Monday, August 26, 2019

好きなドラマ

【8月26日 記】 今期はよく頑張っていると思う。ドラマの話である。いや、ドラマの制作者が、ではなく、視聴者たる僕が頑張っているという話。頑張っていると言うより踏み留まっていると言ったほうが良いかもしれない。

僕は中高生の頃から既にドラマが好きで、会社に入ってからも、最盛期には NHK の朝の連続テレビ小説を含めて週にドラマ8番組を観ていた時期がある。

もちろん毎日リアルタイムで観られるような生活習慣は成り立たなかったので、勢い録画しての視聴が主流となり、土日は随分忙しかった記憶がある。

それがいつの間にか、と言うか、次第にドラマを観る体力も気力も失せてきて、最近では週に1本がやっとである。つまり、毎クール1つの連続ドラマを選んでそれだけを観ているというのが、ここのところ数年、いや、ひょっとすると10年間ぐらいの視聴習慣である。

それが今クールは4本──TBSの『凪のお暇』、同じくTBSの『ノーサイド・ゲーム』、そして MXで放送している HTB製作の『チャンネルはそのまま!』、さらに、放送はもう終わってしまったが、WOWOW の連続ドラマW『ポイズンドーター・ホーリーマザー』である。

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Saturday, August 17, 2019

『聲の形』ふたたび

【8月17日 記】 僕は今まで京都アニメとは縁がなくて、京アニの作品は1本も観たことがない、と思い込んでいたのだが、実は映画『聲の形』が京アニ作品だった。

それで当時書いた映画評を読み返してみた。何度も書いているように、僕は時が経つと観た映画も読んだ本も、悉く内容を忘れてしまう質なので、この映画のことももうおぼろげにしか憶えていない。

ただ、その時の記述にあるように、

そこにあるのはきれいごとではない世界であり、「きれいごとではないんだ」と糾弾する単純さをも排斥した、深くて一筋縄では行かない世界なのだ。そして、まさに僕らの暮らす世界はそのように進み行くのである。

というような印象はなんとなく残っている。

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Wednesday, July 31, 2019

音楽に対する情熱

【7月31日 記】 僕が小学校高学年から中学ぐらいにかけて、歌を捨てて俳優に転じた歌手がたくさんいた。

それはブームの過ぎたグループ・サウンズの残党であったり、キャラクターを買われたフォーク・シンガーであったり、他にもいろいろなケースがあっただろうし、俳優だけでなく他のタレントに転じた歌手もいた。

そして、中には歌手と俳優の二足の草鞋を履いて歩いた(しかも両方で成功した)人もいるが、音楽を完全に捨ててしまったような(でも、逆に言うと音楽以外の道でちゃんと成功した)人もいた。

当時の僕はそういう人たちを心の底から軽蔑した。「お前らの音楽に対する情熱って、所詮そんなもんだったのかよ」と。それほどまでにフォークやロックに心酔していたとも言えるが、中学生らしい幼稚な考え方だとも言える。

当時の僕には「生きて行くためには稼がなければならない」という発想が全くなかったのだ。まあ、中学生の想像の範囲を考えると、仕方がないと言えば仕方がないが。

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Wednesday, June 26, 2019

ロックじゃない

【6月26日 記】 映画『ボヘミアン・ラプソディ』の記事で書いたことだが、クイーンがデビューしたとき、当時高校生だった僕は直感的に「これはロックではない!」と断罪してしまった。このことは、僕のこの映画に対する評価が他の人ほど高くないことに一役買っていると思う。

それは彼らのコーラス・ワークと曲の構成にクラシックっぽいものを感じたからだ。もちろん当時からクラシックの手法を取り込んだロック・バンドはすでに何組かいた。

でも、例えば『キラー・クイーン』だ。あれを聴いて僕は「これはロックではない」、もっと厳密に言うと「クラシックっぽいロックでさえない」と強く感じた。

『ウィ・ウィル・ロック・ユー』や『バイシクル・レース』など、個々にはとても好きな楽曲もあったのだが、でも、最初の拒否感があったことが影響したのか、レコードも CD も(シングルもアルバムも)1枚たりとも買っていない。

所詮ロックに厳密な定義があるわけでもないし、人によって感じ方はさまざまなのだから、やれこれこそロックだの、やれロックじゃないだの言っても仕方のないことである。

でも、あの時代「それはロックじゃない」というのは極めて強烈な言葉だった。何しろ内田裕也らとはっぴいえんどらの日本語ロック論争があった時代なのだ。よしだたくろうが「フォークじゃない!帰れ!」と罵声を浴びた時代なのである。

あの時代の若者による「ロックじゃない」という断罪は、全面的な拒絶であり侮蔑であった。

もちろん、僕は誰かに向かって「クイーンはロックじゃない!」と言ったわけではない。ただ、自分では買わなかったというだけのことだ。でも、やはりそれが強い拒絶であったことは確かである。

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Sunday, June 16, 2019

前田敦子

【6月16日 記】 昨日観た映画『旅のおわり世界のはじまり』のパンフレットを読むと、黒沢清監督は、

(前田敦子の)他には考えられませんでした。今回はどうしても主演をお願いしたくて、プロット段階から前田さんをイメージしていました。

フレームに写っただけで独特の強さと孤独感が漂う、本当にすごい女優。この役を演れるのは前田さんしかいないと最初から決めていた。

と言っている。映画を観て僕もまさにこの映画は前田敦子抜きでは成立しないなと感じた。一方前田敦子のほうも、

黒沢さんのオファーなら断る理由がありません。

と出演を即決したらしい。なんと幸せな相思相愛だろう。彼女の黒沢作品出演は『Seventh Code』(2014年)、『予兆 散歩する侵略者』(2017年)に次ぐ3本目だ。

