Sunday, January 31, 2021

これ、高かった

【1月31日 記】 「なんでぇな、これ高かったんやで。上等やで。純毛やで」

昔、母や伯母に「その服はもう古いから棄てたら?」みたいなことを言うと、よくこんな風に言っていた。純毛って分かるかな?──ウール100%のこと。

思えば母の世代の人たちにとって、高かったということは買い換えないことの正当な理由だった。「まだ着られる」ことが着続けるモチベーションになった。

だが、上等舶来の純毛よりもユニクロの 1990円のフリースのほうが、哀しいかな、遥かに暖かかったりするのだ。技術の進歩はそういう事態をあちこちで呼び起こしてしまう。

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Friday, October 23, 2020

棄てたい

【10月23日 記】 「この服、もう棄てようかな」と僕が言うと、妻が「置いといたら? また着るかもしれないし」と言う。

よくこんな風に言われる。妻にしてみれば良かれと思って言っているのだろうが、僕にはこれがストレスになる。

「いや、どうしても棄てたい。棄てないと次に行けない」と初めて口に出して言ってみた。妻はきょとんとして、何も言わなかった。

そうか、妻にはそういう感覚も発想もないのか、と僕は改めて気づく。

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Tuesday, October 06, 2020

(続)SML を考える

【10月6日 追記】 (昨日書いた記事の続き) そんなことをいろいろ考えていると、SML もさることながら、男物/女物という種別も時代に合っていない、と言うか、そっちのほうがヤバいのではないかという気がしてきた。

男物/女物と言うときの「男」や「女」が sexuality なのか gender なのかは知らないが、これだけジェンダー・フリーの世の中、と言うか、LBGTQ に配慮する、配慮できる世の中になってきたと言うのに、最初から「これは男の服、これは女の服」と決めつけるのは如何なものか。

もしも「男たるもの、こういう型の衣服をまとうべし」とか「女であればこういうデザインを選んで然るべし」などと考えて作っているのであれば、それはヤバい、と言うか、そういうことが問題になっても不思議ではないのではないかな、という気がしてきたのだが、違うかな?

その上、同じ Mサイズでも男物のほうが女物より大きいというのは、それで良いのだろうか、という気もする。小さい男の人だって、デカい女の人だっているのである。

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Monday, October 05, 2020

SML を考える

【10月5日 記】 妻がいつだったか米国に旅行したときに買ってきたTシャツが Sサイズなのにブカブカで、結局僕がもらいました。「男物の S だったのかな?」と妻は言うのですが、男の僕が着てもピッタリか、むしろやや大きいくらいです(特に丈が長い)。

僕は米国で衣服を買うときは大体 Mサイズで行けるので、このTシャツは一体何なんだろうと思いました。

それでふと思ったのですが、この SMLスタイルのサイズって何が基準なのでしょう? アメリカだから当然アメリカ人が基本なのでしょうが、じゃあ M は平均的アメリカ人のサイズなのでしょうか?

しかし、アメリカは人種の坩堝です。全人種の平均値でしょうか?

いや、この SMLスタイルは随分昔からあるので、歴史的に考えれば、当然コーカサス系(つまり白人)を念頭に置いて作られたのではないかと思います。しかし、それにしても白人の平均は本当にこの Mサイズなのでしょうか? そこがちょっと疑わしい気がします。

ただ、日本の有名スポーツ用品メーカーの人に昔聞いた話があって、男物は小さめに、女物は大きめに作ったほうが喜ばれて売れるのだとか。男性は自分の体が思ったより大きければ(肥満は別として)一般的に喜ぶし、逆に女性は自分が思っていたより下のサイズが入ると喜ぶのだそうです。

まさか、それを考えて白人の平均より少し小さめに Mサイズを決めたわけではないでしょうね。

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Sunday, September 20, 2020

クリーニング店のアイロン

【9月20日 記】 衣替えで半袖と長袖のシャツを入れ替えていてふと思った。

クリーニング屋のクリーニング技術にはそれほどの差は多分ない。どこの店もプロ用の薬剤と機械を使用しているのだから。

でも、アイロンの技術には明らかに差がある。いや、本当に技術に差があるのかどうかは分からない。でも、仕上がりには明らかに差がある。

我が家が今出しているクリーニング屋は、残念ながらアイロンの出来が悪い。これなら僕がやったほうが上手い。

僕はアイロンが得意かと言えば全然そんなことはなく、むしろ苦手科目だが、それでも僕が丁寧にアイロンがけしたほうが断然上手い。妻にやってもらうとさらにもっときれいに仕上がる。

