Tuesday, June 21, 2022

『新しい星』彩瀬まる(書評)

【6月21日 記】 連作短編×8=4人の登場人物が2回ずつ主人公になる。みんな何かを失い、問題を抱えている。

青子は生まれてすぐの娘を亡くした。玄也は上司に嫌われたのをきっかけに会社に行けなくなり、引きこもりになった。茅乃は乳がんの手術で乳房を失った。卓馬は出産のために感染症を避けて実家に帰った妻が帰ってこない。

4人は大学の合気道部の仲間だった。その4人が久しぶりに再会して、それからとても良い距離感で接する。

それぞれの問題はそう簡単に解決しない。それどころか、時間が経つに連れてもっと深みに嵌ってしまったり、新たな試練に襲われたりもする。

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Thursday, June 16, 2022

『映画を早送りで観る人たち』稲田豊史(書評)

【6月16日 記】 僕は著者が2021年に同じタイトルでビジネスサイトに書いた9本の記事を全部読んでいるし、同年 7/29 にメディア環境研究所のセミナー「メ環研の部屋」で、本書にもたびたび登場する森永真弓さんと著者が対談したのも聴講している。

だから、この著者が書いていることはすでに大体知っており、せっかくこの本を買って読んでみたものの最初のほうは前に読んだり聞いたりしたことばかりで、あまり新味がなかった。

しかし、著者はこれを書籍化するにあたって大々的に追加のリサーチやインタビューを重ねており、彼が以前書いたり喋ったりしたことを補強するそれらの要素が次々と出てくるに及んで、全く目が離せなくなった。

彼が最初にネット上に書いた時に、僕が反応したのは「早送りで観る」ことよりも、「ネタバレ記事を読んでから観に行く」ということのほうだった。彼らはドキドキ・ハラハラするのが嫌だから、先にストーリーを結末までしっかり調べて、それを知った上で観に行くという。

これは僕には信じられない暴挙だった。僕はそもそもハラハラ・ドキドキするために観ているような向きがある。先に全部分かってから観て何が面白いのか?と唖然とした。

自分が不快に思うようなシーン(例えば暴力など)は一瞬たりとも観たくないので、ネタバレ記事や早送りでそういうシーンがないことを確かめてから観るという。

彼女にとっては、「めくるめく展開」や「予想もしないどんでん返し」や「複雑で込み入った物語」はすべて不快。ゆえに避けたいのだ。

それって、何のために観ているのか、僕にはさっぱり理解できない。

著者は早送りに関してこんな風にも書いている:

知っていたほうがマウントは取れる。「マウントを取られる前に取りたい」が、早送りをする人たちのメンタリティの中にある。

うーむ、これもよく分からない、と言うか、僕とはまるっきり違う。僕は誰かに勝ちたいという思いはない。僕はただみんなと違っていたいだけなのだ。

早送りでドラマを観ても感動できないでしょう?という問いに対して、「感動は求めていません」と真顔で答える若者がいるということにも衝撃を受けた。

彼はこう書いている:

彼らは「観たい」のではなく「知りたい」のだ。

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Sunday, June 12, 2022

『残月記』小田雅久仁(書評)

【6月11日 記】 月にまつわる短編3作。

最初の『そして月がふりかえる』が怖い。

主人公は成功した大学教授・高志。最近ではテレビ出演もあって知名度も上がってきた。そんな彼が家族とレストランで食事をしていて、途中でトイレに立つ。

帰ってくると、何か雰囲気が変だ。レストランの客も従業員も、全員が窓の外の満月を見ている。そして、誰も動かない。時間が止まっているのだ。

しばらくして時間が動きだしたので、元の席に就こうとしたら、妻に「どなたですか?」と訊かれる。何を言っているんだ?と思うが、どんなに説明しても妻も子供たちも自分のことを全く知らない人と見ている。

そうするうちにトイレから「本物の自分」が戻ってくる。彼は夫として父として自然に家族に迎えられる。では、自分は何者なのか? その後で、自分は「本物の自分」と同姓同名のタクシー運転手なのだと判明する。

どうです? 怖い話でしょ? でも、しばらく読み進むと、ここからどう展開する?と心配になる。主人公はあまりに手詰まりなのだ。

巧い作家である。自分の母と妻である詩織を比べて、

もし母と詩織を並べて指ではじいたら、きっと同じように淋しく澄んだ音色を響かせたに違いない。

などと書く。こういう比喩がとても巧みである。

不幸はいつだって幸福が力尽きるのを待っている。

そう、まさに高志はそういう状況に追い込まれる。彼はもう一度無理やり妻と直接対面し、理路整然と彼女を説得しようとするが、それが一気に解決に繋がるはずもない。もうその辺りが限界なのだ。

