Monday, May 20, 2019

映画鑑賞データベース

【5月20日 記】 ふと気づくと TOHOシネマズ上野が第7位に上がってきていた。僕が映画館に行った回数ランキングである。

昨日観た『コンフィデンスマンJP』で、僕が TOHOシネマズ上野に行った回数は 32回になった。いや、観た映画の本数で集計しているので、正確に言うと 32回ではなく 32本である(ただし、この集計では同じ映画の2回目以降の鑑賞は対象外になっている)。

生涯で一番映画を観た映画館は TOHOシネマズ西宮OS の 152本だ。その次がシネ・リーブル神戸の 70本。第3位がテアトル梅田の54本、第4位が神戸国際松竹の 52本。

そのあと梅田ブルク7の 39本、OSシネマズミント神戸の35本と続き、その次に TOHOシネマズ上野がつけてきた。この映画館はまだできて 20ヶ月ほどだから急ピッチで追い上げてきたわけだ。

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Saturday, May 18, 2019

川栄李奈さん、おめでとう

【5月18日 記】 川栄李奈が結婚する。子どもも授かったとのこと。

AKB48 なんてほんの数人しか知らなかったから、僕は彼女のことを 2014/5/25 の「AKB48握手会傷害事件」まで知らなかった。そのときに傷を受けた一人として彼女の名を聞いて、やまえいさんとしてはかわえいさんのことを他人とは思えなくなったのである。

それでそれから彼女が出てくると注目するようになった。もっとも、ようやく顔をはっきりと識別できるようになったのは 2017年の au 三太郎シリーズの CM での織姫役ぐらいからだけれど。

最初に彼女が出ている映画を見たのが同年 9/29、『亜人』。あの映画で僕は完全に彼女の虜になった。あの時僕はこう書いている:

戸崎の秘書・下村泉を演じた川栄李奈が、髪の跳ね方から上着の裾のめくれ方まで見事に原作に近かったのと、彼女がこれほどまでにアクションのできる人だったことに驚いた。

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映像の力

【5月18日 記】 映画は映像芸術なんだから、映像を使う意味があって、映像で訴えかけるものがあってほしいと思う。もし映像がどうでも良いのであれば、それは映画という手法を採る必要がない。

演説をすれば良い。文章を書けば良い。詩を朗読すれば良い。絵を描いたり写真を撮ったりすれば良い。歌を歌ったり演奏したり、芝居を書いて上演したり、その他のライブ・パフォーマンスを展開すれば良い。

映像で表現する限りはどこか映像に魅力的な部分がほしい。

と、今では思っているのだが、大学時代から社会人を通じて 20代のころは必ずしもそんな風には思っていなかった。

当時つきあいのあった(「つきあっていた」のではない)女の子がいて、彼女があの映画は良かったと言うので、どこが良かったか訊いたら、「映像がものすごくきれいだった」と言われて、しかも彼女がその後延々と映像の美しさについて語ったものだから大いに驚いた、というかげっそりしたことがある。

それしか言うことがないのか! それは邪道ではないか。いくら映像がきれいでも、筋が面白くなければ話にならないではないか!

と。

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Wednesday, May 08, 2019

床屋談義

【5月8日 記】 行きつけの理髪店でいつも僕の髪を切ってくれている女性技術者がいる。

こういう仕事の人って、多分お客さんと1時間くらいは同じ時間を過ごすことになるので、何を話そうかと考えたりするのだろう。それで、多分彼女の場合は僕といろいろ話すうちに、「あ、この人は映画が好きなんだ。映画の話をしよう」と思ったのだろうと思う。

とは言え、客の趣味に追従して自分があまり詳しくない話をしているのではないのだ。彼女自身そこそこ映画が好きで、そこそこ映画を観に行くみたいだし、僕に合わせて話題を探る感じでもなく、自分の気になることを喋ったり、僕の身の周りのことを尋ねたり、他にもいろいろな話をする。

