映画『百円の恋』
【1月10日特記】 映画『百円の恋』を観てきた。1つ前の記事に書いた通り、昨年度のキネ旬ベストテンの第8位の作品。
関西での公開は年明けになったから仕方がないのだが、見る前にキネ旬の順位を知らされるのはあまり嬉しくない(笑) 不要な先入観を持つからね。でも、見終わったらやっぱりベストテンに相応しい映画だった。
ところで、梅田ガーデンシネマが閉館して何になったのかと思っていたら、同じビルに入っていたシネ・リーブル梅田が2フロアになっていたとは知らなかった。今日はその劇場4で観たのだが、8割の入り。
あらすじを書いて紹介しようとすると元も子もなくなるような映画である。
主人公は斎藤一子(安藤サクラ)、32歳。親のすねかじってひきこもり、出戻りの妹の息子(小学生)と日がな一日テレビゲームをするニート生活。深夜のジャンクフードが祟ってぶよぶよの体。
そんな自堕落な暮らしぶりを許せない妹・二三子(早織)とつかみ合いの喧嘩になり、仕方なく生まれて初めて実家を出て一人暮らしを始める。
親の金でとりあえずボロ・アパートに新居を構え、ジャンクフード買ってたコンビニに願書出したら深夜勤務で採用された。
その一子が毎日通る道沿いにボクシング・ジムがある。最初はそこでストイックに練習に打ち込むボクサー狩野祐二(新井浩文)に惹かれる。祐二は「断られなさそうな気がしたから」と一子をデートに誘う。そして、なしくずし的につきあいはじめる。
やがて2人は別れる。祐二は年齢制限に引っ掛かって引退する。しかし、そこから一子はボクシングに惹かれて行く。祐二が辞めたジムに通い始め、真面目に練習を積み、体を絞り、プロテストを受け、試合に出る。
それだけの話だ。しかし、そんな平板なあらすじでこれだけ観客を引っ張って行けるのは、ひとえに一人ひとりの人物造形が見事だからだ。
一子と祐二のやりとりは、安藤サクラと新井浩文という稀代のキャスティングによって、解る部分だけでなく解らない部分までリアルな仕上がりになっている(この2人はほんとに凄い!)が、その2人だけではない。
コンビニの同僚の、お喋りで調子こきの野間(坂田聡)──一子にしつこく迫るサイテー野郎の野間との間には後に一悶着が。
そして、そんな野間と対照的に、普通は雇わない一子のような人物をうっかり採用してしまう人の良い(しかし、良すぎて鬱になってしまい、店を辞める)岡野店長(宇野祥平)。
岡野の後、本社から派遣されて来る疲れていじけたサラリーマン店長・佐田(沖田裕樹)。その佐田の目を盗んで、毎晩コンビニに期限切れの食品を漁りに来るホームレス(?)の敏子(根岸季衣)。この2人の間にはバトルが。そして、敏子に肩入れした一子と佐田の間にも。
投げやりなのか厳しいのかよく分からないジムの会長・木下(重松収)。その会長の下で黙々と一子に手ほどきする小林トレーナー(松浦慎一郎)。
そして、生真面目な善人だが、自分に自信が持てず、家族の内紛にも何も言えない一子の父・隆夫(伊藤洋三郎)。
──よくもこれだけ如何にもいそうな人物が出てきて、如何にもやりそうなひどいことやいい加減なことをやるものである。そして、そんな小さなエピソードを散りばめながら、僕らをクライマックスの試合のシーンまで一気に持って行く。
この脚本は「第1回松田優作賞」のグランプリ作品である。書いたのは足立紳。これが処女作というような人ではない。相米慎二に師事し、演劇活動を経てシナリオを書き始めたと言う。
そして、この賞の審査員は松田美由紀、黒澤満、丸山昇一の各氏だと言う。ああ、確かに、松田優作が演じそうな、と言うよりも、丸山昇一が書きそうな脚本である。しかし、ひょっとすると丸山昇一を凌駕しているかもしれない。
この乾いた感じのユーモアと言うか、惨めなものを描きながら、それを笑い飛ばす底力がこの人の魅力だ。
足立は「闘い方を知らない女性が身をもって闘い方を知っていく物語」と称したそうだ。うん、まさにそういう映画になっている。
その素晴らしい脚本を活かすべく、武正晴監督は、カットを切らずに安藤と新井に長い芝居をさせ、長い距離を疾走する安藤の躍動感を引いた画で表現し、人物の息吹が聞こえてきそうな映画に仕立てあげた。
僕はこの人の監督作品を観るのは初めてだが、この名前には記憶があった。調べてみると、この人が助監督や演出補を務めた映画をこれまでに9本も観ていた(井筒和幸監督作品が多い)。
ソリッドなブルーズの劇伴も良かった。非常に印象に残る良い映画であった。
★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。


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