Saturday, September 18, 2021

『ソロモンの犬』道尾秀介(書評、いや書評になってないかもw)

【9月18日 記】 道尾秀介という作家を読むのは初めてなのだが、もちろん随分前から名前を聞いたことはあった。ひょっとしたら彼の小説がドラマ化されたものを観たことがあるかもしれない。

いずれにしてもすでにたくさんの作品を発表して、賞もたくさん獲っている人気作家だ。だから、褒めないとファンに怒られるのかもしれないと、今プレッシャーに押し潰されそうな気分なのだが、褒めるにしても貶すにしても、僕はあまり適任ではない。

何しろ僕は謎解きとかトリックとかいうことにあまり興味がないのである。ひたすら人物がよく描けているものを好んで読む。仕掛けの巧みさより、文章がウィットに富んでいることを喜ぶ。

だから、広い意味でミステリ系の作家で、僕が今まで熱中して何冊も連続して読んだのはクレイグ・ライスとハーラン・コーベンぐらいのものなのだ。

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Monday, September 13, 2021

『息吹』テッド・チャン(書評)

【9月12日 記】 とんでもないものを読んでしまった。いや、貶しているのではない。驚いているのである。

僕はそもそも SF というジャンルを読みつけていない。この本を何故読もうと思ったのかももう憶えていないのだが、誰かの書評か紹介文を読んで面白そうだと思い、普段あまり手を出していないこういうのも読んでみようと思ったのだろう。

そのときに多分映画『メッセージ』の原作となった『あなたの人生の物語』の著者だという辺りの情報は得たのだと思う。しかし、いつものことだが、実際に読み始めるころにはそんなことはすっかり忘れていた。

なんであれ、この本を含めて、これまでに 27篇の中短編小説しか発表していないのに、ヒューゴー賞、ネビュラ賞、星雲賞をはじめ世界の SF賞を合計20冠以上獲得している巨匠である。これがまだ2作目の本だとは言え、僕なんぞの手に負える作家ではない。

冒頭の「商人と錬金術師の門」を読み始めたら、なんとこれは『千夜一夜物語』ではないかという設定の作品。

これはタイムトラベルものだが、多くのその手の作品と違って「過去を書き換えることはできないが、過去を深く知ることはできる」という設定に則っているということを、読み終わって訳者あとがきではじめて気がつくという体たらくである(笑)

で、そもそも何編の作品が収められているのかも知らずに読んだので、この後もこのアラビアンナイトの設定が続くのかと思ったら、2作目以降にはまた作風も舞台も設定も全く違う8篇の SF が続いていた。

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Tuesday, August 10, 2021

『NHK 100分 de 名著 カール・マルクス「資本論」 』(NHKテキスト)斎藤幸平(書評)

【8月10日 記】 今年の1月に NHK が放送した『NHK 100分 de 名著』(25分×4回)のテキストブックである(と言っても、僕は Kindle で読んだのだが)。

番組のレギュラー司会は伊集院光と安部みちこアナウンサー、この4回の講師は大阪市立大学准教授の斎藤幸平氏だった。

僕はそのうちの何回かをたまたま見た。先に妻が見ていて、この人は若いけれど世界的に有名な学者らしいと教えてくれた。全部を見たわけではないのだが、とても面白かったので、見た回は途中からだったが最後まで見た。

へえ、面白いな、こういう学者がいるのか、と思った。ちょっと端折りすぎて乱暴な解説になっているなと思ったところもあったが、肝心のところはちゃんと踏まえた上で、新しい視点もあり、それを現代社会に当てはめて、例えばブラック企業を語ったりもしていた。

そのアプローチがとても興味深かったので、改めて活字で読んでみようと思った次第である。

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Sunday, August 01, 2021

『読みたいことを、書けばいい』田中泰延(書評)

【7月31日 記】 あー、すっきりした。

僕は、どう書けばみんなに読んでもらえて共感してもらえる文章が書けるのかを学ぼうとしてこの本を読んだのではない。

最近そういう文章術指南書の類があまりに多くて辟易していたのである。まあ、読めばそれなりになるほどとは思うのだが、しかし、その通りにやってみようという気にはならないのだ。

そういう本や記事にちょっと嫌気が差してきて、それで note にこんな文章を書いたりもした:

文章の長く苦しい旅

僕が田中泰延のこの本を長らく手に取らなかったのも、多分そういう類の本だろうと勝手に想像していたからである。でも、読んだ人の感想や、本人が別のところに書いたりしていることを読むと、どうやらそんな本ではなさそうだ──そう思ったから読んだ次第である。

実際読んでみると、この本には「まあ、とりあえず、自分が読みたいことを書いてみたらええんちゃう?」みたいなことが書いてあって、それ以外のことはほとんど書かれていない。

まことに関西人らしく、読書のリズムを狂わせるようなおちゃらけやバッド・ジョークがいっぱい挿入されているので、かなり安心して読める(笑)

