Monday, February 11, 2008
【2月11日追記】 去年やってみて面白かった
ので、今年もキネ旬の1-10位の得点を分解してみた。何人の審査員が平均何点ずつを投じてこの得点が出来上がったのかという分析である。
あまりご存じでない方のために改めて書いておくと、キネ旬の審査は各審査員(2007年度日本映画の場合は56人)が1位と思う作品には10点、2位には9点という具合に総持ち点55点を投じて行くシステムである。
統計学的にちゃんと分析するとなると分散をはじいたりするんだろうけど、とりあえず簡便で見た目も解りやすい方法として「人数×平均点」を出してみた。1点以上をつけた審査員の数×その平均点である。
これをこのように分解することによって、多くの人に受けたのか一部の人に高く評価されたのか、その映画によって微妙なばらつきが見えて来る。
さて、計算してみると、
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Saturday, February 09, 2008
【2月9日特記】 日本インターネット映画大賞も発表になりました。
僕は投票したのは2回目ですが、まあ2006年の『フラガール』と言い、2007年の『キサラギ』と言い、「浅い」という言い方もできるのですが、「若い」という表現のほうが相応しいのかもしれません(笑)
まあ、でも、もう少し投票者を増やして行かないとちょっと偏りが大きいような気もします。そういう意味でも、もうしばらく継続して投票してみようかなと思っています。
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Thursday, February 07, 2008
【2月7日特記】 「キネマ旬報」2月下旬号が発売になりました。さて、今年も去年と同じ形式で総点検してみましょう。比較の対象となるのは、今回も僕自身の2つの記事(12月24日付けと1月10日付け)です。
今年は11-20位がとっても意外(あるいは不思議)。
第11位の『愛の予感』は全く記憶にない映画。何でしたっけ、これ?
それから第12位に『叫(さけび)』が入ってます。えっ、これってそんな凄い映画だったの? いや、悪い映画だったとはちっとも思いませんでしたが、大勢の審査員の票を総合するとこんな上位に入ってくるんですか!
ホラー系の映画って僕はほとんど見ないのですが、世のホラー群の中に放り込むと浮き立つ作品なんですね、きっと。ふーん、勉強になるなあって感じ。
第13位:『ALWAYS 続・三丁目の夕日』。ほよ、前作と比べると結構貶している人も多かったように思うのですが、上位に入りましたね。いずれにしても観てないので、ま、なんとも言えませんが・・・。
で、第14位に『キサラギ』が来ました。ま、仕方がないか。ベストテンに入らなかった点がさすがにキネ旬ってとこかな。この映画の評に書いた通り、僕自身もこの映画は大変面白く楽しみました。でも、映画は第一義的に映像作品であるという視点に立つと、この映画はベストテンには入って来ません。もっともっと低くても良いと思います。
第15位:『殯の森』。最後まで観ていられなかった映画です。もっともこれは最後まで観た人たちの評価です。僕も最後まで観たらひょっとすると高く評価したかもしれません。
第16位:『めがね』。これも不思議。僕の感覚とのずれもありますが、評価の低い記事も結構多かったのにね。
第17位:『転々』、第18位:『サウスバウンド』、第19位『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』&『バッテリー』──この辺り、ことさら異論を唱えるというほどでもないですが、「うーん、20位以内に入ってくるかな」という感じ。
それからもう1作品同点で第19位だったのが『人が人を愛することのどうしようもなさ』。これも記憶に残ってないタイトルなんですけど、すごく気になる。どんな映画でしたっけ?
で、前の記事との関係で総括すると、僕が「キネマ旬報ベストテン20位以内に入ってほしい」として選んだ10本のうち10位以内には6本入ったんですが、11-20位がゼロだったために、結局キネ旬の20位以内には6本。前年比-1でした。
ついでに言えば、そのあと第22位が『パッチギ! LOVE&PEACE』。これまた意外に高評価。
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Monday, January 14, 2008
【1月14日追記】 秋田の山深い温泉宿に行ってきた。湯も飯も非常に良かったけど、ここにその詳細を記すつもりはないので、旅行体験記を探しているいる人が間違って検索で辿り着かないように、ここには地名/宿名などは書かない(とは言っても、どうしてもどこなのか知りたい人のためにリンクを張っておく)。
タクシーの運転手さんと話をしていて、妻が「天気予報が雪マークになっていたので」と言ったら、「あ、それは毎日そうです」と返ってきた。
なるほどね。
ま、確かに雪は毎日降るのだろうが、しかし、帰路は猛吹雪と言って良い状態だった。空から降ってくる分だけではなくて、地上に積もった雪が風で舞い上げられて前が何にも見えなくなる。ただ一面の白。
そういうとき車はどうするのかと思ったら、とりあえず停まるんですね。ほんで暫くすると風が止んで視界が晴れるタイミングがある。そのタイミングを待って平然と再発進するのである。
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Thursday, January 10, 2008
【1月10日特記】 発表されましたね、2007キネマ旬報ベストテン。
それでは前回(2006年)・前々回(2005年)に引き続いて、僕の記事(12/24の『回顧:2007年鑑賞邦画』)との比較をしてみたいと思います。僕が選んだのは、前回に引き続いて「キネマ旬報ベストテン20位以内に入ってほしい10本」です。
「今年はかなり裏切られそうな予感もある」と書いたのですが、結果は逆でした。去年と比べると随分"順当な"感じがします。さて、キネ旬が選んだ10本は、
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Sunday, January 06, 2008
【1月6日特記】 WOWOW で録画したままになっていた『キャッチボール屋』を観た。2006年度キネマ旬報ベストテンで第36位に入った佳作である。
高校時代万年補欠だった野球部の同窓会でしこたま酔っ払って目が覚めたら東京の公園で寝てた大森南朋。目の前で「キャッチボール屋 10分100円」という看板を掲げてキャッチボールしている男・庵野秀明がいる。
誘われてキャッチボールした後、庵野に「すぐに戻るから」と言われて訳も分からないまま代役を務める大森。だが、庵野は帰ってこない。公園の売店の女・内田春菊が庵野からことづかっていたという封筒にはアパートの地図と鍵が入っていた。
結局、大森は翌日から庵野の看板とグローブと自転車と、そして住居まで引き継いでキャッチボール屋をやる。意外に客が来る。しかも常連が多い。そして、自分がキャッチボール屋を続けていることを周りのみんなが祝福してくれているようにも思える。
そういう出だしである。
不思議な設定、あるいは非現実的な設定。──どちらに感じるかによって、この映画に対する評価は180度変わってくるのだろう。演劇的な映画である。演劇慣れしていない客には受けないかもしれない。
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Saturday, January 05, 2008
【1月5日特記】 年末に WOWOW で放送した平成ガメラ3部作を録画して、1回で観るとしんどいので2回に分けて観た。
僕はどちらかと言うとゴジラ派だったのでガメラはあまり見ていないのだが、それでも小学生の時に『大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス』には熱狂したクチである。敵の怪獣の中ではギャオスが飛びぬけてカッコ良かったという記憶がある。
だから平成のシリーズを再開するに当たって、敵役に再びギャオスを持って来たのは大正解であると思う。
最初の1作を観ただけだと、やっぱり子供騙しの感じがして、なんでこんなもんが金子修介監督の代表作とまで言われるんだろう、なんであんなに評価が高かったんだろう、そしてまたなんで金子監督は3本も撮ったんだろう、とクウェスチョン・マークがたくさん脳裏に浮かんだのだが、3本とも観るとさすがに重みが出てくる。
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Sunday, December 30, 2007
【12月30日特記】 先ほど TBS 『あの伝説の番組再び!"イカ天2007復活祭"』を見終わった。面白かった。そう、懐かしいよりも面白かったという思いのほうが強い。
いいバンド、いい歌がたくさん、たくさんあったのだ。そして、バラエティに富んでいた。見事に個性的だった。新しい音楽の要素や潮流をたくさん知った(スカというリズムについては、僕はこの番組を見るまで知らなかった)。
もう名前さえ忘れていたけど、C-BA とかサイバーニュウニュウとか、それから歌では番組初期に出たガールズ・バンド(何だったっけなあ?)の「やっちゃえ、やっちゃえ」という歌詞が入るやつとか、宮尾すすむと日本の社長の『2枚でどうだ』なんて今聞いても名曲だし、あのナントカ秩父伝説!っちゅうやつ!(バンド名も歌のタイトルも忘れた)強烈!
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Friday, December 28, 2007
【12月28日特記】 今年も依頼のコメントがついたので「日本インターネット映画大賞」日本映画部門に投票してみることにした。僕の感性とは多少趣の異なる賞ではあるが、ま、こういう形で個人から社会に働きかけをするのも良いかと思う。
[作品賞投票ルール(抄)]
・選出作品は5本以上10本まで
・持ち点合計は30点
・1作品に投票できる最大は10点まで
昨年は限度一杯の10作品をエントリーしたので必然的にひとつずつの作品につけた点数が低くなってしまったので、今年は逆に5本だけに投票して影響力を極大にしようと思う。
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Tuesday, December 25, 2007
【12月25日特記】 WOWOW から録画したままになっていたドラマW『蒼い瞳とニュアージュ』を昨夜漸く観た。ドラマW最新作4週連続放送の最終回である。水谷俊之監督。
全然期待せずに見たこともあって意外に面白かった。
ニュアージュの会という、希望者に青酸カリを配布している謎の団体がある。キャバクラでホステスを人質に立て籠もった犯人が、現場に踏み込んだ警察の前でニュアージュの会からもらったと思われる青酸カリで自殺した。
人質が解放された後、彼女たちに見事なカウンセリングをしてみせた、派手なギャル風で「らしくない」臨床心理士・恵梨香(深田恭子)。被害者の1人で心に傷を負う麻美(佐津川愛美)。
そして、同じくその青酸カリで自殺を図り、死ぬ間際に爆弾テロを予告したビデオテープを残した男(松重豊)。恵梨香の実力を見込んで捜査に協力を依頼する警察庁特別捜査支援室の宇崎(萩原聖人)。宇崎と恵梨香に批判的な上司の高津(佐藤江梨子)。逆に協力的な刑事(石橋凌)
ま、そんなキャストとストーリーである。先ほど面白かったと書いたけど、筋の上ではイマイチすっきりしない点も残っている。テロを結局家族の問題に持って行こうとするところにそもそも無理があったのではないかな。
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Monday, December 24, 2007
【12月24日特記】 2007年は邦画を45本観た。年間100本も200本も観る人からすれば、「なんだたったそれだけ?」と言われるだろうが、これでも僕の年間新記録なのである。
で、新記録で調子に乗って、その45本から何本か選んでみることにした。
──と、昨年12月23日に書いた記事と数字以外は全く同じ書き出しで始めてみた(これは昨年1月4日に書いたその前の年の邦画総括記事ともほとんど同じ書き出しである)。
今年はまだ何日か残っているので、まだ1本くらいは邦画を観る可能性もあるが、もうそれほど素晴らしいものは残っていないのではないかなと思い総括記事を上げることにした。もし、年内に順位を揺るがすような名作を観たら、また改めて追加訂正を書く。
僕が観た鑑賞映画リストは左の欄(RECENT POSTS の下)にリンクが張ってあるのでそれを辿って見てほしい。
さて、今年も去年に引き続いて「『キネマ旬報ベストテン』の20位以内に入ってほしいもの」というタイトルで選んでみた。一昨年の「『キネマ旬報ベストテン』の20位以内に入りそうなもの」と違って、僕の願望が込められている。このニュアンスの違いを解ってほしい。
また、あくまで『キネ旬』を意識したものであるところもひとつのポイントである。
対象は2007年に映画館や試写会で観たもの。TVやDVDで観たものは含まれない。だから、今年の映画だが劇場公開前に WOWOW で観てしまった『犯人に告ぐ』は対象外ということになる。
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Sunday, December 23, 2007
【12月23日特記】 映画『椿三十郎』を観てきた。
賛否両論あるようだ。ちょっと乱暴かもしれないが、容易に想像がつくのは黒澤明版を観た人には概ね不評、観たことない人には概ね好評という色分けがある程度成り立つように思う。
僕は黒澤明の映画を一度も見たことがない。TVやDVDなどを含めても一度も見たことがない。ついでに言うと小津安二郎も溝口健二も木下恵介も成瀬巳喜男も、同様に1本も見ていない。単にみんな昔の映画だとしか思わない。今の時代に彼らを見ても昔の観客が衝撃を受けたのと同じように驚くことはできない気がするのである。
という訳で僕も「黒澤明を知らない」(黒沢清なら知ってるけど)グループの一員であり、そしてこの映画を褒める輩なのである。
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Sunday, December 09, 2007
【12月9日特記】 映画『やじきた道中 てれすこ』を観てきた。時代劇はあまり見ないのだが、久しぶりに見る気になった。
監督は平山秀幸。来年からは多分「『しゃべれども しゃべれども』の」という紹介のされ方が多くなるだろう。つまり、この前作が今年の映画賞やベストテンで高く評価されることになるだろうから(間違っても「『レディ・ジョーカー』の」とは言われないだろう)。たまたまかもしれないが前作に続いて落語ネタである。
いくつかの落語のネタを繋いでストーリーを構成した映画だけに、全くもって「えー、毎度馬鹿馬鹿しいお笑いを」という類の話である。
品川の遊郭で何年振りかで再会した弥次さん(中村勘三郎)と喜多さん(柄本明)。遊郭の建物に沿って縦に動くカメラが効果的だ。ここでは弥次さんは新粉細工職人で、喜多さんは売れない歌舞伎役者という設定。
弥次さんが惚れた花魁・お喜乃(小泉今日子)にせがまれて彼女の足抜けに協力。なぜかその逃避行に喜多さんもついてくる。そして、そこに謎の巨大水生生物「てれすこ」が絡んで来るという妙な筋である。
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Saturday, December 08, 2007
【12月8日特記】 WOWOW で録画しておいたドイツ映画『善き人のためのソナタ』を観た。評判が良かったので観たかったのだが、関西では上映期間が短くて見逃してしまった作品だ。
ベルリンの壁が崩壊する少し前の東ドイツ。国家保安省の役人である主人公ヴィースラーが劇作家ドライマンを盗聴する任務に就く。
それまでは血も涙もないような、拷問に近い取り調べで多くのスパイを監獄に送ってきた彼だが、劇作家とその恋人である女優クリスタの暮らしを盗聴するうちに、なんとなく情が移ってきて、いつのまにか報告書にも手心を加え始めるヴィースラー。
やがて劇作家が書いた暴露文章が西側に流れ、当然の如く疑いの目は彼に向けられ、捜査の手が伸び、別件逮捕されたクリスタが保身のために恋人ドライマンを裏切ってしまう。ところが、ヴィースラーの工作によってドライマンは難を逃れる。
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Thursday, November 29, 2007
【11月29日特記】 映画『タロットカード殺人事件』を観てきた。
暫く見ない間にウディ・アレンが哀しいくらいおじいちゃんになっちゃったなあ、というのが初っ端の感想だったのだけれど、映画のほうはもう全くいつものウディ・アレン、おかしいくらいにいつものウディ・アレンである。
──と、ウディ・アレンを知らない人にならともかく、知っている人に対してはここまで書いたところで文章を終えても良いくらいだ。
いやいや面白かった。堪能した。満足した。楽しかった。
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Sunday, November 25, 2007
【11月25日特記】 映画『転々』を観てきた。
三木聡監督はお笑いの世界では結構売れっ子の構成作家であったらしい。僕はそんなことは全く知らずに映画『イン・ザ・プール』を観て、「ああ、この監督は信用ならないなあ」と思った。
「この人はあの原作小説をこういう風に読んだのか」「あの小説をこんな映画にしてしまう人の感覚って何なんだろう」と思った。原作の設定やストーリーを変えてしまったと言っているのではない。原作小説とできあがった映画とでは、そこに漂っている空気感が異質なのである。
だから、その後『亀は意外と速く泳ぐ』や『図鑑に載っていない虫』など、予告編を見る限り大変面白そうだと思ったものの、監督が三木聡だと知って観るのを思い留まったのである。
三木監督はその後TVで手がけた『時効警察』でも結構名を売った。が、これも僕は観ていない(番宣を見て面白そうだと思ったのは確かだが)。
今回この映画を観たのは、贔屓の男優である三浦友和が主演であるということもある。小泉今日子やオダギリジョーという他のキャストに魅かれた面もある。でも、決定的だったのはテーマ・ミュージックだ。
予告編を観てたらいきなり『髭と口紅とバルコニー』が流れているではないか。これがエンディング・テーマで、オープニングでは新たに別アレンジで収録されたインスト版が流れている。そして、新宿のシーンでは『スカンピン』が使われている。いずれもムーンライダーズの31年前の作品だ。
きっと誰かがライダーズ・フリークなんでしょうね。結局これが決め手になって絶対見ようと決めた。
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Monday, November 19, 2007
【11月19日特記】 昨日WOWOW から録画しておいたドラマW『結婚詐欺師』を観た。ドラマW最新作4週連続放送の3週目の作品。
いやぁ、面白かった!
