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Wednesday, October 15, 2025

『秒速5センチメートル』(新海誠オリジナル)

【10月15日 記】 新海誠監督のオリジナルアニメ『秒速5センチメートル』を今さらながら観た。

奥山由之監督の実写版はこのアニメ版原作を言わば膨らませているわけだから、観る順番としてはどう考えてもアニメ版を先に観るべきである。しかし、実写版を先に観てしまったのだから仕方がない。

で、あの実写版を観たら何が何でもこの原作を観ないわけにはいかないではないか。

── というわけで遅まきながら Amazon Prime Video での鑑賞となった。

以下、主に実写版との比較の観点から、思ったことを箇条書き風に列挙してみる。ちなみに完全ネタバレになっているので、まだ両作をご覧になっていない方は後から読むか先に読むか、よーく考えてからにしてほしい。

  • 原作は「3章に分かれている」ことは知っていたが、ああ、こういう構成になっていたのか、と。
    つまり、最後の第3章『秒速5センチメートル』だけは回想込みだが、第1章『桜花抄』、第2章『コスモナウト』から第3章に至るまで基本的に時系列なのである。
    実写版はフラッシュバックを多用してそれを巧みに入れ替え、読み応えのある構成に再編していたのである。これはあっぱれだと思った。
  • 原作では山崎まさよしの『One more time one more chance』をこんなにフィーチャーして冒頭からかけまくっていたのかという驚き。そもそもこの作品がこの歌にインスパイアされてできたものだという話も読んだので、それならそれも当然であるが。
  • で、まず驚かされるのは、やっぱり新海誠の圧倒的な画力であり、表現力だ。あくまで写実的な無生物に対して如何にも手書き風の人物の組合せが素晴らしい。人以外の自然物はその中間に属している。
    とりわけ空の描き方がとても自由。ある程度の現実感を求められる実写映画ではとてもあそこまではできないし、実際そうはしていなかったし、それは正しい判断だと思う。
  • 駅や車内のアナウンスから踏切の警報、電車が通過するときの音、そして、雪を踏みしめる足音まで、さまざまな音のあしらい方も完璧だった。
  • 貴樹の声を聞いた瞬間に、「あれ、これは知っている声だ。誰だっけ?」と思ったのだが、クレジットを見たら水橋研二だった。大好きな俳優だ。
    ただ、貴樹も明里も、中学生にしては少し声が低く、大人びすぎている感じがしたのも確かだが。
  • ストーリーはかなりの部分貴樹や明里のナレーションによって進められる。ここは実写版との大きな違いだ。もちろん実写の場合にはもっと細かい、多彩な表現が可能になるので、そういう進め方は採らなかったのだろう。
  • 『桜花抄』のラストなどでの貴樹の語りが、中学生にしてはとても難しい言葉を知っているし、表現が大人っぽすぎる気がしたが、「ああ、これはひょっとしたら、大人になってからの貴樹の回想の声なのかもしれない」と思った。
  • 僕の実写版の映画評には「どうやら美鳥は実写版オリジナルの登場人物のようだ」と書いたが、そうではなく、原作の第2章にもちゃんと花苗の姉は出てくる。ただ、彼女には「お姉ちゃん」以外の呼び方はなく、第3章に彼女は出てこない。
    花苗の姉で、花苗と貴樹の学校の先生である女性に美鳥という名前を与えて、その美鳥が後に東京に出て、明里が働いている書店の先輩社員になっている、というのが鈴木史子によるオリジナル設定だったということだ。
    うん、よく考えたね、と感心する。
  • 僕が「何と言う構図だ!」と腰を抜かした、花苗と貴樹の帰り道に突然現れたロケット打上げのシーンはそのままアニメ版にあった。これぞ新海誠だ!と改めて思った。実写版はそのカットをほぼ忠実に再現している。
  • ただ、第2章で僕が一番好きだったシーンが原作にはなかった。
    それは花苗が、顔を真っ赤にして同級生に「(貴樹くんのことが)好きなのもう(貴樹くんに)バレてるかも」と言うシーンだ。あそこは女優・森七菜の真骨頂だった。
    そして、花苗が貴樹をとても心もとない感じでカラオケに誘うシーンもなかった。
  • 花苗が失恋に至る過程はアニメと実写では微妙に構成と順序が違ったが、僕は実写版のほうが優れていたと思う。あれはめちゃくちゃ切実で、めちゃくちゃ切なかった。
  • 実写版ではラストに持ってきていた、貴樹と明里が踏切ですれ違うシーンを、アニメは第3章の冒頭に持ってきていた。そして、明里が結婚を控えていることを随分早いタイミングで観客にバラしていた。
    第3章で描かれているのは、貴樹が水野さんと分かれたということと、会社を辞めたということと、明里が結婚を控えているということだけなので、実写版が一番膨らませたのはこの章だったということが分かった。
    それが分かると、鈴木史子による再構築がなんと見事なことかと、改めて感服した。
  • 彼女がこの映画に起用されたのは、フジテレビ所属のプロデューサーが彼女が「フジテレビヤングシナリオ大賞」に応募してきた時からの知り合いだったことによるらしい。しかし、調べてみると、彼女は「フジテレビヤングシナリオ大賞」を受賞していない。こんな才能がよくも今日まで埋もれていたものだ。
    結局のところ実写版のキモは、新海原作に対するリスペクトフルな再現に留まらず、最後の章を膨らませた大胆な創造力だったと言えるのではないか。
  • そして、アニメには決して表現できない、生身の役者の熟練した演技力がそこに加わったことで、この実写映画は最強のものになった気がする。
  • 無論、言うまでもないが、この原作アニメは、これはこれでとんでもない名作であった。

しかし、こうやっていろいろ比較・考察してみると、実写版を先に観たのはそれはそれでそれなりに正解だったような気もしてきた(笑)

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