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Sunday, March 29, 2026

『プレイグラウンド』リチャード・パワーズ(書評)

【3月29日 記】 パワーズの小説は邦訳されているものでは『黄金虫変奏曲』以外は全部読んでいるのでこれが 10冊目だが、この小説もやはりパワーズとしか言いようのないパワーズである。

長くて、入り組んでいて、読むのが結構しんどくて、しかし、バラバラに進んでいたものが最後に繋がって、読み終わったときに圧倒的な感動と言うか、解放感と言うか、知的な歓喜が生まれる。

主な登場人物は4人だ。

金持ちの白人の息子、トッド。高校でトッドと知り合い、チェスや囲碁などを通じて意気投合した貧しい黒人の息子、ラフィ。その2人にイリノイ大学で出会って、やがてラフィと同棲/結婚する太平洋の島国出身のイナ。

トッドは世に出始めたコンピュータのマニアとなり、大学時代に自分でプログラムを組んだプレイグラウンドという名前の一種のソーシャル・メディアが大ヒットして大金持ちになる。

ラフィは文学に没頭するが、その完全主義的な性癖もあって、いつまでも修士論文を書き終えられないでいる。イナは芸術を拠り所として生きている感性豊かな女性である。

そして、もうひとりが海洋生物学者のイーヴリン・ポーリューである。

例によって最初はこれらの人物の物語が別々に展開されるので、何がどう繋がるのか見当もつかない。

冒頭はイナが2人の子どもたちを連れてマカテア島の海岸を散歩しているシーンから始まるのだが、そこにはラフィの姿はない。

イーヴリンは他の3人よりはかなり年上だが、彼女の物語は彼女が 12歳のときに、アクアラングの開発者であった父親に新製品を背負わされてプールの底に沈むところから始まる。そこから彼女の潜水と海洋生物に対する興味がどんどん膨らみ、広がって行く。

彼女の人生もまた少女時代から始まり、海洋研究者としての一本立ち、結婚、著書出版、子育てから夫の死まで、かなり長いスパンにわたって詳細に描かれている。

そして、彼女が出版したヤングアダルト向けの海洋生物紹介本に魅せられる少年が出てくる。彼は小さい頃は湖の底を歩くことができたと言う。── 僕はこの少年がトッドと同一人物だということを認識できないまま暫く読み進んでいた。

そして、描かれている時代が前後するために、早い段階で出てくるレビー小体型認知症の兆候が出始めた老人と、少年時代のトッドについても、僕はすぐに結びつけることができずに読んでいた。

三人称で語られるパートとトッドが一人称で語るパートが交錯し、その両者でフォントを変えてあるので、そういう点では分かりやすいのではあるが、やはり如何にもパワーズらしいややこしい構造である。

訳者の木原善彦は「普通に読み進めていて混乱するような書き方ではないのでご安心いただきたい」と書いているが、いやいや、それほど生易しいものではない。漫然と読んでいると大事なところを読み落としてしまうのである。

その結果僕は、木原の言う「アクロバティックなひねり」をよく理解できないまま読み終えてしまった。いや、全く気づかなかったというような感じではないのだが、なんか 100% 理解できていないぞという自覚があった。

それで、木原の「あとがき」でも触れられていた、トッドが呼びかける「君」の正体を再確認するために、僕は、もう一度(一から読み直すのはあまりにしんどいので)何箇所かをパートごとに読み直してみた。

紙の本と違って電子書籍が楽なのは検索ができるところだ。僕は「君」で検索して(160箇所ぐらいしかなかった)、トッドとラフィがお互いのことを呼んでいる場面は除いた上で、ざっと読み直してみた。

もちろん最初に読んだ時から、この「君」が何かコンピュータ的な存在であることは誰にでも分かるところではあるのだが、この再作業を通じて漸く理解が完全にクリアになった。

でも、木原が「あとがき」で取り上げている「20年前に死んだ女」(最初に読んだときは何も考えずに読み飛ばしていた)や、突然登場する「私」が何者なのかについては、今以て明確ではない。これは読み直すしかないのかな。

この物語の結末が鮮やかなのは、終盤でいきなり矛盾して話が繋がらなくなって、そのことによって読者は、ああ、なるほど、この小説はそういう構造だったのかと電撃的に気づくところである。ああ、この小説のひとつのテーマは人工知能だったんだ!と。

──こういう構成の仕方はまさにパワーズならではである。

4人の人物は最後に太平洋上のマカテア島で繋がる。しかし、それは現実のマカテア島なのか、認知症でまだらになったトッドの頭の中にあるのか、あるいは AI が生成したものなのか…。

しかし、不思議なことに、なんであれ、それは仄かに幸せな結末であった。

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