原作は乃南アサの小説。(読んでいないのでわからないが)原作も多分よく書けているのだろうが、福田卓郎の脚本もかなり良かった。やっぱり良い脚本で良い監督が撮ると良いなあという感じ。
観ていて1回結婚詐欺をやってみたくなるくらい、加藤雅也の詐欺師が板についていた。騙される女たちの心理って、ああ、こんなものなのかなあ、と思ってしまう。
そして何よりも、偶然元恋人(鶴田真由)が詐欺の被害者になってしまった捜査員(内村光良)が、彼女への未練たらしい気持ちが勝ってしまって、捜査の本分を逸脱してしまうという設定が見事。騙された女たちの、騙されたのに被害届けを出そうとしない女たちの気持ちが、最後の最後まで理解できない彼の情けなさ。
このウッチャンの情けなさが余韻として残る。そこがすごい作品だと思う。
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Sunday, November 18, 2007
【11月18日特記】 録画しておいたドラマW『孤独の歌声』を観た。ドラマW最新作4週連続放送の2週目。
実は今日は4週連続放送の3週目の放送日なのだが、僕の鑑賞スケジュールが1週ずれてしまっている。今夜の『結婚詐欺師』はまた録画して観ることにする。
原作は天童荒太。一度も読んだことはない。僕にとってはなかなか読む気になれない作家である。「魂を揺さぶるサイコサスペンス」との触れ込みだが、なんか力が入り過ぎの感じ。
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Wednesday, November 14, 2007
【11月14日特記】 土曜日に映画『クローズZERO』の評をアップしたら、日曜日に普段の4~5倍のアクセスがあった。
もちろん、「今回は良い映画評が書けたので好評だった」などとは思っていない。
ごく自然に辿り着くのは、僕が普段観て書いているのは誰も見ないようなマイナーな作品が多くて、従って必然的に読もうと思う人も少なかったのだが、久しぶりに大ヒット作の映画評を書いたので読もうと思ってくれる人が集まったのだ──という推察だろう。
だが、それにしても多いのである。アクセス数の桁がいつもより1つ多いのである。
今までだってたまに大ヒット作の映画評も書いていたはずだが、決してここまで急激に増えることはなかった。
それで何か別の理由があるのではないだろうかと考え始めたのだが、1つ思い当たることが出てきた。
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Sunday, November 11, 2007
【11月11日特記】 WOWOW で『模倣犯』を観た。今日はドラマW最新作4週連続放送の2週目だが、そっちはパスして今日はこれだけにした。
先週ドラマWで観た『長い長い殺人』(麻生学監督)に続いて宮部みゆき作品である。そして、監督は森田芳光である。ちなみに2002年のキネ旬57位。
彼女の作品は登場人物が多く筋が入り組んでいるので映画化は大変だ。『長い長い殺人』ドラマ評で触れた『理由』(大林宣彦監督)と3つ並べてみると面白い。
『理由』は登場人物が取材を受けるという形で整理して非常に見やすいものになっていた。『長い長い殺人』はちょっと長くてしんどかったが、脚本の友澤晃一は細かい章立てで視聴者に情報を小出しにすることによってその膨大な情報を順に定着させた。
そして、この『模倣犯』では大胆な省略による速い展開で冗漫になるのを避け、解らなくなった頃に回想や繰り返しで時間軸を曲げて繋げることによって観客の理解を助けている。この辺りがやはり脚本も手がけた森田芳光のテクニックと言って良いのだろう。
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Saturday, November 10, 2007
【11月10日特記】 映画『クローズZERO』を観てきた。大ヒット中の映画である。事実今日も立ち見が出る盛況。
そういうヒット作を見る時には力が入る。
現に大衆に受け入れられている魅力を自分も同じように体感/認識できるかどうか。
一方、巷の人気に流されてしまって批評する眼を失ってはしまわないか。
その2つの点で自分の力量が試されているような気になって、かなり気負ってしまう。特に今回のように、男同士/女同士/カップルなど性別の面ではいろんな組合せはあるが年齢的にはほぼ全員がミドルティーン~20代初めという中におっちゃんが独り混じって観るという環境もあって、なおさら気負ってしまう。
で、結論から書くと、大変面白かった。すんなりと楽しめた。これが受けるのは当然だと思う。若い人ばかりでなく上の年代にも受けると思う。別に貶すような点はないし、それが特に人気に流されたせいだとも思わない。
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Monday, November 05, 2007
【11月5日特記】 昨夜 WOWOW で「宮部みゆき『長い長い殺人』」を観た。ドラマW最新作4週連続放送の1週目である。
ま、面白いんだけど、タイトルの通りちと長いわ。140分というのはちと疲れる。しかも、22時からの2時間20分というのは疲労度が高い。
もう少し短くならなかったのかなという気がする一方で、原作が長くて複雑なんだから仕方がないという気もする(と言いながら原作は読んでないのだが・・・)。
筋は、あんまり長いので真剣に書く気はないが、多分デキていると思われる男(谷原章介)と女(伊藤裕子)がいて、その2人がそれぞれに保険金目当てにそれぞれの配偶者を殺したのではないかという疑惑を受けているのだが証拠がなく、逆にアリバイがある。
2人はTVのワイドショーに取り上げられて次第にスター(悪役)化して行く。その2人を刑事(長塚京三)と探偵(仲村トオル)が追い詰めて行く話である(って、ホントはもっともっと複雑なんだけど)。
何よりも、これだけ登場人物の多い(名前を知ってる俳優だけで何十人もいる)こんがらがった話をよくここまで見やすく整理してドラマに展開したなあという感はある。細かく章立てしたのが成功だったのか?
それと、登場人物たちの財布が語るというスタイル(これは原作通りなんだろうか、それとも映画化に当たっての工夫なのか?)は手法としてはかなり野暮ったい感じがしたが、観客に語りかける手法としては理解を助けるものであったようにも思う。
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Sunday, November 04, 2007
【11月4日特記】 映画『M』を観てきた。
廣木隆一という人はとても優秀な監督だと思うのだが、なかなかメジャーな形で上映されることがない。この映画も関西では1館のみ、十三第七藝術劇場で1日2回の公開である。まあ、この映画もR-15だし、その手の性的にわりとヤバいテーマの映画が多いということも関係あるのかな?
ポルノ出身ということが根っこにあるのか、あるいは彼のライフワーク的なテーマがこのへんにあるのか、あるいは反骨・反体制という志向の延長上にあるのか(そうでないものも撮ってはいるし、そうでない作品の中にも素晴らしいものがあるのだが)・・・。
今回は主婦の売春である。ほんの出来心から出会いサイトに、やがてヤクザに絡めとられて逃げられなくなり、逆にそういう極限状況に新たな快感を覚えてしまう。それがタイトルの頭文字Mが意味するところである。
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Sunday, October 21, 2007
【10月21日追記】 昨日の記事ではちょっと書き足りてなかったので少し書き足しておくことにする。
昨日僕が書いた「両義的(多義的)」云々の下りが多分、映画を見ていない人に解らないのは当然であるとして、映画を見た人にも釈然としないだろう。
例えばそれは、睡眠薬とビールを飲み過ぎて死にそうになってしまうに至る顛末について、明日香(内田有紀)が自分の記憶で振り返っている描写と、第一発見者である鉄雄(宮藤官九郎)の証言に基づくシーンでかなり異なる、と言ったようなことだ(例えば2つのシーンで薬の飲みカスの量が微妙に違ったりする)。
そして、この映画の場合、そういうようなことは他の登場人物についてもしょっちゅう起こっているのである。何せ設定が精神病院の患者たちだけに、そんなことは当たり前に起こるのであるが、これは精神病院の患者だからという印象を与えないのが巧みなところ。
そういう構造が、まず両義性/多義性の前段階である。
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Saturday, October 20, 2007
【10月20日特記】 映画『クワイエットルームにようこそ』を観てきた。
さて、うむ、評価するのは難しい。
何かの間違いで(と本人は思っているが周りはそうは受けとめていない)精神病院に担ぎ込まれ2週間に渡って拘束される女性の話。主人公の雑誌ライター・佐倉明日香を演じるのは内田有紀。
こういうある種極限的な設定を与えられると、観ているほうはついつい大きな感動や劇的な教訓を期待してしまうのだが、監督の松尾スズキは周到にそういう作用を避けている──という風に僕には見えるのである。
映画を見ている最中も見終わってからも、観客はそのどちらも得られない。即ち感動もしなければ、教訓も見出さない。そういう意味では「なんじゃ、こりゃ?」の映画なのであって、そういう意味では一刀両断にしてしまっても良い映画なのである。
だが、現実はそれほど一直線なものではなく、映画もまた一筋縄では行かない。僕はその両義性(と言うか、むしろ多義性)がむしろ巧みに仕組まれたものだと感じる。だから単純に貶せない。
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Monday, October 08, 2007
【10月8日特記】 映画『サウスバウンド』を観てきた。
世の中には監督が誰なのか知らないで映画を観る人もいるらしいが、僕は監督で選ぶことが多い。この映画も、目当てはトヨエツでもなければ奥田英朗による原作でもない(原作小説は未読である)。目当ては森田芳光である。
『の・ようなもの』以来、僕は森田映画には失望させられたことがない。とは言っても森田芳光の作品を全て観てきた訳ではないので、ひょっとすると失望しそうなものを巧みに避けてきただけかもしれない。
実はあるブログでこの映画をあまり褒めていない記事にも出くわした。どうしようかと思ったのだが、でも、観て良かった。本当に良かった。
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Sunday, October 07, 2007
【10月7日特記】 映画『パンズ・ラビリンス』を観てきた。
単なるファンタジーだと思って見に行くと、あるいはスペイン内戦を巧みに織り込んだファンタジーだ、ぐらいの認識で見に行くと足許掬われるぞ。
これは死生観に係わって来るファンタジーだ(今回はちょっとネタバレの記事になるかも知れんので、あしからず)。
舞台は1944年、スペイン。12歳の少女オフェリアと母が軍の車で山奥の駐屯地にに向かう。そこで待ち受けているのは、オフェリアの新しい父になるビダル大尉。フランコ側の指揮官であり、そして非常に残忍な男である。彼は新しい妻をではなく、妻の胎内に宿る息子(と決めつけている)を待っていた。
駐屯地の使用人メルセデスはゲリラ側に通じている。彼女の弟が共和派ゲリラの指導者なのである。
その重苦しい暮らしの中で、オフェリアは妖精に出会い、パン(牧神)の待つラビリンス(迷宮)へと誘われる・・・。
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Saturday, October 06, 2007
【10月6日特記】 昨夜、メ~テレ『ガンジス河でバタフライ』(前編)を観た。今夜の後編を観た後もそんなに書きたいことは増えないような気がするので、今日の時点で感想を書いてしまうことにする。
見ていて非常に強く感じたのは、主演して原作者・たかのてるこを演じている長澤まさみが高野照子本人にとてもよく似ているということだ。
高野照子に会ったことがある人なら、長澤まさみが彼女の役を演じると聞いて、「いくらなんでも厚かましい、それは可愛くなりすぎなんじゃないの?」と思ったはずだ。だから、実際見てみて長澤まさみが高野照子に似ているというのは驚愕の発見だった。
いや、驚きである。
こんなことを書いても喜ぶのは恐らく高野照子本人だけで、まあ、それを演じている長澤まさみ自身は怒らないかもしれないが、長澤まさみのファンは確実に怒るだろう。こんなことを書いた僕がうっかり長澤まさみファンが集まるところになんか行った日にゃあ、「まさみちゃんのどこがあんな奴に似てるってんだよ、言ってみろ!」と囲まれた挙句、撲殺されるかもしれない。
でも、確かに似ているのである。長澤は高野と会って特徴を吸収したのだろうか?
