「消費者」と「生活者」
【3月23日更新】 近年では「生活者」などと言う。それがいささか気に食わない。いや、なんだか気持ちが悪い。
昔は「消費者」と言っていたものだ。「消費者」と言うのは分かりやすかった。商品を購入して消費する人たちのことだ。あるいは、人間というものを、商品を購入して消費するという切り口で捉えたものだ。
それに比べると「生活者」というのは何だか解らない。だって、生活していない人なんて、この世の中にいないではないか?
いや、確かに消費者もそうだ。この世の中に消費していない人間などいない。しかし、それは複雑怪奇、多種多様、渾然一体、摩訶不思議の人間という存在を、消費という経済学的な一側面で切り取ったときの切り口という明快さがある。言わばある立体の断面図としての存在価値がある。
それに比べて生活者というのはあまりに茫洋としていて、断面図にも投影図にも透視図にもなっていない。まるで呼吸者とか排泄者とか言っているようなもので、特徴を明確に述べていない怨みがある。
ならば、どう言えば良いか?
考えてみれば、それは「人」で良いのではないか。そう考えてみると、漸く今に至って企業や経済活動が、その対象を生身の「人」と認めるようになった、いや、認めなければ自らを維持し利潤を最大化することができない時代になった、あるいは、そういうことに気づき始めたということではないか。
「生活者」は太古の昔から「生活」してきたに違いない。しかし、それは歴史や社会の駒や要素でしかなかったのではないか。そして、ここに来て漸く資本主義は人を人と認める時代になったような気がする。
ならばマーケティング論に於いても、「生活者」などと言わず、素直に「人」と言ったほうが良いような気がする。


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