である。

だから、彼女もたまには「何をいつもいつもちまちま考察なんかやってるのよ! たまには批評してみなよ。そっちのほうがずっと面白いんだから!」などと叫びたくなることもあると思う。でも、そこはぐっとこらえてそんな書き方は一切していない。

そんな表現では思いが伝わらないとよく知っているからだ。それはあとがきの終わりのほうに彼女が「伝わるといいな」と書いていることからも明らかだ。そう、彼女は批評の伝道師なのだ。

そして、繰り返し書いているように、彼女は何も考察がいけないとか面白くないとは書いていない。彼女自身が考察的な読み方・見方をして楽しむことだってあるし、面白いと認めている。この辺の塩梅が実に良いのである。

彼女は「考察」によって「物語を読む・観ることが、ただ味わうだけではない、正解を解くゲームになりつつある」と説く。考察と批評を対比して、

考察 = 作者が提示する謎を解くこと / 正解がある
批評 = 作者も把握していない謎を解くこと / 正解がない

と解説する。この批評論は僕の考え方と完璧に一致した。そして令和という時代は、

物語を楽しむことにすら「報われること」を求めてしまう時代なのではないか。

と規定している。

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Wednesday, November 26, 2025

『日本ポップス史 1966-2023』スージー鈴木(書評)

【11月26日 記】 良書である。

ポップスなどの音楽を扱った評論では、往々にして肝心の音楽的な考察が薄く、サウンド面については分析ではなく単なる印象論に留まって、歌詞偏重で、そこに時代背景を絡ませて終わっていたりしていて、読んでがっかりすることが少なくない。

その点、この本は恐れることなく、基礎的とは言え人によってはとっつきの悪い音楽理論に踏み込んでいる。

多分出版する側の理屈で、「そんなこと書いても読者には解らないよ」とか、「小難しいこと書くと本が売れなくなるぞ」などといった理由で踏み込まないことも多いのではないかと推測するのだが、それが僕にはいつも物足りない。そこに踏み込まない限り音楽評論にはならないはずだ。

その点、この本はしっかりそこに踏み込んでくれていて、嬉しい限りである。

僕はスージー鈴木の結構なファンで、彼がマキタスポーツとやっている BS12 の『ザ・カセットテープ・ミュージック』もよく観ているし、他の著書も何冊か読んでいて、また彼が出演したイベントも何度か観に行ったりもしている。

アーティストのことをどれだけ詳しく分析していても、僕と感性がかけ離れていると恐らく共感は得られないだろうが、幸いなことに、今までの経験から、そしてこの本を読む限りは、僕と彼とは感性が非常に近いのである。

読んでいて、「そうそう、その通り」、「僕も兼ねてから同じことを思っていた」、「なるほどそうだったのか!」みたいに何度も快哉を叫んでしまった。

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Monday, November 24, 2025

『ねじ式/夜が掴む』つげ義春(書評)

【11月24日 記】 映画『旅と日々』から録画してあった『ゲンセンカン主人』小学館文庫『紅い花』と繋がったのが、さらに昂じて今度はちくま文庫のつげ義春コレクション『ねじ式/夜が掴む』を買ってしまった。

出版社が異なるので、既に僕が持っている新潮文庫のつげ義春作品集3冊(『無能の人・日の戯れ』、『義男の青春・別離』、『蟻地獄・枯野の宿』)と小学館文庫『紅い花』とでいくつかの作品が重複してしまうのだが、いずれにも収められていなかった『ねじ式』、『ゲンセンカン主人』、『雨の中の慾情』がどうしても読みたくて Amazon でポチってしまった。

で、これは『紅い花』のところにも書いたのだが、『ゲンセンカン主人』を読んで、これまた石井輝男監督がそっくりそのまま映画化していることに驚いた。

まあ、でも、この原作を読むと、台詞も、ト書きも、構図も、妄りに棄てたり変えたりすると、それはつげワールドでなくなってしまうものなあ、と納得できる。

それは『雨の中の慾情』も同じで、映画の冒頭のエピソードはやはり原作にかなり忠実で、コマごとに進む漫画のコマとコマの間を巧みに人間が演ずる動画で埋めたような印象がある。もっとも原作の義男は成田凌のようなイケメンではないが(笑)

それにしても、この作品集ではシュールな作品が多いのに驚く。あまりに発想が自由なので、話がどこに飛んで行くのか予想がつかない。そして、起承転結は、往々にして、ない。

それはつげ義春が自分が見た夢を多く漫画にしているからなのかもしれないが、しかし、この野放図なほどの自由さはやはりつげの第一の特質だと思う。

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Wednesday, November 19, 2025

