Wednesday, May 16, 2018

季節の変わり目の快眠度アプリ

【5月16日 記】  このブログにも何度か書いているが、僕は Sleep Cycle という iPhone アプリを使って毎日の快眠度を測りながら、毎朝眠りが浅くなったところで起こしてくれる目覚ましとしても重宝している。

このアプリのやっている分析が科学的にどれほどの精度があるのかは分からないが、僕はこのアプリがはじき出す数字に結構納得感がある。ああ、よく寝たな、と思ったときには大体快眠度が高く、なんか眠りが浅かったな、と思ったときは大抵快眠度が低いのである。

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Wednesday, May 02, 2018

素敵な GW

【5月2日 記】  今年も5月1日、2日とも出勤した。昔から僕は、ゴールデン・ウィークの休日の狭間を埋めてべたっと休んだことがあまりない(全くないわけではないとは思うが)。

それは端的に言って、妻と仕事/休みの都合が合わなくて旅行のスケジュールも立たないので、じゃあ出勤するわ、といった感じの年がほとんどなのだが、逆側から見ると連休の狭間に出勤するのが嫌いではないということもある。

ゴールデン・ウィークは休む人が多いから、社内外ともに仕事の相手が少なくなる。だから、出勤していても仕事が少なくて、良いのである。

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Saturday, April 28, 2018

さとみの変貌

【4月28日 記】 2007年4月に、当時やっていた自分のホームページに『さとみ』という文章を書きました。石原さとみではありません。形容詞や形容動詞につく接尾語「さ」と「み」の比較について書いたものです。

まずは、やや長くなりますが、この文章に少し手を入れてここに再掲したいと思います。

********** 以下再掲

さとみ

私が加入しているメーリングリストにこんな投稿がありました。

「厚い」→「厚さ/厚み」っていうふうに、形容詞から「さ」と「み」の2種類の名詞ができるんだけれど、「速い」→「速さ/速み」とはならない。

  • できるのは「甘い」「苦い」「暖かい」「高い」?
  • できないのは「薄い」「低い」

何故できるものとできないものがあるのでしょうか?

それに対して私は以下の趣旨でコメントしました。私が投稿する前に「み」=「味」なんだろうかという疑問が出されたり、さらに「『高み』なんて言葉あるか?」という指摘もあったりしたので、その辺も踏まえたコメントになっています。


「み」は形容詞・形容動詞の語幹に付きます。

「味」は多分当て字でしょう。ただし、辞書によると「甘味」「苦味」「人間味」などは味や趣きを表す言葉なので、この場合は「味」を使うのが正解なのだそうです。そういう意味では「+み」と「+味」は分けて考える必要があるのかもしれません。

じゃあ「新鮮み」とか「真剣み」とか「面白み」などの場合は「み」なのか「味」なのか、この辺りは大変判別がつきにくいですね。私にもよく判りません。

その他にも、まず区別しなければならないのは、「厚み」の「み」と「高み」の「み」は違うということ。後者は「…な所」という意味です。

「弱み」は弱いところ=弱点、「高み」であれば高いところ、「深み(にはまる)」であれば深いところという意味で(ただし、「深みがある」という表現の場合は別。これは後述)、これを「さ」と比較するのは無理があるので、一旦ここでは除外します。

あと古語では「~を…み」で「~が…なので」という意味を表す用法があります。崇徳院の有名な歌に「瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ」(川の瀬の流れが早いので…)というのがありますが、もちろんこれは別の用法ですので、これもここでは除外します。

さて、その上で両者を比較すると、「+さ」があくまで客観的な判断基準であるのに対して、「+み」は非常に主観的な表現であると言えます。

  • 「+さ」=客観的
  • 「+み」=主観的

「親しさ」と「親しみ」を比べてみればよく解ると思います。

だから主観的・感情的な要素が入る余地が大きい形容詞・形容動詞には「+み」が成立しやすいとも言えます。

速さには大体基準があって、自動車なら時速 20km は速くないですし、人間が 100m を 10秒台で走ると速いと思うはずです。それに対して、どれくらいなら厚いと感じるかは、それが何であったとしても、場合によって人によってかなり感じ方が違って、それほどはっきりとは定まらないのではないでしょうか。