しかし、何のために?
たかのてるこを知っている人が視聴者に何人いるだろう? そんなもん似てたって全く意味がない。
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Wednesday, October 03, 2007
【10月3日特記】 映画『クローズド・ノート』を観てきた。
『DEATH NOTE』の時も書いたんだけど、それを言うならノートじゃなくてノートブックなんだけどなあ・・・。映画の中に出てくるノートにはちゃんとそう書いてあるんだけどなあ・・・。でも、NOTE BOOK と2語になっているところがまたおかしいよなあ・・・。ま、いっか。
三池崇史とか山下敦弘とか、最近では1年の間に複数本の作品が公開される(つまりそれだけ短期間に2本以上撮っている)監督が目立つが、これもそう。ついこの間見たばかりの『遠くの空に消えた』に次ぐ行定勲監督作品。
多作であることは大いなる能力であり強力な武器である。前作が不作であった場合は特にそうだ。明らかにこっちのほうが本領発揮の感がある。
いかにも誰かが作りました、みたいな作り物感漂うストーリーである。細部を考えると現実はあまりこの通りになりそうもない。加えて先行きが見え見えである。「見え見えである」と書くと、ストーリーのさわりの部分を知っている人は「あ、そうなのか?」と思うだろうが、そうなのである。
そういう見え見えの話で観客をどう動かすか──監督の力量が問われるところである。
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Sunday, September 30, 2007
【9月30日特記】 映画『ファンタスティック・フォー 銀河の危機』を観てきた。久しぶりのハリウッドである。前作に引き続いて観た。
僕がこのシリーズに入れ込んでいるのは、(前作の映画評にも書いたと思うが)これが昔TVで観た『宇宙忍者ゴームズ』だからである。ゴム人間のゴームズ、自ら燃えて飛ぶファイヤーボーイ、岩男ガンロック、そしてバリアと消身術のスージー。
あまりメジャーなアニメではなかったので僕らの世代でも観た記憶がない人がいるかもしれないが、僕は大好きだった。
そして、この映画は、僕の記憶の片隅で眠っていたあのアメリカン・アニメーション(Aの頭韻を踏んでみた)をほとんどそっくりそのまま蘇らせてくれるのである。違いはただひとつ、あのTVアニメではスージー以外の3人の男性キャラの名前が、日本の子供たちのために、ゴームズ、ガンロック、ファイヤーボーイに変えられていたということ。
だから僕の脳裏ではまだあの役名が鳴り響いている。これはノスタルジーそのものである。
いろんなブログで『SUKIYAKI WESTERN ジャンゴ』の映画評を読むと、小中学校時代にマカロニ・ウェスタンに熱狂した僕らの世代は概ね好感を持って受け入れているのに対して、それより下の世代が酷評してる、と言うか「なんじゃ、これ」みたいな記事を書いているのが目立つ。
そう、それがノスタルジーがあるかどうかの差、ジェネレーション・ギャップなのである。
この『ファンタスティック・フォー』においても間違いなくジェネレーション・ギャップは働くと思う。僕らは何が何でもこの映画に魅了されるのである。
『Mr. インクレディブル』を観た時に、「何これ? 宇宙忍者ゴームズのパクリじゃないか」と内心憤慨してたのは僕だけではないだろう。
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Monday, September 24, 2007
【9月24日特記】 映画『めがね』を観てきた。
予告編を見た時からなんとなく予感はあったのだが、『バーバー吉野』、『恋は五・七・五!』、『かもめ食堂』と順調にステップ・アップしてきた荻上直子監督だが、ここに来て初めてちょっと躓いた感がある。うん、予感的中。
「何が自由か、知っている」というのがこの映画のキャッチ・コピーなのだが、この映画を観る大多数の人たちにとっては、この映画のように何日も仕事を休んでこんな遠いところ(映画の中ではここがどこなのか一切情報を与えていないけれど、ロケ地は与論島である)に遊ぶなんて無理なことなのである。
だから、これが自由な旅のあり方だと言われても、文字通り「そんなこと言われてもなあ・・・」と思うだけのことである。こんな旅をしてみると良いよと言われても、「そりゃあ良いだろうけどさあ・・・」で終わってしまうのである。
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Sunday, September 23, 2007
【9月23日特記】 映画『包帯クラブ』を観てきた。
堤幸彦作品を初めて観たのはいつだったろう。多分テレビのシリーズだったと思うのだが、あの映像手法には随分とショックを受けた。でも、その後、同じ遊び(例えばカメラが寄ったり動いたりする際にわざとコマ落とし風にする例のアレとか)を何度もやってる人で、何度か見てしまうと新鮮味は薄れてくる。
原作の天童荒太という作家は、僕にとってはどうにも食指の伸びない作家である。何冊か本屋で手に取ったことはあるが、どうにもこうにも薬臭くて買う気にならなかった。
にもかかわらずこの映画を見る決め手となったのは、脚本が森下佳子だからである。
このブログでも「森下佳子から目が離せない1」及び「2」という記事を書いたことがあるくらいで、僕はこの作家を高く評価している。非常に台詞が斬れる人だ。
この映画でも彼女の言葉は斬れまくり冴え渡って、僕は何度か小声を挙げそうになったほどだ。
なのにパンフでは森下佳子にひと言も触れていない。紹介文さえない。ありえねー!
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Saturday, September 22, 2007
【9月22日特記】 録画しておいたTBS・水トク『巨星・阿久悠の世界 永遠の歌をありがとう』を見た。9/12(水)放送分。
いきなり窪田等のナレーションに乗ってVが始まる。22時台の番組なら最後までこの形で突っ走る手もあるが浅い時間帯ではそうは行かない。
というわけでスタジオがあるのだが、これが非常に淋しい。中央に鳥越俊太郎、上手に島崎和歌子、下手に長峰アナがいて、他に何もない。バックにMも流れていない。追悼番組であることを意識したのだろうか? それにしても淋しい。
スタジオにゲストが何人が来る。入ってくるところは映らず、CM明け板付きである。次のロールにはもういない。次のロールではまた板付きで別のゲスト。ゲストが紹介されると拍手が聞こえるが、これはSEだ。客入れをしている形跡はない。
こんなブツ切れの番組は近年(の民放)では非常に珍しい。一般的にはゲストはどんどんスタジオに溜まって行くものだ。たいていは前列にMCの3人と一番最後に来たゲスト、後列にそれより前に来てひとしきり語り終わったゲストが座って、時折会話に入り込んで来る。それが近頃のバラエティの文法である。
ところが、都倉俊一が語っている時には森昌子はいないし、森昌子が語っている時には尾崎紀世彦はいない。話は盛り上がらずしずしずと進んで行く。
日本レコード大賞で何等かの賞に選ばれた阿久悠の作品が60曲あると言う。さあ、ここでその60曲のリストが出るかと思うと出ない。
んー、なんだろう? 追悼番組だからそういう演出は外したのか、曲選びと追加インタビューと編集で忙しくてスタジオの演出を考える暇がなかったのか、あるいは他のTVマンとは相当センスの異なる(良く言えば、ありがちなバラエティの文法に毒されていない)人間が作ったのか?
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Monday, September 17, 2007
【9月17日特記】 映画『ベクシル 2077日本鎖国』を観てきた。
アニメやCGには全然詳しくないのだが、結構好きで時々観ている。しかし、時々見るにすぎないので、描き方や技術についてはよく解らない。せいぜい観ながら「おっ、結構リアルに描けてるやん」と呟く程度。
・・・なんだけど、この映画については「おっ、めっちゃリアルに、迫力満点に描けてるやん!」と叫びたいレベル。僕は相当な高水準だと思ったのだが、はて、アニメやCGの専門家からすればどうなんだろう?
3Dライブアニメと言うらしい(なんか凡庸なネーミングですね)。モーション・キャプチャーとトゥーン・シェーダーを組み合わせた技法とのこと。
難しいことはよう解らんが、人間については、眉毛以外はほぼ完璧ですね。
登場人物がみんな瞬きするんだもんね──あれになんかすごく魅かれた。大昔はストーリーの進行に関係のない瞬きなんて絶対誰も描かなかったけどね。ただし、髪の毛だけは何故かみんなハード系の整髪料使ってるらしくて、細かく風にそよぐなんてのはゼロ──ま、そこまで責めるのは気の毒か? どっかで手抜きしないとね。
無生物についてはもう完璧と言って良いと思う。特に劇中に出てくる鉄屑の化け物みたいな「ジャグ」はものすごい迫力と臨場感を持って描かれていた。疾走シーン、破壊、風景、人ごみ、機械──どれもがリアルで、印象は強烈だった。
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Sunday, September 16, 2007
【9月16日特記】 待ちに待った映画『サッド ヴァケイション』を観てきた。
『Helpless』から11年、『EUREKA ユリイカ』から7年、その両作を織り込んだ、言わば続編である。僕は両方とも観ている。前者は WOWOW で、後者は映画館で。ただし、僕のように観た映画の内容をすっかり忘れてしまう人間はどうすれば良いのだろうか?
