Monday, June 17, 2024

漢数字の単位の変更の提案(デノミではありません)

【6月17日 記】 最近では全く聞かないですが、かつてインフレ対策の一環として、デノミネーションの必要性が議論されたことがありました。

例えば 100円を百分の一にして新1円とします(この場合従来の 50円は例えば昔使っていた単位を持ってきて 50銭とするなど、新しい単位が必要になります)。10,000円は 100円になり、100万円は1万円になるわけです。

それが経済的にどういう効果を産むのか僕にはよく分かりませんが、まあ、見た目すっきりするということはあるかもしれません。

1ドル = 百何十円というのも 1.x 円になるので、そっちのほうがカッコ良いかもしれません。

ただ、僕がやってほしいのはそんなことではないのです。僕がやってほしいのは、漢数字を3桁区切りに合わせてくれないかな、ということです。

例えば、567,000円はパッっと見ていくらだか分かりますか? これは僕はひと目で分かります。56万7千円ですよね。働いている(あるいは働いたことのある)人であれば、多分このぐらの桁なら大体大丈夫でしょう。

238,457,290円はどうでしょう? 一番上の桁は 2億ですよね。このくらいまでならば僕は大丈夫です。このぐらいの桁の数字はしょっちゅう出てくる職場にいましたから。

でも333,029,851,122円となると、ちょっと考えないと分からなくなります。下手すると一十百千万…と数える羽目になります。

何故分かりにくいかと言うと、漢数字は一万 → 十万 → 百万 → 千万 → 一億…と4桁ごとに変わって行くのに、アラビア数字は3桁ごとにカンマを打って行くからです。

これが英語だと楽なんですよね。

3桁の次の4桁目で thousand、6桁の次の7桁目で million、9桁の次の 10桁目で billion 、12 桁の次の 13桁目で trillion と見事に3桁ごとに変わって行きます。

と言うか、逆なんですよね。これ、英語の数の数え方に合わせて数字3桁ごとにカンマを打つことにしているわけですから。

日本語だと4桁ごとにカンマを打ったほうが絶対に分かりやすくて、僕らが子供の頃には実は一部にまだそういう表記法が残っていたのですが、今では世界的な標準に完全に駆逐されて必ず3桁ごとにカンマを挿入するようになりました。

でも、表記だけそんな風にされても、数を表す漢字がそうじゃないので、頭がついて行かないのです。

それだけじゃなくて、例えば英語で値段の話をしているときに、「これを three hundred thousand yen で買った」とか、「あの家は one hundred million yen では買えない」とか言われても、咄嗟にそれが高いんだか安いんだか、高いなら高いでどれくらい高いのかが全くピンと来なくて、会話を遮って換算するしかないんですよね。

日本語でも「7桁の数字を提示された」なんて言われてもそれこそ一十百千万…と数えるか、あるいはアラビア数字を思い浮かべてそれを脳内で読み取るかしないと分からないので、とても時間がかかるのです。

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Monday, February 12, 2024

血中酸素濃度 [酸素飽和度] と(相対)湿度

【2月12日 記】  「血中酸素濃度が 95% を切るとヤバい」という話はよく聞く。

実際コロナに罹った人の話を聞いたり読んだりすると 80%台に落ちたからと言ってすぐに死んだりするわけではないらしいが、しかし、正常値がそんなに高いのってなんか違和感があって、「一体何に対しての 100% なんだろう?」とずっと思ってきた。

そもそも僕は、コロナ前までは血中酸素濃度なんて言葉は聞いたことがなくて、でも、家庭でもパルスオキシメータを買っておいたほうが良いと言われて調べたら、あの測定器事態は見たことがあった(それで我が家でも買って時々測っている)。

で、話は元に戻るが、血中酸素濃度って一体何なのか?

まさか、「血液中に占める酸素の割合」ではないだろう。もしそうなら血液のほとんどは酸素でできていることになって、そうなると血液はもはや液体ではないだろう。

幸いにして今の世の中はネットで調べると大抵のことは分かるので、もっと早く調べれば良かったのだが、昨日初めて Wikipedia などで調べてみた(以下、引用は全て Wikipediaから)。

それで分かったのだが、そもそも「血中酸素濃度」という言い方が不正確なのであって、「(血中)酸素飽和度」と言うのが正しいらしい。即ち、酸素飽和度とは「ヘモグロビンと結合し得る最大の酸素量に対する、実際にヘモグロビンと結合していた酸素量の割合」である。

なるほど、それなら分かる。

つまり、血液中ではほとんどの酸素がヘモグロビンと(いや、「ほとんどのヘモグロビンが酸素と」と言うべきなのか? よう分からんがどっちにしても)結合していないといけない、ということだね?

