『PRIZE』村山由佳(書評)
【9月16日 記】 村山由佳を初めて読んだ。かなり話題になっている小説だが評判を裏切らない面白さだった。
直木賞作家である村山が、何度も直木賞候補になりながら結局は獲れず、直木賞がほしくてほしくてたまらない女流作家・天羽カインを描いている。
それは、「はぁ、直木賞の選考ってそんな風にやっているのか」という業界物ルポルタージュ的な面白さには留まらない。むしろ、そんなことはどうでも良くて(つまり、仮に直木賞について多少デフォルメしたような部分があっても構わなくて)、描かれている人間自体が面白いのである。
各章は1人の作家と2人の編集者の視点から描かれており、その感じ方の違いがまず面白い。そして、その関係性が徐々に変化して行くところが面白い。
特筆すべきは(全部ではなく部分的にしか紹介されないが)作中作の面白さである。
作中作が面白い小説の最たるものはジョン・アーヴィングの『ガープの世界』に出てくるガープ作の『ベンセンヘイパーの世界』だが、小説にこういう構成を取り入れられるのはよほど自信があってのことだ。
この小説に出てくる天羽カイン作の『テセウスは歌う』も同様で、「最後の2行を削ったほうが良くなる」「いや、2行のうち1行は残したほうが良い」という作家と編集者のやり取りを通じての推敲をめぐる展開にこれだけの説得力があるのは、まさに作家の力量によるものである。
その他にも巧いなと感じさせる部分がたくさんある。派手な表現ではなく、ありきたりの言葉の組合せと積み重ねで芯を突いてくるのである。
例えば、結局最後には離婚することとなる夫との会話:
「ゴルフ?」
「なわけないだろ。こっちのゴルフ場なんか先月末から全部クローズしてる」
「そう。ごめんなさい、興味がないものだから」
「だとしたって常識だよ」
この、夫の腹立たしい物の言い方。そして、互いに愛情の冷めた感じ。
最初のほうの、天羽カインの心がけについて述べたところ:
物語の構造そのものにも工夫を凝らし、容易には見抜けない謎をちりばめながらも、読んでいてつまずく箇所がないよう状況説明のわかりやすさに気を配った。
という辺りも、最初はこれは村山自身の執筆の極意を示したものかと思ったのだが、読み進むにつれて、要するにそんなことだけでは最高クラスの小説は書けない、直木賞は獲れないのだということを示しているように取れる。
この辺がこの小説の妙である。
最後の章を編集者・千紘の視点にしたのは絶妙だと思う。そして、カインと千紘のほとんど破綻しかけている関係性を、最後にはどうなったかを描くのではなく、その時点でぷっつりと打ち切っているところが深い余韻を生んでいる。
直木賞はもう獲っちゃっているので無理だが、例えば本屋大賞とか、なんか賞が獲れるんじゃないかな。


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