それがとても自然なのだ。

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Sunday, March 31, 2019

故・萩原健一さんに

【3月31日 記】 3月26日に萩原健一が亡くなっていた。近親者で葬儀を執り行ったあと発表された。

世代によってザ・テンプターズだったり、『太陽にほえろ!』だったり、『傷だらけの天使』だったり、『前略おふくろさん』だったりするのだろうけれど、僕が一番語りたいのは PYG である。

隆盛を極めたグループサウンズ(GS)ブームが下火になり、その3大バンドから2人ずつ実力のあるメンバーが結集したのが PYG だった(実は他にもうひとりメンバーがいたようだが)。

音楽と流行の間でどことなくインチキ臭い位置づけだった GS から、漸く本物の音楽をやるグループが生まれた、と僕は熱狂した。

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Thursday, January 10, 2019

起きられない子

【1月10日 記】 日本生命の CM を見ていて思い出した。今ネットでも評判になっている、清原果耶が女子高生を演じているあのCMである。彼女を優しく見守っているお父さんが実はもう亡くなっていたことがラストで判るあの CM である。

あの CM の一番長尺のバージョンの初めのほうで、清原果耶が学校に遅刻しそうになって、「どうして起こしてくれなかったのよ」と母親に当たるシーンがある。母親は「何度も起こしたわよ」などと言う。

同じような光景が我が家でも週に何度かあった。

僕ではない。僕は小さい頃から今に至るまで寝起きが非常に良くて、大体は目覚ましがリッと鳴った瞬間に起きている。今は目覚まし時計というものは使っていないが、昔は新しいのを買いに行くと必ず「できるだけ音の小さなやつ」(秒針が無音で、アラームがうるさくない、または音量を自在に調整できるやつ)を探して選んでいたほどだ。

僕が目にしていたのは姉と母のやりとりである。起きられなかったのは姉で、ほぼ上記の CM と同じだった。姉は「なんで起こしてくれなかった」と怒り、母はあの CM の母ほど穏やかではなく、何度起こしても起きなかった娘に対して時に逆ギレしていた。

そんな姿を日常的に見ていて、僕はふと思ったのである。

どうして姉は起きられないのに母は起きられるのだろう?
どうして子どもは起きられないのに大人は起きられるのだろう?

と。

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Sunday, January 06, 2019

4Kテレビ

【1月6日 記】 テレビ局に務めてはいるものの、まだ4Kテレビは買っていない。

地上デジタル放送が東京、大阪、名古屋で始まった時には、その翌年にデジタルテレビを買った。というか、その年に転勤で単身赴任することになり、どうしてもテレビがもう1台必要になって、それならいっそのことと思ってデジタルテレビを買ったのだった。

大きさはどのくらいだったか憶えていないのだが、値段は憶えている。発売して間もなく、まだ値段が下がり始めていないタイミングだったので約40万円もした。本当に涙流しながら買った感じだ。

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Friday, December 21, 2018

紅白

【12月21日 記】 NHK『紅白歌合戦』を見なくなった。テレビ局に勤務しながら最近めっきりテレビを見なくなったということも背景にないではないが、もっと昔の、まだ人一倍テレビを見ていた時代から、この番組については見なくなってしまった。

それはこの番組が“権威”ではなくなってしまったということなのかな、と思う。

昔は『紅白』の人選にブツブツ言いながら見ていた記憶がある。個人的な体験としては多分1967/1968年辺りのグループサウンズが最初ではなかったかな、と思う。

NHKは長髪でチャラチャラした服を着てやかましい音楽を奏で、女の子に歓声で迎えられ、たまに舞台上で失神して倒れたりする GS を良しとしなかった。だから、ザ・タイガースもザ・テンプターズもオックスも『紅白』には選ばれなかった。

