掴みきれない
【5月6日特記】 連休前に発表された高校生の意識調査で、日本は米中韓と比べて出世意欲が極めて低いとのことで、それをめぐって「困ったことだ」とか「いや、それでいいんだ」とか結構議論が盛んである。
僕は昔っから「偉くなりたい」なんて思わない少年だったから、この調査結果を見て今の高校生が不甲斐ないなんて思わない。
ただ、僕(ら)と彼らの間には決定的な違いがある。
僕らはまだ「良い高校から良い大学に行って良い会社に入る」みたいな教育(あるいは風潮)の中で育ってきたので、その中で「そんなもの目指してどうするんだ」と言ってみることは1つの反発だった。
それは権威あるものに対する抵抗だった。自分を反主流の中に置いてみるという冒険だった。決して主流の側には自分を置かないぞという主義主張だった。
今の高校生の中にはこの主流・反主流みたいな構図が全くないのではないだろうか?
こういう構図の中で生きるって、僕にとっては非常に意味のあることだったと思う。それは僕にとっては大きなプレッシャーであり、同時に勇気であり、自己実現であったと思う。
今は主流さえ形成されない。主流への対抗意識は当然そこには現れない。
それは少し淋しいと言うか、気の毒な気さえする。あるいは気の毒なんて言っている場合ではなく、それこそ今の高校生が不甲斐ないのかもしれない。
偉くなろうという気概なんかなくたって構わない。ただ、なんか明確な敵があって、それと戦ってみることは非常に意味のあることだと思うよ。
君らは戦う気さえないんだろうか? そこのところがよく掴みきれないのである。
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