しかし、そんなもんがどうしてあのパルスオキシメータで測れるのかが今度は疑問になる。

それも Wiki には記述があって、「動脈血の拍動成分と非拍動成分の吸光度の比を利用している」のだそうだ。細かいメカニズムは分からないが、だから指先を透過するぐらいの光を当てて計測するわけだ。

 ◇

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Sunday, January 21, 2024

水道使用量に思う

【1月21日 記】 水道料金の推移を見ていてふと思った。

水道代というのは住んでいる自治体によって料金体系や計算基準も違うだろうし、家族構成によって使用量も大きく違ってくるだろう。

我が家の場合、上下水道の使用料ではなく使用量で言うと、兵庫県にいたときは 30㎥ を超えたこともまれにあったが、今の3回目の東京生活では夏場でも 25㎥ を超えることはない。

じゃあ、それはどれくらいの量なのか?

27 が3の3乗であるから、つまり我が家の水道使用量は 3m × 3m × 3m の立方体の入れ物満杯より少ないのである。計算してみると大体一辺が 2.8~2.9m の立方体容器に収まる量で済んでいる。

一辺が 2.8~2.9m の立方体だったら我が家に持ち込めるではないか。玄関からは無理でも、ベランダからだったら入りそうな気がする。いや、幅はなんとか収まっても天井の高さが足りないか。ならば高さを 2m にして 3m × 4m × 2m ならなんとか LDK に収まるか。

ま、そんな計算はどうでも良いとして、いずれにしてもそんなに少ないのか !?

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Monday, October 30, 2023

何だか分からなかったハロウィンの思い出

【10月30日 記】 毎年ハロウィンが近づくと必ず思い出すことがある。Photo_20231030214101

僕が勤めていた MBS は 2001年3月31日にオープンしたユニバーサル・スタジオ・ジャパンと提携していた。USJ の中に MBS のテレビスタジオがあったことを憶えている人もいるだろう。

そういうわけで僕らの局は彼らのグランド・オープンの PR に一役買っていたわけだが、その時に秋にはハロウィン・イベントをやると聞かされていたのである。

で、その時僕らはハロウィンとは一体何なのかちゃんと知らなかったのである。

僕らだけではない。日本人の多くがハロウィンという名前はもちろん聞いたことがあるし、なんかカボチャをくり抜いて作ったランタンの絵や写真も見たことはあっただろうけれど、それ以外のことはあまり知らなかったのである。もちろん Trick or treat というフレーズも。

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Tuesday, October 03, 2023

美しい十代?

【10月3日 記】  先日一緒にカラオケに行った友人がやたらと古い歌を好む男で、古すぎて僕もおぼろげにしか憶えていない(のでもちろん歌えない)三田明の『美しい十代』を歌った。

そのサビの部分がいつまでも頭の中で鳴っていて出て行かないのだが、そんな脳内ループの中で、果たして自分が一番美しかったのはいつだったのだろう?という疑問に突き当たった。

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Monday, October 02, 2023

記憶力

【10月2日 記】  最近テレビなどを観ていて思うのは、ミュージシャンにしても舞台俳優にしても、よくそれだけたくさんのものを憶えられるものだ、ということ。

ミュージシャンはライブをやるとなると 10曲も 20曲も歌うわけである。中には譜面台に歌詞を書いたものを置いている人もいるが、全く見ずに歌う人もいる。少なくとも最初から最後まで譜面台から目をそらさない人はいないとだろう。よくそれだけたくさんの歌詞が頭に入るものだと思う。

僕はフォークやニュー・ミュージックが台頭してきた時にその洗礼を受けて育った世代で、一時はシンガー・ソングライターになりたくて、曲もたくさん作った。だが、その中から 10曲選んで空で歌えと言われてもとても無理である。

人によってはそれだけではない。ギターを弾きながら歌ったりもしているのではないか。もちろんこれも、譜面台に楽譜を置いている人もいるが、何もなしで弾いている人もたくさんいる。

歌詞に加えてコード進行までよく憶えられるものだと思う。いや、コードをかき鳴らしているとは限らない。リフやフレーズを弾いていることもある。すごいと思う。

ま、それは「手が憶えている」という状態なのだろうということは、多少楽器をやってきた僕にも分かる。だが、僕の手はそんなに憶えていない。出だしは憶えていてしばらく快調に弾き続けたとしても、どっかで引っかかるともうダメである。何小節か戻って頭から弾き直さないと元のレールには乗れない気がする。

そういうことをさーっと造作もなく、いや、ひょっとするとものすごく練習したのかもしれないけれど、あんな風に歌い、あんな風に弾くのは、僕はとても真似できない。

僕の場合はシンガーやプレイヤー志望ではなくソングライター志望だったので、その道を極めようとはしなかったけれど、本気でシンガーになろうとしたらすぐに挫折していただろうと思う。