中にはこの戯言を楽しみに読むひろのぶファンもいるのだろうが、僕はそういう部分は華麗にスルーして読み進んだ(何箇所かで不覚にも笑ってしまったが)。

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Friday, July 23, 2021

『カラフル』森絵都(書評)

【7月23日 記】 去年『風に舞いあがるビニールシート』で初めて森絵都を読んで、深い感銘を受け、その巧さに驚いた。これは是非にも他の作品もと思って『みかづき』を読み、それに続いて本書を選んだのだが、しかし、もう少し調べてから選ぶべきだった。

直木三十五賞を受賞した『風に舞いあがるビニールシート』と違って、その9年前に出版された本書は、まぎれもなく児童文学であり、森絵都も 100%児童文学者と捉えられていた時代の作品だったからだ。

僕は最初に読んだのが『風に舞いあがるビニールシート』でつくづく良かったと思う。先に児童文学を読んでいたら、二度とこの作家の本を手に取らなかったかもしれない。

本書は優れた児童文学なのだろうと思う。それは決して否定しないが、大人が読むには少し設定がチャチで、少し文章が幼くて、話の進み行きが軽い。そうとまで感じない大人の読者もいるのかもしれないが、少なくとも僕の好きな文体、僕が好む作品ではない。

そして、何よりも残念だったのは、Kindle の画面に「33%」という表示が出ていたので、ちょうど3分の1を読んだ当たりだと思うのだが、その時点で僕は電撃的にこのストーリーの結末を読み切ってしまったということである。

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Friday, July 09, 2021

『鳩の撃退法』佐藤正午(書評)

【7月9日 記】 (上下巻通じての書評です)佐藤正午という作家は割合トリッキーなところのある作家だとは思っていたが、今作は出だしから思いっきりトリッキーで、ちょっと驚いた。

冒頭、幸地秀吉という男が出てくる。幼い娘・茜が彼のことをヒデヨシと呼んでいるという記述から始まって、風邪で体調を崩した妻に代わって彼が茜を幼稚園に送って行き、同じ園児の母親である慎改美弥子に会う。

そこで1行空けて、その後も秀吉の1日についての記述が続く。

バーを経営している秀吉は長いつきあいの友人・倉田から「おまえの店で預かってほしいものがある」と頼まれる。その後いろいろあった後、妻から妊娠したと告げられた秀吉は「おなかの子の父親は僕じゃない」と断言する。

章が変わって、時間が少し戻り同じ日の明け方の記述になる。秀吉は店を閉めた後、いつも通り夜食を取るために、その日はドーナツショップに行った。そこの喫煙席でたまたま同席した小説家との会話のシーンが描かれる。小説家はピーターパンの古本を持っている。

──と、ここまでのボリュームを読まされると、誰もがこの小説の主人公は幸地秀吉だと思い込むはずだ。ところが、第2章の終わり際に突如として、幸地秀吉と相席していた男が僕であると作者は明かす。

おまけに幸地秀吉一家は3人揃って蒸発してしまうのである。そうなると、もはや幸地秀吉が主人公であり続けるはずがない。

つまり、ずけずけとものを言うこの小説家こそが主人公であり、かつ、物語の語り手・津田伸一なのであった。

小説の主人公や語り手は、小説家が自分を投影していることが多い。従って、あんまりひどい男であることはない。もちろん、悪人が主人公の小説もたくさんあるが、そういう場合は大体主人公は三人称で客観的に語られる。

しかし、この小説では、なんともひねくれ者で、他の人が気にも留めないことにいちいち引っかかって、なんだかんだと鬱陶しいことを言う主人公が一人称で語るのである。

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Wednesday, June 23, 2021

『やがて海へと届く』彩瀬まる(書評)

【6月22日 記】 初めて彩瀬まるを読んだのだが、読み始めてすぐに、あ、これは僕の好きなタイプの作家だなと思った。この人は文章が書ける。ずば抜けて書ける。いや、文章が書けない作家なんて、形容矛盾でしかないのだが(でも、そういう作家はいる)。

始まりは都内のホテルのダイニングバーに勤める28歳の真奈の話。血液検査をしたら、腕に大きな痣ができてしまった。その痣を見て真奈は、

大げさで迫力のあるあざに見とれながら、唐突に、私には体があるんだと思い出した。

などと言う。こういう独特のものの見方、感じ方が随所に出てくる。とても繊細な、と言うよりも、内省的な女性である。

その後にも、

口を動かしながら、私はこんな大げさなことを考えていたんだ、と少し驚いた。

という述懐がある。常に自分の内面を見つめて、自分を修正しようとする営み。

ここにも「大げさ」という単語が現れる。大げさに考えるのはやめなくちゃ、という真奈の心情の現れなのかもしれない。

そんな女性の日常を描いた作品かと思って読み進めて行くと、真奈の親友のすみれの話になる。そして、さらに読み進めて行くと、すみれは東日本大震災が起きたときに現地にいて、それ以来行方不明になっていることが語られる。