憶えているのは『Helpless』が訳分かんなかったこと。『EUREKA ユリイカ』に心を揺さぶられたこと。両方とも圧倒的な映画だったということ。
もちろん、この2作を観ていないと訳が分からない映画ではあまりに間口が狭すぎる訳で、当然両作を全く知らない人でも見られるように作ってある。
むしろ、『Helpless』から浅野忠信が、『EUREKA ユリイカ』から宮﨑あおいが、それぞれの役柄を引きずって連続出演しているだけだ(それを「だけ」と言えるのかどうかは別として)と思えば良い。(宮崎あおい)
映画が始まって暫くは、1カットで撮れるのにあえて細切れのカットを繋いでいるところが、(もちろん時間の経過の省略をそれで表現している場合も多いのだが)なんかとてもイライラするのだけれどこれは狙ってのことなのかなあとか、バックで鳴ってるジョーズハープというモンゴルの楽器が独特だなあとか、そんないろんなことを考えながら見ていたのだが、途中から完全に画面に没頭して何も考えられなくなった。
ふと気がつくと口を半開きにして観ている自分がいた。
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Saturday, September 15, 2007
【9月15日特記】 映画『SUKIYAKI WESTERN ジャンゴ』を観てきた。
こういうハチャメチャな設定の映画は大好きだ。如何にもリアリズムという看板を掲げながらどこかで破綻してしまっている映画と比べると小気味良い。
で、いつからこういう映画が好きになったかと言えば、それは多分1971年の『レッド・サン』からかなと思う。チャールズ・ブロンソン、アラン・ドロン、三船敏郎という、アメリカ人、フランス人、日本人が出演した西部劇で、三船は当然のことながらチョンマゲ+キモノで武器は日本刀だった。
今回の『ジャンゴ』はもっと凄い。こんな楽しい設定なら映画の出来が少しぐらい悪くたって構やしないと思うくらいだが、はっきり言って映画の出来も頗る良い。
かつてイタリアがアメリカの西部劇と日本のクロサワをパクってマカロニ・ウェスタンを作った。今度は日本人の三池崇史がそれをパロってスキヤキ・ウェスタンを撮った。もう設定も糞もないと言って良いほどのごちゃ混ぜだが、そこには日本人が撮るだけの必然性がはっきりと感じられるのである。実際に映画を見てみればそれが解ると思う。
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Sunday, September 09, 2007
【9月9日特記】 映画『ショートバス』を観てきた。
セクス映画である。女性客が多いのにちょっとびっくり。女性の独り客。カップルなんだけど、あまり気乗りしない男性を女性が引っ張ってきた感じの2人。そして女性2人連れ。
この女性2人連れはレズビアンなんだろうか、とふと思ったりするが、多分違うんだろうな。考えてみれば知り合いにレズビアンの人なんか1人もいない。ホモセクシュアルの男性は知り合いにもいるし、カムアウトはしていないけどホモだという噂のある男性なら周りにたくさんいる。でも、レズビアンだなんて噂になっている女性さえ1人も知らない。
日本ってそういう国なんだなあと思う。
舞台はニューヨーク。
NYの街をCGで描いている。CGと言ってもリアリスティックな奴じゃなくて、ミニチュアを再撮したような、むしろクレイ・アニメっぽいCG。全面的に停電したNYを空撮する予算がない(予算があっても全面停電は無理だ)という事情で採用されたようだが、このアイデアはなかなか良かった。非常にポップなCGだ。
NYのサロン"ショートバス"。そこにはセクスの悩みを抱えた者、セクスをもっと楽しみたい者たちが夜な夜な集っている。そして、場所がNYだけに僕らが知ってるありきたりのセクスだけでは済まないのである。
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Sunday, September 02, 2007
【9月2日特記】 KTVの『ザ・ドキュメント コーポレートメディア』を観た。8/28(火)の深夜に放送したのを録画しておいたものだ。
事前の新聞記事などでは『あるある』の事件に対する反省みたいな取り上げ方だったし、事実番組の冒頭も2/28の千草前社長の釈明会見から始まっているのだが、このドキュメンタリーはあの事件とは全然関係のないことを扱っている。
単に報道局の迫川という女性記者があの事件を契機に、企業に身を置いて報道に携わっている人間のあり方というテーマにたどり着いたというだけだ。だから"『あるある』のその後"みたいなものを期待して見始めた視聴者は随分肩透かしを食らったのではないだろうか?
そういう意味ではまったくもってあの局らしい間抜けな企画である。
ドキュメンタリとしてはそんなに鋭く示唆に富んだものではなく、まあまあの出来だと思うのだが、印象に残るシーンが2つあった。
ひとつは『あるある』事件を受けての社内研修会で作家の吉岡忍氏が「タダの仕事をしなくっちゃ」と提言していること(すべての番組が企業としての営利活動に結び付いているのはおかしい。ジャーナリストならそういうことと関係のない仕事もしてみろ、との意)。
もうひとつは、米国NBCの女性プロデューサがスポンサーや株主からのプレッシャーについて質問を受けた時に「そんな問題は存在しない。もっと上のレベルで処理しているのかもしれないが、そういうプレッシャーがあっても我々の耳には入らない。我々は独立したジャーナリストである」と言い切ったこと。
うーん、アメリカはさすがに凄いなあ、というようなことではなく、僕は(こと報道セクションに関しては)日本でもこれは同じだと思う。僕はここんとこ長らく報道の連中とはあまり接点がない仕事をしているが、僕が編成にいた頃には、経営者が歯ぎしりしそうなことを平気で放送してしまう報道マンが確かにたくさんいたと思う。
むしろ、アメリカの凄さはメディアの側ではなく市民の側の積極性・攻撃性・参加性、そして高度なメディア・リテラシーにあると思う。
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Friday, August 24, 2007
【8月24日特記】 映画『彩恋 SAI-REN』を観てきた。飯塚健監督の前作『放郷物語』がすごく良かったから(その映画評はここ)。でも、その後飯塚監督がこの映画を撮ったことは知らなかった。
今朝、アロハ坊主さんのサイト(アロハ坊主の日がな一日)で初めて知って、でも関西では上映しないんだろうなあ、と半ば諦めながら検索してみると、心斎橋シネマートで1日1回だけやっているではないか。しかも、今日が最終日である。電話して聞いてみると 15:10 からの上映。
午後から特に打合せや来客の予定もないのを良いことに、こりゃ急遽半休取るっきゃないでしょ(一応半休扱いにしておいて、夕方会社に戻って来たけど)。
関めぐみ(『恋は五・七・五!』、『ハチミツとクローバー』、『アヒルと鴨のコインロッカー』)、貫地谷しほり(『スウィングガールズ』、『SURVIVE STYLE 5+』、『ナイスの森』、『夜のピクニック』、『神童』)、徳永えり(『放郷物語』、『フラガール』)が扮する3人の女子高生の物語である。
とまあ、キャッチフレーズ風に書けばそういうことになるのだが、これは女子高生のお話に見えて実は家族の話であるというところがミソなのである。
3人とも片親なのだが、それぞれの親との関係が理想的である(貫地谷が演じるココは一時期ヤンキー娘であったという想定だが)。
弟(松川尚瑠輝)に初体験のアドバイスをしてやれる姉(ナツ=関めぐみ)なんてどこの世界にいる? 父(温水洋一)と弟の男同士の関係もコミカルでありながら心温まるものがある。
そして、ココとマリネ(徳永えり、今回は大阪弁だ。これが心地良い)の親同士(奥貫薫と高杉亘)が恋に落ちるというのも非常に微笑ましいエピソードだ。
しかし、話は逸れるが、それにしても上記の3人の出演映画を全部観ている僕も凄いなあ(何が凄いのかは分らんが)と自画自賛してみる。
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Sunday, August 19, 2007
【8月19日特記】 映画『遠くの空に消えた』を観てきた。無国籍感覚が強い作品である。行定勲監督が7年間温め続けた企画を映像化したジュヴナイル・ムービー(ジュヴナイル&SFかと思ったがSFの色合いはほとんどなかった)。
でも、イマイチ何を描きたかったのかが明確に見えてこない。
空港建設反対運動をしているある村に転校してきた主人公の少年。彼の父は空港公団の地元トップ。子供たちはすぐに友だちになる。ただ、親は言わば敵同士である。──というのが、ま、ストーリーのスタート・ライン。
いつだか判らない時代のどこだか判らない場所という設定にした(もちろん割合最近の日本であるのは確かだが)ことが徒(あだ)になったんではないだろうか。
あの無国籍な感じの舞台設定には、行定自身が助監督についていた『スワロウテイル』(岩井俊二監督)のイメージがあったのは間違いないと思う。音楽の無国籍な感じは『アンダーグラウンド』(エミール・クストリッツァ監督)を思い出させた(行定監督、これも観たんじゃないかな)。それから『サイン』(M・ナイト・シャマラン監督)や、行定監督自身が言及している『飛ぶ教室』(トミー・ヴィガント監督)なんかも連想させるんだけれど、いずれの映画の域にも達していない。中途半端な出来になってしまった。
リアリティのないところに共感は生まれないのである。リアリティとは決して写実と同一ではない。フィクションにはフィクションのリアリティがある。
この映画では基本となる時代設定(1960年代なのか70年代なのか80年代なのかで大きな違いがある)と舞台設定(日本のどこなのか?いや、そもそも一体ここは本当に日本なのか)を不詳にしてしまったことが、リアリティを減ずる方向に作用してしまったと思う。
リアリティとは何なのかを随分考えさせてくれる映画だ。
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Saturday, August 18, 2007
【8月18日特記】 映画『恋するマドリ』を観てきた。観客はガッキーのファンのガキばっかり、かと思いきや、そうでもなかった。
僕が新垣結衣を「見初めた」のはグリコ・ポッキーのCMだった。それよりも前に、毎週見ていたTBS『ドラゴン桜』にレギュラー出演していたのはずなのだが、その時には何にも思わなかった、と言うか明確な記憶さえない(サエコははっきり憶えているのに)。
いずれにしても、あのポッキーのCMを見て「すごい!なんじゃ、こいつは!」と思った訳である。それですぐにネットで名前を調べた。それが彼女と僕との出会いである。
鈴木杏における『ヒマラヤ杉に降る雪』、宮﨑あおいにおける『EUREKA』、多部未華子における『HINOKIO』、そして新垣結衣におけるポッキーである。(宮崎あおい)
で、この映画であるが、あまり期待しないで見に行ったのだが、意外にすっごく良かった。何が良かったって、まず画が良い、台詞が良い、役者が良い、美術も良い、音楽も良い。
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Thursday, August 16, 2007
【8月16日特記】 WOWOW のドラマWアンコール『チルドレン』を観た。初めて観る源孝志監督作品。
伊坂幸太郎の小説は良い意味でも悪い意味でもおとぎ話みたいなところがある。いや、実は『重力ピエロ』1冊しか読んだことがないのだが、先日映画館で観た『アヒルと鴨のコインロッカー』も、この『チルドレン』もいずれも似たようなテーストがある。
よくできた話なんだけど、全部聞き終わってしまうと何だか巧いこと辻褄を合せた大ボラのような気がしてくる。いや、ホラと呼ぶよりもやっぱりおとぎ話なんだろうなあ。
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Monday, August 13, 2007
【8月13日特記】 昨日は「録ろうかどうしようか」と書いたが、結局生で観てしまった──ドラマW『震度O』。
原作は横山秀夫。『半落ち』を読んで、あの本はそれなりに面白かったのも確かではあるが、それっきり2度と読む気にならない作家である。監督は水谷俊之。
阪神淡路大震災当日、某県警刑務課長の不破(西村雅彦)が突然消えた。一方で震災への対応、他方で昨夜取り逃がした逃亡中の強盗殺人犯の再捜索という慌しい中、県警最高幹部6人(渡辺いっけい、上川隆也、矢島健一、國村隼、升毅、斉藤暁)は極秘のうちに西村を探し出そうとする。
そこにはキャリア組・準キャリア・ノンキャリア間の露骨な反目と、それぞれの刑事が抱えた負い目、そして妻たちをも巻き込んだ激しく醜い出世争いがあった。──とまあ、直接的には警察官僚物語である。
おいおい、日本の警察って、ひょっとして組織の中ではいつもこんなことやってんのか? それなら解決する事件も解決せんわな、とちょっと呆れてしまう。
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Sunday, August 12, 2007
【8月12日特記】 WOWOW のドラマW、今月は毎週日曜日に最新作3週連続放送である。先週の日曜日に放送した1発目の『イヴの贈り物』を録画しておいて、先ほど観た。
舘ひろしのメロ・ドラマで、しかも、その監督が佐藤純彌だと言うのでどうしようかなとは思ったのだが一応録画しておいたのだ(ちなみに脚本は佐伯俊道)。
佐藤純彌って1960年代前半から監督している人なんですよね。んで、僕は70年代に2本の角川映画『人間の証明』と『野性の証明』を、80年代に『植村直己物語』を見て以来21年ぶりである。『北京原人』なんて映画を撮ってどうしちゃったのかな?と思っていたら、一昨年『男たちの大和/YAMATO』で息を吹き返した(もっとも、僕の趣味ではないので当然見ていない)。
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Saturday, August 11, 2007
【8月11日特記】 映画『天然コケッコー』を観てきた。関西では今日がやっと初日である。
山下敦弘は『リンダ リンダ リンダ』まではよく知らない監督だったのに、あの1本で嵌ってしまい、以後ずっと見ている。
小川真司プロデューサの作品もよく見ていて、パンフの略歴で挙げられている9本の映画のうち7本を映画館で見ている。(TV等で見たものを含めれば8本になる。ちなみにその8本は『ピンポン』、『ジョゼと虎と魚たち』、『恋の門』、『約三十の嘘』、『真夜中の弥次さん喜多さん』、『メゾン・ド・ヒミコ』、『ハチミツとクローバー』、『しゃべれども しゃべれども』)
そして、脚本家は『ジョゼと虎と魚たち』、『メゾン・ド・ヒミコ』(ともに犬童一心監督)で知られる渡辺あやだ。この渡辺あやがくらもちふさこの原作漫画に相当の思い入れがあったようで、原作の台詞をほとんどそのまま残したまま再構成するという荒業をやってのけているらしい。あれだけ斬れる言葉を書く渡辺がそこまでやるというのは、彼女が原作の台詞にそれだけの切れ味を感じていたということなのだろう。
ちなみに僕が見たのと同じ回に同じ映画館で見ていた女性客のひとりが原作漫画の熱狂的なファンらしく、終わってからしきりにぼやいていた。
たくさんあるエピソードのうちから1つか2つを取って来て映画にすれば良いのに、少しずつ集めてきて2時間にしようとするからものすごくもったいないことになっていた。あ~あ、がっかりした。
原作を全く知らない僕は「なるほど」と思うしかないのだが、でも映画としてはかなりバランスよくまとまっていたと思うよ。うん、なかなか良い出来だった。
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Sunday, August 05, 2007
【8月5日特記】 WOWOW でやってたので、再び『ダ・ヴィンチ・コード』を見てしまった(初見の際の記事はここ)。
で、結論から言うとやっぱり解らない。死んだらみんな仏さんになってしまう仏教と比べて、キリスト教はなにかと大変だな、みたいなことを妻と話す。
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【8月5日特記】 3月に WOWOW から録画して、そのままほっぽらかしにしてあった『ウォーク・ザ・ライン 君に続く道』を観た。
映画の出来がどうかなどということに全く気を取られずに、最後まで没入して観てしまった。
ジョニー・キャッシュというのは僕が音楽面で物心ついた時には既に名をなした歌手であり、当時の僕らからすればかなり年配の歌手だった。以来、ほとんどまともに聴いたことがない。
