« October 2025 | Main | December 2025 »

Sunday, November 30, 2025

60進法の不思議

【11月30日 記】  小学校低学年ぐらいの頃、世の中のほとんどすべての数字は十進法に従っているのに、秒とか分だけは何故 60進法なのか不思議で不思議で仕方がなかった。

しかし、それから半世紀以上を経て改めて考えてみると、これは却々うまくできた、と言うか、バランスの取れた設定だったのだなと気がついた。

例えば十進法に変えるとして、1分 = 10秒にしてしまうとさすがにあまりに忙しない気がするので、1分 = 100秒、1時間 = 100分とする。そうすると 1時間は 10,000秒ということになる。

ところが、今の基準では 1日は 60秒 × 60分 × 24時間 = 86,400秒である。だから、上の設定を当てはめると1日 = 8.64時間などというめちゃくちゃ半端なことになって、これは困るのである。

いや、待てよ、これは1秒の長さを今のままにしているからであって、例えば新しい1秒 = 0.36秒にしてしまったらどうか? そうすると1分 = 100秒、1時間 = 100分としても、1時間は今と同じ 3,600秒ということになって丸く収まるではないか。

しかし、この新しい「秒」はあまりに一瞬であって、人間の認識能力や生活習慣にはちょっと合っていない気がする。それを考えると今の1秒という長さは、ちょうど人がゆっくり「ひとつ」を数えるぐらいの長さになっていて、とてもうまくできている。

それに仮に1秒 = 0.36秒に変換したところで、1日の長さはやはり 24時間という 10では割り切れない数字が残っていて、僕としても割り切れない気持ちだ。

Continue reading "60進法の不思議"

| | Comments (0)

Friday, November 28, 2025

映画『てっぺんの向こうにあなたがいる』

【11月22日 記】 僕は普段は吉永小百合の映画は観ないのだが、ムビチケを2枚もらったので、妻と2人で映画『てっぺんの向こうにあなたがいる』を観てきた。監督は大御所・阪本順治。

吉永小百合が、登山家の田部井淳子をモデルにした多部純子を演じている。

田部井淳子が女性で初めてエベレスト登頂に成功したのは彼女が 35歳か 36歳のときだ。さすがにその頃の純子はのんが演じているが、中年以降は吉永小百合だ。

今年 80歳になった吉永小百合が、実年齢よりかなり若い役を、しかも主演で演じることに対して、僕は軽い嫌悪感を覚える。どんなスターであっても、年齢を重ねた後には引くべきだと思うのである。映画に出演するなとは言わない。脇役の上品なお婆さんを演じていれば良いと思うのである。

サユリストだか何だか知らないが、いつまでも吉永小百合を担いで、彼女の主演映画を撮っている人たちにも反発を覚える。

今回の映画では、彼女より 16歳も年下の佐藤浩市が夫役を務めているのも何だかとても気持ちが悪い。同年代で彼女の相手役を務める男性スターはもういないのである。

Continue reading "映画『てっぺんの向こうにあなたがいる』"

| | Comments (0)

Wednesday, November 26, 2025

『日本ポップス史 1966-2023』スージー鈴木(書評)

【11月26日 記】 良書である。

ポップスなどの音楽を扱った評論では、往々にして肝心の音楽的な考察が薄く、サウンド面については分析ではなく単なる印象論に留まって、歌詞偏重で、そこに時代背景を絡ませて終わっていたりしていて、読んでがっかりすることが少なくない。

その点、この本は恐れることなく、基礎的とは言え人によってはとっつきの悪い音楽理論に踏み込んでいる。

多分出版する側の理屈で、「そんなこと書いても読者には解らないよ」とか、「小難しいこと書くと本が売れなくなるぞ」などといった理由で踏み込まないことも多いのではないかと推測するのだが、それが僕にはいつも物足りない。そこに踏み込まない限り音楽評論にはならないはずだ。

その点、この本はしっかりそこに踏み込んでくれていて、嬉しい限りである。

僕はスージー鈴木の結構なファンで、彼がマキタスポーツとやっている BS12 の『ザ・カセットテープ・ミュージック』もよく観ているし、他の著書も何冊か読んでいて、また彼が出演したイベントも何度か観に行ったりもしている。