これは技術がないんじゃなくて、多分本気でやっていないのだと思う。プロなんだから、本気でやれば僕より上手いに決まっている。あるいは、(こちらのほうが可能性が高いが)機械でグシャッとプレスしてそれで終わりにしているのだ。

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Saturday, December 14, 2019

衣類と言葉の来し方行く末

【12月14日 記】 最近「毛糸のセーター」を着なくなりました。フリースのほうが暖かいからです。

私たちの子供の頃は、冬の衣装の王様は「毛糸」でした。「毛糸のパンツ」(ズボンではなく下着のほう)なんて奴までありましたが、こちらはそのうち誰も履かなくなりました(ですよね?)。

でも、「毛糸のセーター」はその後も随分長いこと冬物の王者でした。そもそもセーターと言えば毛糸に決まっていましたよね。ニットのセーターなんて洒落たものが出てくるのはもう少しあとのことです。

しかし、「ニットのセーター」というのも変な言い方です。ニットとは「編む」という意味の動詞 knit の(現在形と同形の)過去分詞なので、つまりは「編まれたセーター」ということであって、逆に「編まれていないセーター」があるのであれば見てみたいものです。

それは多分「綿ニットのセーター」が略されたものだと思います。毛糸ではなく木綿の糸で編まれたセーター。

ところで「毛糸」も「木綿」も近年はあまり使われない用語です。「毛糸」はいつしか「ウール」と言い換えられ、「木綿」は豆腐にしか使われなくなって、「綿(めん)」もしくは「コットン」と言われるようになりました。

毛糸が防寒着の材料として重宝された時代には、ありがたがって「純毛」などという言い方もしたものです。それは最高級の毛糸の衣装であり、つまり「100% 羊毛」を意味したのです。

その羊毛とか、絹とか、木綿とか、そういう天然素材に対して人間が作ったのが化学繊維で、昔は「化繊」と略されて随分低く見られたものです。「え? これ純毛ちゃうやん。化繊入ってるやん」などと、ウチの母親はよく言っていました。

化繊のうちのレーヨンは「人絹(じんけん)」と呼ばれていました。これは「人造絹糸」の意味で、今聞くと「人造人間」みたいでおかしいです。そもそも英語の rayon 自体が ray(光線)と cotton(綿)を組み合わせた造語だそうです(光沢のある綿、という意味でしょうか)。

レーヨンにはスフという言い方もあり、ウチの祖母はそんな言い方をしていたような気もします。スフはステイプル・ファイバー(staple fiber)の略だそうで、2つの単語の一番上の1字だけ抜くという、今では珍しい略し方です。今残っているのはベア(base up)ぐらいでしょうか。

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Monday, September 02, 2019

セルフレジ

【9月2日 記】 まことに遅まきながら、昨日 UNIQLO でセルフレジというやつを人生初体験した。

別に難しくておろおろするだろうなどとは思っていなかったし、事実簡単に支払いは終わった。

しかし、最初にセルフレジなるものの存在を聞いた時には「そんなもの大丈夫かな?」と思ったのも事実である。例えば3つ買った商品のうち2つしか台に置かなかったらどうなるんだろう?とか。

でも、考えてみるとそういうことは有人のレジでも起こるわけである(3商品のうち2つかレジで出さなかったら?)

