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Monday, April 28, 2025

映画『花まんま』

【4月28日 記】  映画『花まんま』を観てきた。

前田哲は別に好きな監督でもなかったのだけれど、何本か観ているうちに、この人は外連味はないけれど良い映画を撮る人だなと思えてきて、最近は必ず観るようにしている。

この映画もそんな前田哲監督らしい作品だと思うのだが、これまでと少し異なるのは、この映画はファンタジーと言っても良いような話だというところだ。

朱川湊人という大阪府出身の作家が書いた原作小説があって、舞台は東大阪である。早くに両親を亡くし2人で懸命に生きてきた兄妹を、鈴木亮平と有村架純が演じている。

原作は主に2人の幼少期を描いた短編だったそうで、そこに映画は兄と妹が大人になってからのストーリーをかなり書き足した、と言うか、むしろ書き足した部分がメインになっているのではないだろうか。

前田哲監督も大阪府出身だが、鈴木も有村もともに兵庫県出身ということもあって言葉は極めて自然で、会話に淀みがなく、ボケありツッコミありイジリありのナニワ・テースト満載の物語をとても小気味よく演じてくれている。このテンポの小気味よさが関西圏以外の出身者にどこまで伝わるのかは定かではないが。

俊樹(鈴木亮平)は亡くなった父との約束で、妹のフミ子(有村架純)を守ることを第一義に、高校も中退し、自分のやりたいこともろくにやらずに、ただ毎日真面目に働いてきた。フミ子は兄のお陰で大学にまで進学できて、やがて就職先の大学の助教で、カラスの研究に没頭している太郎(鈴鹿央士)と結婚することになった。

俊樹はフミ子がいなくなる淋しさもあって、最初は太郎に素気ない態度をとるが、すぐに思い直して2人を祝福する。

── とまあ、本筋としてはそれだけの話なのであるが、問題はフミ子の中に、フミ子の小さいときから、重田喜代美という、フミ子が生まれた日に死んだ人の記憶があるということだ。

そして、幼い2人は新聞記事とフミ子の記憶から、喜代美には彦根に父親(酒向芳)と兄(六角精児)と姉(キムラ緑子)がいることを突き止め、一度だけ彦根を訪ねる。誰にも会わずに帰るつもりだったのだが、見つかってしまい、しかし、俊樹は彼らにフミ子には二度と近づくなと言って、フミ子を連れ帰る。

物語が動くのは2人が長じて、フミ子の結婚式の前日である。

まあ、ある意味予定調和の物語であり、誰もが「まあ、そういう風に進めるしかないわな」と思うようなハッピーな方向に物語は転がって行く。

最後まで観ても別に驚くほどのことはない。ただ、人物の描き方は、適度にデフォルメしながらも、しっかりしていて、台詞の面白さもあって、観ていて飽きない。

2人の子役(田村塁希と小野美音)を含めてワキの役者たちも好演している。原作にはなかったという駒子(ファーストサマーウイカ)もストーリーにうまく絡んで機能していた。

ええ話である。ええ演技である。結婚式で兄のスピーチを聞きながら涙を拭う有村架純なんぞはドキュメンタリではないかと思えるほどの自然な演技だった。

さて、この話はどうやって終えるのかな?といつもの通り気になったのだが、「ああ、なるほど、そら、そう持ってくるわな」という感じのハッピーな終わり方である。

ただ、引き出物を開くシーンは蓋を開けてからあんなに間を持たせても仕方がないなと思った。蓋を開けてすぐ中味のアップで良いだろう。だって、あれは、観客が 100人いたら多分 100人全員が予想できる結末だから。

ま、そういう話でもしっかりと物語を積み上げられるのが前田哲であるとも言えるのではあるが。

なんであれ、後味の良い作品である。

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