アーティストのことをどれだけ詳しく分析していても、僕と感性がかけ離れていると恐らく共感は得られないだろうが、幸いなことに、今までの経験から、そしてこの本を読む限りは、僕と彼とは感性が非常に近いのである。

読んでいて、「そうそう、その通り」、「僕も兼ねてから同じことを思っていた」、「なるほどそうだったのか!」みたいに何度も快哉を叫んでしまった。

Continue reading "『日本ポップス史 1966-2023』スージー鈴木(書評)"

| | Comments (0)

Monday, November 24, 2025

『ねじ式/夜が掴む』つげ義春(書評)

【11月24日 記】 映画『旅と日々』から録画してあった『ゲンセンカン主人』小学館文庫『紅い花』と繋がったのが、さらに昂じて今度はちくま文庫のつげ義春コレクション『ねじ式/夜が掴む』を買ってしまった。

出版社が異なるので、既に僕が持っている新潮文庫のつげ義春作品集3冊(『無能の人・日の戯れ』、『義男の青春・別離』、『蟻地獄・枯野の宿』)と小学館文庫『紅い花』とでいくつかの作品が重複してしまうのだが、いずれにも収められていなかった『ねじ式』、『ゲンセンカン主人』、『雨の中の慾情』がどうしても読みたくて Amazon でポチってしまった。

で、これは『紅い花』のところにも書いたのだが、『ゲンセンカン主人』を読んで、これまた石井輝男監督がそっくりそのまま映画化していることに驚いた。

まあ、でも、この原作を読むと、台詞も、ト書きも、構図も、妄りに棄てたり変えたりすると、それはつげワールドでなくなってしまうものなあ、と納得できる。

それは『雨の中の慾情』も同じで、映画の冒頭のエピソードはやはり原作にかなり忠実で、コマごとに進む漫画のコマとコマの間を巧みに人間が演ずる動画で埋めたような印象がある。もっとも原作の義男は成田凌のようなイケメンではないが(笑)

それにしても、この作品集ではシュールな作品が多いのに驚く。あまりに発想が自由なので、話がどこに飛んで行くのか予想がつかない。そして、起承転結は、往々にして、ない。

それはつげ義春が自分が見た夢を多く漫画にしているからなのかもしれないが、しかし、この野放図なほどの自由さはやはりつげの第一の特質だと思う。

Continue reading "『ねじ式/夜が掴む』つげ義春(書評)"

| | Comments (0)

Saturday, November 22, 2025

映画『チェンソーマン レゼ篇』

【11月22日 記】 映画『チェンソーマン レゼ篇』を観てきた。

ある日映画館に行ったらアニメの予告編が始まり、まさに怒涛の動画だしストーリーも面白そうだけど何だろう?と思ったら、それが『チェンソーマン レゼ篇』だった。

僕はこれまでに『チェンソーマン』は観たことがない。テレビアニメの場合は最初に出遅れるとそんなことはよくある。

もちろん初回から「これは観たくない」と思って観ない作品もあるにはある(『鬼滅の刃』はそんな作品だ)のだが、『チェンソーマン』はただ知るのが遅かったというだけだ。

で、とにかく描画能力は極めて高いし、クレジットを観たら MAPPA の制作だからこれはもう安心して観られる。そして、ストーリー的にも大いに期待できそうな気がしたのだ。

問題は、原作も知らなければアニメ版のレギュラー回を一度も観ないまま観て解るかどうかということなのだが、なんとなく解りそうな気がしたし、何よりも評判がかなり高いので解らなくても観ておこうと思ったのだ。

実際観てみると、もうちょっとラブコメ(ちょいエロ要素あり)寄りかと思っていたら、相当スプラッタ・バトル寄りだったのには少し当てが外れた(それでも映画デートのシーンなどは結構深くて面白かった)が、全体としてアニメーションの表現力は超絶絶妙である。

Continue reading "映画『チェンソーマン レゼ篇』"

| | Comments (0)

Wednesday, November 19, 2025

映画『君の顔では泣けない』

【11月19日 記】 映画『君の顔では泣けない』を観てきた。

いつもは監督の名前で映画を選んでいる僕だが、坂下雄一郎という名前には記憶がない(調べてみたら、MBS で『マジで航海してます。 』や『カフカの東京絶望日記』のうちの何話かを担当した人だと判ったが)。

