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Wednesday, March 25, 2026

Netflix『超かぐや姫!』

【3月25日 記】 (映画館でではなく)Netflix で『超かぐや姫!』を観た。(映画館で公開されるまで存在さえ知らなかったのだけれど)大評判になっているから、まあ、観ておこうか、と。

僕はゲームとか VTuber とか Vocaloid とかには全く疎いので、その辺についての洞察は無理なのだけれど、一応感じたことを書いておく。

最初はストーリーがわりとチャチで、ま、少年少女向けかな、などと思いながら観ていたのだが、そのストーリーも観ていると結構重層的で最後には大いに感心させられてしまった。

昔話のかぐや姫伝説と、現代日本の女子高生と、歴史と SF と電脳世界をごちゃまぜにした世界観は見事なものだし、何よりも圧巻だったのはその画力、デザイン、表現力の多彩さ、独創性、そして、圧倒的な細密性である。

まるで『魔法少女まどか☆マギカ』や『サマーウォーズ』を初めて観たときのような驚きがあった。いや、その両方の驚きを足しても、まだこの作品の度肝を抜く表現を形容することはできないのかもしれない。

東京・立川あたりの古ぼけたアパート、日本のおとぎ話、ゲーム映像、CG、ポップ・ミュージック、メタバース、ヴァーチャル・アイドル、花火、海、宇宙…。

もう何がどう重なって出てくるか分からない。これでもか、これでもかというアイデアとデザイン。── 一体どれだけの制作費と人月(にんげつ)をかけたんだろうとただただ驚き、ただただ圧倒されて観ていた。

設定やストーリー構成においては必ずしも描ききれていない部分もあった気はする。だが、とは言え、これはとんでもない労作であった。ヤチヨが言うように考えすぎないほうが良いのかもしれない。あんまり考えずにこの意匠の洪水に身を任せるのも楽しい。

こういう設定に全く興味のない人でも観る価値はあると思う。それは表現というものの今日的なひとつの完成形であると思う。

監督は山下清悟、脚本は夏生さえりと山下清悟。

エンドロールの長さからも分かるように、関わったスタッフやプロダクションは数知れない。ちなみに、その後にごく短いエピローグがあるので、ED テーマを聞きながら最後まで見たほうが良い。

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