Friday, April 10, 2026

Play Log File on my Walkman #164

【4月10日 記】  今日、久々に自分の Walkman に7曲ダウンロードしたので、そのうちの5曲を披露。

新しく曲を入れたときにはとりあえずその曲を通して聴いてみるので、今回はいつものようなランダム再生ではない。

今回紹介するのは全て、割合最近のドラマやアニメの主題歌となっていた作品である。ま、僕にとっては新曲を知る最大のソースである。

  1. Mirror feat.斎藤宏介(家入レオ)
  2. The Story of Us(milet)
  3. ソナーレ(TOMOO)
  4. よあけのうた(jo0ji)
  5. Everyday(Bialystocks)

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Thursday, April 09, 2026

歌舞伎鑑賞10回目

【4月9日 記】 いつごろからだったかは憶えていないのだが、いつか歌舞伎というものを観てみたいと思っていた。

妻に言ったら、妻も観たことがなくて、じゃあ行こうということになり、会社の元部下の歌舞伎通の女性に教えを乞うて、初めて見に行ったのが会社を辞めた翌年の正月だった。

それから3年と少し経って、今日観た舞台でちょうど 10回目の鑑賞となった。

10回観たくらいでは凡そ何も分かっておらず、見る目も養われておらず、評論めいたことは何も書けないが、しかし、とりあえずどれも面白いし楽しい。

決して安い見世物ではないので年金暮らしには痛い出費だが、しかし、毎回それを上回る面白さと満足感がある。

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Wednesday, April 08, 2026

映画『鬼の花嫁』

【4月8日 記】 映画『鬼の花嫁』を観てきた。

鬼の花嫁と言っても、鬼みたいに怖いお嫁さんのことではなく、鬼に嫁いだ人間女性の話である。

神は人間のほかに人間にはない超能力を持つあやかしを作り、現代では人間とあやかしが共存して、政治・経済・芸能などの世界ではあやかしの活躍がめざましい世の中になっている、という設定である。

あやかしには多くの種族があるが、鬼・妖狐・烏天狗が三大種族で、中でも鬼が強大な能力であやかし全体を統率している。

あやかしの中には本能によって人間の中から自分の結婚相手を見つけ出す者がいる。

主人公の東雲柚子(しののめ・ゆず、吉川愛)の妹・花梨(片岡凜)がまず、小学生時代に「あやかし特区」の入口で妖狐の狐月瑶太(伊藤健太郎)に出会い、婚約者となる。

それをきっかけに東雲家はあやかしの庇護を受けて金満家となり、花梨はわがまま放題な娘に育ち、その一方で両親も花梨も柚子を疎んじ、虐げるようになる。

瑶太はと言えば、花梨を盲目的に愛するあまり、ほとんど花梨の言いなりに妖力を使っている。とにかく瑶太と花梨の夫婦が絵に描いたような徹的的な悪人なのがすごい!(笑)

ところが、ある日柚子は、あやかし界の頂点に立つ鬼の鬼龍院一族の次期当主・鬼龍院玲夜(永瀬廉)に見初められ、鬼龍院家の花嫁として多くの使用人を抱える彼の豪邸に連れて行かれる。

この映画で描かれるのはそういう極端な世界でのラブストーリーなのだが、問題は、本能で相手を見出すと言ってもそれはあやかし側の一方的なものであり、人間の女性のほうは突然の求愛と別世界での暮らしにただただ当惑してしまうというところであり、それがこの物語のフックとなっている。

僕は妖怪ものは結構好きだが、この設定と展開はあまりにおとぎ話と言うか、まるで少女漫画で(まあ、原作が小説を少女漫画にコミカライズしたものだから仕方がないけど)、ちょっと僕の趣味ではない。

それでも見に行ったのは監督が池田千尋だったからだ。

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Saturday, April 04, 2026

映画『ストリート・キングダム』

【4月4日 記】 映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』を観てきた。

田口トモロヲと言えば脇役の役者だと思う人もいれば、NHK『プロジェクトX』のナレーターだと思い出す人もいるだろうが、僕は映画監督としての彼をとても評価していて、デビュー作の『アイデン&ティティ』こそ観ていないものの、その後の2本は観ていて、いずれもとても良いと思った。

