【10月8日 記】 僕にとって3冊目の川上未映子。前に読んだのは『夏物語』。川上未映子にとってもこの小説は『夏物語』に続く作品。知らなかったのだが、『夏物語』は世界何か国かで翻訳され、ベストセラーになったらしい。

この小説は春。夏の次が春なので、時の流れが逆行している。
6つの短編集である。全てがコロナ禍の下での設定。そして、題名の通り、全てがこわい。そして全てによく分からない部分がある。
もう一度読み返したら分かるのか? ひょっとして自分は何かを読み落としてしまったのか? いや、多分作家はわざとそういう構成にしているのだ。それがまた少しこわい。
でも、ざーっと読み返してみると、ああ、やっぱりそういうことだったのか、と思える箇所がいくつかある。
最初の『青かける青』は入院して手紙を書いている女性の話。
遠からず退院するようなことが書かれているのに、彼女自身はまるで今にも死ぬようなことばかり書いている。「きみ」という語り口からしても若い女性のような気がするのだが、彼女が実際何歳なのかは、客観的な形では書かれていない。
それにね、もしかしたら現実のわたしはもうとっくの昔におばあちゃんになっているのに、認知症か何かになっていて、二十一歳のわたしだと思い込んでいるだけかもしれないんだもんね。
と主人公が述懐しているが、彼女がほんとうに 21歳なのか、あるいはひょっとしたら、まさに彼女が言うように 21歳だと思いこんでいるだけなのかもしれないという気がしてくる。
それが気になって前に戻って読み返すと、作品の印象ががらっと変わってくる。一気に「春のこわいもの」が現れてくる。
2つめの『あなたの鼻がもう少し高ければ』は<ギャラ飲み>志願の女性の話。ネットで人気のセレブに憧れてオーディションを受けに行くが、痛烈に罵倒される。特に顔について。これも怖い。陰惨な話。しかし、余韻は深い。
3つ目の『花瓶』も分からないところが多い。いや、貶しているのではない。この短編集はずっとそういう書かれ方をしている。
自宅で最期の時を過ごしている女性の話。体を満足に動かすこともできない老人。その主人公が、通ってきてくれている太った汗かきの家政婦について、
わたしは彼女の性交をときどき夢想した。いいえ、ときどこどころか、彼女のありとあらゆる性交を、わたしは数え切れないほどに夢想した。
などと言うのを読んで驚く。そんな彼女が今度は自分の性交体験を語り、そして死を語る。そして花瓶に花が入っていない。──それは何を意味するのだろう? これもこわい。
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