ジューン・カーターのカーター・ファミリーという名前は、ギターを習うとき必ず出てくるカーター・ファミリー・スタイルというピッキング法の担い手として知っていた。歴史的にはスリー・フィンガーの1世代前のスタイルである。彼らの歌声は、マザー・メイベル・カーターを始め、後に何度か聴いたことがある。
その、ジョニー・キャッシュとジューン・カーターの間にこんな恋の物語があったとは知らなかった。と言うか、元々あまり馴染みのなかった歌手なのであり、この2人が結婚していたことも知らなかったし、全体に知らないことばかりが飛び出してくる。
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Saturday, July 28, 2007
【7月28日特記】 映画『魔笛』を観てきた。
初めに断っておくと、僕はモーツァルトにもオペラにもクラシックにも詳しくない。オペラ映画についてもケネス・ブラナー監督についてもよく知らない。
にも拘わらず、なのか、だから、なのか判らないが、とにかくめっちゃくちゃ面白かった。堪能した。
隣で見ていたモーツァルト好きの妻も同じように興奮して満足していたところを見ると、多分この映画の場合は「にも拘らず」も「だから」もへったくれもないのではないだろうか。
何度も書いているように僕は映画というのは第一義的に映像作品であると思っている。それは音楽映画の場合も同じだ。だから、いくら音楽が素晴らしくても脚本が見事でもストーリーが度肝を抜いても、映像的な面白さがなければ意味がないと思っている。
そういう意味でこの音楽映画は秀逸な映像作品であったと言える。カメラはそれこそ縦横無尽。もう、冒頭の塹壕の俯瞰・長廻しから面白くて仕方がない(しかし、それにしても、時代を第一次大戦に変えたのはともかくとして、塹壕という場面を設定したのは秀逸な思いつきだったと思う)。
歌う口元のアップとか、歌いながら飛んで行くとか、戦車に乗って進むとかもう伝統的オペラの発想ではありえない画の連続。面白いのなんのって。
音楽に乗っているということもあるが、のっけから完全ノンストップで、文字通り息つく暇もない面白さである。そして、これは映画にしか決してできない芸当なのである。
どんな芸当かと言うと、あまりに当たり前のことを言うので呆れるかもしれないが、編集である。編集すれば全ての画が音がシームレス/ノンストップに繋がるのである。
これはどんなオペラにも演劇にも絶対になしえないテクニックなのである。今回はそこにさらにCGの技術が重なって、目も眩むような仕掛けになっている。
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Saturday, July 21, 2007
【7月21日特記】 映画『アヒルと鴨のコインロッカー』を観てきた。
中村義洋は、監督作品としては『ルート225』を、共同脚本作品としては『刑務所の中』を、出演作品としては『青い車』『松ヶ根乱射事件』『赤い文化住宅の初子』をそれぞれ映画館で観ている。
伊坂幸太郎の本は『重力ピエロ』しか読んでいない。当然のことながらこの映画は原作を読んでいないほうが楽しめる。筋が命と言うか、どんでん返しを含んだ物語だからである。
で、非常によくできたストーリーである。そして、パンフを読むと、原作者がこれだけ喜んでいるぐらいだから、きっと非常に巧く映画化できたのだろうと思う。
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Monday, July 16, 2007
【7月16日特記】 4月に WOWOW から録画したままになっていた『奇談 キダン』を観た。
目当ては小松隆志監督である。『幸福な食卓』で初めて知って、『幸福な食卓』があまりに素晴らしくって、その小松監督が『幸福な食卓』の1本前に撮ったのがこの映画であるのだが、見てみると同じ監督が撮ったとは思えない、全くタイプの違う映画であった。
プロデューサーはあの一瀬隆重である。そして、案の定ホラーっぽい始まり、だが、ホラーではなさそう。いきなり切支丹の歴史がナレーションで語られている。何それ?
主人公は民俗学専攻の大学院生・里美(藤澤恵麻)。小学1年生の夏休みに渡戸村の親戚の家に預けられていたがその記憶がない。だが、当時の新聞記事には神隠しから生還した少女として里美のことが書かれている。
そして、里美は最近決まって同じ夢を見る。遠くから少年が手を振っている夢──。
渡戸村が隠れ切支丹の里と知って、記憶の断片が少しずつ繋がる。遂に里美は決意して渡戸村に向かう。そこには考古学者の稗田礼二郎(阿部寛)も来ていた。
そして渡戸村には村の人間が語りたがらない「ハナレ」と呼ばれる閉鎖された集落があった。キリスト教の禁教が解けた時信者は全てカトリックに戻ったが、ここの住民だけは隠れ切支丹のまま昭和を迎えてしまい、教義は変形してもはやカトリックから見ても異教に近い。
しかも、近親婚を繰り返したせいか、ハナレの住民の知能は全員7歳程度だと言われる。彼らは死なないという噂もある。
そこへ持って来て、かつて大量処刑が行われた山の上で、ハナレの住民が磔死体となって発見される・・・。
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Sunday, July 15, 2007
【7月15日特記】 映画『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』を見てきた。
いきなり余談であるが、このタイトル中の「ども」は「共」であり、イコール「達」であり、つまり複数形を作るための接尾語である。
ところが僕はこれを逆接の接続助詞だと思っていて、そうなると「腑抜け」も名詞ではなく動詞「腑抜く」の已然形(現代語なら動詞「腑抜ける」の仮定形)であり、意味するところは「腑抜けてはいても、悲しみの愛を見せろ」だとばかり思っていた。
映画を見る前の週に漸く正しい意味を知ったのである。つまり、これは主人公の大勘違い女・澄伽(すみか、佐藤江梨子)が周りの人間たち(腑抜けども)に切った啖呵だったのである。
僕はその妹・清深(きよみ、佐津川愛美)に対して向けられた言葉で、「普段は姉に虐げられて言われるがままなされるがままに腑抜けみたいな生活を送っていても、漫画家としてペンを執ったら一変する。さあ、姉に対して悲しみの愛を見せてやるんだ!」という意味かと思っていた。
解釈によってこんなにも意味が違って来るわけだ。
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Friday, July 06, 2007
【7月6日特記】 映画『吉祥天女』を観てきた。
普段あまり見つけないジャンルの映画なのに何故観たかと言えば、それはキャストに魅かれたから。
まず、鈴木杏。
僕が彼女の名前を憶えたのは2000年の『ヒマラヤ杉に降る雪』というアメリカ映画だった。工藤夕貴が演じた日系人女性の子供時代の役で、このとき彼女はまだ漸くティーンズの仲間入りをしたかどうかという年齢(つまり13歳前後)で、確かあまり台詞もない役だったのだが何故か強烈な印象が残った。
でも、この子、きっと消えちゃうんだろうなあ、と思っていたら、ちょろちょろいろんなところに出てるみたい。で、蒼井優と共演した『花とアリス』の花役が僕との再会となった。その後が『空中庭園』の長女役。そして最近では『監督・ばんざい!』での岸本加世子の娘役。
いずれも非常に印象が強い。眼に魅力があるんだよね、この子は。かなりの近眼らしいけどね。
それから本仮屋ユイカ。
なんと言っても『スウィングガールズ』のちょっとトロいトロンボーン奏者。そしてTV版『世界の中心で、愛をさけぶ』でのクラスメイト役も良かった。
この子の巧さは大変なもんです。初っ端のシーンでは同級生と2人で転校生の鈴木杏に絡むんだけれど、自分が台詞を言っていない時もちゃんと受けの表情ができている。僕はよく台詞を言っていない時の役者に注目しているのだけれど、もう一人の同級生役の子はそれができていなかったので、本仮屋ユイカの演技が際立って見えた。
非常に自然。そして、自分を可愛く見せる術を知っている(これも女優としては大切なことだ)。
そして勝地涼。
僕は彼が出た映画も結構観てはいるが、最初に意識したのは『幸福な食卓』で、その前の『空中庭園』での鈴木杏の彼役や、もうひとつ前の『この胸いっぱいの愛を』で自分を捨てた母親を恨む少年役では名前を憶えるには至らなかった。この3つの役に『東京タワー』でのあのモヒカン刈りの男を並べると、この役者が如何に多彩であるかが解るはずだ。
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Sunday, July 01, 2007
【7月1日特記】 映画『サイドカーに犬』を観てきた。
この当時の初期の作品は読んでいないのだが、長嶋有はこのところ僕が贔屓にしている作家である。そして、監督が根岸吉太郎で主演が竹内結子。この組合せが気に入った。
根岸監督であれば、もう少し"固め"の配役をしても良いところだが、今回はかつてアイドル的な売れ方をした竹内結子である。そして、その彼女の離婚・復帰後の第1作である。
竹内結子にとっては結構正念場じゃないのかな、と僕は勝手に想像していたのだが、なかなか良い演技で巧く乗り切ったと思う。『いま、会いにゆきます』の時に随分巧くなったなあと感心した記憶があるが、伸びしろはまだありそうだ。
そして、この映画で誰よりも注目すべきは薫を演じた松本花奈である。自然な演技がとても素晴らしい。上では竹内結子主演と書いた(そして宣伝上もそういう扱いが多い)が、この映画の主演は紛れもなく松本花奈である。
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Tuesday, June 26, 2007
【6月26日特記】 映画『キサラギ』を観てきた。予告編をチラ見しただけで一旦はパスを決め込んだ作品だったのだが、なんだか知らんがやたら評判が良いのである。特に脚本に対する評価が高い。それで観るだけの価値ありか、と翻意して観に行った。
いやあ、確かに面白かった。
D級アイドル如月ミキの自殺から丸1年。ファンサイトの常連5人が集まった。
──主催者でかなりコアなマニアの家元(小栗旬)、田舎の純朴なファンという感じの安男(塚地武雅)、ハンドルネームからしてカッコつけすぎで色んなことにやたらと厳しいオダ・ユージ(ユースケ・サンタマリア)、対照的に典型的なお調子者のスネーク(小出恵介)、そして一人だけ年食ってて如何にも危ないオタク風のイチゴ娘(香川照之)。
所謂オフ会なので、お互いに事前に知っているのはハンドルネームとそれぞれが書き込んだ情報だけである。その彼らのプロフィールが、まるでベールを1枚ずつ剥がすみたいに順番に明らかになって行き、ついにはミキの死の真相にまでたどり着いてしまう。
まさに計算し尽くされた非常によくできた脚本である。書いたのは古沢良太。「ふるさわ」ではなく「こさわ」と読む。『ALWAYS 三丁目の夕日』を手掛けた人らしいが本来は劇団の人である。
で、本人も充分意識しているようだが、91年に中原俊監督が三谷幸喜の脚本で撮った『12人の優しい日本人』を思い出した。あれに勝るとも劣らない見事な構成である。
そして、設定やストーリーのみならず台詞回しもかなり巧い。特に小出恵介に言わせる無意味な台詞の連発を聞いていると「いるいる、こんな奴」と思ってしまう。とてもリアルだ。
そして、登場人物の本性を明かすにしても一旦は「なるほどそういう人だったのか」と納得させておいて、実はまだその先があるという、したたかな2枚腰の筋運びにはあっぱれと言いたくなるくらいである。
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Sunday, June 24, 2007
【6月24日特記】 WOWOW FILMS『犯人に告ぐ』を観た。今までの"ドラマW"の流れなんだけど、WOWOW が満を持してスタートさせる劇場用映画レーベルが"WOWOW FILMS"である。んで、秋の劇場用公開に先駆けて今夜一夜限りの先行放送があった。
僕はこういうジャンルの映画はあまり見ないのでうまく評する自信がないのだが、ま、これなら1800円払って劇場で観ても良いかなという感じはする(古くからのWOWOW視聴者なので多少好意的になり過ぎていたらお許しあれ)。
原作は雫井脩介という作家のベストセラー小説だそうだが全く知らなかった。監督は瀧本智行という人で、この人のことも聞いたこともなかったが、2004年に『樹の海』で監督デビューしてこれが2作目である。
脚本は福田靖。ふーん、CXの『救命病棟』や『HERO』で名前を売った人だ。
撮影は『樹の海』に引き続いて柴主高秀。スタッフで僕が知っていたのはこの人ひとりだけだ。この人の映画は4本観ている──『スウィングガールズ』、『いま、会いにゆきます』、『どろろ』、『蟲師』。
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Saturday, June 23, 2007
【6月23日特記】 映画『しゃべれども しゃべれども』を観てきた。
平山秀幸がファースト助監督を務めた作品は6本観ているが、監督作品となると『レディ・ジョーカー』以来2本目だ。あれは失敗作だった。そもそも高村薫のあの大著を2時間の映画にしようとしたのが失敗だったと思う。
その一方で大林宣彦が宮部みゆきの『理由』を、あれだけ登場人物が多いのに見事に映画化していたのを思い出して、やっぱり平山秀幸と大林宣彦では監督としての格が違うのかななどと思ったりもする。
てなことは、まあ措いといて、この映画、非常に評判が良いのである。だから、平山監督に対するそんな先入観は抜きに観てみることにした。確かに今年観た邦画の中ではかなり上位に来る出来である。
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Saturday, June 16, 2007
【6月16日特記】 映画『あるスキャンダルの覚え書き』を観てきた。
ひえ~\(◎o◎)/! コエーよー。んでもって、フィリップ・グラスの音楽がその怖さを増長する。ミニマル・ミュージックというのはある種不安感を募るのに持って来いの音楽ですからね。
セントジョージ中学で歴史を教えるベテラン教師・バーバラ(ジュディ・デンチ)。そこへ赴任してきた新任の美術教師シーバ(ケイト・ブランシェット)。生涯孤独なバーバラがシーバを"取り込む"話──ものすごく怖い。
取り込むきっかけは生徒同士のけんか。それを収拾できないシーバに代わってバーバラが割って入って見事に収める。そこから親しくなり、家にも招かれる。
予想に反して、シーバの夫は自分と同年輩の再婚男。生意気盛りの娘とダウン症の息子がいる。
そして、やがて、シーバが男子生徒スティーヴン(アンドリュー・シンプソン)と関係を持ってしまったことを突き止めたバーバラは・・・。ここから先はもう書かない。ともかく恐ろしい。
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Sunday, June 10, 2007
【6月10日特記】 映画『赤い文化住宅の初子』を観てきた。関西圏でテアトル梅田1館のみ。しかもモーニング&レイトショーのみ。
つまり、関西でこの映画を観ようと思う人は早起きか夜更かしを強いられる訳だ。たまの日曜はサンデーというのに何が因果というものか(これが何からの引用か判る人はすごい)。
でも、さすがに客はよく入っていた。もっと少ないかと思った。なんと言っても貧困、それも絶望的な貧困を扱った映画である。今どきそんな映画にこれだけ客が集まるとは思わなかった。
僕らが子供の時には貧困ははっきりと目に見えて存在した。今はそれが消えてなくなった訳ではない。先鋭的な形で出て来ないように社会にいろいろな仕掛けが張り巡らされた結果、寸前で止まるケースも増えたし、堕ちるところまで堕ちてしまったケースも目に入りにくくなった。
でも、何かの具合で最後のセイフティ・ネットをするりと抜けてしまうと、やっぱり今でもすぐにこんな事態に陥るのである。
初子(東亜優)は三島くん(佐野和真)と一緒に東高校を受験したい。でも、貧乏で進学なんて出来そうもない。参考書も買えないし弁当もおにぎり1個だし、家の電気も止められる。
父は蒸発。母は過労死。
工員の兄(塩谷瞬)は、自分は高校中退なのに兄であるというだけで妹のために何でもしてやらなければならないのか、と初子に毒づく。
俺には何でもしてくれる誰かなんかいない。お前のほうから中学出たら就職すると言ってくれるかと思ったら受験勉強なんかしてる。俺のほうから進学諦めろなんて言うと、それじゃ全くのダメ兄貴だ。自分から言わないお前はずるい。
そんな理屈にも何にもなってないことを言う兄である。
初子がアルバイトをしている中華料理店のオヤジ(鈴木慶一)は初子との約束を違えてバイト代を勝手に減らしておいて、言う。
時給600円と言ったのは高校生の場合だ。親切で雇ってやってるんだ。中学生のくせにカネ、カネ言うな!
