Sunday, December 26, 2021

『不在』彩瀬まる(書評)

【12月26日 記】 今年の6月に初めて読んで、この作家が好きになった。とても巧い作家だと思う。

前に読んだ『やがて海へと届く』は幻想的な要素のある作品。今作にも少しそんな要素も織り込んであるが、テーマはむしろ日常にある。

成功した漫画家の主人公・明日香。両親の離婚で母親に引き取られ、長らく音信不通になっていた父が亡くなり、医者だった父の職場であり自宅でもあった洋館を相続することになる。

まだあまり売れていない役者で、年下のパートナーの冬馬にも手伝ってもらって、遺品の整理に取り掛かる。古い屋敷に残された父の生活の痕跡には自分には馴染みのないものがたくさんある。そして、時々2階に忍び込んで何かをしている男の子がいる。

自分ではなく勉学優秀だった兄を引き取った父に対して、自分は見捨てられたという思いに苛まれ、母の考え方にもときどき違和感を抱き、作品論を巡って出版社の編集者とも決裂し、やがて冬馬との関係にもヒビが入ってくる。

巻末に解説で村山由佳がこんなことを書いている:

こう言っては何だが、好感度の高い主人公ではない。大人になりきれず、自己中心的で居丈高な、いやな女である。

僕は「いやな女」と言うほどの嫌悪感は覚えなかったが、しかし、不完全な、欠点のある人間であることは確かだ。

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Sunday, December 05, 2021

『残像に口紅を』筒井康隆(書評)

【12月4日 記】 今年になってから誰かが TikTok でこの小説を取り上げたら、それが評判になって、1989年に出た小説が今ごろベストセラーになったと言う。

僕はこの小説のことは知っていた(ということは、発表時には多少評判になったんだろうか?)が、読んではいなかった。それで、まあ、良い機会だからということで Kindle版を落としてみた。

皆さんすでにご存知かと思うが、日本語から順番にひとつずつ音が消えていったらどうなるかという小説。ひとつずつと書いたが、いっぺんに2音が消えることが多い。

さて、これはエッセイではなく小説であって、佐治勝夫という小説家が実際にそういう環境で書いている小説を僕らは読まされるわけだ。最初の章題は「世界から『あ』を引けば」。

「あ」と言えなくなると、例えば「愛」とは言えなくなる。では愛も消えてしまうのかと言うとそうではない。愛は他の言葉で言い換えられるからだ。でも「アルパカ」は多分言い換えようがないだろうから、世界からそういう動物が消えてしまうことになる。

「あ」などが消えたら大変だろうとついつい僕らは思ってしまうのだが、しかし、章題を読み飛ばしていたら(実際僕がそうだった)最初の章で一切「あ」の付く言葉が使われていないなんて全く気がつかない。何の差し障りもないスムーズな文章なのである。

で、佐治は友人でありフランス文学の教授である津田得治といろいろ構想を話しながら、この小説をまとめ上げて行く。そういうわけで「つ」「だ」「と」「く」「じ」の5音はなかなか消える順番が回ってこない。これらが消えた時は津田得治が小説内から消える時だから。

大したもんだと思うのは、5音や10音が消えたぐらいでは作家はびくともしないということだ。この場合の「作家」はもちろん小説を書いている佐治勝夫ではなく、佐治勝夫を書いている筒井康隆のことだが。

ところが、第一部も終盤になってくるとさすがに窮屈になってくる。筋もまともに進められなくなってきた感がある(わざとそういう風に仕向けているのではあるがw)。そこで佐治は津田の勧めで、学生時代に佐治を慕っていた若い女性と自分の情事を唐突に描き始める。

これがまた笑うぐらい、純然たるポルノ小説なのだ。そんなこと聞くとなんか読む気がなくなるという人もいるかもしれないが、こりゃ本当に面白い。だって、言葉の不自由さを逆手に取って筒井康隆が遊んでいるのである。そう、嬉々として。

彼は今までこんな小説を発表したことはないのではないだろうか。

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Saturday, November 13, 2021

『知識ゼロでも楽しく読める!統計学のしくみ』佐々木彈監修(書評)

【11月13日 記】 この本はタイトルが『統計学のしくみ』で、「知識ゼロでも楽しく読める!」が肩タイトルということになるのだろう。まあ、その通り、楽しく読める。それは嘘ではない。

表紙には他に2つのキャッチフレーズめいたことが書いてあって、ひとつは「『むずかしくて無理!』だった人もこれならわかる!」で、もうひとつが「明日話したくなる統計学の話88」である。

後者のフレーズは、まあ、読者の資質にも依るけれど、あながち誇張ではないと思う。しかし、前者はどうだろう? 各項目の説明は大体が見開き2ページで完結していて、確かに平易な表現にはなっているが、2ページで解れと言われるとちょっとしんどい。