彼は途方に暮れる。そして、小説としても、もうこの辺から先に進めなくなる。そんな感じになったところで、この小説は唐突に終わる。最後に短い、しかし劇的に大きな展開があって、とても怖い終わり方をする。

この切れ味と余韻が非常に見事な掌編である。

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Sunday, May 15, 2022

『ヒット曲は発明だ!』羽島亨(書評)

【5月15日 記】 本屋でたまたま見つけて買った。こんな本が読みたかったのだ。2018年に発売されていたのに全く知らなかった。

著者はポニーキャニオンでさまざまな歌手のプロデューサーを務め多くのヒット曲を放ってきた人。

昭和歌謡ブームもあって、「ヒット曲の秘密を探る」みたいな本は結構出ている。が、僕にとってはどれもこれも食い足りない感じだった。

それらの多くは歌詞ばかりに注目して音楽面の考察が不足していたり、音楽的な構造に踏み込まずに単なる印象で語っていたり、とかく抽象的、あるいは部分的で、「○○っぽい」とか「○○の要素を取り込んだ」などの曖昧な表現が多かったりした。

それに対してこの本のありがたいのは、まず、取り上げている全曲の楽譜が載っていること。それも4小節や8小節ではなく、全曲の全スコアがコードネーム入りで記載されていることである。

第1部「1960年代」から始まって、10年ごとに第5部の「2000年代」までで23曲を扱っているのだが、単にそれぞれについて解説しているだけではなく、これらを読み進むことによって、作曲するための、あるいは楽曲を分析するための基本的な知識が身につく構造になっているのだ。

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Thursday, May 12, 2022

『謎ときサリンジャー―「自殺」したのは誰なのか―』竹内康浩・朴舜起(書評)

【5月12日 記】 僕はサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』を3回読んでいる。最初は野崎孝の訳で、次いで原文で、そして最後に村上春樹の訳で。

初めて読んだ J・D・サリンジャーは短編集『ナイン・ストーリーズ』に収められていた The Laughing Man で、これも翻訳ではなく英語で読んだ。

『ナイン・ストーリーズ』については For Esmé—with Love and Squalor も原文で読み、その後この短編集の9編を野崎訳で読み、まだ読めていないのだが柴田元幸の訳も手に入れている。

それ以外にも、Franny and Zooey は原文、野崎訳、村上訳で3回読んでいるし、『大工よ、屋根の梁を高く上げよ シーモア-序章-』も『このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる/ハプワース16、1924年』も読んでいる。

そんなサリンジャー・フリークにとっては、この本はたまらなく面白い。もう寝っ転がったまま飛び上がりたいぐらい面白い。

『ナイン・ストーリーズ』冒頭の『バナナフィッシュにうってつけの日』では、グラス家の長兄であるシーモアがピストル自殺をするところで終わるのだが、実はシーモアは自殺したのではなかったのではないか、というところからこの本の考察が始まる。

全ての読者がシーモアが自殺したことを疑いもしていないはずだが、しかし、この小説の後半になると、急にシーモアという主語は出てこなくなり、「若い男は」という書き方しかされていないことを、この本の著者はまず指摘する。

とは言っても、この本が展開しているのは、ミステリ小説の謎解きのような分析ではない。

著者はシーモアは死んでいないとは言わない。著者が言うには、死んだのはシーモアであっても、引き金を引いたのはその弟で作家のバディーだったのではないかということなのだ。

しかし、他の作品を読めば、バディーがシーモアの訃報を受けて駆けつけてくる記述があり、シーモアが死んだときに側にバディーがいなかったのも明らかだ。

読み進んで行くと、著者の指摘は、死んだのは「シーモアかバディーのどちらか」であり、それはどちらかとしか言いようのないどちらかだったのだという、何だか分からない主張になってくる。しかし、そのことは『ハプワース』の中で7歳だったシーモアが予言していると言う。

それを読み解いた著者の解釈は「若い男」が死んで、その二重性をバディーが背負い込んだということなのである。

バディーという人格の半分が死者シーモアによって成り立つことになった。

サリンジャー自身もまた、自分が書くものは死者が半分を書いていると感じていたのかもしれない。

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Tuesday, May 03, 2022

『新世代のビジネスはスマホの中から生まれる』天野彬(書評)

