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Wednesday, December 31, 2025

#シン・2025年映画ベスト

【12月31日 記】  X の引用リポストで、ある人が「#シン・2025年映画ベスト」というのに投票しているのを見て、僕もやってみた。

一体この賞がどういう賞なのかまるで知らない(果たして「賞」なのかどうかも分からない)し、これを主宰しているらしい「空翔ぶギロチン」という人が一体何者なのかも一切知らないのだが、「本日〜1/4(日)24:00までが投票期間です」と書いてあったのに釣られて発作的に(笑)投票してしまった。

見た感じ、あまり公的な、オーソライズされた賞なんかではない感じだが、どこかに「今年も」という文言を見たので、少なくとも去年もやっていたのだろう。

ルールはシンプルで今年の映画を 10本選ぶだけ。順位をつけなくても良いらしいし、10本未満でも構わないらしい。

そして、男優、女優、監督をひとりずつ選ぶのだが、こちらも別に選ばなくても良いとのこと。

そのシンプルさと堅苦しくなさに惹かれたとも言える。

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Monday, December 29, 2025

『十二月の十日』ジョージ・ソーンダーズ(書評)

【12月29日 記】 基本的に長編小説が好きで短編はあまり進んで読まない僕が、どこでこの本を知り、何故読もうと思ったのか記憶がない。

多分誰かが書評で激賞していたのだろう。あるいは、「現代アメリカを代表する」と言われているジョージ・ソーンダーズという作家を初めて知って興味を持ったのか、それとも翻訳者である岸本佐知子に惹かれたのかもしれない。

しかし、いずれにしてもこの短編集が全米ベストセラーになったということが信じられない。陽気なアメリカ人たちは本当に好んでこんな小説を読もうと思うのだろうか?

訳者があとがきに書いているように、

ソーンダーズ作品の登場人物に、順風満帆な人生を歩んでいる人はほとんどいない

(『十二月の十日』訳者あとがき、岸本佐知子)

のである。いや、ほとんどじゃない、全然いないではないか。

しかも、彼らは、人生のある時点まではそれほどの苦難もなく幸せに暮らしていたのに、ある時ある事件をきっかけに人生の奈落に突き落とされた ── というわけでもない。

この世に生まれた瞬間から、家がとても貧乏だったり、親がとんでもない奴だったり、自身の性格に問題があって誰ともうまく溶け込めなかったりして、もう人生全てが不遇なのである。そして、

さまざまな理由で人生の歯車に押しつぶされている人々が、そこからなんとか脱却しようとして、ますますのっぴきならなくなっていく

(『十二月の十日』訳者あとがき、岸本佐知子)

のである。

ただ、彼らは、そんな中でもなんかひょっとして、ひょっとしたきっかけさえあればここから抜け出せるんじゃないかという淡い希望、と言うか、根拠のない自分勝手な妄想を抱いていたりもする。実際宝くじで 10,000ドルが当たったりもするのだが、残念ながら、そんなものは彼らの人生における小さな息継ぎでしかなく、大きなターニング・ポイントにはならないのだ。

設定は必ずしもリアルなものではなく、むしろ SF的、あるいは荒唐無稽でさえあったりして、読んでいてすぐに何のことか分からないようなことも少なくない。

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Sunday, December 28, 2025

掘り出しモノ賞

【12月28日 記】 さあ、今年は忘れずに年内に今年の映画の掘り出しモノ賞を選んでおこう。

元々 twitterベースの映画賞であった coco賞の投票部門のひとつに自分が勝手に作った賞に投票できるという企画があって、僕は「掘り出しモノ賞」という名前で欠かさず投票していた。今ではこの賞もサイトもなくなってしまったが、それでも僕が毎年勝手に選び続けているのがこれである。

で、当然のことながら、「あまり知られていない監督の、あまり評判にもなっていなかった作品だけれど、観てみたら大変良かった」という作品を選んでいる。

そうなると今年は『君の忘れ方』、『この夏の星を見る』、『夏の砂の上』、『君の顔では泣けない』辺りかなと思うのだが、このうちの3作は昨日書いた記事で「『キネマ旬報ベストテン』の 20位以内に入ってほしい邦画 10本」に選んでしまったので、今年はそこから唯一漏れてしまった草野翔吾監督の『大きな玉ねぎの下で』を選んでおきたい。

高橋泉という実績のある名脚本家に支えられた部分は大きいものの、引き画を中心としたカメラワークも美しく、神尾楓珠と桜田ひよりの魅力全開の、うるうるする映画になっていた。

ちなみに、僕がこれまでに選んできた作品のリストは下記の通りである:

