車中化粧試論(いや推論と書くべきか)
【5月11日特記】 最近電車の中で化粧をしている若い女性が多いのに驚くという話はよく耳にするが、今日は道を歩いていたら前から来る女性が歩きながらコンパクト広げてパフにファンデーション(だか何だか知らんが)つけて顔に塗りたくっていたので驚いた。
そういう光景に出くわすと我々の世代はほぼ例外なく驚くのだが、しかし、我々男性の場合は女性と違って、あまり「けしからん!」という思いはないのではないだろうか? 僕の場合はそういう思いは全くない。
「電車の中で化粧したって良いじゃないか」と肩を持つ気もまるでないのだが、逆に化粧している彼女たちに腹を立てたり憤慨したりするようなこともない。ただちょっとびっくりするだけ。
僕らより少し上の年代の女性だったりすると、マジで車中で「あなた、そんなことして恥ずかしくないの」とたしなめたりするもんなあ。ああいう"敵意"には驚く。(そして大体はキョトンとされるだけで、最終的には失意のうちに矛を収めるしかないのであるが)
多分あれは生理的、感覚的な差異が敵意になったり平気になったりするのだろう。だから、それを論理的に分析しようなどと思わないほうが良いのだが、そこは他ならぬ僕のことである、一応論理の刀で一方向から切ってみることにする。
女性にとって、多分化粧というのは内と外の境界を決める行為なのだろう。あるいはハレとケの境界と言ったほうが良いのかもしれない。
本来"内"で、あるいはハレの舞台に出る前に済ませておくべき化粧を、外に出てから公衆の面前でやっているから、ある程度以上の年配の女性は呆れ果て、憤るのだろう。彼女たちにとって、人前に晒す前に化粧を済ませておくというのは最低限の礼義であり、それは素っ裸のすっぽんぽんで街中に出ないというのと同じくらい自明の理なのだろう。
一方、それを見る側の男性にとってはそこまでのこだわりはないのではないかな?
そして、逆に車中で化粧をしている若い彼女たちにしてみれば、「ちょっと待ってよ」という部分があるのだろう。「すっぽんぽんで街に出るのは確かにちょっと恥ずかしいけど、すっぴんで街に出るのは別に恥ずかしいというほどじゃないわ。素顔は裸じゃない。そこまで恥ずかしいとは思わない」なんてね。
結局のところ、彼女たちにとって"外"とは何か、ハレとは何かというところに認識の根本的な違いがあるのではないだろうか?
今電車の中でルージュを引き、ビューラーを駆使している彼女たちが、これから友だちと飲み会に行くのか彼氏とデートに行くのか、あるいはどこかの会社の面接に行くのかは知らない。しかし、いずれにしても、彼女たちにとってはこれから会う友だちや彼氏や面接官こそが"外"でありハレなのであって、たまたま乗った電車はマンションの自室の延長にすぎず、車中に居合わせた乗客たちは部屋にある家具や装飾品みたいなものなのである。
すなわち、そこは、彼らは、彼女たちにとって"外"でもなければ、ハレでもない──そういう意識が平気で化粧へと向かわせるのである。
なんてね、もっともらしいこと書いてますが、ま、あくまで男性の目。当たってるんだか当たってないんだかさっぱり解りません。
いずれにしても、前述のとおり生理的・感覚的なものだろうから、論理で割り切ろうとしても無理が余ってくるのが落ちだ。
締めの言葉として、僕が書くにふさわしいことは2つ。
- 車中で化粧する女性に、僕は別に反感を覚えてもいないし、支持するわけでもない
- ただ、何かと論理を巡らせるのは面白い
ただ、それだけのために、随分スペースを費やしてしまった。


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