【5月2日 記】 電通メディアイノベーションラボ主催の「情報メディア白書セミナー」を受講したときの付録。いや、実際にはセミナー当日は発売前だったので、後日送られてきた本。

僕と天野さんは twitter で長年相互フォロー関係にあって、直接会ったことも何回かある。

本が届いてまずその厚さに驚いた。2cm5mm くらいある。ぎっしり活字が詰まった状態で 380ページぐらい。随分頑張って書いたなあ、と思った。

この大著を前にして、読み終わるまでに一体どれくらいの時間がかかるんだろうと不安になったが、幸いにして大事なところは全部青字で書いてある。青字の部分だけ読めば良いとは言わないが、青字に意識を集めながら読み進むと結構スピードは上げられる。

で、少し読み進んで2度びっくり。確かに天野さんは電通の社員と言うよりも学究肌の研究者という感じがあったが、この本は本格的な学術書ではないか! 大学の講義の教科書として使えそうな、網羅的で、かつ深掘りした内容。

メディア関係の古典や名著、有名な理論/定説などには全て当たった上で、統計調査やインタビューを重ね、独自の分析を加えてまとめ上げてある。

そうか、彼はずっとこういう俯瞰図を書きたかったんだろうな、きっと。

これまでにも、「『ググる』から『タグる』へ」、「消える、盛る、ライブ」など、キャッチーなまとめ方が巧い人だったが、ここでも彼らしい洞察による分類やネーミングを、これまでに発表されているマーケティング理論と絡めながら展開してある。

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Friday, April 29, 2022

『雨のなまえ』窪美澄(書評)

【4月29日 記】 今年の1月、初めて窪美澄を読んだ。『じっと手を見る』だ。

巧い作家だと思った(もっとも、巧くない作家なんて形容矛盾のはずなんだけど)。それで他にも読んでみたくて、いろいろ調べた末にこの本を選んだ。短編集だ。

しかし、これはひどい。いや、文章がひどいのではない。物語がひどい。いや、作家としての物語の作り方が稚拙だという意味ではなく、登場人物がほんとうにひどい状況に追い込まれる。作品によっては、もはや逃れられることのできない無惨な結末に突き落とされる。

それはいくらなんでもひどいでしょ、と思う。ともかく最後の急展開があんまりだ。

どの作品でも雨が降る。主人公が惨めに濡れたり、干してあった洗濯物がびしょ濡れになったり。

最初の話は表題作の『雨のなまえ』。

妊娠中の妻との波風のない暮らし。しかし、主人公の男は仕事で知り合った女に誘惑され、関係を持ってしまい、そのセックスで妻との間では決して感じられなかった快感があり、そのままそれがずるずる続く。

そして、ちょっとまずい展開になる。天罰か? いや、天罰なんかじゃない。人生ってそんなものなんだ。

どの話でもちょっとまずい展開によって、かなりまずい状況が現れる。そう、人生ってそういうものなのだ。

この小説を読んでいる僕だって、あるいは今この書評を読んでいるあなただって、明日すぐにそんなことにはならないにしても、4~5年後にはそんな苦境の中であがいているかもしれないのだ。

しかし、それにしてもあんまりだ。リアルすぎて救いがない。最後の『あたたかい雨の降水過程』だけは、そのタイトル通り少し救いがあるかもしれない。しかし、それは一点の曇りもない青空ではない。明日また激しい雨が降るかもしれないのだ。

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Monday, April 18, 2022

『世界が広がる推し活英語』監修・劇団雌猫(書評)

【4月17日 記】 基本的には英会話の本である。しかし、Amazonランキング第1位になったというのは読み物としても面白いからだろう。僕もネット上で記事を読んで、面白そうだったから発売前に予約して買った。

帯には「日米のオタクが本気で作った単語・フレーズ集」とある。例えば「推し」は fave である。favorite が略されたもので、これは僕もこの本を読む前から知っていた。

1単語、1フレーズごとに必ず例文が載っているのが良い。

「グッズ」は merchandise を略して merch と言う。──これは知らなかった。で、そこには I cleaned and rearranged my merch alter. などという例文が載っており、「祭壇の掃除と模様替えをした」という訳がついている。

なるほど、グッズを飾っておく場所をオタクの人たちは「祭壇」と呼んでいるのか、と今度は逆に日本語(オタク語?)の勉強にもなる。んで、英語でも alter なのか!と、もう一度英語の勉強にもなる。

そう、この本の最大の面白さはここなのである。

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Tuesday, April 12, 2022

『オーバーストーリー』リチャード・パワーズ(書評)