これまた理屈も何もあったもんじゃない。挙句の果てに初子を馘にする。
これをひとことで言うと"荒(すさ)んだ環境"ということになる。兄の給料が風俗に消えてしまうのも心が荒んでいるからだ。ラーメン屋のオヤジが辛く当たるのも彼の心が荒んでいるからだ。担任の女教師(坂井真紀)が教師としては全くやる気がなく男遊びを重ねているのも心が荒んでいるからだ。
そしてそんな荒んだ環境にあって、不幸は全て初子の肩にのしかかってくる。初子の心もおのずから荒んで来る。だから、やたらと独り言が多い。独り言の多い中学生って非常にやばい。
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Wednesday, June 06, 2007
【6月6日特記】 映画『監督・ばんざい!』を観てきた。
そもそも最近の北野武をどう見るかという問題がある。
前作『TAKESHIS'』は随分解りにくいという触れ込みであったが、実際見てみると、僕にとっては「これのどこが解りにくいの???」と言いたくなるような映画だった。だから今作についても同じように抵抗感がない。ただし、これは『TAKESHIS'』よりも遙かに訳解らん映画だと思うよ。それから、ここんとこ北野監督がとても内省的になっているのも確か。
「ギャング映画を封印した」と宣言してしまったバカな北野武監督が、そこから脱皮しようとして様々なタイプの映画を作るという筋立てで、ここには6本の作中作が登場する。
小津安二郎風の『定年』、ラブ・ストーリー『追憶の扉』、昭和30年代もの『コールタールの力道山』、ホラー『能楽堂』、時代劇『蒼い鴉 忍PART2』、SFスペクタクル『約束の日』。
ところが最後の『約束の日』の中で、小惑星の表面に岸本加世子と鈴木杏の顔が発見されてから俄かに訳わかんなくなってくる。伊武雅刀のナレーションもいつの間にやら消えてしまっていて、もう筋も設定も無茶苦茶、荒唐無稽なギャグの世界に入ってくる。
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Sunday, June 03, 2007
【6月3日特記】 映画『あしたの私のつくり方』を観てきた。
僕は長らく市川準という監督を見くびってきた。
思えば彼が映画デビューしたあの時代、彼がそうだったようにCM制作などの異業種からの転入組監督が非常にたくさん出た。僕は「映画作りはそんなに甘いもんじゃないぞ」と、まるで自分が映画界に勤めているみたいに(実際はCM制作のほうがよっぽど近い会社に勤めているにもかかわらず)そんな監督たちに反感を抱き、彼らを舐めてかかってきた。
だから僕は、彼にとっての監督第17作である一昨年の『トニー滝谷』まで1本も観ようとは思わなかった。『トニー滝谷』を観たのも村上春樹原作であったからに他ならない。
そして、その『トニー滝谷』ですっかり認識を改めた。だから以後は観ることにした。もっとも去年の『あおげば尊し』は見損ねたのだが・・・。
市川準の巧さはどこにあるか? ──例えば、この映画ではこんなシーン。
寿梨(成海璃子)がアドレスを聞き出してメールを書き送る。充電中の日南子(前田敦子)の携帯が鳴る。ところが学校でずっといじめに遭っている日南子には友だちもいなければメールをもらう当てもない。だから一瞬身構える。すぐに携帯を手に取ろうとはしない。
やがて携帯を取ろうと勉強部屋の席を立つ。カメラは追いかけない。フレームアウト。携帯を手に日南子がフレームイン。複雑な表情で携帯の画面を見つめる日南子。カメラは依然固定。そして切り替わらない。
普通ならもう少し早く次のシーンに変わる。だが切り替わらない。30年前のドラマなら違和感のないリズムだ。しかし、最近のドラマはもっとカット変わりが早い。そこを間を持たせて切り替わらない。編集点がいつもより後ろにずれているのである。
──そういう間の取り方、と言うか、引き延ばし方と言ったほうが良いかもしれないが、それが市川監督の演出の技ではないだろうか?
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Wednesday, May 23, 2007
【5月23日追記】 昨日の映画『パッチギ! LOVE & PEACE』に関する記事で「とても微妙な問題に絡みながら、台本がスパッと一直線に切り過ぎている感じがある」と書いたのは例えばこんなところだ。
映画には在日を受け入れる日本人とそうでない日本人が出てくる。
例えば国土館大学の学生たち(これは国士舘のもじりだと丸わかりなので、抗議が来たりしないのかなあと少し心配になった)。彼らは無条件に韓国・朝鮮人を排斥する。それから、ラサール石井が演じた映画界の大物プロデューサ。彼は自分は何人でも構わないと言いながら、「面倒臭いのは嫌いなんだよね」と最初はキョンジャを起用しようとしない。監督はこのプロデューサに、かつて石原慎太郎が使って物議をかもした「三国人」という言葉をあえて口走らせている。
それに対して、藤井隆が演じた佐藤。彼は何の抵抗もなく在日の社会に溶け込む。身寄りが全くなく、国鉄職員も馘になったばかり、ということで、こちらはある程度説明がつくのだが、このあたりにやや善悪2元論的な単純さがある。小さい頃から友だちだったというケースを除けば、あの時代に果たしてこんなことってあったんだろうか?
問題なのは、キョンジャから「私、在日なんです」と打ち明けられたスター野村(西島秀俊)のケース。1974年という時代を考えれば、あの告白にはもっと「引く」だろう!?
あるいは内心穏やかでないのをカモフラージュして余裕かましてみたのかもしれないし、在日が多い芸能界では驚くほどのことではなかったのかもしれないが、このシーンを見ていると僕は自分自身の経験を思い出すのである。
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Tuesday, May 22, 2007
【5月22日特記】 映画『パッチギ! LOVE & PEACE』を観てきた。
年始にこのブログに書いている、キネ旬ベストテン予想を兼ねた僕自身の鑑賞映画総括記事の中で、僕は前作『パッチギ!』を選ばなかった。そしたらいきなりキネ旬の1位に選ばれて大いに驚いた。まあ、22~23位ってとこかな、と思っていたのである。
「どうしてそんなに低い評価をしたのか?」と問う人もいるかもしれないが、僕は低い評価をしたつもりはない。年間制作される邦画の数を考えると、22~23位というのはかなり高い評価ではないだろうか?
