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Saturday, August 01, 2026

映画『開戦前夜』

【8月1日 記】  映画『開戦前夜』を観てきた。係争中の公開という珍しい事態になっている。

この映画で描かれているのは「総力戦研究所」である。それは1941年に役人・軍人・民間人から国内の若いエリートを集めて発足した首相直轄の組織で、日米開戦の是非を検討させたのだそうだ。そんな組織が実際にあったとは全く知らなかった。

彼らは「日本必敗」の結論を出してその通りの報告をしたが、流れは誰にも止められず日本は真珠湾に奇襲攻撃をかけ、研究所の予想通り長期戦になって敗れたという歴史的事実がある。

そして、この映画で研究所の若いメンバーたちを恫喝して抑え込もうとしたのが所長の板倉陸軍少将で、演じていたのは國村隼である(ただし、映画の中では「所長」という表現は出てこない)。

さて、この映画を名誉毀損で訴えているのは、実際の総力戦研究所の初代所長である飯村陸軍中将の孫である。

しかし、この映画には歴史的人物が実名で数多く登場するが、あくまでフィクションであり、飯村中将という人物は登場しない。所長は、名前も階級も異なる架空の人物である。それだけをごく当たり前に考えれば、これは名誉毀損には該当しないだろう。

しかし、問題は、この映画はそもそも(僕は見ていないのだが)ドキュメンタリ部分とドラマ部分の二部構成になっていた『NHKスペシャル』の一部として制作/放送されたものだということだ。それに追撮を加えて編集されたのが今回の作品なのだそうだ。

しかも、件の『NHKスペシャル』のドキュメンタリ・パートでは、猪瀬直樹の原作に従って飯村中将にも焦点を当て、彼の孫で元フランス大使の飯村豊氏(今回の原告)にもインタビューした上で、稲村中将の人間像としては、所内での自由闊達な議論を奨励し、敗北の結論が出ても発表を認めた立派な人物に描いていたという。

そんな風に同じ日のひとつの放送枠で、ドキュメンタリと、それをアレンジしたフィクションをいっしょくたに放送してしまうと、視聴者もきっと混同してしまうだろうから、名誉毀損と言われても仕方がない状況を生み出し兼ねない。

そこでどうしてもドキュメンタリとドラマを抱き合わせにするのであれば、ドラマは所謂「再現ドラマ」でなければならない。しかし、単純な再現ドラマを作るのであれば、石井裕也のような一流の監督に頼む必要はない。逆に、石井裕也に作らせるのであれば、そこには必然的にドラマとしての演出が入ってくる。誰でも分かることなんじゃないかなと思う。

だから、発注を受けて脚本を書き、監督をした石井裕也には責任はないと僕は思う。しかし、おいおい、NHKさん、なんでそんなまずい編成、まずい構成にしちゃったの?と驚くしかない。石井裕也に待ったをかけるとすれば、それはプロデューサーの役目である。プロデューサー(NHKエンタープライズの人なのかな?)は一体何をしていたのだろう?

逆に、出来上がったドラマの側から見ると(つまり、ドラマを作った側に言わせれば)、歴史ドラマを見て「ああ、当時はそんなことになっていたのか。ちっとも知らなかった」などと言っている人をよく見かけるが、ドラマを決して丸ごと鵜呑みにしてはいけないということである。

今回のこの映画で大切なのは、訴えている飯村氏には悪いが、誰が善人で誰が悪人だったかというようなことではなく、正しいことを言ってもそれを聞き入れずに暴走する人たちがいるということ、そして、それは暴走した人たちが悪人だったからということではなく、ひとえに人間の愚かしさによるものなのだということだ。

この映画はそういうメッセージをしっかりと伝えてくれている。

歴史の細部は必ずしもそのとおりではないだろう。研究所内で「影の総理大臣」役を仰せつかった金融会社勤務の宇治田(池松壮亮)が本当にあんな風な悩み方をした上で最後に本当のことを報告する決断をしたのか、メンバーたちは本当にあんな風に一枚岩だったのか、そして、東條英機(佐藤浩市)は心から開戦を回避しようとしたのか、その辺のことは、この映画だけで判断してはいけない。

だが、いくら客観的・論理的に、かつ真摯に主張してもこんな風に押し戻され、あるいは押し流されてしまうことはざらにある。そこがキモなのだ。そして、彼らが如何に無念な思いをしたかは容易に想像がつく。僕らもこの無念さを共有しなければならない。そこがキモなのだ。

まるで法廷ドラマみたいな、絵変りの少ない、ほぼ会議室内でのドラマ展開で、かつ相当数の人間が入り乱れる群像劇だが、この辺の脚本上の捌きはさすがに石井裕也監督である。

劇中で、最近東京の夜が暗くなったという指摘が2回あったが、そういう脇の台詞も非常によく効いている。

メインの人物である宇治田、新聞記者の樺島(仲野太賀)、海軍の村井少佐(岩田剛典)、陸軍の高城少佐(中村蒼)、物価局の役人の峯岸(三浦貴大)らをくっきりと描き、もう少しマイナーなメンバーたちでうっすら周りを固め、体制側の軍人たちとの確執をからめ、昭和天皇(松田龍平)まで引っ張り出して、重層的な作品に仕上がっている。

告訴されていることもあってか、冒頭で、「作中にて架空の氏名で登場する人物は、残された資料や歴史的事実を基に創作されており、実在の人物をモデルにしてはいません」という旨のテロップが表示されていた。だが、大切なのは細部が事実か創作かということではない。この全体像を僕らは捉えなければならない。

石井裕也監督の力作である。

=> 補足修正記事あります

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Comments

この件、尾形さんのアークタイムズで原告側の会見を見ましたけど、NHKの駄目さかげんにあきれました。

ご参考までに。
https://www.youtube.com/watch?v=VHHV4FJeKEU

Posted by: 野原 | Sunday, August 02, 2026 10:13

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