【4月12日 記】 電子書籍の困ったところは本の厚さが分からないところだ。読む前に手に取って確かめることもできないし、読み始めてしばらく経ってからも今で全体のどの辺りまで読み進んだのかが掴みづらい。

この Kindle本の場合はページ数(Kindle の画面数ではなく、恐らく元の紙の本のページ数だろう)が出ていたのだが、読み終わってみると 750ページを超えているではないか(しかし、1ページにどれくらいの文字数が詰まっているのかがやっぱり分からない)。

ただ、この本に圧倒されるのはページ数だけではない。

この小説もまた、いかにもパワーズらしい、頭がクラクラするような膨大な専門知識と深遠な哲学的観点を詰め込んだ、べらぼうな書物なのであった。例によって、読み終わるまでにものすごい時間を費やしてしまった。

木の話である。

最初の話はノルウェー系移民のホーエル家の話。ヨルゲン・ホーエルがポケットに入っていた栗の実をアイオワ州西部の土地に植えたものが育って大きな木になる。ヨルゲンの息子ジョンは毎月21日にその栗の木の写真を撮り始め、撮り続ける。

それはその後も子供たち受け継がれ、ジョンの孫ニコラスの手に渡る。しかし、ある年のクリスマスイブに、ニコラスを除くホーエル家の人々は全員プロパン・ガス中毒で死んでしまう。

2つ目の話は上海からの移民、ミミ・マーの話。ミミの父シューシュインは父親から翡翠に過去・現在・未来を表す3種類の木の彫刻が施された3つの指輪と阿羅漢(アラハット)を描いた巻物を託される。

その財産を持ってシューシュインはアメリカに渡り技師となる。ミミは幼少時代、庭にあった桑の木によく登った。父が死んだ後3つの指輪は3人の娘に、阿羅漢の巻物は長女ミミに遺された。

3つ目の話は「社交性の面で発育遅滞がある」アダム・アピチの話。庭には5種類の木が植わっており、それぞれアピチ家の子どもたち5人を表している。

アダムは標本集めが趣味になる。そして興味の対象は虫に変わり、木にも興味を覚え、やがてそれは心理学に取って代わり、いろいろあったが無事に大学に進んだアダムの専攻となる。

その辺りまで読んで(まだ、12%だ)、ああ、きっとこれらのバラバラの物語がどこかで繋がって来るんだなと思っていたら、次の章はまた別の主人公、次の章はまた別の土地と登場人物と、どんどん変わるばかりで一向に繋がる気配がない。

そうか、これは木をテーマにした連作短編なのだ、と思い始めたら、ちょうど3分の1(33%)に達したところから、この9人の登場人物が次第に繋がり始める。

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Thursday, February 10, 2022

『筒美京平 大ヒットメーカーの秘密』近田春夫(書評)

【2月10日 記】 筒美京平が亡くなったのが 2020年の秋。この本はその後に書かれて翌年の夏に出版された。筒美京平を近田春夫が語るという、歌謡曲ファン垂涎の組合せだ。

本の存在は知っていた。もっと早く買えば良かった。

この本は初めから終わりまで近田春夫と誰かの対談の形式になっているのだが、冒頭を読み始めてすぐに気になったのは、この近田春夫の対談相手は誰?ということ。

該博な知識と的確な分析力を持ち、近田春夫と伍して話せるこいつはタダモノではないと思った。その人が最後のほうで姿を表す。──この本全体の構成も務めている下井草秀だった。僕は知らなかったが、かなりいろんなものを手掛けてきた音楽系のライターだった。

第一部はその下井草と近田の対談で進む。上に書いたように、下井草は単なる聞き手ではない。だからうねるようにして議論が進んで行く。とても楽しい。

近田は京平さんのメロディの中に

今のJポップからは失われてしまったたぐいの女性性

を見出していたりする。

一方で、近田は平尾昌晃や中村泰士のような、「うんと若い頃にはビートの強い楽曲を書いていた」のに「齢を重ねるに従って、叙情に満ち溢れたシブいバラードに走ってしまう」作曲家たちを評して、

(平尾や中村は)アカデミックな意味で洋楽の構造に興味をいだいていたんじゃないわけ

と評する。必ずしも平尾や中村を悪しざまに捉えているわけでもないのだが、それは「少なくとも自分はアカデミックな意味で洋楽の構造に興味をいだいてきたぞ」という意味であり、もっと言えば京平さんもそうだったということだ。

だから、この本は僕が読んでも楽しいのだ。アカデミックな構造の根っこのところまで降りて語ってくれているから。

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