« February 2026 | Main | April 2026 »

Monday, March 30, 2026

『本を読めなくなった人たち』稲田豊史(書評)

【3月30日 記】 僕は稲田豊史の前著『映画を早送りで観る人たち』を読んで相当なショックを受けた。だから、この本は何が何でも読まなければ、読みたい、と思った。

それは著者が稲田だからではなく、紛れもなく前著の延長上にある問題を扱っているからである。

この本は、本を読まなくなった人たちに話を聞き、出版に従事している人たちへの取材も加味して、本を読まない、読めない人たちの考え方や性向、そしてそれを引き起こしている世の中の激変ぶりをまとめたものである。

そして、彼らの傾向は「映画を早送りで観る」という行動と明らかに地続きであるところが、僕らからするととても怖い。

彼らはお金を払って本を買うことをしない。必要な情報はネットから取る。基本的に文章は無料だと思っている。文章は伝達効率が悪いと考えている。

だから、長い文章を読まないし、もはや読めなくなっている。その結果、長文読解能力が劇的に落ちている。

あとがきで稲田は、

怒り。それが本書執筆の原動力だった。

と書いている。しかし、その一方で、

この分断(本を読む人と読まない人の分断、筆者註)は知的優劣が可視化されたものではない。読書以外によって培われる別の知性も確実にあるからだ。

と書いていて、必ずしも怒りに任せて筆を執ったものではなく、極めてフェアな立場で書かれていることが分かる。

僕としては紙の本を読まない人が増えたって別に構わない。僕も読む本の9割方は電子書籍である。

しかし、長い文章を読めない人が増えていて、長いというだけで読むのを放棄し、代わりに要点を解説した YouTube動画で済ませ、あるいは AI に要約してもらった短文だけを読むのだと知ると、どうしても「この国の将来は大丈夫なのか?」という思いが吹き出してくる。

Continue reading "『本を読めなくなった人たち』稲田豊史(書評)"

| | Comments (0)

Sunday, March 29, 2026

『プレイグラウンド』リチャード・パワーズ(書評)

【3月29日 記】 パワーズの小説は邦訳されているものでは『黄金虫変奏曲』以外は全部読んでいるのでこれが 10冊目だが、この小説もやはりパワーズとしか言いようのないパワーズである。

長くて、入り組んでいて、読むのが結構しんどくて、しかし、バラバラに進んでいたものが最後に繋がって、読み終わったときに圧倒的な感動と言うか、解放感と言うか、知的な歓喜が生まれる。

主な登場人物は4人だ。

金持ちの白人の息子、トッド。高校でトッドと知り合い、チェスや囲碁などを通じて意気投合した貧しい黒人の息子、ラフィ。その2人にイリノイ大学で出会って、やがてラフィと同棲/結婚する太平洋の島国出身のイナ。

トッドは世に出始めたコンピュータのマニアとなり、大学時代に自分でプログラムを組んだプレイグラウンドという名前の一種のソーシャル・メディアが大ヒットして大金持ちになる。

ラフィは文学に没頭するが、その完全主義的な性癖もあって、いつまでも修士論文を書き終えられないでいる。イナは芸術を拠り所として生きている感性豊かな女性である。

そして、もうひとりが海洋生物学者のイーヴリン・ポーリューである。

例によって最初はこれらの人物の物語が別々に展開されるので、何がどう繋がるのか見当もつかない。

冒頭はイナが2人の子どもたちを連れてマカテア島の海岸を散歩しているシーンから始まるのだが、そこにはラフィの姿はない。

イーヴリンは他の3人よりはかなり年上だが、彼女の物語は彼女が 12歳のときに、アクアラングの開発者であった父親に新製品を背負わされてプールの底に沈むところから始まる。そこから彼女の潜水と海洋生物に対する興味がどんどん膨らみ、広がって行く。

