変拍子

【2013年5月初稿】 このコーナーで転調について書いて以来、もうひとつずっと書きたかったことがあります。それは変拍子です。

変拍子という用語には2つのパタンがあって、ひとつは変則的な拍子、所謂混合拍子です。

世の中にある多くの曲は2拍子、3拍子、4拍子です。4拍子というのは、言わば2拍子をちょっと複雑にしたようなものなので、大体人間は素数である2や3をリズムの最小単位として聴いていると考えられるのではないかと思います。

混合拍子の代表的なものは5拍子、もっと正確に記せば4分の5拍子です。5も素数です。これは3拍子+2拍子という組合せが最小単位になっているケースもあれば、4拍子を常に1拍余らせていると聞こえる場合もあります。

4分の5拍子の代表的な曲は、まあ、誰が選んでもこれが出てくると思うのですが、デイヴ・ブルーベックの "Take Five" でしょう。良いタイトルですよね。「スタジオでのその日5回目の録音」と「5拍子」を掛けてあります。

で、この曲はこれまた誰が聴いても4分の3拍子+4分の2拍子の連続に聞こえるはずです。出だしから終わりまで、ズンチャッチャ・ズンチャ、いや、前半はジャズ・ワルツですから、ズチャーチャチャッ・ズンチャというリズムですね。

この同じパターンのものに、映画『燃えよドラゴン』のテーマでお馴染みのラロ・シフリンが、もっと若い頃に作ったテレビ映画『スパイ大作戦』のテーマがあります。後に映画化された『ミッション・インポッシブル(MI)』でも同じ曲が使われています。

こちらは "Take Five" よりもリズム形がやや複雑なので、1・2・3・4・5と数えてみなければ分からない人もいるかもしれません。

その他5拍子で有名なものとしては、曲全体ではありませんが、エリック・クラプトンが在籍していたロック・バンド Cream の代表曲 "White Room" の前奏と間奏(アーというコーラスが被っている)部分が4分の5拍子です。

そして、このように途中でリズム形が変わることも変拍子と言います。プログレッシブ系のバンドではそれほど珍しいことでもないのかもしれませんが、そっち方面は今回は飛ばします。

最初にとんでもないところから例を取ってくると、島倉千代子の『からたち日記』がそうです(笑) 基本4分の3拍子なのですが、いきなり4小節目の「んでも口では言えず」から4分の2拍子になり、その後3拍子と2拍子が入り乱れるのです。

これはリズムを変化させたと言うよりも、元々定形のリズムがないとも言えそうな、日本の伝統音楽に則った曲なので(ちなみに作曲は遠藤実)、楽譜を見ないと気づかないかもしれません。昔の流行歌には結構こういうのがあります。

そこから20年ほど時計の針を進めて別の例を出しましょう。矢野顕子のデビュー曲『電話線』です。私はこの曲を聴いてまさにぶっ飛んだ記憶があります。

4分の4拍子です。で、「ルルルルルル」のところでいきなり8分の6拍子、その直後「あなたの耳」が8分の3拍子(この2小節を合せて8分の9拍子という言い方も可能ですが)、繰り返し2回めの「あなたの耳」の後の「へ」が8分の9拍子、そこで E から C に転調して、途中4分の4拍子を挟んで「その代わり」からまた8分の9拍子、最後まで行って E に転調、というとんでもない曲です。

いえ、耳で聞いてここまでは分かりませんでした。あまりに驚いて楽譜を取り寄せたのです。8分の9拍子というのは言わば8分の6(あるいは4分の3)×1.5 というパターンです。

同じ頃のもっとわざとらしくて分かりやすい例を出しましょうか。西城秀樹の大ヒット曲『ブーメランストリート』です。

この曲はブーメランの三角形にちなんだのか、サビの「ブーメラン、ブーメラン」の部分だけが4分の3拍子で、「きっと」からあなたは4分の4拍子に戻ってくるだろう、という訳です(笑)

あと、私の大好きな MOONRIDERS はこの手のことをよくやっており、例えば1980年のアルバム『カメラ=万年筆』に収められている『24時間の情事』は前奏・間奏の部分だけが8分の7拍子です。8分の8拍子からわざと半拍欠けさせているんですね。大変面白いと思います。

あとうっかりすると聞き漏らしてしまいますが、2010年に公開された映画『ゲゲゲの女房』のテーマソングとなった『ゲゲゲの女房のうた』(MOONRIDERS feat.小島麻由美)の前奏部分だけが4分の5拍子です。

こういうことをあまり意識せずに音楽を聴いておられる方も多いと思います。でも、ある日こういうことを気にし始めると、もう面白くってたまらなくなります。

いや、全員がそうだとは言いません。そんなこと気にするのは余計なことだと言う方もおられるでしょう。それから、この手の音楽はダンス・ミュージックには適してしません。なにしろリズムを取りにくくって仕方がありませんから(笑)

今回は転調を取り上げた時のように一覧表にはしませんが、また面白い例を思い出したら続編を書くかもしれません。


【2013年12月20日追記】

今日、MOONRIDERS のドラマーかしぶち哲郎が12月17日に食道がんで亡くなっていたという報道がありました。

私は大きなショックを受けました。で、彼の作品を振り返るうちに、彼が遺した変拍子の名曲をここに載せ忘れていたことに気づきました。

それはアルバム『ヌーベル・バーグ NOUVELLES VAGUES』に収められた『オールド・レディー』です。

この曲は3拍子が2小節、そのあと4拍子が1小節(あるいは真ん中の小節だけが4拍子と捉えることもできます)続き、その3小節がセットで繰り返す、言わば「4分の10拍子」の曲です(もっともサビからは普通の3拍子に戻りますが)。

メロディも美しいですが、この1拍余らせた構成が何とも言えない余韻を生んでいます。

かしぶち哲郎という人は誰にも真似のできない天才であったと、今にして改めて思う次第です。ほんとうに惜しい人を失ってしまいました。


【2016年8月3日追記】

先週末に映画『シン・ゴジラ』を観て、偉大なる変拍子曲の存在を思い出しました。1954年の『ゴジラ』第1作から使われてきたテーマ曲、伊福部昭の『ゴジラ』です。

『シン・ゴジラ』の本編にも予告編にも使われていますので、ご存じの方が多いと思いますが、あの曲の冒頭のパートは、12、12、12345の2+2+5=9拍子です。

人は3拍子を除くと大体が偶数拍子に囲まれて暮らしている(例えば三三七拍子も休符を含めると8分の8拍子の2小節です)ので、奇数拍子が来ると何か半拍欠けたような印象を受け、それが緊張感を生むと言うか、不安を煽るようなところがあります。

そういう意味で、ゴジラの登場とともに奏でられるこのテーマは、まさに映画の内容にぴったり即した名作であると思うのですが、如何でしょう?