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Saturday, December 27, 2025

回顧:2025年鑑賞邦画

【12月27日 記】 今年はもう1本、行定勲監督の『楓』を観て映画の見納めとしようと思ったのだが、ちょっと年内は無理そうなので、現時点で恒例の

『キネマ旬報ベストテン』の 20位以内に入ってほしい邦画 10本

を選んでみた。今回で 20回目になる。

毎年同じことを書いているが、これは僕が選ぶ今年のベストテンはない。

かと言って、『キネマ旬報ベストテン』や他の映画賞の予想でもなく、あくまで僕が応援する 10本である。

そして、タイトルに「『キネマ旬報ベストテン』の 20位以内に入ってほしい」と謳っているように、これは他の映画賞ではなく、あくまで僕が信頼するキネ旬の選考基準を意識したものであり、かつ、10位以内ではなく「20位以内に」、「入るであろう」ではなく「入ってほしい」 10本である。

だから、間違いなくキネ旬ベストテンに選ばれるであろう作品は外している。今年で言えば『国宝』がそれだ(間違いなく第1位だろう)。僕が「入ってほしい」と思う作品ではないが、決して評価していないわけではない。

さて、今年は映画館で 61本の邦画を観た。2018年の 68本に次ぐ多さだ。しかし、そのうち森田芳光監督のにっかつロマンポルノ2本は 1980 年代の作品なので、今年はそれらを除いた 59 本の中から選ぶことになった。ちなみにこれは昨年と同数である。

まずは例年通り、本数を考えずに年初から観た順番に選んで行くと以下の 20 作になってしまった。

なんと、これを半分にしなければならない。

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Wednesday, December 24, 2025

映画『星と月は天の穴』

【12月24日 記】 映画『星と月は天の穴』を観てきた。

モノクロ作品である。

ただし、スモーク・サーモンのピンクとか、信号機の赤とか、16歳の娼婦(MINAMO)の口紅とか、瀬川紀子(咲耶)の盲腸の手術跡とか、B子(岬あかり)の口紅とか、ポストにハガキを出しに来た少年が切手を貼るために舐めたときの舌とか、ところどころで部分的に赤い色がつく。

そして、終盤の矢添克二(綾野剛)と紀子の連れ込み旅館での濡れ場では、全体にうっすらと色がつく。

舞台設定は 1969年である。

ほぼ全員が昭和初期から中期の日本映画の俳優たちのような喋り方をする。特に綾野剛は感情をほとんど見せないような喋り方をする。そして、カメラを固定した長回しが非常に多い。映画は淡々と進んで行く。

綾野剛は、ことこの映画に関しては「書かれてあるセリフに感情や表情の豊かさが含まれているので(中略)、”セリフにある情報を補填する芝居”を一切なくすことを心がけていました」と言っている。大変面白い。

これは、小説家の矢添の女遍歴と言うか、男と女の情念と言うか、そういうことを描いた映画である。

今の時代、下手すると「女を物としてしか見ていない男」と指弾されかねない内容でもあったが、まあ、そこには 1960年代という時代性も加味して考えなければならないし、矢添は必ずしもそんな風に一辺倒な描き方はされていない。

まだ 43歳なのに総入れ歯で、それに対するコンプレックスを隠しているという設定が、ある意味マスキュリニズムを嘲笑っている感がある。ひたすら強引で身勝手な男のように見えながら、実はどの女とも究極のところまで行き着けないのは、自身の結婚生活が1年で破綻して、妻が男と逃げてしまった経験がトラウマになっているからだという設定もある。

それらを考え合わせると、少し切ない。

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Tuesday, December 23, 2025

風邪薬の購入に対する制限と規制──ナニソレ?

【12月23日 記】  少し前に薬局で風邪薬を買った。風邪を引いてから買いに行ったのではなく、家に常備してある風邪薬が残り少なくなったから補充しようと思ったのである。

薬によって、喉や咳に効くものもあれば、くしゃみや鼻水を抑えるものもあるので、2つのタイプを選んでレジに持って行ったら、店員が「2つは買えません」と言う。

ナニソレ?