『小説』野崎まど(書評)

【11月18日 記】 小説という題名の小説である。なんじゃ、そりゃ?という感じのタイトル。

主人公は小説好きの少年・内海集司。

小さい頃から、自分が本を読んでいると父親が喜ぶので次々といろんな本を読み始めたのだが、実は父親は自分が本を読んで勉強し「優秀な成績を修めて社会的地位が高く高収入の仕事に就いてほしい」と願っていただけだと知ってからは、父親の期待を裏切って小説しか読まなくなる。

で、ごく当たり前にこの先を予想すると、この少年がいつしか小説を書く小説家になるのだが、そうではない。

友だちがほとんどいない集司の唯一の友だちとなったのが外崎真である。

反応が悪くて鈍臭く、学校の成績は良くない。集司以上に他人とのコミュニケーションがうまくできない。だが、それまで本を読んだことがなかった外崎が集司に感化されて、本を読む面白さに目覚め、読書に没頭し始める。

当初はそんな外崎を、集司が先輩面をして指導するような立場だったのだが、ある日集司は外崎がめちゃくちゃ“書ける”ことに気がついてしまう。この辺りは魚豊の漫画『ひゃくえむ』のトガシと小宮の関係を連想させる。

一方で、集司は読むのは大好きだが、ただ読むだけで、書こうとしても全く巧く書けず、ついに作家になることは諦め、「読むだけじゃダメなのか」と悩み始める。

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Sunday, November 16, 2025

小学館文庫『紅い花』と、つげ義春と映画

【11月16日 記】 映画『旅と日々』を観たら、録画したままになっていた映画『ゲンセンカン主人』を観ずにいられなくなくなって、それを観たらたまらなく原作が読みたくなって、既に僕はつげ義春の作品集として新潮文庫を3冊持っているが、それとは作品があまり重複していない小学館文庫の『紅い花』を買って一気に読んだ。

ここには映画『ゲンセンカン主人』で扱われていた『李さん一家』と『紅い花』が収められている。そして、ついでに、映画『ゲンセンカン主人』のエピソードのひとつであり、新潮文庫に収められている『池袋百点会』も読み直してみた(再読とは言え、例によって何も憶えていなかったが)。

ちなみに、この『池袋百点会』は映画『雨の中の慾情』の1エピソードでもあった。

さらに、この文庫に収められている『海辺の叙景』と『ほんやら洞のべんさん』を原作にして、2つのエピソードをうまく縫い合わせたのが映画『旅と日々』である。

最初に驚いたのは、映画『ゲンセンカン主人』の原作に対する忠実さである。『李さん一家』も『紅い花』も『池袋百点会』も、どれを見ても、筋も台詞もト書きも構図も、ほぼ原作のままである。

ただ、映画は現実の人間が演じているので、つげの画に出てくる人物ほどデフォルメはされておらず、そういう意味で映画のほうがややノーマルになってしまう。それから、これは映画『ゲンセンカン主人』が作られた際の時代性もあるのだろうが、性の描き方が漫画のほうが奔放で、エロい。

一方、映画『旅と日々』のほうは、韓国人女性の脚本家を主人公にした独自の設定に、『海辺の叙景』と『ほんやら洞のべんさん』を取り込んだ形になっていて、少し原作を触っているが、必ずしもこの構造のために変えざるを得なかったものばかりではなく、例えば最初に夏男がいた海岸にイタリア人女性はいなかったし、原作ではべんさんは最初から錦鯉を盗みに行くのだと宣言していたりもする。

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Monday, November 03, 2025

『カフネ』阿部暁子(書評)

【11日2日 記】 2025年本屋大賞受賞作である。

出だしから面白かった。41歳のバツイチ社会人・野宮薫子が、先日亡くなった弟・春彦の婚約者だった小野寺せつなを喫茶店で待っている。待ち合わせの時間を 20分過ぎてもやって来ない。

ブルーデニムのつなぎ服を着て「どこの作業員だ?」と思われるようないでたちのせつながやっと現れたと思ったら、弟に紹介されたときと同じく無愛想でつっけんどんで物の言い方に遠慮がない。

その薫子が、ひょんなことからせつなが働いている家事代行会社「カフネ」が宣伝も兼ねてやっている家事代行ボランティアを手伝うことになる。2人は決して意気投合したわけではなく、むしろその逆だったが、薫子の片付けの才をせつなが見出したのだった。

