あの素晴らしい愛をもう一度
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
と歌ったのは加藤和彦・北山修の『あの素晴らしい愛をもう一度』(作詞:北山修、作曲:加藤和彦)だが、同じ花を見て同じように美しいと感じることは必ずしも「愛」ではないと思う。
いや、「愛ってそんなもんじゃない」と言いたいわけじゃなくて、そういう現象って必ずしも愛とは限らない、いや、むしろ恋愛以外でもよく見られる現象だと思う。
例えば、僕が通っている英会話学校にたくさんいる外国人教師の中にアニメ好きのカナダ人男性がいる。
放送で言う各クールの初めには必ず「今期は何観てる?」という話になるのだが、僕と彼の選んだアニメがかなりの確率で一致するのである。
これだけたくさんのアニメが放送されているのにもかかわらず、そして、2人が選んだ作品は必ずしも大人気作品とは限らないのに、である。
こういうの、何て言うんだろう? 相性がいい? 価値観が近い?
なんであれ、そういう人と一緒にいて、そういう人と話していると落ち着く。心地よい。楽しい。
で、男同士ということもあるが、これは恋愛でも愛でもないだろう。
妻との日常会話の中でも、「お、やっぱり君もそういう風に感じているのか!」と感心することがよくある。するとやっぱり落ち着く、心地よい、楽しい。
これは夫婦間だから「愛」と言いたくなるのかもしれないが、いや、基本的には相性であり、価値観であると思う。
どっちかと言うと、「愛」においては、「以前は同じ花を見て同じように美しく思ったのに、そうではなくなる」という現象はあまり起きないのではないかと思う。
愛って、そういうこととは関係なく存在する気がするし、今まで何度も同じ花を見て同じように美しく思ったのであれば、それは2人の愛が破綻してもそんなに変わらないと思う。
ふとそんなことを考え始めたら、この北山修の代表作とされる歌詞がちょっと作り物っぽく思えてきた。
なんだかな。



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