彼女の人生もまた少女時代から始まり、海洋研究者としての一本立ち、結婚、著書出版、子育てから夫の死まで、かなり長いスパンにわたって詳細に描かれている。

そして、彼女が出版したヤングアダルト向けの海洋生物紹介本に魅せられる少年が出てくる。彼は小さい頃は湖の底を歩くことができたと言う。── 僕はこの少年がトッドと同一人物だということを認識できないまま暫く読み進んでいた。

そして、描かれている時代が前後するために、早い段階で出てくるレビー小体型認知症の兆候が出始めた老人と、少年時代のトッドについても、僕はすぐに結びつけることができずに読んでいた。

Continue reading "『プレイグラウンド』リチャード・パワーズ(書評)"

| | Comments (0)

Wednesday, March 25, 2026

Netflix『超かぐや姫!』

【3月25日 記】 (映画館でではなく)Netflix で『超かぐや姫!』を観た。(映画館で公開されるまで存在さえ知らなかったのだけれど)大評判になっているから、まあ、観ておこうか、と。

僕はゲームとか VTuber とか Vocaloid とかには全く疎いので、その辺についての洞察は無理なのだけれど、一応感じたことを書いておく。

最初はストーリーがわりとチャチで、ま、少年少女向けかな、などと思いながら観ていたのだが、そのストーリーも観ていると結構重層的で最後には大いに感心させられてしまった。

昔話のかぐや姫伝説と、現代日本の女子高生と、歴史と SF と電脳世界をごちゃまぜにした世界観は見事なものだし、何よりも圧巻だったのはその画力、デザイン、表現力の多彩さ、独創性、そして、圧倒的な細密性である。

Continue reading "Netflix『超かぐや姫!』"

| | Comments (0)

Monday, March 23, 2026

語感、あるいは意味

【3月23日 記】  夫婦間で話が通じないことがある。いや、別に夫婦間である必要もないのだが、ここではひとつの例として。

それは地域的な問題、つまり東京弁と大阪弁みたいな問題とは限らない。育ってきた環境の違いなどによる語感の違いである。

例えば、妻に「今日は病院に行く日でしょ?」と言われて「いや、病院に行くのは今日じゃないよ」と答えたのだが、これは「病院」という単語の語感の違いである。

僕は確かに今日、普段から通っている開業医のところに薬を処方してもらうために行く。でも、手術の経過を診てもらうために病院に行くのは4月になってからである。

何が言いたいかと言うと、僕にとって「病院」という単語は、少なくとも複数の医者が勤務していて、入院のための設備がある、比較的大型の医療施設である。一般的な個人開業医のことは「病院」とは言わない。

僕と妻の会話がすれ違ってしまったのは、ひょっとして妻は「病院」という言葉で開業医の診療所も指すのだろうか?と思って確かめてみたら、「そうではない」と言う。

そもそも僕が長年通っている開業医は勤めていた会社の近所にあるので、彼女はそれが大規模な病院なのか小さな開業医なのかは知らないから「病院」と言ったまでだと言う。

しかし、その後に続けて、「でも、一般名称としては『病院』という単語を使う。『早く病院に行ったほうが良いよ』みたいに」と言うのである。

Continue reading "語感、あるいは意味"

| | Comments (0)

Sunday, March 22, 2026

映画『君が最後に遺した歌』

【3月8日 記】  映画『君が最後に遺した歌』を観てきた。

歌が好きなディスクレシアの女子高生が、自分では文字が書けないので、たまたま詩を書いているのを見つけた同級生に詞を書いてもらい、それに自分で曲をつけて歌ってスターになる話。

なんだかわざとらしい展開だと思うかもしれない。僕もそう思う。そもそも字が読めなければ高校の授業について行けないだろう。どうやって進級してきたの? いや、その前に高校受験に合格しないか…。

でも、僕は監督の三木孝浩のファンなのである。彼が撮る青春恋愛ドラマは、どんな話であってもいつもきめ細かく丁寧に撮って、丁寧に編集してある。

この映画で言えば、たとえば春人(道枝駿佑)が言い淀むシーンで、一瞬コーヒーカップを持つ彼の手のアップをインサートしてあったりするところだ。

せっかく観覧車の近くまで来たのに、最初は春人が断って乗らないところが良かった。そして、ヒロインの綾音(生見愛瑠)が、典型的な可愛くて純真な少女ではなく、最初はちょっとふてくされた感じさえするところもユニークだった。