多分オーバードーズを防ぐためなんだろうけれど、全く意味がない。「じゃあ、こっちだけで良いです」と言って1つを返却して1つだけ買って帰ったのだが、その後本当に風邪を引いて薬を飲んだので残りが少なくなり、また今日買いに行った。

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Sunday, December 21, 2025

高田夏帆と松島くるみ

【12月21日 記】 10月期のテレビドラマで2人の気になる女優を見つけた。それはフジテレビ『小さい頃は、神様がいて』に出ていた高田夏帆と松島くるみだ。

今期は TBS『ザ・ロイヤルファミリー』のような、超豪華キャスティングによる重厚な作りの感動巨編もあったが、岡田惠和脚本・酒井麻衣演出のコンビによる、やや地味めのキャストながら、小さな笑いを誘いつつしっとりと進んで行くこのドラマも大変素晴らしかった。

主演は北村有起哉と仲間由紀恵が演ずる小倉渉・あん夫妻。

そこに同じ建物(TASOGARE STATES)に住む永島夫妻役で草刈正雄と阿川佐和子、渉が勤める食品会社「旨味堂」会長役の角野卓造らのベテラン俳優たちを配し(ま、阿川佐和子は俳優としてはベテランとは言えないし、巧くもないけれど、それなりに味のある演技をしていた)、加えて同じく TASOGARE STATES に住む若い同性カップルに、最近ともに出番が増えている小野花梨と石井杏奈を置き、小倉夫妻の子どもたちには小瀧望と近藤華という新進の俳優を充てているのだが、今回僕が注目したのはそのいずれでもない。

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Friday, December 19, 2025

『考察する若者たち』三宅香帆(書評)続編

【12月19日 記】 三宅香帆の『考察する若者たち』に関する記事を note に書いたので、内容的にはかなり重複しますが、久しぶりにここにリンクを貼っておきます。

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Monday, December 15, 2025

今年のエンタメ体験総括

【12月15日 記】 12月に入り今年もそろそろ終わる。僕の個人的なイベントの予定ももう入っていない。

今年は振り返ればいろんなところに行っていろんなものを楽しみ、その結果お金もたくさん使ってしまった。

海外旅行1回、国内旅行4回。ほとんどは妻と2人で行ったものだが、何人かの友だちと行ったものもある。

歌舞伎鑑賞3回(これは高いのである)、コンサート/ライブなど5回。トークショーなど5回。

博物館・美術館・展覧会など 13 回。これには旅行中に訪れたものも含まれる。

それに加えて、映画は大体例年と同じくらいの本数を観ている。お金が減って当然である。年金暮らしなので、今年は当然かなりの赤字である。

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Saturday, December 13, 2025

タクシーに感謝

【12月13日 記】  わざわざ書くほどのことでもないし、今さらながらのことなのだが、改めてちょっと気づいたので。

都市部以外では、道を歩きながらタクシーを捕まえることは不可能なのだ。何故なら走っていないから。

人口が少なく、観光客もそれほど訪れない地域では、所謂「流しの」タクシーは走っていない。何故なら、走っていてもタクシーを止める客がいないから、流せば流すほどガソリンの無駄遣いになって、費用がかさむだけだから。

歩いている人が皆無というわけではない。でも、歩きながら「タクシー来ないかな」と思っている人は皆無に限りなく近いと思う。

そもそもちょっと買い物に行くにも車が必要な地域では、大体の人間が車を所有して車で移動しているので、タクシーは使わない。

だから、僕らが観光客としてそこに行っても、歩きながらタクシーを捕まえることは不可能なのだ。

駅前に待機しているタクシーを捕まえるか、電話してタクシーを呼ぶか、しか手がないのである。

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Thursday, December 11, 2025

『考察する若者たち』三宅香帆(書評)

【12月11日 記】 僕がこんなに多くの箇所にハイライトした(= Kindle本の文中にマーカーを引いた)本がこれまでにあっただろうか? それほどまでに分析と例示と指摘が適切で胸に響く書物だった。

近年、若者たちの間では、作者が意図した正解を当てに行く「考察」という楽しみ方が広がっている。

三宅香帆はその「考察」に「批評」ということばを対比させて論を進めている。

言うまでもなく彼女は批評の側の、まさに批評家である。

だから、彼女もたまには「何をいつもいつもちまちま考察なんかやってるのよ! たまには批評してみなよ。そっちのほうがずっと面白いんだから!」などと叫びたくなることもあると思う。でも、そこはぐっとこらえてそんな書き方は一切していない。

そんな表現では思いが伝わらないとよく知っているからだ。それはあとがきの終わりのほうに彼女が「伝わるといいな」と書いていることからも明らかだ。そう、彼女は批評の伝道師なのだ。

そして、繰り返し書いているように、彼女は何も考察がいけないとか面白くないとは書いていない。彼女自身が考察的な読み方・見方をして楽しむことだってあるし、面白いと認めている。この辺の塩梅が実に良いのである。

彼女は「考察」によって「物語を読む・観ることが、ただ味わうだけではない、正解を解くゲームになりつつある」と説く。考察と批評を対比して、

考察 = 作者が提示する謎を解くこと / 正解がある
批評 = 作者も把握していない謎を解くこと / 正解がない

と解説する。この批評論は僕の考え方と完璧に一致した。そして令和という時代は、

物語を楽しむことにすら「報われること」を求めてしまう時代なのではないか。

と規定している。

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Monday, December 08, 2025

『青春とはなんだ』の主題歌はなんだ!?