それと、単なるイメージ論なのだけれど、井筒和幸という監督に第1位というのは似合わない。7~8位あたりから20位台の前半くらいが一番座りが良いのではないだろうか。
そういう訳で、という訳でもないが、僕は来年の年始もまたこの『パッチギ! LOVE & PEACE』を20~30位くらいのところに位置づけるんじゃないかなという気がする。
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Sunday, May 20, 2007
【5月19日特記】 WOWOW から録画しておいた『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』を観た。昨年のキネマ旬報では第12位にランクされた作品である。トミー・リー・ジョーンズが自ら主演して初めての監督を務めている。
いやあ、こういう見ていてやりきれない気分になる作品を年に1回くらいは観たいものだ。
カウボーイのピート(トミー・リー・ジョーンズ)の仕事仲間であり親友である、メキシコからの違法入国者メルキアデス(フリオ・セサール・セディージョ)が撃ち殺される。ピートは国境警備隊員のマイク(バリー・ペッパー)が彼を誤射したことをつきとめ、マイクを拉致して彼にメルキアデスの死体を掘り起こさせる。
彼が死んだら生まれ故郷のメキシコの街ヒメネスに埋葬するというメルキアデスとの約束を果たすためである。ピートはマイクにマルキアデスの死体をヒメネスまで運ばせる。映画の中でたびたび評されている通り、マイクはクレージーな男だ。無二の親友との約束を守るというただそれだけのことが彼を犯罪まがいの行為に駆り立てる。
もう公開が終わっている映画なのでいつもよりネタバレ気味に書くが、因果が巡る作品である。
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Wednesday, May 09, 2007
【5月9日特記】 CX『カノッサの屈辱2007 バブルへGO!!SP』を観た。
放送されたのは今年2月5日(月)の深夜なので、今ごろになって何を書いているのかと思われるかもしれないが、見ようと思いながら見逃してしまったところ突然録画していた人が身近にいることが判って、漸く先ほど貸してもらって見るに至ったのである。
この番組がレギュラーだったのは90年の4月からの1年間。僕は83年に転勤で来て以来東京暮らしが長くなっていたころだ。この当時、関東地区の深夜番組は抜群に面白かったなあ。少なくとも僕は大好きだった。大阪のベタベタの笑いに比べて、なんとも洗練されてしかも面白かった。
この番組は確か構成作家・小山薫堂の名前を一躍有名にした番組だった。一般人には「ふーん、構成作家なんて商売があったのか」と思わせ、業界人に対しては「安いギャラで放送局を梯子してる便利屋」というイメージを払拭した感がある。
後々彼らは(年収)2000万プレイヤー、3000万プレイヤーの花形となって行ったのである(ところで余談だが、小山薫堂は時々、名前を逆さに読んだ「うどん熊奴」という名前でも仕事をしている)。
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Saturday, May 05, 2007
【5月5日特記】 映画『ゲゲゲの鬼太郎』を観てきました。ああ、面白かった。
え、つまらなかった? 筋が? あーたねえ、こういうものに変な期待を抱いて見に行っちゃいけませんよ。脳が弛緩した状態で見に行かなきゃ。
しかし、まあ、妖怪たちのダンス・シーンが始まってそれで終わりかい?っちゅう気はしたなぁ、確かに。つまんねーと言えばつまんねー。でも、その緩さがたまらんと言えばたまらん。
こーゆーのは、やっぱりキャスティングが一番楽しめる材料ですよね。一昨年の『妖怪大戦争』(三池崇史監督)では近藤正臣なんてどっからみても近藤正臣には見えなかったり、竹中直人が油すましを、忌野清志郎がぬらりひょんを演じたみたいな。
その竹中直人がテレビ実写版の鬼太郎ではねずみ男を演じていて、この映画では人間の役で出ていて、ねずみ男役の大泉洋と共演してるとか。そういう非常にマニア向けの楽しみ方があります。
僕は決してマニアではないけど、それでも『墓場の鬼太郎』のかすかな記憶があったり、ねずみ男の正式名がビビビのねずみ男であることを知ってたりします。
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Sunday, April 29, 2007
【4月29日特記】 映画『バベル』を観てきた。
タイトルが良くない。
このタイトルさえなければ、表現がやや乱暴なところはあるが、一風変わった良い映画だと思うのだが・・・。
驕り昂った人間が天に届くほどの高い塔を作り上げたため神の怒りに触れ、それまでは一つの言語で会話していた人間は、乱されて数多くの言葉を語るようになり、お互いの意思は通じなくなった。
『バベル』と聞けば、誰もが旧約聖書にあるこの話を想起するはずだ。だから、このタイトルは人間の愚かさを糾弾するような響きがある。たかが人間の分際で監督はよくもまあこんなタイトルをつけたものだと思う。
もちろんこの映画を観て、人間の驕りや昂りを痛感する観客もいるだろう。それはそれで良いのであるが、あくまでそれは内容からであるべきでタイトルからしてそうあるべきではないと僕は感じるのである。タイトルはもっと曖昧に広く構えるべきではなかったかと思うのである。
もちろん、監督が作品のタイトルに自分の思いを込めるのは自由である。そして、逆にそれを観た観客がそのタイトルに反感を覚えるのも自由である、と言うか妨げ得ない。
ひょっとしたら、監督の思いは「創世記」の中の、言葉が乱されるにいたったプロセスにではなく、結果として意思が通じなくなってしまった世界の現状に向いているのかもしれない。
でも、僕はこのタイトルを聞くとどうしても人間の愚行に対する天罰というイメージを拭い得ない。やっぱり、このタイトルはないんじゃない? もっと間接的な象徴的なタイトルがあったんじゃない?などと思ってしまうのである。
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Sunday, April 22, 2007
【4月22日特記】 映画『神童』を観てきた。萩生田宏治監督である。
前作の『帰郷』が素晴らしかったので、この映画も是非とも観ようと思った。『帰郷』は西島秀俊と片岡礼子が主演の、まさにあの年代の男女が主人公の映画だった。今回の『神童』では西島が主人公"うた"の亡父を演じていることからも判るように、ターゲットが1世代若返っている。
原作はさそうあきらによる漫画。「言葉を喋る前に楽譜を読んでピアノを弾いた」と言われる神童=うた(成海璃子)と、一浪して音大を目指している青果店の息子=ワオ(松山ケンイチ)が主人公である。
漫画の場合は音を出すことができないので、それをどう描くかがポイントになってくる。映画にすると音は復活する。逆に復活してしまうことによって描き方が困難になるケースもあるだろう。原作の漫画のことは全然知らないが、映画のほうはうまく処理していたと思う。
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Saturday, April 14, 2007
【4月14日特記】 映画『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』を観てきた。
原作は読んだ。原作自体はそれほどそそられる題材でもなかったのだが、映画化に参加した3人の名前に魅かれたのである。
- 監督:松岡錠司
- 脚本:松尾スズキ
- 主演:オダギリジョー
映画化されると間違いなく原作より良くなる点がある。それはリリー・フランキーの悪文(本当は「文」という字を用いることさえ憚られる)と縁が切れるということだ。それがはっきりしているから、安心して見に行くことができた。
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Monday, April 02, 2007
【4月2日特記】 映画『バッテリー』を観てきた。
始まってすぐに思ったのは、人間の歪み方がちゃんと描かれているなあということ。
天才野球少年・巧(林遣都)がいて、病弱な弟・青波(鎗田晟裕)がいて、弟の青波に過保護な愛情を注ぎこむあまり兄の巧に辛く当たってしまう母(天海祐希)の歪んだ言動。
新田東中学の野球部・顧問として思い上がった独裁性を発揮している戸村(萩原聖人)。そして、巧との野球対決に敗れると巧の我がままを黙って許すしかない彼の歪んだ対応。
巧の才能と傲慢さと自由奔放な生き方に対する嫉妬と逆恨みから巧に対するリンチという暴挙に出てしまう野球部の先輩たち。リンチの現場を見咎められても、すべて巧のせいだと主張して自分たちが道を外れてしまったことが認められない歪んだ判断力。
自分たちが生徒をどう管理するかという点からしか物事を考えられない校長(岸部一徳)の歪んだ決断。
そして、巧自身は苛立っている。最初のうちは何に苛立っているのかよく見えない。やがてそれは恐怖と孤独感の裏返しだと解る。歪んだ苛立ち。そして頑なさ。
そう、人間は歪んで、苛立って、頑なになる。何か小さなきっかけで急に素直になったりはしない。素直になるには年季が要るのである。
巧にとって、その「小さなきっかけ」になり得たのが、巧とバッテリーを組むキャッチャーの豪(山田健太)である。しかし、豪も所詮は中学生。敵チームの陽動作戦に引っ掛かって、自ら歪み、苛立ち、頑なになってしまう。野球を辞めさせようとする豪の母(濱田マリ)もまた歪んでいる。
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Saturday, March 24, 2007
【3月24日特記】 映画『蟲師』を観てきた。うーむ、イマイチよく解らんぞ。
しかし、世の中にはよく解らなくて面白くないものと、よく解らなくて面白いものがある。これはよく解らなくて面白かった。ただし、一緒に見た妻は事前の期待が大きすぎた分だけ手ごたえに欠けた感じだったようだ。
原作を全く知らないのだが、読んでいたらもっと解るのだろうか?
でも、一方この程度の解り方で良いような気もする。
妻は「面白かったけど、あまり山もないし・・・」と言ったが、うん、意図的に大きな山はなかったのかもしれない。
やめてほしいなと思うのは映画から何か教訓を読み取ろうとすること。パンフレットにもそんなことを書いている人がいたけど、現代の日本では失われてしまった○○を取り戻す必要があるのではないだろうか、云々。
これって小中学校の国語の授業やテストで繰り返し問われる「作者がこの文章で言いたかったことは何か」というトレーニングの悪弊なんでしょうね。僕はもっと全体をそのまま全体として捉えたい。
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Wednesday, March 21, 2007
【3月21日特記】 映画『パフューム』を観てきた。
パトリック・ジュースキントの原作『香水』はかなり昔に読んでいる。そもそもは妻が独身時代に読み、結婚してから妻に薦められて僕も読んだ。妻が持っていたのは「1988年12月15日第1刷」である。僕が読んだのは多分90年代の後半ではないかと思う。欧州のベストセラーではあるが、日本人でこういう夫婦も珍しいのではないだろうか。
で、例によって、面白かったということ以外は何も憶えていない。僕とは対照的に読んだ本や観た映画、食べた料理、行った場所などを詳細に憶えている妻にいろいろ解説してもらったが、当然何も思い出さない。映画を観たら思い出すかと言えば、やっぱりあまり思い出さない。
ただ、小説も映画も抜群に面白かったことだけは確かである。
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Sunday, March 18, 2007
【3月18日特記】 映画『ドリームガールズ』を観てきた。びっくりした。やっぱり餅は餅屋である。
実を言えば映画を観るという意識は極力持たないようにして、ただ音楽を聴くつもりで劇場に足を運んだ。
なぜならミュージカルも含めて、音楽をフィーチャーした映画や舞台にはしばしばがっかりさせられることがあるからである。がっかりするくらいならましなほうで、ひどい時にはげっそりして帰ってくることになる。
優れた歌にはそれだけで観客を感動させる力がある。なのに、その感動を倍加させるために持ってきたのがヘッポコなストーリーだったりすると、全体としては音楽の感動にマイナスの数字を掛けることになってしまうのである。
歌や踊りの巧拙はさまざまだが、それを乗せて運ぶストーリーが「何、それで終わり?」みたいなしょーむないことが非常に多いと僕は思っている。
なぜ往々にしてストーリーは興ざめとなるか? それは歌や踊りがリアリズムに反するからである。いくら感極まったからって、日常生活の中で突然歌いだしたり踊りだしたりする奴はいない。にもかかわらず、それをやってしまうのがミュージカルだ。而してそこに、あまりに写実的な芝居を組み合わせようとすると、この2つは離反することとなるのである。
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Thursday, March 15, 2007
【3月15日特記】 ちょっと仕事上の因縁といきさつがあって、EXのスペシャルドラマ ミヤコ蝶々ものがたり『泣いて愛して笑わせた昭和の天才女芸人!!』を観た。
やっぱりちょっとキツかったね。僕としては「最後まで辛抱して見た」という感じ。
ミヤコ蝶々と言えば関西の芸能界では確かに巨人だった。熱心なファンも多かったし、番組を作る側の人間にも信奉者がいた。そういう意味では彼女を主人公にしたスペシャル・ドラマが企画されることに不思議はないのだが、何と言うか、テーマに現代性がないのである。
むしろ2Hスペシャル向きではなくて帯ドラマ向きの企画だったんだろうと思う。
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Monday, March 12, 2007
【3月12日特記】 映画『マニアの受難』を観てきた。
これで3日連続映画を見ている訳だが、何と言っても5日間しか上映しない。しかも1日1回、レイトショーのみなので今夜しか観るタイミングがなかった。このあと多分同じようなスケジュールで神戸と京都を廻り、近畿一円で恐らく15回程度しか上映されないマイナー作品に、今宵集まったのは16人のマニアたちだった。
言うまでもないが、ムーンライダーズにファンなどいない。
いるのはマニアだけである。
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Sunday, March 11, 2007
【3月11日特記】 映画『松ヶ根乱射事件』を観てきた。山下敦弘監督作品。
予想した通りの「なんじゃ、そりゃあ?」の映画だった。
パンフから引用すると、
どこにでもいるような、でも、ちょっとおかしな松ヶ根町の住人の日常と非日常をユーモアたっぷりに描いていく。そこからひょっこり顔を出す人間の本当の面白みと残酷さ。繊細な人間観察の上に成り立った巧みな演出は(後略)
ということになるが、そう書かれるとちょっとニュアンスが違う。きれいにまとめ過ぎ。もっと「なんじゃ、そりゃあ?」感の強い作品である。上映中に笑い声なんかほとんど聞こえなかったぞ。
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Saturday, March 10, 2007
【3月10日特記】 映画『リトル・ミス・サンシャイン』を観てきた。
今週は漸く関西でも『松ヶ根乱射事件』と『マニアの受難』が始まり、他にも『さくらん』とか『ドリームガールズ』とか、観たい映画がいっぱいあったのだが、この映画も金曜日までで終わってしまうので、まずこの映画から。
キーワードは「負け組家族」である。Poor White の一家。
父親のリチャード(グレッグ・キニア)は仕事がうまく行ってない。自ら考案した“9ステップ・プロジェクト”なる「勝ち組になる心構え」を説くコンサルまがいのことをやっているのだが客が来ない。この理論を出版して一攫千金を狙っているのだが世の中そう甘くはない。
妻のシェリル(トニ・コレット)は、そんな不甲斐ない夫に罵声を浴びせてばかり。おまけに、自殺未遂をした兄・フランク(スティーヴ・カレル)を引き取ることに。彼はプルーストの研究者でゲイなのだが、賞と恋人の両方をライバル研究者に奪われてしまって失意のどん底にある。
フランクを引き取ったものの、独りにする訳に行かないのでシェリルは彼を息子のドゥウェイン(ポール・ダノ)と同室にする。ところがドゥウェインは一言も喋らない。ニーチェに対する憧れと、航空学校合格の願掛けと、そして家族に対する嫌悪感からもう何か月も無言を貫いているのである。
家族の唯一の救い的な存在が娘のオリーヴである。彼女は美少女コンテスト“リトル・ミス・サンシャイン”出場を目指しているお茶目な7歳。
そのオリーヴにダンス指南をしているのが、リチャードの父、オリーヴにとってはグランパ(アラン・アーキン)である。これがまたいい年をしてヘロイン中毒で色情狂の文句ばっかり言ってるとんでもない不良爺である。
で、予選で2位だったオリーヴが“リトル・ミス・サンシャイン”に繰り上げ出場することになり、飛行機代が払えない一家はボロボロのミニバスを運転してアルバカーキからカリフォルニアまで陸路を行くことになる。映画は俄かにロード・ムービーに転ずるのである。
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Tuesday, March 06, 2007
【3月6日特記】 映画『どろろ』を観てきた。
監督デビュー作の『月光の囁き』で異彩を放ち、同日公開された『どこまでもいこう』がいきなり1999年のキネ旬ベストテン第9位に選ばれたのを皮切りに、その後『ギプス』、『害虫』、『カナリア』と、かなりヤバい題材で鮮烈な世界観を描き続けてきた塩田明彦監督。
『カナリア』の前作『黄泉がえり』では「こんなメジャーな作品も撮れるんだ」と良い意味で驚かせてくれたのだが、2005年の『この胸いっぱいの愛を』はどうしようもなくゆるゆるのメロドラマで、「突然どうしちゃったの?」と愕然とした記憶がある。
さて、最新作『どろろ』で塩田監督はどっちの方向に向かっているのか?