Continue reading "映画『君が最後に遺した歌』"

| | Comments (0)

Saturday, March 21, 2026

お風呂の効用

【3月21日 記】3/18(水)に 2/2(月)以来1か月半ぶりに湯船に浸かった。

note の記事を読んでいない人には何のことだか分からないだろうから、少し解説すると、ヘルニアの手術を3回受けたのである。

2/2(月)は最初の手術の前日で、これが2月最後の入浴(シャワーを除く)となった。

2週間後の抜糸までは湯船に浸かれないのである。

しかし、抜糸の日の 2/17(火)には2回目の手術を受ける。いや、正確に言うと、2回目の手術を受けるついでに1回目の抜糸をしてもらうわけで、つまり、その日から2回目の抜糸まで、さらに2週間は湯船に浸かれない。

そして、2週間後の抜糸のタイミングで同じく3回目の手術なので、また同じことが起こる。

つまり、3回目の手術の2週間後の抜糸まで、一切お湯に浸かれないのである。

冬のクソ寒い時期だけに、このスケジュールを聞いた時に一番引っかかったのはこんなに長期間湯船に浸かれないということだった。

Continue reading "お風呂の効用"

| | Comments (0)

Thursday, March 19, 2026

【note】お腹を3回切りました ~ヘルニア国物語

【3月19日 記】なんで1泊ずつとは言え3回も入院したかについて、note に長文を認めました。

興味のある方はこちらをお読みください:

| | Comments (0)

Tuesday, March 17, 2026

『幸せな結末 大滝詠一ができるまで』萩原健太(書評)

【3月17日 記】 僕は大滝詠一(ソングライターやプロデューサーとしては大「瀧」詠一)の全キャリアを通じての大ファンというわけではないが、ある時期はとてもよく聴いていた。

はっぴいえんどはほとんど後追いに近かったけど、存在だけは知っていて、大滝については「なんか変な曲ばかり作って変な歌い方する人だなあ」と思っていた。

それがソロになってナイアガラ・レーベルを作った辺りから、その遊び精神満載なのに素晴らしい音楽的センスを感じさせる作品群に魅せられて、彼は僕にとっては決して聞き流すことのできない存在になった。

で、萩原健太がこの本で「めくるめくポップ絵巻」と表現している(8ページ)『ロング・バケーション』が出た時に、「へえ、こんなメロディアスな曲が書ける人だったんだ!」とさらに驚くことになる(彼がオールディーズのアメリカン・ポップスや、もう少し後の時代で言えばビージーズなどのファンであり、はっぴいえんど時代はそういうメロディアスなものへの指向性を自ら封印していたのだということは随分あとになってから知った)。

しかし、その後何枚かアルバムを出し、他の歌手にも楽曲提供してそれが大ヒットになったあと、彼は暫く音楽から遠ざかってしまう。

そして、漸く 1997年に 10年以上ぶりのシングル『幸せな結末』が出たときには、僕は正直言って、「なーんだ、わりとありきたりの曲」と失望したのである。

その『幸せな結末』について、この本のインタビューの中で大滝詠一が語っている:

ネットではさ、<…天然色>とか<…カレン>の再録じゃないかとか、日コロ(日本コロムビア)時代のセルフ・カヴァーでもやるんだろうとか、いろいろ書いているやつもいたけど、それよりももっと大きなセルフ・カヴァーと言えなくもない。そう思った。今思った。サウンドも詞もテーマもセルフ・カヴァー。旧来のファンは“なーんだ”とか“予想内”とか言うんだろうけどね。
(19ページ)

この発言での「旧来のファン」というのがまさに僕のことで、「ああ、やられた!」と思った。僕は浅いレベルの理解に留まっていたのである。そもそも僕は『幸せな結末』が「はっぴいえんど」の和訳であることにさえ気づいていなかったし…。