そういうわけで「速み」は成立しにくいが「厚み」は成立しやすいと言えます。

あるいは、「親しさ」は「どのくらい親しいかの程度」、「親しみ」は「親しく思う気持ち」と言い換えたらもっと解りやすいのかもしれません。

  • 「+さ」=程度、説明
  • 「+み」=気持ち、思い入れ

ただし、「親しみ」の場合は形容詞「親しい」の語幹+「み」ではなくて動詞「親しむ」の連用形が転じて名詞になったものという解釈も成り立ちます。ちょうど動詞「悲しむ」から名詞「悲しみ」ができるようなものですね。

いや、逆に「悲しみ」は「悲しい」の語幹+「み」であるという解釈も成り立つのであって、正直言って私のような素人には判別がつきません。専門の学者はどういう解釈をしているのか訊いてみたいものです。

話は戻りますが、主観的・感情的というところから転じて「+み」は抽象的な、計測不能なものに対しても使えます。

  • 「+さ」=具体的、計測可能
  • 「+み」=抽象的、計測不能

「暖かさ」と「暖かみ」を比べてみてください。

暖かさは摂氏何度という形で測ることができますが暖かみを測る尺度はありません。「深みがある」というのもこの類です。

大体以上が私の解釈ですが、そもそも穴だらけの説明ですし、いずれにしても言葉というものは必ずしもルールに従わないもので、しかもそのルールは時代とともに変化して行きます。

でも、そこが言葉の面白さだと思います。言葉がそういうものであってこそ、面白みがあるというものです。

上で述べたような牽強付会な説明を試みるより、大雑把に感覚的に把握しておくのが良いのではないかと思います。

ところで「茂み」の「み」って何でしょう? 元が形容詞でもなければ、マ行五段活用の動詞でもないですもんね。「茂り」→「茂み」なんでしょうか?
これは私にも全く解りません。


【追記】ある人が「茂み」についてネット上に書いているのを見つけました。

その人は「み」を場所を表す接尾語と捉え、「深み」も「弱み」も「茂み」も全部一緒に「…な所」という説明をしていました。うーん、どうでしょう?

上にも書きましたが、「深い」「弱い」が形容詞であるのに対して、「茂る」は動詞です。ひとまとめにするには少し無理があるように思います。

他に動詞の例があるかな?と考えたら、すぐに「窪み」を思い出すのですが、これはマ行五段活用の動詞「窪む」の連用形を名詞に転用したものであり、非常に一般的な用法です。ところが「茂る」が「茂り」ではなく「茂み」になるところが不思議だと思うのです。

ただ、いずれにしても、意味は「(草木が)茂った所」です。「深み」=「深い所」と同じような意味の構造です。成り立ちが違うのに同じような意味の構造であるところがなんだか気持ちが悪いのですが(笑)

********** 以上再掲

さて、気がついたら主にネット上に若者言葉として新しい使い方の「さ」と「み」が出てきていました。例えば「分かりみ」。

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Thursday, April 26, 2018

進歩の担い手

【4月25日 記】 今夜出席した某セミナーで僕が一番感銘を受けたのは、登壇者の日大藝術学部・木村学部長が紹介した英国の劇作家ジョージ・バーナード・ショーの言葉。

格言・名言として世界的に有名なフレーズらしいのですが、僕は初めて聞きました。

理性的な人間は自分自身を世界に適応させる。非理性的な人間は世界を自分自身に適応させようと固執する。それゆえに、すべての進歩は非理性的な人間のおかげである。

原文では、

The reasonable man adapts himself to the world; the unreasonable one persists in trying to adapt the world to himself. Therefore all progress depends on the unreasonable man.

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Monday, April 23, 2018

復掲『痔瘻物語』

【4月23日 記】 1月一杯で閉めたホームページに掲載していた文章をいくつかこのブログに再掲しているのだが、ひさしぶりにまた一遍上げた。

山川詠輔名義で書いた体験談『痔瘻物語』である。

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Sunday, April 22, 2018

スチュワーデス

【4月22日 記】 出張で飛行機に乗ると時々思っていたことなのだが、スチュワーデスという言葉はどうしてなくなったのだろう?

