『深夜の美学』菅原正豊(構成:戸部田誠)(書評)
【4月15日 記】一般の人はあまりそういうことをしないのかもしれないが、僕は番組のエンディングを真剣に見て、演出家やプロデューサー、制作プロダクションの名前などをチェックしている。
それはお前が放送局に勤めていたからだと言われるかもしれないが、そうではない。僕は中学生ぐらいからずっとそれをやってきた。
当時はプロデューサーという人が何をする人かなんて全く知らなかったが、「でも、この人がプロデューサーの番組は全部面白いな」と気づいたのである。
逆にそういうことに気づいたから、番組制作に興味を持って、放送局に入社したのかもしれない。
ただし、僕が菅原正豊という人名、およびフルハウスあるいはハウフルスという社名をはっきりと認識し、未来永劫記憶に刻み込んだのは就職してからである。多分、『クイズ世界は SHOW by ショーバイ!!』や『夜も一生けんめい。』、『マジカル頭脳パワー!!』など、日テレが大躍進を遂げたころの番組を彼が手掛けていたころだろうと思う。
『タモリ倶楽部』や『メリー・クリスマス・ショー』、『平成名物TV いかすバンド天国』も菅原が作った番組だったということは少し遅れて知った(あるいは、気づいた)のである。
ちなみに、それ以外にも『タモリのボキャブラ天国』、『チューボーですよ』、『THE夜もヒッパレ』、『出没アド街ック天国』、『どっちの料理ショー』、『秘密のケンミンSHOW』など、菅原正豊/ハウフルスが手掛けた大ヒット番組は枚挙に暇がない。
そんな番組の中で僕が一番好きなのは 1986年と 1987年のクリスマスに放送された『メリー・クリスマス・ショー』である。
桑田佳祐、松任谷由実らの超豪華オールスターキャストで作られた音楽バラエティで、幸いにして僕は生で観ており、かつ VHS に録画もしており、今ではそれをデジタルに落とした DVD が僕の宝物である。
このときに出した赤字が元で会社が潰れたというのは有名な話だし、この本の中で菅原が明石家さんまについて語っている部分が彼の制作の姿勢を表しているようでとても興味深い。
司会は、桑田くんと相談して、さんまさんが面白いんじゃないかっていう風になったんだと思いますね。桑田と仲が良かったですから。僕は付き合いがなかったし、正直、あまり得意ではないタイプ。さんまさんは、番組を自分がやりたい色にするタイプだから。でも、やっぱり、“桑田佳祐の番組”というのがあったから、そこはあまり我を出さずにやってくれました。さんまさんは、番組に参加してものすごく感動してくれましたよ。だから、翌年も頼んだら、すぐに出てくれましたから。
それ以外の番組でいうと、『イカ天』は最初の1、2回は見逃したのだが、途中からは熱中して全回隈なく見尽くしたし、『タモリ倶楽部』の「空耳アワー」はこれまたそのうちのいくつかを DVD に保存していて、YouTube で過去映像を漁ったりもしている。
とにかく、この人の作るものはべらぼうに面白いのである。
この本は菅原正豊・著となっているが、菅原正豊が執筆したわけではなく、ライターの戸部田誠が菅原(及び何人かの関係者)にインタビューして、それをまとめたものである。
ほとんどの部分は菅原が喋ったことの書き起こしで構成されているが、取材を元に戸部田が書き加えた部分はゴシック体になっている。
そして、菅原が喋ったパートでも、キーになる部分は何箇所もゴシック体で表記されている。
この本は、巻頭の目次と、そのゴシック体の部分だけを拾い読みしてもかなり面白いし、かなり納得してしまう。
そこには菅原正豊という人の発想の豊かさとユニークさ、そして、粋でシャイで適度にいい加減な彼の人柄の魅力がしっかりと描かれている。
だが、それ以上に説得力があるのは、菅原正豊が人間として、そしてテレビマンとして、こんなにも見識のある人物だということである。
王道を行けないなら脇道を行けば良いとか、作り手には照れがないといけないとか、番組は商品ではなく作品で、作り手には美学がなくてはならないとか、カッコいいものはカッコ悪いとか、ものすごく示唆に富んだものが多い。
いや、示唆に富んだと言うよりも、この何十年かでテレビ局が失ってしまった大切なものが、菅原イズムの中にはしっかりと残っているのである。
読んでいてふと、もしも菅原正豊がフジテレビの制作局長だったら、フジテレビも今の体たらくに陥っていなかったのではないかという気がしてきた。
戸部田誠の著書を読むのは『芸能界誕生』以来2冊目だが、彼が何よりも菅原と知り合ったことを喜んでいる様がありありと読み取れる。
テレビ業界人必読の良書だと思う。


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