今回は予告編に惹かれた。設定に惹かれた。

大林宣彦監督の『転校生』以来、男女の入れ替わりモノはもう明らかに食傷気味であるが、この映画にあっては、2人は元に戻らないで、映画が始まった時点では既に 15年戻らないまま過ごしている、という設定が今までと全く違っている。

これまでの作品は大体が元に戻るまでのドタバタを描いたものだったが、ここではずっと元に戻れない2人、もうこのまま生きて行くしかないのかなと諦めかけている2人を描いているのだ。そこが気に入った

原作は君嶋彼方の同名デビュー小説である。

ジャニーズ事務所出身のアイドルは、本業は歌と踊りだと思うのだが、不思議に良い演技をする役者が多い。髙橋海人もそのひとりで、僕は 2020年の『姉ちゃんの恋人』(KTV)から注目していた。予告編で彼が女っぽい声を出していたのにも妙に惹かれた。

そして、同じく予告編で男っぽい喋りをしていたのが芳根京子だ。彼女については 2015年の『表参道高校合唱部!』(TBS)で度肝を抜かれ、以来ずっとファンである。

配役を書くとややこしいのだが、入れ替わった後の水村まなみを髙橋海人が、入れ替わった後の坂平陸を芳根京子が演じている。そして、高校時代の陸→まなみを武市尚士が、まなみ→陸を西川愛莉が演じている。

で、ストーリーはと言えば、これは本当によく書けた本である。

Continue reading "映画『君の顔では泣けない』"

| | Comments (0)

『小説』野崎まど(書評)

【11月18日 記】 小説という題名の小説である。なんじゃ、そりゃ?という感じのタイトル。

主人公は小説好きの少年・内海集司。

小さい頃から、自分が本を読んでいると父親が喜ぶので次々といろんな本を読み始めたのだが、実は父親は自分が本を読んで勉強し「優秀な成績を修めて社会的地位が高く高収入の仕事に就いてほしい」と願っていただけだと知ってからは、父親の期待を裏切って小説しか読まなくなる。

で、ごく当たり前にこの先を予想すると、この少年がいつしか小説を書く小説家になるのだが、そうではない。

友だちがほとんどいない集司の唯一の友だちとなったのが外崎真である。

反応が悪くて鈍臭く、学校の成績は良くない。集司以上に他人とのコミュニケーションがうまくできない。だが、それまで本を読んだことがなかった外崎が集司に感化されて、本を読む面白さに目覚め、読書に没頭し始める。

当初はそんな外崎を、集司が先輩面をして指導するような立場だったのだが、ある日集司は外崎がめちゃくちゃ“書ける”ことに気がついてしまう。この辺りは魚豊の漫画『ひゃくえむ』のトガシと小宮の関係を連想させる。

一方で、集司は読むのは大好きだが、ただ読むだけで、書こうとしても全く巧く書けず、ついに作家になることは諦め、「読むだけじゃダメなのか」と悩み始める。

Continue reading "『小説』野崎まど(書評)"

| | Comments (0)

Sunday, November 16, 2025

小学館文庫『紅い花』と、つげ義春と映画

【11月16日 記】 映画『旅と日々』を観たら、録画したままになっていた映画『ゲンセンカン主人』を観ずにいられなくなくなって、それを観たらたまらなく原作が読みたくなって、既に僕はつげ義春の作品集として新潮文庫を3冊持っているが、それとは作品があまり重複していない小学館文庫の『紅い花』を買って一気に読んだ。

ここには映画『ゲンセンカン主人』で扱われていた『李さん一家』と『紅い花』が収められている。そして、ついでに、映画『ゲンセンカン主人』のエピソードのひとつであり、新潮文庫に収められている『池袋百点会』も読み直してみた(再読とは言え、例によって何も憶えていなかったが)。

ちなみに、この『池袋百点会』は映画『雨の中の慾情』の1エピソードでもあった。

さらに、この文庫に収められている『海辺の叙景』と『ほんやら洞のべんさん』を原作にして、2つのエピソードをうまく縫い合わせたのが映画『旅と日々』である。

最初に驚いたのは、映画『ゲンセンカン主人』の原作に対する忠実さである。『李さん一家』も『紅い花』も『池袋百点会』も、どれを見ても、筋も台詞もト書きも構図も、ほぼ原作のままである。