11年ぶりの今回の監督作は、田口の直接の知り合いでもあり、日本のパンク・ロック/インディーズの記録写真を撮ってきた写真家・地引雄一の著書と膨大な写真を基にしたものだ。

地引の写真と同じ構図で構成されたシーンも結構あり、これは却々良い演出だと思った。

時代としては僕が大学生から会社に入った直後ぐらいまでの、まあ、言ってみれば人生で一番音楽を聴いていたころである。映画には当時地引が撮ったモノクロ写真も多数インサートされており、京大西部講堂なんかめちゃくちゃ懐かしく思いながら見た(残念ながら大阪在住だった僕は、当時の新宿ロフトについては全く知らないのだが…)。

僕は、しかし、パンクにはほとんど親しまずに青春時代を送ってきたので、このジャンルには全然詳しくない。

ただ、とは言え、ある時期隆盛を極めたパンクロックのグループ名や個人名は記憶の端に残っており、冒頭のシーンで仲野太賀が演じる未知ヲが出てきたときに、その名前と目許のメイクで、(スターリンというバンド名まではすぐに思い出せなかったが)「あ、これはきっと遠藤ミチロウなんだ」と悟った。

そんな感じで暫く見ていると、サチ(吉岡里帆)と加世子(中島セナ)が新しく組んだバンド・ロボトメイアの歌が始まったときに、「あ、これは ZELDA の『うめたて』だ!」と声を上げそうになった。これだけは、彼女たちのセカンド・アルバム『CARNAVAL』を買ってよく聴いていたので知っている。

ということは、吉岡里帆が演じた、印刷屋の娘で、家の印刷機を使ってパンクのミニコミ誌を作っていて、後にベーシストとしてバンドを始めたサチは小嶋さちほで、中学生のボーカリスト加世子は高橋佐代子だったのか!(ちゃんとフルネームを憶えていた)と驚いた。

そこまで来ると映画に出てきたバンド名の蜥蜴はリザードで軋轢はフリクションだったのか!と芋づる式に合点が行った。パンフを読むと大森南朋が扮した S-TORA は S-KEN なんだそうな。おお、その名前にも記憶があるぞ!

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Wednesday, April 01, 2026

映画『ゴールデンカムイ 網走監獄襲撃編』

【4月1日 記】 映画『ゴールデンカムイ 網走監獄襲撃編』を観てきた。

最初の実写化を映画で観て、その続編を WOWOW のレギュラー・ドラマ全9話で観て、さらにその続編がこれである。今回は爆音シアターで観た。

前にも書いたように、 WOWOW版はそれほど面白くなくて、今度の映画化は別にパスしても良いかな、というぐらいに考えていたのだが、最初の映画版ではあまり満足そうでもなかった妻が珍しく観たいと言ったので、今度も一緒に見に行くことにした。

今回の監督は片桐健滋である。 WOWOW版でも何話かを監督していたようだが、僕はそれを知った時、正直言って、今までこの手の本格アクション・ムービーを撮ったことがないのに大丈夫かいなと思った。

そして、片桐以外の監督の回も含めて、全体的になんかとっ散らかった感じがしたのも事実である。

WOWOW版では、(これは原作通りではあったらしいけれど)コミカルなシーンとアイヌ料理のシーンを増やしたことが、僕にはとても中途半端に思えたのである。

ただ、( WOWOW版の番組評にも「観るほうが慣れてしまったのか作る側がこなれてきたのか」と書いたが)今回はコメディ部分とアクション部分のバランスが随分良くなったと思った。WOWOW版のときのような白々しさがなくなって素直に笑える部分が多かったように思う。

そして、アクション部分についても、アクロバティックな要素を大胆に取り入れた擬斗で観客を飽きさせない作りになっていたと思うし、特撮部分もよくできていた。まあ、娯楽大作としては、だから及第点なんだろうな。

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Monday, March 30, 2026

『本を読めなくなった人たち』稲田豊史(書評)

【3月30日 記】 僕は稲田豊史の前著『映画を早送りで観る人たち』を読んで相当なショックを受けた。だから、この本は何が何でも読まなければ、読みたい、と思った。

それは著者が稲田だからではなく、紛れもなく前著の延長上にある問題を扱っているからである。

この本は、本を読まなくなった人たちに話を聞き、出版に従事している人たちへの取材も加味して、本を読まない、読めない人たちの考え方や性向、そしてそれを引き起こしている世の中の激変ぶりをまとめたものである。

