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Sunday, May 24, 2026

映画『名無し』

【5月24日 記】  映画『名無し』を観てきた。

日曜日であるとは言え、そして、小さなシアターだったとは言え、佐藤二朗が脚本を書いて主演している映画がぎっしり満員になるとは少し驚きである。

僕は共同脚本と監督でクレジットされていた城定秀夫の名前につられて観に行った。これが佐藤二朗自身の監督であったら(まあ、前作『はるヲうるひと』は悪くはなかったが)ひょっとしたら観に行かなかった可能性もある。

この2人の組合せによって初めて、何か尋常でないものが生まれる気がしたのである。

右手に何かを持った瞬間にそれが人の目には見えなくなり、右手で動植物に触れた途端にそれが枯れたり死んでしまったりする ── もしもそんな男がいたら、というジャスト・ワン・アイデアで作られた映画である。

その男・山田太郎(戸籍がなかったので後付けの名前である)に扮したのが佐藤二朗で、その彼がその右手に見えない包丁や金属バットやピストルを握りしめて、次々に、無差別に人を殺しまくる。

太郎の境遇については多少同情できる面もあるにはあるが、基本的にサイコパスの類だと思って良い。社会的なメタファーを描こうとしているのは間違いないが、しかし、小難しいことを感じさせる映画ではない。娯楽作品だと言う人もいるかもしれない。

とにかく何度も何度も出てくる佐藤二朗のアップが怖い。

1箇所、初めのほうで、顎の真下から撮っていたカメラがくるっとパンナップして顔のアップになるところがあったが、殺した後のどんな血まみれの顔よりも、あの表情とあのカメラワークが一番怖かった。

凶器が見えないという設定が独特で、そのため佐々木蔵之介が扮する国枝刑事らは犯人逮捕に苦労することになる。太郎を発見し、身柄を確保しようとした同僚2人のうち、ひとりは撲殺され、もうひとりは瀕死の重症を負う。

地方の警官とキャリアの対立も描かれている。

太郎の子供時代から描かれており、幼少時から太郎と一緒に暮らしていた花子が何度も、小さな声で念じるように「(右手を)使わないで」と言っているのがそこはかとなく怖い。その花子が長じた姿を演じたのが MEGUMI で、これまた怖い。

しかし、それにしても、この映画、どうやって終わるんだ?と思って観ていたら、ちゃんと映画が終わるための仕掛けはストーリーに仕込んであって、ただのバイオレンス映画で終わってはいなかった。

エグい場面ばかりではなく、山田が神様に話しかけるシーンや、少年がつばを吐くラストシーンなど、意味深長な台詞やシーンも結構あった。

城定秀夫は佐藤から最初に監督を打診されたときに、「企画が通ることも難しいような題材だと思」ったと言っている。そう、そういう世界を描くのが佐藤二朗の真骨頂なんだろう。そして、申し出を受けた城定は、「太郎に同情しているように見えすぎないほうがいいと思った」とも言っている。

MEGUMI は佐藤とのラブシーンの撮影直前に、「映画史上最も不細工で汚いラブシーンにしようよ」と言ったとのこと。

脚本・監督・出演の三者の意思が見事に疎通し、見事にバランスが取れた映画だったと思う。

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