映画『秒速5センチメートル』
【10月10日 記】 実写版の映画『秒速5センチメートル』を観た。
僕は新海誠のファンだが、そんなに古くからのファンではないし、大体において新作志向なので、彼の『秒速5センチメートル』は(何度か観てみようかなとは思いながら結局は)観ていない。
でも、この映画の予告編で新海誠が「最後には自分でも驚いたことに、泣きながら観ていました」みたいなことを言っていることを知って、これは観なければ!と思ったのである。
しかし、この映画を最初に観ようと思ったのは監督が奥山由之だと知った時だった。彼の映画デビュー作で自主制作だった『アット・ザ・ベンチ』 の作りの面白さに魅了されてしまったからだ。
人気の少ない公園のベンチだけが舞台の、言わば一場もののコメディだったのだが、その縦横無尽なカメラワークとめちゃくちゃリアルな台詞回しがべらぼうに面白かった。
そして、その時すでに次の作品は『秒速5センチメートル』と発表されていて、とても興味が湧き、これは観ようと思った。
そこに、前述の新海誠のコメントが被ってきたのである。これは何が何でも見逃すわけに行かないと思った。
で、観てみると、原作が良いのか監督が良いのか知らないが、いや多分両方だろう、素晴らしい映画だった。
古いフィルムみたいに加工したざらっとした風合いの画面に切り取られた構図が、どれもこれもとても美しい。
いや、構図だけでなくフレームの中にあるすべてのものが、人も建物も、月も雲も桜の木も、プラネタリウムも雪景色も、一つひとつが見事に美しいのだが、とりわけその位置取りが秀逸なのである。
カメラマンは『百花』や『青春18×2 君へと続く道』、そして奥山監督の『アット・ザ・ベンチ』も担当していた今村圭佑だ。
この映画ではそんな美しい画をバックに、貴樹(上田悠斗〜青木柚〜松村北斗)と明里(白山乃愛〜高畑充希)の小学生時代から 30歳までが描かれるのだが、この一人ひとりが、これまた観ていて固唾をのむほどの素晴らしい演技をしている。
そして、出てくる女優たち(濃淡はあるが、みんな貴樹の人生に何かしら絡んだ女性たちだ)が各人各様に魅力に溢れているのだ。
小学生の明里、高校時代に貴樹に片想いしていた花苗(森七菜)、花苗の姉で貴樹と花苗の高校の先生だった美鳥(宮﨑あおい)、職場の同僚の水野さん(木竜麻生)。
もちろん吹っ切れない大人になってしまった貴樹を演じた松村北斗も、どこかで吹っ切れた明里を演じた高畑充希も、大人の落ち着きを演じて見せた宮﨑あおいも、そして貴樹と「似た者同士」の水野さんを演じた木竜麻生も、みんな素晴らしい演技で強い印象を残してくれたのだが、とりわけ明里の少女時代を演じた白山乃愛の信じられないほどの愛くるしさと、大人の心を動かす確かな演技は瞠目に値する。
そして圧倒的だったのは森七菜だ。カブが故障して仕方なく貴樹と2人で歩いて帰る田舎道で、彼女が突然泣き出した気持ちが痛いほど分かった。
そして、そこに突然被ってくるロケットの打ち上げ。── 何と言う構図だ!
とにかく切ない。
僕はわざとらしいハッピーエンドが大嫌いだが、途中からはただただ祈るようにハッピーエンドを待ち望みながら観ていた。
でも、十数年ぶりに再会しそうな2人は何度もすれ違ってしまう。
とにかく切ない。しかし、これが人生なのだ。悲しいこと、思い通りに運ばないことがあっても、まだ捨てたもんじゃない、これが人生なのだ。
脚本を書いたのはまだそれほど実績のない(僕が観た中では『愛に乱暴』の共同脚本を担当)鈴木史子だ。3章に分かれた原作を大胆に組み替えた部分もあるらしい(どうやら美鳥は実写版オリジナルの登場人物のようだ)。その一方で、奥山監督は「当時新海さんが描かれた絵の中で、今も同じ風景として残っている場所に関しては、できる限り忠実に同じ画角で撮るように心がけました」とも言っている。
原作を知らずにこんなことを言うのも何だが、その辺の塩梅がとても良かったのではないだろうか?
撮影前に監督からもらった資料について、宮﨑あおいは「売り物なのかな?と思うくらい立派な冊子でした」と言い、森七菜は「超絶オタクだ…!って思いました(笑)」と言っている。
そういう人なのだ。そういう監督なのだ。その人となりが映画にしっかり現れていると思った。
うむ、もう一度観ても良いかな。いや、こうなると新海監督の原作も観てみなければならないだろう。
機微に触れる作品だった。
【10月15日 追記】原作アニメをアマプラで観た。その記事はこちら。


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