困っている家庭に2人が行き、薫子がビニール袋を2枚持って猛然と片付けをやり、せつなが途轍もなくテキパキと見事な料理を大量に作る描写が読んでいて小気味良い。

困っている家庭も事情はそれぞれで、薫子とせつなに対する人当たりもさまざまだ。

その辺の描き方が面白く、どんどん読み進む。

その間に弟の謎の死の状況や、(終盤では)その真相が語られ、弟ばかりを可愛がってきた薫子の母親と薫子との関係が語られ、薫子の不妊治療と離婚が語られ、カフネの創業者や、春彦の死の第一発見者であり親友でもあった男とも関わり、そんな風に周囲の風景がどんどん流れる中で、薫子とせつなの関係も微妙に変わって行く。

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Thursday, October 23, 2025

『百日紅』杉浦日向子(書評)

【10月23日 記】 映画『おーい、応為』を観たら、どうしても原作となった杉浦日向子のこの漫画を読み返したくなって、古い作品とは言え、映画が公開されたタイミングだからきっと出ているだろうと思って探したら、ちくま文庫上下巻で手に入った。

上下合せて 30話あったが、読み直しても、僕が『漫画サンデー』の連載を読んだのがどこからどこまでだったのかさっぱり思い出せない。しかし、この画、このタッチ、そして何とも言えないこの筋運びはやはり今も鮮烈に印象に残っている。

まず、思ったのは、やはり葛飾応為ことお栄は、映画『おーい、応為』で描かれているほど、気の強い女という感じではなく、もっとぬぼーっとした感じである。

腹を立てて怒鳴ることもあるが、もうちょっと、傍から見ると何を考えているのか分からないような、ちょっとふわっとした女性でもある。

あれが大森立嗣の解釈であったのかもしれないし、長澤まさみ主演ということでああいう女性像を思いついたのかもしれないし、あるいは、映画はこの漫画と別の小説の両方を原作としているから、小説のほうの描き方がそうだったのかもしれない。

現に、この漫画の中には「応為」という画号は一切出てこない。

ま、いずれにしても、映画と小説と漫画が食い違っていても何の問題もない。

一方で、映画に出てきたのと同じエピソードもいくつかあった。

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Wednesday, October 22, 2025

『恋とか愛とかやさしさなら』一穂ミチ(書評)

【10月21日 記】 一穂ミチは去年『砂嵐と星屑』を読んで魅了され、「次は長編を読んでみたい」と書いた。

今回手に取ったのは多分長編とまでは言えないだろう(Kindle本だと長さがうまく掴めない)。短編あるいは中編ぐらいの小説が2作収められている。

表題作の『恋とか愛とかやさしさなら』は女性カメラマンの新夏(にいか)を主人公とする話なのだが、出だしがいきなり

ファインダーを覗く時、いつもかすかな罪悪感を覚えた。

とあって、「え?どういう意味?」と思ってしまう。巧い導入だ。

新夏は、友だちの結婚式の写真撮影を請け負ったりはしているが、自分では自分のことを、父親の写真館を手伝ったり、一流カメラマンのアシスタントを務めたりするだけの半人前だと思っている。

新夏は、自分が人生のサイクルの岐路に差し掛かっているのを感じた。(中略)進級前の春休みみたいな気分。

などと、独特の表現をしてくる。

その新夏の婚約者の啓久(ひらく)が、ある日盗撮で捕まることで物語は動き出すのだが、彼女はこういう場面で多くの女性が考えそうなことを考えない。ありがちな反応を示さない。もちろん激しく動揺するし腹も立つのだが、

そもそも、許すとか許さないとか、新夏が決断する問題なのか。

と思い直したりもする。彼女のこの辺りの思慮の深さがこの物語のキモだと思う。

しかし、この思慮の深さが彼女を抜けられない泥沼に陥れてしまうのだ。

幸い事件は示談で収まり、啓久の両親は必死でそのまま2人を結婚させようとする。啓久も新夏に謝る一辺倒である。でも、新夏は割り切れない。

許さなければ、何らかの罰をわたしが啓久に与える? それが「別れる」ってこと? 答えの出ない悩みを壁打ちしているのが苦しい。

こういう描き方は非常に新しいと思った。新夏は言う:

「恋人」って、非正規雇用みたいだ。

苦悩の中に醒めた面もある。

わかり合う、ということを思う時、カップのアイスをスプーンで端からこそげていく光景を連想した。わからない部分をひたすら取り除いていけば、真ん中にろうそくみたいに残った自分がぐらぐら揺れている。

落ち込む中にかすかなユーモアもある。

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