ただ、長髪のメンバーがおらず、髪を七三に分けて、どちらかと言うと背広っぽい衣装で演奏し、日本レコード大賞を受賞したジャッキー吉川とブルーコメッツだけは選ばれた。僕はそれを憎んだ。その優等生的な発想に強い嫌悪感を覚えた。

逆に、もともと GS に反感を持っていた姉は、『青い鳥』や『廃虚の鳩』のような歌を歌い始めたザ・タイガースを「『紅白』に出たいがために教訓的な歌を歌って NHKに媚を売っている」と毛嫌いした。

いずれにしても、あの当時『紅白』に選ばれるというのは歌手にとって大変な栄誉であり、ファンが歌手を評価する基準でもあった。でも、レコードの売上だけではなく、人間の主観が混じる評価軸で出場者を選別して行くのは難しいことだ。必然的に一部の出場者は一部の視聴者の反感を買うのである。

僕は、昔はどれだけ大ヒットしたか知らないが、今は歌番組にも全然出てこない演歌のベテランが出てくるのが許せなかった。あと、水前寺清子をはじめ何人か嫌いな歌手がいて、その歌手の出演時間を狙ってお風呂に入ったりもした。

でも、逆に言うと、番組そのものに対してはそれほどの期待と執着があったということである。嫌いな歌手が出ている間にカラスの行水をして、それ以外はしっかり見たいのであった。「なんであんな奴が選ばれているのか?」と不満を覚える裏には「この番組は日本一の権威であるはずだ」という思いがあったはずだ。

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Wednesday, August 22, 2018

1つの原理と多様な世界

【8月22日 記】 『カメラを止めるな!』の盗作疑惑(と言っても、「原作」を主張している人物は「盗作」という言葉を使っておらず、これは FLASH の「煽り」であり「釣り」であるのだが)に関して、知人が上田監督を養護するような文章を書いた。

少なからぬ人が同じような論調で書いている。いろんな人の証言などから経緯を追うと、僕もほぼ同じような印象だ(つまり、上田監督の側にも不用意な点はあったようだが、訴えた人物も一旦「原案」で OK を出してしまっているということもあって、今からあくまで原作であると主張するのは無理があるのではないか、と思う)

そしたらそこに「大手の配給会社がついた途端に大企業の肩を持つ提灯持ちみたいな野郎ばかり出てきた」と絡んできた人がいた。

僕はちょっと驚いた。よくもまあそんな単純な発想をするなあ、と。

世間に不思議にはびこっている「電通は日本のマスコミと政財界を支配する黒幕である」説と同じくらい単純な世界観ではないか? いや、ちょっと、よく考えてほしい。世界はもっと複雑なのである。

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Saturday, August 11, 2018

出会いの場

【8月11日 記】 先日、次の約束までにすごく時間が空いてしまい、移動しながら何軒か大きな書店を回って暇を潰した。リアル店舗に長く滞在するのも、それをハシゴするのも久しぶりのことである。

そして、まあそうだろうとは思っていたが、改めて愕然としたのは、「文学」ジャンルの占めるスペースの小ささである。文庫本はまだ置いてある。しかし、単行本は、どの本屋でも、恐らく10年前の何分の1になっているのではないだろうか?

大きな本屋であれば、昔は英米文学の書架だけでも3つ、4つはあった。場合によっては廊下ひとつ分の片側が全て外国文学の単行本を並べている書店もあった。そして、日本の文学は一国で外国文学全体とほぼ同量を占めていることが多かった。

ところが今は下手すると「文学・小説」で、日本も外国も合わせて書架2つ分だったりする。

誰でも分かることだが、ひとつには「文学」が売れなくなっているということ。でも、それだけではないと思う。本屋が自ら「文学」の売り場を狭めて行っているのである。

そう書くと、「それは同じことではないか? 売れないから書店が棚を狭めたのだ」という反論があるかもしれない。確かにそれは密接に関係してはいる。だが、同じではない。

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