ただ、映画は現実の人間が演じているので、つげの画に出てくる人物ほどデフォルメはされておらず、そういう意味で映画のほうがややノーマルになってしまう。それから、これは映画『ゲンセンカン主人』が作られた際の時代性もあるのだろうが、性の描き方が漫画のほうが奔放で、エロい。

一方、映画『旅と日々』のほうは、韓国人女性の脚本家を主人公にした独自の設定に、『海辺の叙景』と『ほんやら洞のべんさん』を取り込んだ形になっていて、少し原作を触っているが、必ずしもこの構造のために変えざるを得なかったものばかりではなく、例えば最初に夏男がいた海岸にイタリア人女性はいなかったし、原作ではべんさんは最初から錦鯉を盗みに行くのだと宣言していたりもする。

Continue reading "小学館文庫『紅い花』と、つげ義春と映画"

| | Comments (0)

Friday, November 14, 2025

映画『平場の月』

【11月14日 記】 映画『平場の月』を観てきた。

原作は朝倉かすみの同名小説。僕は読んだことさえすっかり忘れていたが、このブログにちゃんと書評を上げていて、しかも激賞している(笑)

(今回、原作を読まずに映画を見る人にとってはネタバレになることも書いているので、それを避けたい人はここで読むのをやめてください)

中年の恋愛、所謂「焼け木杭に火がつく」話である。しかもその木杭に最初に火がついたのは中学時代だ。そのときは告白した青砥に須藤は、他の男子に対してと同様に非常につれない塩対応を返す。

そして、お互いに 50代になって、お互いにいろんな事情があって故郷に舞い戻ってきて、お互いにバツイチの身で再会してゆっくりと関係を深めるが、やがて須藤は癌になって、やがて青砥に知らせずに死んで行く。

原作ではそのことが冒頭で明かされているが、映画では最後まで伏せられている。

監督は TBS の土井裕泰。脚本は向井康介だ。

向井はとても巧い脚本家だ。しかし、今回の印象に残った台詞は、その多くが原作そのままであるということをパンフレットを読んで知った。

例えば、須藤(井川遥)を評して何人かの人に言わせている「太い」という表現。これなどは気丈で頑なで生真面目な須藤の性格を本当に見事に表している。

この台詞を主人公の青砥(堺雅人)やその同級生たちだけではなく、須藤のかつての年の離れた恋人であった鎌田(成田凌)にも言わせたのがまことに巧い。

また、この須藤を演じた井川遥の演技がまさに完璧と言えるほどのもだった。

朝倉かすみらしい、他の作家には書けないし、書きもしないし、実際この年の女性が言いそうもない台詞をこともなげに言ってのけながら、そこに如何にも須藤らしいリアリティを感じさせる、その声のトーンまで含めて、女優としてあっぱれなコントロールだと思った。

Continue reading "映画『平場の月』"

| | Comments (0)

Tuesday, November 11, 2025

『ゲンセンカン主人』

【11月11日 記】 映画『旅と日々』を観たら、急に気になって、WOWOW から録画したっきりになっていた『ゲンセンカン主人』を観た。石井輝男監督、1993年。

驚いたのはここにも「企画」として、SEDIC の中沢さんがクレジットされていたこと。『無能の人』にも『雨の中の慾情』にも、昨日観た『旅と日々』にも全て中沢敏明の名前が記されている。

中沢さん、つげ義春にはよっぽどの思い入れがあるんだろうなと思う。

そして、『旅と日々』にも出ていた佐野史郎が、ここでは(つげ義春の作品の中に出てくる、彼自身の分身である)漫画家・津部(つべ)を演じている。

他の映画でもそうだったが、つげの原作は映画にするにはやや短いので、何作かを織り込んで1本の映画にすることになる。

ここでは津部が自らの作品を語ったり、編集部の人間が彼の作品を読んだりする形で4つの話が扱われているのだが、最後に本人役で本物のつげ義春が出てきて、これまた驚いた。

ここで取り上げられたのは、『李さん一家』、『紅い花』、『ゲンセンカン主人』、『池袋百点会』の4つ。

そのうちの『池袋百点会』は映画『雨の中の慾情』でも扱われていた。そして、僕が持っている新潮文庫版の作品集『無能の人・日の戯れ』にも収められている。

Continue reading "『ゲンセンカン主人』"

| | Comments (0)

