【9月22日 記】 映画『さとこはいつも』を観てきた。沖田修一監督のオリジナル脚本。
ぎっしり満員で、最前列の席しか取れなかった。
3人の「さとこ」が出てくる。15歳の中井聡子(姫野花春)、35歳の西田沙都子(有村架純)、55歳の飯島里子(石田ひかり)。
3人いっぺんには出てこない。まずは聡子。
アレルギー性鼻炎が持病の聡子が耳鼻咽喉科でネブライザーの治療。両方の鼻の穴にチューブを突っ込んで口から蒸気を吐いているという、女子中生からしたら見られたくないシーンで映画はスタートする。そこに同級生の早瀬(小川冬晴)が副鼻腔炎の治療にやってきて、隣に座って同じくネブライザーをやる。
恥ずかしいところを見られてしまったことで、逆に聡子は屈託がなくなり、意外に話が弾む。そして、一気に恋に堕ちる。
この聡子役の姫野花春が素晴らしかった。
演技経験がほとんどなかったらしいが、そんな彼女が画面に登場するファースト・シーンでいきなり2ショットの結構な長回しである。しかし、この子は長回しに耐える役者だ。表情が良い。そして、表情の微妙な移ろいを表現することができる。しかも、その変化は微妙であるにも関わらず、妙にメリハリがある。
カメラは芦澤明子だ。全般的に長回しが多い構成になっている。
彼女の学校には寺尾という変な国語教師(吉田羊)がいる(この寺尾の台詞の一つひとつが秀逸で、かつ、吉田羊の演技が圧巻で、結構笑けるが、しかし、深い)。
課外活動で歌舞伎を見に行って感想を書くという課題のときに、聡子はほぼずっと寝ていて何も見ていなかったのでテキトーに書いて出したら、寺尾に「歌舞伎を観ないで書いた子の中で、ダントツだわ」と変な褒められ方をして、作文の練習を勧められ、ノートを渡され、課題を与えられる。
それが聡子が書くことの楽しさを覚えた最初だった。
聡子が作文を命じられて家でせっせと書いては消し、消しては書きするシーンがあるのだが、映画によってはこういう場合、ノートを渡されたシーンから、聡子が書き上げたノートを寺尾先生に提出するシーンに直結したりもするところだが、この映画はそんなことはしない。
こういうところをじっくりと描くところに意味があるのである。
聡子が握るシャーペンの上半分をカメラが舐めながら、奥に聡子の顔の大きなアップを捉える。ひとりで自分にツッコミを入れてみたりしながら、真剣な顔をしたりニヤッと笑ったりする聡子のアップがどかんと映る。
舞台は変わって、2人目の沙都子。
小さな映画配給会社の宣伝担当。韓国映画に深い造詣と思い入れがあり、映画の宣伝についても彼女なりの哲学があって、仕事態度は結構厳しい。
家族持ちの村本(オダギリジョー)と不倫6年目だったが、とうとう終焉を迎え、しかもとんでもない修羅場になる。そして、村本との破局のあと、彼女はストーリーを書き始める。
村本との会話の中で、聡子のシーンで出てきたエピソードととてもよく似た話がでてきて、ひょっとして沙都子は聡子の 20年後なのか?と思ったりもするのだが、語られたエピソードは微妙に違うし、第一さとこの漢字が違う。
偶然というにはあまりにわざとらしいこの辺の組み立ては、しかし、沖田監督ならではのいたずら心でもあり、その一方で寓意を含んでいるようにも思えてしまう。
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