『Seventh Code』では、冒頭から前田敦子が西も東も分からないウラジオストクで、重いスーツケースを引きずりながら青い車を追って全力疾走する、という、ある種『旅のおわり世界のはじまり』に似た展開である。『Seventh Code』の前田敦子の延長上に『旅のおわり世界のはじまり』があるのは間違いない。

ただ、『Seventh Code』には“秋元康との合作”みたいな雰囲気が幾分あり、黒沢清らしさは出しながらも、どこか前田敦子のプロモーション・ビデオ風になっていたところがあったのは残念だと僕は感じた。

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Monday, May 20, 2019

映画鑑賞データベース

【5月20日 記】 ふと気づくと TOHOシネマズ上野が第7位に上がってきていた。僕が映画館に行った回数ランキングである。

昨日観た『コンフィデンスマンJP』で、僕が TOHOシネマズ上野に行った回数は 32回になった。いや、観た映画の本数で集計しているので、正確に言うと 32回ではなく 32本である(ただし、この集計では同じ映画の2回目以降の鑑賞は対象外になっている)。

生涯で一番映画を観た映画館は TOHOシネマズ西宮OS の 152本だ。その次がシネ・リーブル神戸の 70本。第3位がテアトル梅田の54本、第4位が神戸国際松竹の 52本。

そのあと梅田ブルク7の 39本、OSシネマズミント神戸の35本と続き、その次に TOHOシネマズ上野がつけてきた。この映画館はまだできて 20ヶ月ほどだから急ピッチで追い上げてきたわけだ。

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Saturday, May 18, 2019

川栄李奈さん、おめでとう

【5月18日 記】 川栄李奈が結婚する。子どもも授かったとのこと。

AKB48 なんてほんの数人しか知らなかったから、僕は彼女のことを 2014/5/25 の「AKB48握手会傷害事件」まで知らなかった。そのときに傷を受けた一人として彼女の名を聞いて、やまえいさんとしてはかわえいさんのことを他人とは思えなくなったのである。

それでそれから彼女が出てくると注目するようになった。もっとも、ようやく顔をはっきりと識別できるようになったのは 2017年の au 三太郎シリーズの CM での織姫役ぐらいからだけれど。

最初に彼女が出ている映画を見たのが同年 9/29、『亜人』。あの映画で僕は完全に彼女の虜になった。あの時僕はこう書いている:

戸崎の秘書・下村泉を演じた川栄李奈が、髪の跳ね方から上着の裾のめくれ方まで見事に原作に近かったのと、彼女がこれほどまでにアクションのできる人だったことに驚いた。

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映像の力

【5月18日 記】 映画は映像芸術なんだから、映像を使う意味があって、映像で訴えかけるものがあってほしいと思う。もし映像がどうでも良いのであれば、それは映画という手法を採る必要がない。

演説をすれば良い。文章を書けば良い。詩を朗読すれば良い。絵を描いたり写真を撮ったりすれば良い。歌を歌ったり演奏したり、芝居を書いて上演したり、その他のライブ・パフォーマンスを展開すれば良い。

映像で表現する限りはどこか映像に魅力的な部分がほしい。

と、今では思っているのだが、大学時代から社会人を通じて 20代のころは必ずしもそんな風には思っていなかった。

当時つきあいのあった(「つきあっていた」のではない)女の子がいて、彼女があの映画は良かったと言うので、どこが良かったか訊いたら、「映像がものすごくきれいだった」と言われて、しかも彼女がその後延々と映像の美しさについて語ったものだから大いに驚いた、というかげっそりしたことがある。

それしか言うことがないのか! それは邪道ではないか。いくら映像がきれいでも、筋が面白くなければ話にならないではないか!

と。

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Wednesday, May 08, 2019

床屋談義

【5月8日 記】 行きつけの理髪店でいつも僕の髪を切ってくれている女性技術者がいる。

こういう仕事の人って、多分お客さんと1時間くらいは同じ時間を過ごすことになるので、何を話そうかと考えたりするのだろう。それで、多分彼女の場合は僕といろいろ話すうちに、「あ、この人は映画が好きなんだ。映画の話をしよう」と思ったのだろうと思う。

とは言え、客の趣味に追従して自分があまり詳しくない話をしているのではないのだ。彼女自身そこそこ映画が好きで、そこそこ映画を観に行くみたいだし、僕に合わせて話題を探る感じでもなく、自分の気になることを喋ったり、僕の身の周りのことを尋ねたり、他にもいろいろな話をする。

それがとても自然なのだ。

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Sunday, March 31, 2019

故・萩原健一さんに

【3月31日 記】 3月26日に萩原健一が亡くなっていた。近親者で葬儀を執り行ったあと発表された。

世代によってザ・テンプターズだったり、『太陽にほえろ!』だったり、『傷だらけの天使』だったり、『前略おふくろさん』だったりするのだろうけれど、僕が一番語りたいのは PYG である。

隆盛を極めたグループサウンズ(GS)ブームが下火になり、その3大バンドから2人ずつ実力のあるメンバーが結集したのが PYG だった(実は他にもうひとりメンバーがいたようだが)。

音楽と流行の間でどことなくインチキ臭い位置づけだった GS から、漸く本物の音楽をやるグループが生まれた、と僕は熱狂した。

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