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Wednesday, August 02, 2023

下手になったベテラン歌手

【8月2日 記】 若かった頃に大好きだった歌手が年老いて下手になった歌を聴くのは大変辛いものだ。最近それを痛感する。

もちろんそういうことは昔から何度も繰り返されてきたことなのだろうけれど、しかし、自分が小さい頃に聞いた年老いた歌手たちについては、例外なく若い頃を全く知らない人たちだったから、何のショックもなかったのである。

ところが、最近「ああ、この人、なんでこんなに歌が下手になっちゃったのかな」と思うのは、自分が若かった頃のスーパースターだったりスーパーアイドルだったりするわけだ。その落差は如実に痛々しい。具体名を何人か挙げれば大いに納得してもらえると思うのだが、もっと悲しい気分になりそうなのでやっぱりやめておく。

現象としては、まずは声量が落ちる。音程が悪くなる。リズム感がなくなる。張りのあるロングトーンがあんなに気持ちよかった人がどうしてこんな発声になってしまうのか、聴いていてこちらが苦しくなってしまう。

昔からあまり巧くなかった人が年のせいでさらに巧くなくなるのはある程度仕方がない。仕方がないとは言え、昔から低かったレベルがさらに低くなると、もはや聴くに耐えなくなる。その点、抜群に巧かった人は少し下手になってもまだ聴けそうなものだが、しかし、昔巧かっただけにそのギャップは印象を膨張させてしまい、こちらのほうがむしろ痛々しく感じてしまうのである。

どうしてこんなに下手糞になってしまったのにまだ歌うのだろう? もちろん生活のためということもあるだろうが、それにしても自分の実力がどれくらい落ちてしまっているのか、この人たちはちゃんと把握できているのだろうか?と不審に思う。

ひょっとしたら自分では気づいていないのかもしれない。年を取れば耳だって悪くなるだろう。日常生活には支障をきたさなくても、プロの歌手として自分の声をモニターしながら音程を維持するには少なからず影響があるのかもしれない。

あるいは自分でも声が出ないなとうっすら気がついてはいるものの、それが一般聴衆の耳にどんな音で届いているかが正確に把握できていないのかもしれない。自分の想像を超えて実力が減衰してしまっているのである。

あるいは、過去の栄光が、現在のそんな自分を認めさせまいとするのかもしれない。

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Saturday, July 22, 2023

嫌いな◯◯

【7月22日 記】 世間では絶大な人気があるのだけれど、自分にはどこがいいのかよく分からないバンドってありますよね(具体名を書いて物議を醸すのは嫌なので書きませんが)。

単に良さが分かる/分からないじゃなくて、結構人気のある歌手やグループでも、自分は嫌いだから聴かないっていうのもあります。

ねえ、皆さんにもありますよね? 最近ちょっと気になるんですよね。え?あんまりない?

そう、どうも僕は嫌いなものが多いみたいなんです。と言うか、他の人はあまりこの人が嫌いとか言っていない気がするんです。

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Thursday, July 13, 2023

風呂の蓋

【7月13日 記】 僕が幼少の頃、我が家の風呂桶は木製だった。総檜みたいな高いものであったはずはないが、あれは一体何の木だったんだろう?

そして、木の風呂桶には木の蓋が2枚載っていた。Photo_20230713092101

その後、多くの家で浴槽は木製ではなくなり、バスタブと呼ばれるようになった。それに伴って、風呂の蓋も簀子状にくるくると巻き上げられる形のものに変わってきた。

そして今では、多くのマンションで、右の写真のように蓋を壁に掛けられるようになった。これ、何でもないように見えて、実は偉大な発明だと僕は思う。

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Thursday, July 06, 2023

ネット検索をめぐる変化と進化の考察

【7月6日 記】 妻が読みかけで開いたまま置いてあった雑誌のページをたまたま見たら、ネット検索の上手なやり方について書かれた記事が載っていた。

曰く、

単語の羅列ではなく「夫婦でゆっくりできる温泉旅館」のようなフレーズで検索したほうが、求めている記事にヒットしやすい

と。

これは確かに僕も実感としては認識していることではある。だが、明文化された知識としては却々すんなりとそこには到達できないのである。何故なら、インターネットが登場して、漸く検索エンジンというものが開発されて使われ始めた頃に、僕らが教わったのは正反対のことだったからだ。

そのときはこんな風に教えられた:

検索したいフレーズをひとつずつ単語に分けて、スペースで区切って検索ボックスに記入すること。

「夫婦でゆっくりできる温泉旅館」みたいなワードで検索すると、サーチ・エンジンは単語も語順もそれと一言一句同じものを探すので、例えば「◯◯温泉ならどの旅館も広々としていて、ご夫婦2人でゆっくり過ごすことができます」みたいな文章は絶対に引っかかってこないから

と。

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