そういう意味で、よくよく考えてみると、これはかつては銀行の有人窓口でお金を入れたり出したりしていたものが、無人の ATM でできるようになったようなものなのだ。今では消費者金融でお金を借りるのさえ無人の窓口でできる。

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Tuesday, November 06, 2018

ハイヒール

【11月6日 記】 この歳になって突然気づくことがある。一昨日会社のビルの入り口の階段を上っていて気がついた。

前を歩いている女性のハイヒールのヒール部分が宙に浮いているのである。階段の段に足の前半分しか載っていないから、必然的にかかとの下には段がない。

他の靴と違ってハイヒールの場合はそもそも真ん中が浮いていてつま先とかかとしか地についていないので、それでこういう歩き方をすると、つまりはつま先だけで全体重を支えることになる。

しかも、たまたま一歩だけそうなったのではなく、どの歩みのときにもそうなのだ。

それは危ないぞ、と思う。もしも前からドンと押されたら、かかとで踏ん張れないわけだから、もんどり打って転げ落ち、大怪我をするだろう。

ところが、昨日同じ階段を上っていてまた気づいた。昨日見た女性だけではない。全員とまでは言わないが、大多数の女性が同じ上り方をしているのだ。

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Saturday, July 01, 2017

発見

【7月1日特記】 引っ越しを控えていろんなことを決めて行かなかければならない中、我々夫婦の間でうまく調整のつかないことがここに来て増えてきた。それは我々がものを考えるプロセスが全く違うからだ。

今ごろになってそのことがよく分かってきた。

例えば、(これは以前どこかに書いたような気がするが)物を買うときのやり方が、我々は全然違う。

僕は今目の前にある商品を買うか買わないかを判断しているだけだ。仮にカジュアルなジャケットが1着ほしいなと思って買いに行き、最初に入った店で最初に手に取った商品が気に入ったら、そこでそれを買って買い物は終了である。

他にもっと良い商品があるかもしれないなんて全く考えない。

もちろん、気に入ったら片っ端から何でも買うというわけではない。これはすごく良いけど、さすがにちょっと高いな、と思ってやめることもある。概ね気に入っていてもどこか一点が気に入らなくて買わないこともある。

しかし、いずれにしても僕は目の前の商品に○✕をつけて、買うか買わないかを決めているだけのことだ。買う商品が決定するまで、様々な商品について、あるいはあちこちの店舗で同じことを繰り返すだけのことだ。

ところが、妻はそうではない。妻は1軒目の店で買うことはない。何故なら彼女は個々の商品について採点をしており、最後に一番高得点の商品について買うかどうかを判断するからだ。

彼女がものを買う時に僕と決定的に違うのは、僕が「カジュアルなジャケット」みたいな曖昧なキーワードだけを持って買いに行くのに対して、彼女は最初から商品についてのかなり具体的なイメージがあるということだ。

色はこうで形はこうで、ここにこんなボタンがついていて、ここにスリットがあったらなお良くて、背ベルトがついているのは絶対に嫌、等々。

で、彼女は点数をつける。デザインはすごく良いけど色がちょっと暗いから82点。ボタンが大きすぎるのと形が嫌だから68点。値段が高すぎるから75点、等々。それを幾つか重ねた上で、最終的に最高得点のものを買うかどうかを決める。

別に彼女がそうやって買うことを僕は嫌っていない。必然的に買い物に時間がかかるが、それにつきあうことも別段嫌ではない。

というわけで、買い物については夫婦の間でそれほど調整がつかないことはなかったのである。

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Saturday, January 09, 2016

それだけの話

【1月9日特記】 衣服の内側にはタグが付いている。上半身に着るものであれば、メーカーやブランド、産地などを表すものは大体首の後ろ辺りに縫い付けてある。その下に S/M/L のサイズを示した小さいタグがくっついていることもある。

それ以外に生地や洗濯方法を書いたタグがある。背広などでは左側の内ポケットの中に付いていることが多いと思う。そこにはサイズ表示(号数)があったりもする。

上着でなければ内ポケットはないので、ワイシャツや、あるいは Tシャツ、タートルネックなどでは、洗濯方法のタグは内側のもっと下のほう、裾に近い位置の、脇の縫い目に一緒に縫い込んである。

で、そのタグはほとんど左側なのだということをつい最近知った。

似たような話で、ヘッドフォンではコードの付いている方が左である。左右のコードの長さが違うイヤフォンではコードの短いほうが左で、途中から分岐して長いほうが右である。

これを知ったのもたかだか10年ほど前である。こういう風に僕が知らないだけできっちり決まっていることって、まだ他にもいろいろあるんだろうな、と思う。

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