Continue reading "『幸せな結末 大滝詠一ができるまで』萩原健太(書評)"

| | Comments (0)

Monday, March 16, 2026

映画『ハローマイフレンド』

【3月16日 記】 映画『ハローマイフレンド』を観てきた。

市井昌秀監督が好きで見に行ったのだけれど、正直言って、うーん、市井監督にしてはなあ、という感じの映画だった。

地域が主体となった(今回は清瀬市)自治体映画「ぼくらのレシピ図鑑シリーズ」の第4弾ということで、多分予算が少なかったんだろうなと同情する。

高校の SF映画研究会で監督を務めている颯(はやて、蒼井旬)は前作が不評で自信をなくし、もっと精巧なエイリアンの着ぐるみが手に入らない限り次は撮らないとふてくされていたのだが、そこに本物のエイリアンが現れたことによって、そのエイリアンを(最初は)脅してエイリアン映画に出演させることにした、という話。

発想はとても面白くて、脚本は市井監督と木乃江祐希の共同。

市井監督は

仮に予算がもう5倍ぐらいあったとしても、エイリアンは CG ではなく着ぐるみにしたかった。

と言っている。それはそれで良いのだが、仮に予算が5倍あったら、エイリアンの口許や目許はもっとリアルな造形にできただろうし、エイリアンが蘇生するシーンも、それを見て驚く高校生たちの顔だけを映すのではなくまさに再生する過程を描けただろうし、無理やり「食」の要素を入れ込む必要がなかったら、もう少し発想も広がっただろう。

この発言は監督の「せめて予算がこの5倍ぐらいあったらなあ」という気持ちの裏返しのように思えてならない。

Continue reading "映画『ハローマイフレンド』"

| | Comments (0)

Friday, March 13, 2026

インスタから始まる会話

【3月13日 記】  病室の天井の写真(点滴用のパックが映り込んでいるやつ)を Instagram に上げたら、会社の同僚だった女性から2年5か月ぶりに、「天井見てますね。大丈夫ですか。手とか握らなくていい?」という文言の LINE が来た。

(ちなみに写真自体は先週写したもので、「ある室の天井」というタイトルがついているだけで、別に入院しているとも何とも書いてないんだけどな)

「じゃあ、妻がいないすきに手を握りに来て」

「手でも足でも、握ってやるぞ」

みたいなアホなやりとりをしていたら、今度は実の姉から「入院してる?」との LINE が来た。

Continue reading "インスタから始まる会話"

| | Comments (0)

Wednesday, March 11, 2026

「最終話まで観たドラマ&アニメ」リスト

【3月11日 記】「最終話まで観たドラマ&アニメ」という名前のリストを作っている。

本当は自分が生まれてこの方観てきたドラマとアニメを網羅したリストを作りたいところなのだが(事実、映画についてはそんなデータベースを作っている)、今からそれをやろうとすると相当部分を記憶に頼ることになるので、それはダメだろうと諦めた。自分の記憶ほど当てにならないものはない。

それで、まあ、適当に線を引いて、2015年以降に観たリストにした。

できあがってみると、10年とちょっとで、テレビドラマは 137シリーズ、アニメは 53シリーズしか観ていない。

最初に作り上げたときには、タイトルと放送期間と放送局のみを記したものだったが、ドラマについては、僕は必ず脚本家と演出家をチェックしてから選んでいるので、その欄を足すことにして、昨日その情報を全部入れ込んだものが完成した。ちなみに出演者欄はない。

これをこれから毎クール更新して行く。

Continue reading "「最終話まで観たドラマ&アニメ」リスト"

| | Comments (0)

Sunday, March 08, 2026

映画『花緑青が明ける日に』

【3月8日 記】 映画『花緑青が明ける日に』を観てきた。

冒頭、式守カオル(CV:古川琴音)が、開いたノートパソコンを片手に、一面水溜りの道を歩くシーン。水に逆さに映る彼女の像とパソコン画面の像 ── 水の描き方が鮮烈で、とても美しい画だ。いきなり期待感が膨らんだ。

