『世界99』村田沙耶香(書評)
【8月18日 記】 読み終わって一番の感想は、ああ、しんどかった!ということ。無駄に長い小説だ。
僕は Kindle の合本版で読んだのだが、とりわけ上巻がしんどい。下巻になると少しマシになるが、とにかく上巻がゲロ吐きそうなくらい面白くない。生涯で読んだ小説の中でも一二を争う面白くなさだと思いながら読み進んだ、と言うか、先を読むのに呻吟した。
何を描こうとしているのかは解らないでもない。と言うか、僕なりの解釈は立つ。しかし、これではほとんどただの呪詛ではないか。読んでいて後味が悪い。むしろ意図してそういうグロテスクな世界を描こうとしているのだろうけれど、僕から見たらそんなことのために一生懸命アイデアを練っている作家の存在こそがグロテスクである。
最初のほうでまず反感を覚えたのは、主人公の空子が
私は、このとき、自分には性格がないと知ったのだった。(中略)「性格」とは自分で作るものなのだ、とこのとき理解した。
と語るところで、これがまさにこの作品の核となる設定で、空子は他人をトレースし、まるで何かをダウンロードしてインストールするみたいにして、そのコミュニティの構成員として相応しい性格を作り上げ、相手に見事に呼応するのだ。
世間ではこの設定が何か画期的な設定のように評されている部分もあるのだが、僕はむしろ、そんなこと当たり前に誰だってやっていることであって、今さらそれを書くことに、しかも、ことさらこんな風に戯画的に描くことに何の意味があるんだろう?と思った。
そして、空子は自分のことを
自分には性格がないだけではなく、感情もないのかもしれない。そういえばどう考えて捻り出してみても、今までに一度も、怒ったことも、心から悲しいと思ったことも、周りに合わせるのではなく自発的に爆笑したこともない。
と言うのだが、小説を読み進んで行くと、その後に次から次へと感情を表す表現が山のように出てきて、完全に破綻していると思った。
そもそも感情がないなどという全くリアリティに欠ける設定にするよりも、元からあった感情を上塗りして完全に隠してしまうようにしてその場に合った人格をインストールするとしたほうが、そこに人間らしい葛藤も生まれてきて、ダイナミックな構造になって良いのではないかと僕は思う。
そう、そこに出てくるのはまるで塗り絵のような人間像なのである。それは作者が意図して風刺的に描いているのだろうが、そんなもので人間が描き切れるのか?という気がした。
そして、愛玩動物のようでもあり奴隷のようでもあり、性行為の対象にもなるピョコルンなどという架空の動物を持ってきたのを最たるものとして、ラロロリン人という謎の特質と相俟って、次から次へと出てくる奇想天外なもろもろについて、どうしてこんな現実感のない設定を組んだのだろうかと不思議でならなかった。
仮にも現代社会の歪みを描こうとするのに、こんな「想像力」に満ちた設定と展開を見せられると、そこに残るのはむしろリアリティのなさと空々しさだけではないだろうか。女性の置かれた歪んだ立場を描くなら、もっと現代の実社会の様相に即した物語にしたほうが良かったのではないかと僕は感じた。
世界①とか②とか③とかいうのも、読んでいるとどれがどれか分からなくなって面倒くさく、とりわけこういう類型的なものを見せられると更に非現実感だけが増していくのだ。
ま、しかし、冒頭に書いたように、下巻になると少し面白くなる。ただ、しばらく同じしんどさは持続して、終盤になって漸くテンポが上がって小説らしくなる。
虚無という表現は一切出てこないが、空子の虚無感が際立ってくる。と言うか、僕はそう読み取った。そして、全てをトレースして生きてきた空子と、今空子を手術している「染まっている」若い医者という対比が、なんだかとても印象深かったのも事実である。
でも、そこに辿り着くために、ここまで延々と、あんなものをだらだら読まされたのかと思うと、なんだかやりきれない。
確かに最後まで読み切ると、この小説が何故こんなに高く評価されたのかは分かるが、うーん、どうだろう、多分僕はこの人の小説を、少なくとも暫くの間は読もうと思わないだろうなと思う。


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