そして、彼らの傾向は「映画を早送りで観る」という行動と明らかに地続きであるところが、僕らからするととても怖い。

彼らはお金を払って本を買うことをしない。必要な情報はネットから取る。基本的に文章は無料だと思っている。文章は伝達効率が悪いと考えている。

だから、長い文章を読まないし、もはや読めなくなっている。その結果、長文読解能力が劇的に落ちている。

あとがきで稲田は、

怒り。それが本書執筆の原動力だった。

と書いている。しかし、その一方で、

この分断(本を読む人と読まない人の分断、筆者註)は知的優劣が可視化されたものではない。読書以外によって培われる別の知性も確実にあるからだ。

と書いていて、必ずしも怒りに任せて筆を執ったものではなく、極めてフェアな立場で書かれていることが分かる。

僕としては紙の本を読まない人が増えたって別に構わない。僕も読む本の9割方は電子書籍である。

しかし、長い文章を読めない人が増えていて、長いというだけで読むのを放棄し、代わりに要点を解説した YouTube動画で済ませ、あるいは AI に要約してもらった短文だけを読むのだと知ると、どうしても「この国の将来は大丈夫なのか?」という思いが吹き出してくる。

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Sunday, March 29, 2026

『プレイグラウンド』リチャード・パワーズ(書評)

【3月29日 記】 パワーズの小説は邦訳されているものでは『黄金虫変奏曲』以外は全部読んでいるのでこれが 10冊目だが、この小説もやはりパワーズとしか言いようのないパワーズである。

長くて、入り組んでいて、読むのが結構しんどくて、しかし、バラバラに進んでいたものが最後に繋がって、読み終わったときに圧倒的な感動と言うか、解放感と言うか、知的な歓喜が生まれる。

主な登場人物は4人だ。

金持ちの白人の息子、トッド。高校でトッドと知り合い、チェスや囲碁などを通じて意気投合した貧しい黒人の息子、ラフィ。その2人にイリノイ大学で出会って、やがてラフィと同棲/結婚する太平洋の島国出身のイナ。

トッドは世に出始めたコンピュータのマニアとなり、大学時代に自分でプログラムを組んだプレイグラウンドという名前の一種のソーシャル・メディアが大ヒットして大金持ちになる。

ラフィは文学に没頭するが、その完全主義的な性癖もあって、いつまでも修士論文を書き終えられないでいる。イナは芸術を拠り所として生きている感性豊かな女性である。

そして、もうひとりが海洋生物学者のイーヴリン・ポーリューである。

例によって最初はこれらの人物の物語が別々に展開されるので、何がどう繋がるのか見当もつかない。

冒頭はイナが2人の子どもたちを連れてマカテア島の海岸を散歩しているシーンから始まるのだが、そこにはラフィの姿はない。

イーヴリンは他の3人よりはかなり年上だが、彼女の物語は彼女が 12歳のときに、アクアラングの開発者であった父親に新製品を背負わされてプールの底に沈むところから始まる。そこから彼女の潜水と海洋生物に対する興味がどんどん膨らみ、広がって行く。

彼女の人生もまた少女時代から始まり、海洋研究者としての一本立ち、結婚、著書出版、子育てから夫の死まで、かなり長いスパンにわたって詳細に描かれている。

そして、彼女が出版したヤングアダルト向けの海洋生物紹介本に魅せられる少年が出てくる。彼は小さい頃は湖の底を歩くことができたと言う。── 僕はこの少年がトッドと同一人物だということを認識できないまま暫く読み進んでいた。

そして、描かれている時代が前後するために、早い段階で出てくるレビー小体型認知症の兆候が出始めた老人と、少年時代のトッドについても、僕はすぐに結びつけることができずに読んでいた。

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Wednesday, March 25, 2026

Netflix『超かぐや姫!』

【3月25日 記】 (映画館でではなく)Netflix で『超かぐや姫!』を観た。(映画館で公開されるまで存在さえ知らなかったのだけれど)大評判になっているから、まあ、観ておこうか、と。

僕はゲームとか VTuber とか Vocaloid とかには全く疎いので、その辺についての洞察は無理なのだけれど、一応感じたことを書いておく。

最初はストーリーがわりとチャチで、ま、少年少女向けかな、などと思いながら観ていたのだが、そのストーリーも観ていると結構重層的で最後には大いに感心させられてしまった。

