映画『九龍ジェネリックロマンス』
【9月3日 記】 映画『九龍ジェネリックロマンス』を観てきた。
原作漫画は読んだことがないが、テレビのアニメ版は全話観た。めちゃくちゃ面白かった。しかも、映画版は池田千尋が監督だと言うのでとても楽しみにしていた。
このアニメはレグザの片岡秀夫さんの分析によると、視聴者の中心は最初は男性もいたのに次第に女性中心となったとのこと。SFサスペンスだと思って見始めた男性層が「なんだ、ラブ・ロマンスか」と思って逃げて行ったのではないかというのが片岡さんの解釈だ。
ただ、この映画版では、冒頭近くでいきなりテレビ画面の中で蛇沼(竜星涼)がジェネテラについて語るシーンがあり、そして早い段階で、九龍城砦の外側で蛇沼とグエン(栁俊太郎)が会って第二九龍の成り立ちについて語るシーンがあった。
僕は、ああ、映画版ではむしろ SF に寄せようとしているのかなと思った(最後まで見ると決してそうではなかったのだが)。
アニメ版においては、何故あんな正8面体が宙空に浮かんでいるのか、そして、それが何をしているのかがずっと解き明かされないまま展開していたのが、まさに SFミステリ的な不思議な魅力になっていたので、映画でこんなに早く種明かしが始まったことについては、僕としては、「ちょっと分かりやすくなりすぎて残念だ」と感じたのだった。
しかし、まあ、それも2時間の映画に収めるためには仕方のないことで、そういう意味では蛇沼の生い立ちや父親との確執など、彼の背景を語る部分を省かざるを得なかったのも頷ける。
その一方で、アニメ版ではかなり早い段階で鯨井令子は自分に過去の記憶がないことに気づいているが、映画では令子(吉岡里帆)は、「そう言われれば」という感じで途中からそれを強く意識し始める。
ことほどさように、この映画は、アニメとは細部についてはいろいろと共有しながら、展開自体はかなり違う形に仕上げてあった。
原作漫画はまだ連載継続中なのだそうだが、原作者の眉月じゅんはアニメ、映画それぞれの展開を尊重し、かつ評価もしているようだ。
さて、この映画は台湾オールロケで再現した九龍城砦とそこでの庶民の生活を、端的に美しいものではないとしても、活力に溢れ、とても魅力的なものとして再現しており、アニメ同様、とても素敵な映像になっている。
多くのシーンで取り入れられた、九龍の街を歩く人の(とりわけ令子の)足許のアップのカットがとても印象に残った。ここでは陽明(梅澤美波)が洋服ではなく靴をデザインして売っているという設定に変わっているのもそのことに繋げたのだろう。
後半はアニメとはかなり違った展開になっており、ひょっとしたら原作やアニメのファンの中には怒っている人もいたりするのかな、と思いながら見ていたのだが、これはこれでとても巧い構成で、工藤(水上恒司)の苦悩も、レコポンの戸惑いと、そこから思い直した前向きな気持も、すんなりと観客の心に入ってくる。
とりわけ、工藤がカラオケで歌う映画オリジナルのシーンは秀逸だった。
「ああ、これはしっかりと池田千尋ワールドになってるぞ! 映画化というものは本来こうでなくちゃ!」と嬉しくなったくらいである。
蛇沼とジェネトラの描き方がとても浅くなってしまってはいたけれど、終わってみるとこの映画は結局 SF ではなく、思いっきりラブ・ロマンスのほうに、と言うか、人間が生きて行くための勇気を描く方向に引き寄せられ、精緻で魅力に溢れ、読後感の良い作品に仕上がっていた。
脚本を手掛けたのは池田監督と和田清人である。
最後にレコポン=令子と鯨井B を演じた吉岡里帆が魅力満載だったことをつけ加えておこう。


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