【12月8日 記】 年明け早々に映画『五十年目の俺たちの旅』が公開される。

僕は 1975年から 76年にかけて NTV で放送されていたドラマ『俺たちの旅』は観ていなかったが、僕らの年代には熱心な視聴者が少なくなかった。小椋佳が作詞作曲し中村雅俊が歌った主題歌も随分ヒットした。

この映画を楽しみにしている人も多いのではないだろうか。

青春ドラマと言えば日本テレビという印象がある。その嚆矢となったのは『青春とはなんだ』(1965年)だろう。

いや、ひょっとしたらそれより前にも同じようなドラマがあったかもしれないが、これが最初のヒット作であることは間違いないだろう。なんと4クールも続いた。

タイトルに青春と入っていたこともあって、このタイプの番組は青春ドラマと呼ばれることが多かった。

一方で学園ドラマという言う方もあるが、それだと思い出すのは(年代によって違うだろうが)『金八先生』シリーズとか『GTO』とか、『ごくせん』、『スクールウォーズ』、『教師びんびん物語』、『はいすくーる落書』、『ドラゴン桜』、『御上先生』など、別のシリーズになるのではないだろうか。

『青春とはなんだ』のヒットに気を良くして日テレはこの路線を続けて行く。次作は『これが青春だ』、その次が『でっかい青春』。『青春とはなんだ』の夏木陽介に代わって、この2作では竜雷太が主演の先生役を務めている。

僕はまだ青春と呼べる年代には少し遠かったが、それでも結構観ていた記憶がある。「青春って、スポーツしないといけないのかな」と思った記憶もある(そう言えば、この少し後には「スポ根」= スポーツ根性ドラマなんてジャンルも隆盛を極めましたもんね)。

『青春とはなんだ』というクエスチョンに対して『これが青春だ』というアンサーを提示してしまって、「その次のタイトルは一体どうするんだろう?」と真面目に心配した記憶もある。

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Sunday, December 07, 2025

あんこうの宿

【12月7日 記】 一昨日から一泊で茨城に行ってきた。鮟鱇をたらふく食べた。Photo_20251207123401

右の写真の他に鮟鱇の焼き物とあん肝が載ったヒラメの煮付けと鮟鱇鍋(と〆の雑炊)もあった。

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Wednesday, December 03, 2025

映画『兄を持ち運べるサイズに』

【12月3日 記】 中野量太監督の映画『兄を持ち運べるサイズに』を観てきた。今さらながらではあるが、見終わって改めて、「あ、そうか、この監督のテーマはいつも家族なんだ」と思った。

エンドロールのクレジットで初めて知ったのだが、この映画には原作があって、著者は柴咲コウが演じたのと同じ名前の村井理子である。

実際に彼女の無責任でいい加減な(と理子は思っていた)兄が、遠く離れた東北の地で突然亡くなったときの経験をそのまま小説にしたようで、場所も固有名詞もどうやらほぼそのまんまで、それを映画でも引き継いでいる。

原作は『兄の終い』という表題らしいが、それをこのタイトルにしたひねりはさすが中野量太監督である。これは原作にもあった表現なんだろうか?

監督は、原作にはなかったけれど映画化に当たって著者から聞いたエピソードを加えて、さらに彼自身の発想で、主人公の両親がスーパーに現れるシーンや、一人ずつアパートに入って故人と再会するシーンなど、ややスーパーナチュラルな要素を継ぎ足して脚本を書いたらしい。

プロローグのあと、冒頭のシーンは滋賀県の自宅で家族団欒中の理子が兄(オダギリジョー)が死んだという警察からの連絡を電話で受けるところである。まずこの短いシーンを見て、理子の人の息子の性格の描き分けが見事だなあと思った。夫役の斉藤陽一郎の性格(作品中での枠割)も明快だった。

理子は遠く宮城県の多賀城市まで遺体を引き取りに行き、愛知県からやってきた兄の元妻・加奈子(満島ひかり)とその娘・満里奈(青山姫乃)と3人でゴミ屋敷同然のアパートを片付け、兄を火葬し、そして離婚後兄が引き取って育てていた息子(満里奈の弟)良一(味元耀大)に会いに行く(彼は父親の死後、児童相談所に預けられていた)。

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