すでに興行収入30億円を突破している大ヒット映画だが、そんなことはどうでも良い。問題は僕が今後も見続ける監督なのか、それとも金輪際見に行かない監督なのかということである。
それを見極めるのをとても楽しみにしながら映画館に向かった。
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Sunday, March 04, 2007
【3月4日特記】 昨日の深夜に WOWOW から録画した『くりいむレモン』を観た。2004年度キネマ旬報で堂々第46位にランクされた映画である。
今までアニメやらVシネマやらで何度も映像化されているのでご存知かもしれないが、血の繋がりのない兄と妹の恋愛を描いた作品だ。
兄役は水橋研二。水橋研二と言えば忘れられないのが塩田明彦監督の『月光の囁き』で彼が演じた苦悩のフェティシスト。あの映画での苦悩に似た世界を、また彼が卓越した演技力でここに再現している。
妹役は村石千春。この人が何者なのか僕は知らない。
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Saturday, March 03, 2007
【3月3日特記】 映画『叫 さけび』を観てきた。
実は黒沢清の作品を映画館で見るのは『スウィートホーム』以来18年ぶりなのである。テレビやDVDで観ているかと言えばそうでもなくて、22年前に『ドレミファ娘の血は騒ぐ』をビデオで(!)観たっきりである。
だから『CURE キュア』も『ニンゲン合格』も『カリスマ』も『回路』も『アカルイミライ』も『LOFT ロフト』も観ていない訳で、そんな奴がいい加減なことを書くとコアなファンの方々の怒りを買って炎上するのではないかと、今回はちょっと緊張しながらキーを叩いている。
ろくに見もしないでこんなことを書くのも良くないのだが、僕にとっての黒沢監督は、若いころこそ“新進気鋭”、“俊英”、“鬼才”みたいなイメージがあったのだが、中年に至ってその立ち位置があまりはっきりしなくなってような気がする。だから僕は長らく彼の作品を観なかったのである。久しぶりに彼の作品を観てみて、「ああ、この人はこういう、ちょっと脇道の名人芸みたいな作品を作る人なんだなあ」という、少し妙な評価に落ち着いた。
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Monday, February 26, 2007
【2月26日特記】 映画『イエスタディ・ワンス・モア』を観てきた。ったって、知ってる人ほとんどいないかもしれないが・・・。
大阪・梅田のHEPホールでCO2という映画祭があって、ちょっといきさつと縁があって行ってきたのである。
CO2ったってもちろん二酸化炭素のことではない。シネアスト・オーガニゼーション・大阪エキシビション実行委員会というのがあって、最初の3つのパートのアクロニムがCOO、それをCO2と表記しているのである。
で、その中で特にこの作品を見たかったかと言えば別にそうではなくて、単に僕が行けるのはこの時間しかなかったというだけのことである。このイベント自体は今日から3日間のスケジュールで行われている(平日の昼間からやるなよな)。
こういう登竜門的な映画祭を観るのは大変しんどいものである。去年のPFFで特別上映された森田芳光の出世作『ライブイン茅ヶ崎』を観たのだが、これも相当きつかった。今どき高校の映研でももう少し体裁の良い作品を作るだろうと思う。
でも、問題はそんな全体像の中から何か捨てがたい要素を掬い上げられるかどうかなのである。事実『ライブイン茅ヶ崎』にはそれがあった。
僕はいつも思うのだが、映画の作者はその技量とセンスが問われるのに対し、観客は感受性と眼力が試されるのである。
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Friday, February 23, 2007
【2月23日特記】 昨夜、映画『幸福な食卓』を観てきた。さる「信頼できる映画通」の薦めを受けてのことだ。
言葉に詰まってしまうぐらいの、予想を遥かに超える出来だった。
ちょっと大騒ぎしても良いんじゃない?
本当に見事な出来栄えだった。
僕は瀬尾まいこの原作を読んでいたので、映画化の話を聞いたときには正直言って無理だと思った。
お父さんは自殺未遂するし、お母さんは家を出て行ってしまうし、秀才で通っていた兄・直ちゃんは大学進学を諦めて突然農業を始めるし、かと思えば朝の食卓でお父さんが「父さんは父さんを辞めようと思う」と言い出すし・・・。かと言って、陰惨な話でもないし重苦しい文体でもない――。
原作はそういう、あまり現実感のない状況を描いた小説であり、あの小説の半ば宙に浮いたような雰囲気、浮揚感を映像に写し取るのは無理だと思っていた。だが、出来上がった映画は違っていた。
この映画はあの抽象的なフンワリ感を真似るのではなく、原作の登場人物たちに血肉と質量を与え、現実感のあるキャラクターとして映像の中に再固定することに成功していたのである。
仰天!
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Monday, February 19, 2007
【2月19日特記】 今日、ウチの会社を今月で定年になる人の送別会があった。
むさくるしいとか、ものぐさだとか、不潔(精神的な意味ではなく黴菌レベルの話)だとか、意地汚いとか、そんな評判のある人だ。
ただし、それを言うとき誰もが眉を顰めたりするのではなく、自然と笑顔になってしまう、愛されるキャラクターだった。
そして、僕にとって何よりもその存在が有難かったのは、彼が僕にとって信頼できる読書家であり、信頼できる映画通であったということだ。
小説であれ映画であれ、彼が面白かったと言ったものは、僕の期待を外したことがほとんどない。もちろん、ウチの某プロデューサは彼が褒めた映画を見て「どこが面白いんですか」と憤慨したと言うから、万人受けする訳ではない。要は相性の問題である。
僕にはとても相性の良い人だった、と言うよりも、やはり先ほど書いた「信頼できる読書家であり、信頼できる映画通」と言うほうがしっくり来る。
持つべき友とはこういう人なのである。
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Saturday, February 10, 2007
【2月10日特記】 映画『バブルへGO!!』を観てきた。
1993年か94年に漫画『気まぐれコンセプト』に掲載されたエピソードがあって(多分それがこの映画の原作となったと言っても良いのではないかな)、当時それを読んで大笑いした記憶がある。
タイムマシンに乗ってバブル真っ最中の時代に行ったら、地下鉄で移動したというだけで同僚から「こいつ頭がおかしいんじゃないの?」と不審がられ、おまけに財布の中を調べられて、「こいつタクシー・チケット持ってないぞ」と言われてボコボコにされる話である。
「僕は未来から来たんだ」と言うと、「それじゃ、お前の時代の首相は誰だ?」と問い詰められて「日本新党の細川護煕だ」と答えたら、「嘘つくな、細川なんて聞いたことない」「なんだ、その新興宗教みたいな政党は」と、やっぱりボコボコにされるシーンもあった。
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Saturday, February 03, 2007
【2月3日特記】 映画『魂萌え!』を観てきた。
阪本順治監督について言えば、デビュー作の『どついたるねん』、3作目の『王手』の頃は随分好きな監督だったのだが、その後メジャー感が増してくるにつれてあまり僕が見たくなるような映画を撮ってくれなくなった。だから、それ以降で観たのは『顔』と『KT』だけである。
原作の桐野夏生について言えば、大変しっかりした筆力の持ち主だとは思うが、最初に読んだのが『OUT』で、あの内容にげっそりしてそれ以降は読んでない。
では、何が引き鉄になってこの映画を観たかと言えば、それは風吹ジュンである。好きな女優なのである。
僕らの年齢なら風吹ジュンはデビュー当初のアイドル時代から知っている。だが、僕はその当時からのファンではない。中年に差し掛かって渋い脇役をこなすようになってからである。主演作ではやっぱり『コキーユ 貝殻』(中原俊監督、99年)だろう。
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Monday, January 29, 2007
【1月29日特記】 昨日観た映画『ユメ十夜』には参った。パンフに詳細なスタッフ・リストが載っていないのである。監督・脚本までは載っている。だが、撮影以下の情報が皆無。
で、公式サイトを見に行ったのだが、ここにも載っていない。
観た映画の詳細な記録つけてる身にもなってくれよ。と言うか、それぞれのスタッフはちゃんとパンフに載せてくれみたいな主張はしないんだろうか? 多分そういう関係じゃないんだろうね。
じゃあ、逆にパンフレットを製作する側はスタッフに対してその程度の配慮もしないんだろうか? ただ、この映画は10作品から成るだけにかなりのスペースを要するのは間違いない。
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Sunday, January 28, 2007
【1月28日特記】 映画『ユメ十夜』を観てきた。
この土曜日からのロードショーでは『魂萌え!』、『幸福な食卓』、『どろろ』と、ちょっと観てみたい作品が目白押しだが、とりあえずこの『ユメ十夜』を選んだ。
漱石の『夢十夜』は中学か高校の国語の教科書に載っていた。全話掲載されていたのか一部だけが収録されていたのか、一部だけ載っていたとして後から自分で全話を読んでみたのかみなかったのか、その辺の記憶が曖昧である。
ただ、はっきり記憶に残っているのは「第六夜」である。運慶が仁王像を彫り出す話。これは確かに教科書で読んだ。強烈な印象が残っている。
1月23日の記事に「砂の中から石を掘り出すように文章が書けたら良いなあと思う」と書いたのは実はこの短編を踏まえたものである。
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Friday, January 26, 2007
【1月26日特記】 録画したまま放ってあった『 NHKスペシャル “グーグル革命”の衝撃』(1/21放送、だったかな?)を観た。
部下が「そんなに面白くなかった」と言っていた通り、目新しい話はほとんどなかった。ま、普段そんなにインターネットに接していない視聴者を念頭に置いているから、それは仕方がない。
テーストとしては、なんか「驕り昂ぶるエリック・シュミット」あるいは「Google に翻弄される哀れなアメリカ人」というイメージを醸し出しすぎていて、Google が如何に卓越した手法でビジネスを展開しているかをもう少し説明してほしかったなあという気もしないではない。
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Monday, January 22, 2007
【1月22日特記】 昨日観た『それでもボクはやってない』のどこがそんなに素晴らしいかったのかと考えてみると、結局台本の構成、とりわけ登場人物の設定ではないかと思う。
「構成がしっかりしている」と言う場合、それは必ずしも、台本を書く順序として、人物の設定をしっかり確定してからストーリーに手をつけるということではない。
ストーリーを進めながら登場人物の役割が次第にはっきりしてくることもあるだろうし、ある時点で根本に帰って人物を設定しなおすということもあるだろう。
いずれにしても、「キャラが立った」状態になると、書き手が一生懸命考えなくても登場人物が勝手に動き出してストーリーを進めてくれるようなことになる。これは、小説なり台本なりを書いたことがある人にしか解らないことだ(と書きたいところだが、残念ながら僕はそこまでうまく書けたことがない)。
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Sunday, January 21, 2007
【1月21日特記】 映画『それでもボクはやってない』を観てきた。
周防正行監督は取り上げる題材がいつも独創的だ。『ファンシイダンス』で寺の小僧たちを、『シコふんじゃった』で大学の相撲部を、『Shall we ダンス?』でサラリーマンの社交ダンスを取り上げて、11年のブランクの後、今度は痴漢冤罪である。
今までの作品と違い、裁判劇ともなると映像的な見せ場は作りにくい。それだけによくぞこんなテーマに挑んだものだと思ったのだが、パンフを読むと周防監督は「“撮れる”とか“撮りたい”じゃなくて“撮らないわけにはいかない”という使命感があった」と述べている。
監督のその熱がそのまま映画を介して伝わってきた。動きの少ない映画ではあったが、圧巻という表現を用いても良いと思う。
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Sunday, January 14, 2007
【1月14日特記】 映画『悪夢探偵』を観てきた。今年1本目の映画。いやあ、年初からえらいもんを観てしまった。
塚本晋也監督の作品は予告編を見るたびに観たいと思うのだが、その実『ヒルコ/妖怪ハンター』しか観ていない。どうやら、「観たい」けれども「どうしても観たいほどではない」というのが、僕における塚本晋也の位置づけなんだろうか?
他人の夢の中に入り込むことができる影沼という男(松田龍平)がいる。『パプリカ』みたいない科学的な方法ではない。では、何故彼にそういうことができるのか、その説明も一切ない。ただ、彼にはそういう能力があって、彼はそれを商売にしているかと言えばそうではなくて、むしろ他人の夢に入り込むのが嫌で嫌で仕方がない。
一方、都会で2人の人間が連続して自殺する。2人とも刃物傷だらけ。1人目は1人暮らしの女性だったので目撃者もなく、どういう状況だったのか判らなかったのだが、2人目の男性はダブルベッドの中、妻の横で、カッターで自分を数えられないほど切り刻んで死んだ。しかも、この2人とも死ぬ間際に0(ゼロ)という男に携帯で話をしていたことが判る。
警察の面々(大杉漣、安藤政信、hitomi)は0によって暗示をかけられ、夢の中で操られて死んだのではないかと推理する。そこで「悪夢探偵」影沼の登場となる。
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Saturday, January 13, 2007
【1月13日特記】 WOWOWから録画しておいた『カミュなんて知らない』を観た。2006年のキネマ旬報ベストテンの発表があった翌日に、第10位に選ばれたこの映画の放送があるなんて何というタイミングの良さだろう。
もともと寡作な監督とは言え、僕が観たことがあるのは『さらば愛しき大地』と『チャイナシャドー』だけだから、僕としては実に16年半ぶりの柳町光男作品である。
もう随分前の事件だが、理由もなく他人の家に侵入して老婆を刺し殺した高校生がいた。新聞やTVも大きく取り上げた記憶がある。
僕は映画館でこの映画の予告編を見た時、勝手にその事件の映画化だと思ってしまったのだが実はそうではなく、学内の“映像ワークショップ”でこの事件を映画化する大学生たちの話だった。
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