それで、一昨日出張から帰ってから調べてみたら、アメリカの所謂 Political Correctness の流れで性差のない語である Flight Attendant に改められたと言う。

でも、Flight Attendant(日本では Cabin Attendant、「CAさん」)って割合つまらない表現ではないか。翻訳すると「機内接客係」「客室介添人」? まあ、もうちょっと日本語らしく意訳すると「添乗員」「客室乗務員」というフツーっぽい表現になる。

子供のころ、女性はスチュワーデス、男性はスチュワードと教わって、ふーん、面白いなあと思っていたのが、中学に入って英語を習い始めて、なるほど God と Goddess の関係と同じか!と大いに感心した覚えがある。

何よりも、スチュワード、スチュワーデスというのは飛行機でしか使わない表現であることが飛行機に乗ることの非日常的な感覚を高めていたように思う。

そう、そもそも飛行機に乗ること自体が、あの時代は非日常的な体験だった。

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Friday, April 20, 2018

名前をつけることが人を動かす

【4月20日 記】 このところセクハラ財務次官のニュースで持ちきりである。

で、この事件と報道をきっかけに、「実は私もそうだった」という現役のあるいは元記者の女性たちの証言たちも出てきた。そして、その一方で、放送局のほうも「スケベ親父には女性記者をあてがっておいたほうが情報が取れる」と思っていたに違いなく、そこからしてセクハラであるという批判も出てきた。

そんなあれやこれやを見ていて、ふと思ったことがある。

セクハラというのは別に昨日今日始まったことではない。大昔からあったはずだ。というか、大昔からあって、でもそれは男なら許されて女なら辛抱するしかない当たり前のことであり、別段問題にもならないことであったはずだ。

それが問題になるようになったのはもちろん時代が移り社会が変わったからだという言い方もできるのだが、僕は誰かがこれにセクハラというネーミングを与えたことが非常に大きかったのではないかと思うのである。

名前があるから人は初めてそれをひとつのまとまった概念と捉えて観察したり分析したり批判したり改善したりできるのではないだろうか。

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Tuesday, April 17, 2018

自分の映画評を考える

【4月17日 記】 ああ、あの映画はひどかったなあ、と不意に思い出して昔書いた映画評を繰ってみると、それほど貶していなくて意外に思うことがたまにある。

ま、それもそのはずで、一応僕はどんな映画でも無下に貶さないことを心がけている。これはどうも今イチだな、とか、いやあ、これはさすがにひどいなあ、などと思っても、一生懸命褒められるところを探して書いている。

自分でそんなことを心がけていながら、自分の過去記事にボロカスな表現を求めるなんていかにも矛盾している。

しかし、こういう可能性もある: 観た直後はそれほどでもなかったのに、ときが経つにつれて悪印象が募ってきたのだ、と。

確かにそういう作品もあったと思う。でも、「この映画は観ている最中から沸々と嫌悪感がわき上がってきて、見終わった時の幻滅感もはっきり憶えているぞ」という映画であってもやっぱりあまり貶していないので、まあ、必死で抑えたケースもあるということだ。

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Saturday, April 14, 2018

bit.ly 再設定

【4月14日 記】 Google が URL短縮サービス goo.gl をやめると発表したので(ま、まだ最終的な終了まで時間はあるのだが)、また bit.ly に戻すことにした。昔使っていたサービスでずっと Chrome に拡張機能として入れていたやつだ。

ところが、いざ使おうとすると、拡張機能の設定までは何の問題もなくできたが、twitter のアカウントに連携して、さてつぶやこうとするとこれがシェアしてくれない。

まず会社の PC でやってみて失敗し、しばらく放っておいたのだが、今日ふと思い立って家の PC で試してみたらやっぱり失敗する。どこが悪いのか分からない。Chrome、bit.ly、twitter のそれぞれの設定をいろいろ触ってみたがダメである。

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Tuesday, April 10, 2018

読書を巡るあれこれ

【4月10日 記】 近年、本を読む量がめっきり減った。読書のスピードが落ちたのではない。読む時間が減ったから読む量が減ったという当たり前の現象である。

僕はもう何年も通勤電車の中でしか本を読まない(本と言っても基本は Kindle なのだが)。それも帰りの電車だけである。行きは新聞を読んでいる(新聞と言っても電子版なのだが)。

で、今の家に変わってから電車に乗っている時間が短くなった。読める時間は1日約20分である。

とは言え、今までに住んでいた家と比べて激減したわけではないし、今の家に変わってから一気に読む量が減ったわけでもない。読もうと思えば他で読む時間を作れないわけでもないわけだし。

でも、他人事みたいに言うと、要するに読むがなくなったのだな、とも思う。でも、全く読まなくなったわけではなく、読むという行為は不断に続けているので、結局のところ読みたい本が減ったのかな、とも思う。

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