昔話のかぐや姫伝説と、現代日本の女子高生と、歴史と SF と電脳世界をごちゃまぜにした世界観は見事なものだし、何よりも圧巻だったのはその画力、デザイン、表現力の多彩さ、独創性、そして、圧倒的な細密性である。

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Monday, March 23, 2026

語感、あるいは意味

【3月23日 記】  夫婦間で話が通じないことがある。いや、別に夫婦間である必要もないのだが、ここではひとつの例として。

それは地域的な問題、つまり東京弁と大阪弁みたいな問題とは限らない。育ってきた環境の違いなどによる語感の違いである。

例えば、妻に「今日は病院に行く日でしょ?」と言われて「いや、病院に行くのは今日じゃないよ」と答えたのだが、これは「病院」という単語の語感の違いである。

僕は確かに今日、普段から通っている開業医のところに薬を処方してもらうために行く。でも、手術の経過を診てもらうために病院に行くのは4月になってからである。

何が言いたいかと言うと、僕にとって「病院」という単語は、少なくとも複数の医者が勤務していて、入院のための設備がある、比較的大型の医療施設である。一般的な個人開業医のことは「病院」とは言わない。

僕と妻の会話がすれ違ってしまったのは、ひょっとして妻は「病院」という言葉で開業医の診療所も指すのだろうか?と思って確かめてみたら、「そうではない」と言う。

そもそも僕が長年通っている開業医は勤めていた会社の近所にあるので、彼女はそれが大規模な病院なのか小さな開業医なのかは知らないから「病院」と言ったまでだと言う。

しかし、その後に続けて、「でも、一般名称としては『病院』という単語を使う。『早く病院に行ったほうが良いよ』みたいに」と言うのである。

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Sunday, March 22, 2026

映画『君が最後に遺した歌』

【3月8日 記】  映画『君が最後に遺した歌』を観てきた。

歌が好きなディスクレシアの女子高生が、自分では文字が書けないので、たまたま詩を書いているのを見つけた同級生に詞を書いてもらい、それに自分で曲をつけて歌ってスターになる話。

なんだかわざとらしい展開だと思うかもしれない。僕もそう思う。そもそも字が読めなければ高校の授業について行けないだろう。どうやって進級してきたの? いや、その前に高校受験に合格しないか…。

でも、僕は監督の三木孝浩のファンなのである。彼が撮る青春恋愛ドラマは、どんな話であってもいつもきめ細かく丁寧に撮って、丁寧に編集してある。

この映画で言えば、たとえば春人(道枝駿佑)が言い淀むシーンで、一瞬コーヒーカップを持つ彼の手のアップをインサートしてあったりするところだ。

せっかく観覧車の近くまで来たのに、最初は春人が断って乗らないところが良かった。そして、ヒロインの綾音(生見愛瑠)が、典型的な可愛くて純真な少女ではなく、最初はちょっとふてくされた感じさえするところもユニークだった。

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Saturday, March 21, 2026

お風呂の効用

【3月21日 記】3/18(水)に 2/2(月)以来1か月半ぶりに湯船に浸かった。

note の記事を読んでいない人には何のことだか分からないだろうから、少し解説すると、ヘルニアの手術を3回受けたのである。

2/2(月)は最初の手術の前日で、これが2月最後の入浴(シャワーを除く)となった。

2週間後の抜糸までは湯船に浸かれないのである。

しかし、抜糸の日の 2/17(火)には2回目の手術を受ける。いや、正確に言うと、2回目の手術を受けるついでに1回目の抜糸をしてもらうわけで、つまり、その日から2回目の抜糸まで、さらに2週間は湯船に浸かれない。

そして、2週間後の抜糸のタイミングで同じく3回目の手術なので、また同じことが起こる。

つまり、3回目の手術の2週間後の抜糸まで、一切お湯に浸かれないのである。

冬のクソ寒い時期だけに、このスケジュールを聞いた時に一番引っかかったのはこんなに長期間湯船に浸かれないということだった。

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Thursday, March 19, 2026

【note】お腹を3回切りました ~ヘルニア国物語

【3月19日 記】なんで1泊ずつとは言え3回も入院したかについて、note に長文を認めました。

興味のある方はこちらをお読みください:

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