Monday, November 10, 2025

映画『旅と日々』

【11月10日 記】 映画『旅と日々』を観た。

僕は大体は監督で映画を選んでいるし、三宅唱は好きな監督の一人だが、今回は監督で選んだのではない。原作がつげ義春の漫画だと知ったからだ。

そんなにたくさん読んでいるわけではないのだが、やっぱりつげ義春はすごい作家だと思っているし、どうしようもなく惹かれるものがある。

寂寞として、ある種不条理の世界に見えて、しかしどこか絵空事ではなく、それは現実に妙に根ざしていている気がする。

切ないようで、切ないという表現はちょっと違うような気もする。

そこにあるのはかなしみとおかしみだ。そう、かなしさとおかしさではなく、曰く言い難いかなしみとおかしみなのだ。

それは映画になっても同じで、僕が観たものでは『ねじ式』(1998年)にしても『リアリズムの宿』(2004年)にしても、『雨の中の慾情』(2024年)にしても、適任な監督が適切に撮れば、そこにはそこはかとないかなしみとおかしみが浮き出てくる。

そんなことを考えながらパンフレットを読んでいたら、三宅監督がインタビューで「おかしみと哀しみ」と言う表現をしていて驚いた。

Continue reading "映画『旅と日々』"

| | Comments (0)

仲間由紀恵は松坂慶子になれるか?

【11月10日 記】  最近、仲間由紀恵は果たして松坂慶子になれるのかどうかを注視している。

松坂慶子と言えば昭和中期を代表する“美人女優”だった。歌手としての実績もあり、バニーガール姿で網タイツを穿いて歌った『愛の水中花』は大ヒットした。

そんなひたすら美しくてセクシーなヒロインで売ってきた彼女だったが、年を経るにつれて次第にイメージを変えてきた。

単に青春ドラマ、メロドラマやシリアスなドラマばかりではなく、ライト・コメディもこなすようになったというだけのことではなく、トップクラスの主演女優としてたくさんの賞も獲ったあと、美しいヒロインのイメージを脱して、いつの間にかちょっとふっくらとして、なんだか少し抜けたおばさん役やお母さん役を多くこなすようになっていたのである。

ごく最近の作品で言えば、Netflix の『舞妓さんちのまかないさん』でのおかあさん(常盤貴子の母で、蒔田彩珠の祖母)や、同じく Netflix で是枝裕和が撮った『阿修羅のごとく』のおかあさん(國村隼の妻で、宮沢りえ・尾野真千子・蒼井優・広瀬すずの母)や、映画『父と僕の終わらない歌』でのおかあさん(初期の認知症を患った寺尾聰の妻で、松坂桃李の母)役などが挙げられる。

今ではすっかりそんな感じのイメージが定着してきたのではないかと思うのである。

特に彼女が若かった頃の飛び抜けた美しさを知らない若い人たちは、そういうちょっと間抜けで、でも憎めない中年~初老の女性を演じる巧い役者としか思っていないのではないだろうか。

Continue reading "仲間由紀恵は松坂慶子になれるか?"

| | Comments (0)

Sunday, November 09, 2025

宮川安利 Ari Miyakawa

【11月9日 記】 最近、宮川安利 Ari Miyakawa の YouTube チャンネルにハマっている。

宮川安利は作編曲家の宮川彬良の娘であり、ということは宮川泰の孫である。

宮川泰は筒美京平と並んで僕が敬愛してやまない歌謡曲の作編曲家である。

彼が作曲した数多のヒット曲には目を瞠るような素晴らしい作品が目白押しだし、僕の個人的な体験としては、FMラジオで毎週土曜日の昼に放送していた『コーセー化粧品 歌謡ベストテン』の司会者として、彼がベストテン入りしたいろいろな楽曲を理論的に、しかし、分かりやすく分析してくれるのを聞くのがものすごく楽しみだった。

そして、この宮川安利のサイトでは、最近“父と娘の音楽教室”と銘打って宮川彬良が頻繁に登場しているのだが、これがめちゃくちゃ面白い。

そして、これら一連のビデオを観て、僕は今まで(馬鹿にはしていないまでも)あんまり大した人だと思っていなかった宮川彬良が如何に凄い人なのか、改めて再認識したのである。