描かれる風景は、色鉛筆とクレヨンと水彩絵の具で描いたようなタッチ。人物には輪郭線がある。宣材写真を見ただけでも明らかなように、古い家や家の中の描写がものすごく細かく、色遣いは優しく多彩である。

聞けば監督の四宮義俊は元々は日本画家だったというではないか。なるほどなと思える画作りだ。

加えて、途中にはストップモーション・アニメも出てくるし、花火のカットでは原画に細かい穴を開けて裏から光を当てるなんて新しい技法も試している。

とにかく画がとても面白い。

舞台は帯刀(「たてわき」ではなく「おびなた」と読む)煙火店。花火師の家である。その家が立ち退きの勧告を受けて、ついに強制代執行されることに。

父親の帯刀榮太郎(CV:岡部たかし)は伝説の花火「守破離(しゅはり)」を完成させようとしてできないまま失踪してしまう。長男の千太郎(CV:入野自由)は地元の公務員になったが、次男の敬太郎(CV:萩原利久)は守破離を作る夢に囚われてひとりでずっと家に閉じこもっている。

高校時代に帯刀家に入り浸りだったカオルは千太郎の同級生で、東京の大学に進学してプロジェクション・マッピングの作成に没頭している。

Continue reading "映画『花緑青が明ける日に』"

| | Comments (0)

Friday, March 06, 2026

映画『レンタル・ファミリー』

【3月6日 記】 映画『レンタル・ファミリー』を観てきた。

最初に感じたのは、カットを細かく割ってテンポよく繋いで行く監督なんだなということ。長めのシーンがほとんどない。

この辺り、HIKARI 監督のセンスはやはり日本育ちの監督とは少し異なるのかもしれない。

評判の良い映画である。

日本で暮らす落ちぶれたアメリカ人俳優のフィリップ(ブレンダン・フレイザー)がひょんなことから多田(平岳大)が経営するレンタル・ファミリーの会社に雇われ、両親をがっかりさせたくない女性(森田望智)の偽の結婚相手として、記憶障害が出始めているかつての名優・長谷川喜久雄(柄本明)を励ますために偽の記者として、名門小学校への編入試験の面接対策で雇われたミア(ゴーマン シャノン 眞陽)の偽の父親として、様々な人々と交わり、様々なことを学んで行く話。

大変よくできた脚本で、英語が喋れる日本人が多すぎること以外は全く以てリアルで、かつ、終盤にはいくつかのサプライズもあって、観ている者の気を逸らせない。

Continue reading "映画『レンタル・ファミリー』"

| | Comments (0)

Thursday, March 05, 2026

Play Log File on my Walkman #163

【3月5日 記】  先月の2本に続いて今年3回目のプレイログ披露。3回目の1泊入院したときに聴いた曲。

今回は待ち時間が長かったので、麻酔も効いてないし痛みもない良い状態で5曲。もっと聴いていてもよかったけど、なんとなくそわそわもしたので5曲でやめておいた。

  1. 悲しきRADIO(佐野元春)
  2. ぼくたちの失敗(森田童子)
  3. 哀愁のシンフォニー(キャンディーズ)
  4. Sweet Leilani(Sandii)
  5. 旅人よ(井上陽水)

Continue reading "Play Log File on my Walkman #163"

| | Comments (0)

Sunday, March 01, 2026

このブログと note

【3月1日 記】 最近、このブログに書いた記事に(割合大幅に)手を入れて note に載せることが増えてきた。まあ、仕方がない部分もある。

世の中には複数のメディアに同一記事を上げている人もいるが、僕の場合は違うメディアに上げる場合はできるだけ差別化したいと思っているので、加筆修正したとは言え、同じ題材のものをこのブログと note の両方に載せることは本当であれば避けたいと思っている。

しかし、そこにはブログの宿命みたいなものがある。

Continue reading "このブログと note"

| | Comments (0)

« February 2026 | Main | April 2026 »