すみれの両親はすでにすみれを死んだものとして考え始めている。すみれの彼氏だった遠野もすみれの残した荷物を形見分けしたいと真奈に言ってくる。

真奈ひとりだけが、すみれの死を受け入れられない。死んだとは思いたくない。その一方で、すみれの不在は大きな哀しみとなって真奈に覆いかぶさってきている。

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Thursday, June 10, 2021

『ネットフリックス vs. ディズニー ストリーミングで変わるメディア勢力図』大原通郎(書評)

【6月10日 記】 動画のストリーミング・ビジネスを軸に新旧のメディアの全体的な動きを綴った本である。そこに『ネットフリックス vs. ディズニー』などというメインタイトルをつけるのは、如何なものだろう。

この本の観点は必ずしもその2社には絞られておらず、もっと全方位的な概観を記録したものである。

恐らく『ストリーミング・メディア概観』みたいな穏やかなタイトルを付けるよりも、抗争の内幕でも暴露しているのではないかと思わせる扇情的なタイトルにしたほうが売れるだろうという、出版社の浅知恵なのだろうなと想像する。

そういう意味で「羊頭を掲げて狗肉を売る」感じのタイトルなのである。しかし、狗肉は食えないかと言えば必ずしもそうでもない。

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Monday, May 24, 2021

『献灯使』多和田葉子(書評)

【5月24日 記】 多和田葉子は今まで3冊読んだが、その都度、書評を書くのが難しかった。だって、よく解らないのである。だけど、クリアには解らないことを潔しとしないのであれば、最初から多和田葉子なんか読んではいけない。

なんだかよく解らないのに、忘れてしまうぐらい長らく読まないでいると、また急に不思議に惹かれるのである。

これは近未来の日本の話である。でも、大厄災に見舞われた後、日本は今の日本とは全く違う国になっている。

まず、鎖国している。外来語は基本的に禁止。インターネットもなくはがきのやり取りをしている。自動車は走っていない。役所も警察も民間企業になっている。

変わっているのは人間を取り巻く環境だけではない。少子高齢化が進み、若者と老人が逆になってしまい、老人は100歳を過ぎても健康で毎朝ジョギングし、あらゆる家事を片付け、子どもたちを養い、逆に子どもたちは文字通り足腰立たなくなって車椅子で移動したりしている。

それどころか老人たちはもはや死ぬこともできなくなり、そんな大勢の老人たちが、今とは逆に子どもたちを介護している。

この小説の主人公で108歳の義郎も、ひとりでは着替えもできず、二足歩行さえできなくなった曾孫・無名の世話に暇がない。

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Thursday, April 29, 2021

『転職2.0』村上臣(書評)

【4月29日 記】 転職を考えて読んだわけではない。僕はすでに終わった世代だし。

僕は村上さんと名刺交換をしている(向こうは憶えていないかもしれないけれど)。そういうこともあって、興味を持って読んでみた。

読むとなるほどと納得する。いちいち納得する。その一方で、僕らの世代にはとてもついて行けない感もある。

転職1.0 の時代には人生で1回きりの転職の成功を考えていれば良かった。つまり、転職=目的であったわけだが、転職2.0 の今は転職は単に手段となり、人生で何度かの転職を繰り返して自己の市場価値の最大化を目指すべきだ、と。

もう、本の最初のパートから唸ってしまった。僕らの時代は転職0.0 だったわけだ。

昭和の時代には、せっかく入った良い会社を辞めてしまうような奴は“何をやっても続かないダメな奴”であり、負け犬の烙印を押されてそれで終わりだった。

そんな中で生きてきた僕らからすれば、隔世の感がある。しかし、だからといってこの本に違和感を感じるかと言えばそうではない。本来そうあるべきだったのだ。

僕らの若い頃は意図的なパワハラを受け、それにどれだけこらえきれるかを試され、その試験に合格した者だけがようやく一人前として認めてもらえた。

パワハラに耐えるというのは、文字通り全てを我慢するということとは限らない。正面から(ただし、あまり嫌悪感を持たれずに)正論で論破するのもアリだし、上手にいなしたりかわしたりして行くというのもアリだ。

単に乗り越えられるか乗り越えられないかだけではなく、僕らはどんな風に対処するのかも見られていた。逆ギレするのが最低で、潰れてしまうのがその次にまずかった。

部下をいじめて楽しむという向きもあったのは確かだが、部下が自分で工夫してつまらない無理難題を弾き飛ばして行くための練習であったのも事実である。そういうことで鍛えられ、成長したのも間違いない。

でも、著者はもう我慢しながら働く時代は終わったと言う。その通りだ。昔のようなねじくれた面倒くさいやり方に従う必要なんかないのだ。

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