全4回の『奇跡の転調シリーズ』もいちいち目から鱗だが、

父と娘の2人で、父であり祖父である宮川泰(安利は「じったん」と呼んでいたらしい)の名曲を解説しているこのビデオなんか、もうべらぼうとしか言いようがない。

Continue reading "宮川安利 Ari Miyakawa"

| | Comments (0)

Wednesday, November 05, 2025

映画『爆弾』

【11月5日 記】 映画『爆弾』を観てきた。

僕が永井聡監督を初めて観たのは『ジャッジ!』(2014年)だったので、どうもいつまでもあの手の業界ものドタバタ・コメディを作る人だというイメージが強いのだが、その後の作品を並べてみると、『世界から猫が消えたなら』(2016年)、『帝一の國』(2017年)、『恋は雨上がりのように』(2018年)、『キャラクター』(2021年)と、ものすごくバラエティに富んでいる。

これは彼の趣味が広いということなのか、あるいは、どんなオファーでもこなしてしまう器用な監督だということなのか、その両方なのか?

それにしても、僕は『キャラクター』以外は全部観ているにも関わらず、そして『ジャッジ!』に特別惚れ込んだわけでもない(「賞をとるような映画ではないし、一生記憶に残る作品でもない」と僕は書いている)のに、いつまでも『ジャッジ!』のイメージを引きずっているのは何故だろう?

その後の作品はいずれも悪い映画ではなかった(どの映画も僕は、全体としては褒めている)けれど、やっぱり少し印象が薄かったということなんだろうか?

で、今回は連続爆破事件だ。僕にとっては7年ぶりの永井作品。

野方署が酔っ払って酒屋で暴行を働いた男(佐藤二朗)を逮捕した。男はスズキタゴサクなどというテキトーな名前を名乗るが、それ以外は住所も何もかも記憶喪失で分からないと言う。だが、タゴサクは「自分には霊感がある」と言い、その直後に起きた秋葉原での爆発事件を予言してしまう。

その後もタゴサクは面白がってクイズを出すみたいにして、取り調べの警察官に対してその後に起きる爆破事件のヒントを与える。それによって、中には警察が未然に防いだケースも出てくるが、死傷者多数の大惨事も起きる。

Continue reading "映画『爆弾』"

| | Comments (0)

Tuesday, November 04, 2025

Kindle の“ハイライト”

【11月3日 記】  僕は普段 Kindle で本を読んでいる。

Kindle ユーザならご存じだと思うが、あれは読みながら指でなぞって文中任意の箇所にマーカーを引くことができる。これをハイライトと言う。

そして、読み進んで行って、他の何人ものユーザがハイライトした箇所に来ると、そこに破線の傍線が引かれていて、小さな文字で例えば「29人がハイライトしました」みたいなことが添えてある。

僕はこれを目にするといつも、「はぁ、君らはそんなところに、なんか心を動かすものを感じたの?」と思ってしまう。僕がハイライトする箇所とはほとんど重ならないのである。

あくまで評論などではなく、小説を読んでいるときの話だが。

Continue reading "Kindle の“ハイライト”"

| | Comments (0)

Monday, November 03, 2025

『カフネ』阿部暁子(書評)

【11日2日 記】 2025年本屋大賞受賞作である。

出だしから面白かった。41歳のバツイチ社会人・野宮薫子が、先日亡くなった弟・春彦の婚約者だった小野寺せつなを喫茶店で待っている。待ち合わせの時間を 20分過ぎてもやって来ない。

ブルーデニムのつなぎ服を着て「どこの作業員だ?」と思われるようないでたちのせつながやっと現れたと思ったら、弟に紹介されたときと同じく無愛想でつっけんどんで物の言い方に遠慮がない。

その薫子が、ひょんなことからせつなが働いている家事代行会社「カフネ」が宣伝も兼ねてやっている家事代行ボランティアを手伝うことになる。2人は決して意気投合したわけではなく、むしろその逆だったが、薫子の片付けの才をせつなが見出したのだった。

