映画『月の犬』
【4月24日 記】 映画『月の犬』を観てきた。
冒頭は主演の萩原聖人のアップ。だが、画はボケている。それがだんだんと焦点が合ってくると、お墓の前で手を合わせていたことが分かる。最愛の妻を亡くしたという設定である。
東島(萩原)は生きることに絶望して、ヤクザの世界から足を洗い、経営していた店を手下(やべきょうすけ)に譲り、妻の実家から写真1枚だけもらって知らない街に行く。
その街で沙織(黒谷友香)がママをしているバーにふらりと入ったら、そこはぼったくりの店で1時間で 30万円を請求されるが、文句も言わず現金で払って帰った上に、帰り際にママに「また来てね」と言われたからと言って、翌日もその店を訪れて、逆にママと従業員をたじろがせる。
その態度に何かを感じた沙織に「ウチの店で働かないか」と言われて、東島はそこで働き始める。店の仕事だけではなく、何をやっているのか分からないまま、沙織の悪事にも加担する。
奥行きの深い構図で、被写界深度を浅くして手前の人物だけをくっきりと捉えた画が何度も出てくる。そういうのが好きな監督なんだなあと思った。
それから、台詞と台詞の間が長い。カット変わりが遅いような気がする。そのためか、若干芝居が固いようにも思える。
アコースティック・ギターとフルートだけによる BGM の哀調を帯びたフレーズが何度も繰り返される。全体のトーンはしっかりコントロールできている。どういうトーンかと言えば、絶望感である。
沙織は沙織のボスである南(深水元基)と東島に同じ匂いを感じると言う。それで、これまであくどいシノギ(これが相当にエグい)を続けてきた南もまた、東島に興味を覚える。南も東島と同じように、今の自分の生業に幻滅し始めており、「その先が見たい」と言う。
その南と東島が最後には日本刀で対決することになる。そこへの展開があまりに唐突で、僕はよく理解できなかった。
監督はきっと「なんでこれが理解できないかな」と言うだろう。つまり、失敗してそうなってしまったのではなく、あくまで意図して用意した展開なのである。それは分かっている。
その壮絶な斬り合いも含めて、しっかりと世界観は維持できている。それは認める。タイトルとなっている「月の犬」の絡め方も巧い。ノワールものなんだからこういう展開はアリだと言う人もいるだろう。
だが、僕は抽象論として、つまり、テーマとしては理解できても、具体的な展開としてはもう少し工夫が要ったのではないかと感じている。
抑制の効いた場面を重ねた後での修羅場で、そういう意味ではよく練られた展開である。ただ、それによって映画全体としての後味は良くない。
もちろん、全ての映画は後味が良くなくてはならないなどと言う気はない。ただ、これから観る人のために、「後味は良くないよ」(特にラストシーンで突き落とされる)とだけは言っておこう。いろいろ考えさせられる映画ではあるのだけれど…。
監督の横井健司は三池崇史の下で助監督を務めていたらしい。そう聞くと、なんとなく納得感もある。


Comments