困っている家庭に2人が行き、薫子がビニール袋を2枚持って猛然と片付けをやり、せつなが途轍もなくテキパキと見事な料理を大量に作る描写が読んでいて小気味良い。

困っている家庭も事情はそれぞれで、薫子とせつなに対する人当たりもさまざまだ。

その辺の描き方が面白く、どんどん読み進む。

その間に弟の謎の死の状況や、(終盤では)その真相が語られ、弟ばかりを可愛がってきた薫子の母親と薫子との関係が語られ、薫子の不妊治療と離婚が語られ、カフネの創業者や、春彦の死の第一発見者であり親友でもあった男とも関わり、そんな風に周囲の風景がどんどん流れる中で、薫子とせつなの関係も微妙に変わって行く。

Continue reading "『カフネ』阿部暁子(書評)"

| | Comments (0)

Sunday, November 02, 2025

映画『恋に至る病』

【11月2日 記】 映画『恋に至る病』を観てきた。

館内は恐らくなにわ男子のファンと思われる女の子たちがいっぱい。中に女の子に付き合って男の子も来たという感じのカップルもチラホラ。でも、僕はいつも通り監督目当てだ。

廣木隆一監督の作品はこれまでに映画館で 19本を観てきたが、ここのところ作品がなかったのでこれが3年ぶりということになる。

斜線堂有紀による同名恋愛小説が原作で、転校してきた内気な高校生・宮嶺望(長尾謙杜)とクラスの中心人物・寄河景(山田杏奈)のラブ・ストーリーに、クラスメイトの連続不審死事件というミステリ要素を絡めてある。

ちなみに最初の事件に関しては景がさらっと宮嶺に「私が殺した」と告白するが、どうやって殺したのかも、あるいは本当に彼女が殺したのかどうかも定かでない描き方をしている。

廣木監督の画作りの特徴は長回しと引き画だと僕は思っている。

この映画でも少なからぬシーンをワン・カットで撮っている。

宮嶺が転校してきた日のシーンでは、2人が会話しながら自転車で走るダイナミックな長回しになっているが、最初は同じ道ではなく、並行していてお互いの姿は見えていて声も届くけれど別々のところを走っている ── という面白い構図だ。

そして、そのシーンでもそうなのだが、喋っている俳優の顔がアップにならない。

宮嶺が体育館に入ってくるシーンでもそうだ。冒頭は場所を説明する必要があるから当然ロングの構図なのだが、多くの映画ではその後すぐに人物の1ショットになる。でも、この映画では引いたままの構図で話を進めている。

こういうアイドルを起用した映画などではとにかくアイドルの表情を見せようとするものだが、そこはグッとこらえてカメラは寄らないのである。

Continue reading "映画『恋に至る病』"

| | Comments (0)

Saturday, November 01, 2025

映画『ミーツ・ザ・ワールド』

【11月1日 記】 映画『ミーツ・ザ・ワールド』を観てきた。

これは金原ひとみの原作小説を読んでいる。柴田錬三郎賞を受賞した作品だが、僕にはあまりピンと来なかった。

しかし、そういう小説が映画化されると、もちろん監督や脚本家、そして出演者次第ではあるが、素晴らしい作品になることは往々にしてあるので、とても楽しみにして観に行った。監督は松居大悟である。

観る前に、一番問題だと思ったのは、原作では確か由嘉里はあまり器量の良くない女性で、だからとてもきれいなキャバ嬢ライに憧れるわけだが、それを杉咲花みたいな愛くるしい女優が演じるのは如何にも違和感があるということだった。

そういう役をやらせるのであれば、例えばこの映画には松居組の常連・大関れいかが出ていたが、彼女とか、あるいは江口のりこクラスを持ってこないとリアリティが出ないんじゃないかな。しかし、大関が主演では客が来ないだろうし、江口では年齢が上すぎるし…。

映画では杉咲にブカブカの服を着させたり、安っぽい髪留めをさせたり、顔にはソバカスがあったりして、必死にダサい感じを出そうとしていたが、結局その点は払拭できなかった。

でも、だから映画の出来が悪かったかと言えば、決してそんなことはなかった。

やっぱり杉咲花は女優としての安定感が抜群で、どんな役でもこなしてしまう。今回の役柄ではあの早口が如何にも腐女子、と言うよりは何かと自信の持てない女子にありがちな感じが見事に出ていた。

Continue reading "映画『ミーツ・ザ・ワールド』"

| | Comments (0)

« October 2025 | Main | December 2025 »