つまりこの本は読み物寄りの専門書ではなく、純然たる読み物に近い。

あまり数式を使わず、言葉と図式で説明しようとする意図はよく分かるが、それで達成できるのは、まあ、このぐらいかな、という感じである。

だから、例えば何かの資格試験に統計学の知識が必要だから勉強しなければ、という人の教科書になり得るかと言われると、この本はそういう本ではない。ただ、サブ・リーダーにはなる、と言うか、そういう読み方が一番ふさわしいのではないかな。

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Tuesday, November 09, 2021

『雲』エリック・マコーマック(書評)

【11月9日 記】 全然知らない作家だった。読んだのは柴田元幸が訳していたからだ。

一時期、柴田の訳した小説を片っ端から読んでいた時期があったが、そのうちに自分の好みと少し離れてきた感じがあって、少し縁遠くなった。

何故この本を読んでみようと思ったのかは思い出せないのだが、恐らく誰かが書いた書評か解説文を読んだのだと思う。柴田元幸との久しぶりの再会となった。

この本を読み始めて、僕の乏しい読書経験に照らしてすぐに近いものを感じたのはエドガー・アラン・ポーだった。ゴシックな文体。ポーほど不吉でもなく、悲惨な破滅に襲われるわけでもないのだが、物語全体を覆っている落ち着かない感じがよく似ている。

ある種、幻想的な小説である。でも、例えばラヴクラフトほどおどろおどろしくないし、怪奇的ではない。だから、むしろポーだと思った。

でも、いずれにしても、今にもラヴクラフト的な怪奇的なことが、あるいはポーが描くような恐ろしい結末がやってくるのではないかという不安に襲われる。ポーの小説よりもずっとずっと長いので、その不安もいたずらに長引かされる。

主人公の揚水機会社社長が出張先のメキシコで急な雨に襲われ、雨宿りに入った古本屋で一冊の分厚い本に目が行く。そこには19世紀に、スコットランドのある町に現れたという不思議な「黒曜石雲」についての記述があった。

それだけなら驚かないのだが、そこに書かれていた地名ダンケアンは、実は自分が若い頃に短期間滞在していた町であり、傷心の思いを抱いて逃げるように出てきた町だったからだ。主人公はその本を店主の言い値で買って自宅に持ち帰る。

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Monday, October 11, 2021

『世界史は化学で出来ている』左巻健男(書評)

【10月11日 記】 タイトルから分かるように世界史を化学の面から解き明かした本である。

肩タイトルはもっと分かりやすく「絶対に面白い化学入門」とあるように、僕はこれを世界史の本ではなく化学の本と捉えて読み始めた。世界史は世界史で面白いのだが、僕にはより馴染みのない化学のほうが遥かに面白い。

物質は何からできているのか? 何かと何かが化学反応を起こすと何ができあがり、何が起きるのか? そして、そういうことを人間はいつどのようにして突き止めて、何に利用してきたのか?

──そういうことがギリシア時代の昔から書き起こしてある。

僕らが知っているたいていの化学の本は周期表から始まったりする。僕らが学校で習った化学もそれに近かったんじゃないだろうか。

ところがこの本は、人間が火を使用するようになってから、いろいろな研究の末に周期表にたどり着くまでの記述にかなりのページを割いている。今の周期表に辿り着く前の、間違った知識のいくつかにも触れている。その辺がとても面白い。

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Saturday, September 18, 2021

『ソロモンの犬』道尾秀介(書評、いや書評になってないかもw)

【9月18日 記】 道尾秀介という作家を読むのは初めてなのだが、もちろん随分前から名前を聞いたことはあった。ひょっとしたら彼の小説がドラマ化されたものを観たことがあるかもしれない。

いずれにしてもすでにたくさんの作品を発表して、賞もたくさん獲っている人気作家だ。だから、褒めないとファンに怒られるのかもしれないと、今プレッシャーに押し潰されそうな気分なのだが、褒めるにしても貶すにしても、僕はあまり適任ではない。

何しろ僕は謎解きとかトリックとかいうことにあまり興味がないのである。ひたすら人物がよく描けているものを好んで読む。仕掛けの巧みさより、文章がウィットに富んでいることを喜ぶ。

だから、広い意味でミステリ系の作家で、僕が今まで熱中して何冊も連続して読んだのはクレイグ・ライスとハーラン・コーベンぐらいのものなのだ。

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Monday, September 13, 2021

『息吹』テッド・チャン(書評)

【9月12日 記】 とんでもないものを読んでしまった。いや、貶しているのではない。驚いているのである。

僕はそもそも SF というジャンルを読みつけていない。この本を何故読もうと思ったのかももう憶えていないのだが、誰かの書評か紹介文を読んで面白そうだと思い、普段あまり手を出していないこういうのも読んでみようと思ったのだろう。

そのときに多分映画『メッセージ』の原作となった『あなたの人生の物語』の著者だという辺りの情報は得たのだと思う。しかし、いつものことだが、実際に読み始めるころにはそんなことはすっかり忘れていた。

なんであれ、この本を含めて、これまでに 27篇の中短編小説しか発表していないのに、ヒューゴー賞、ネビュラ賞、星雲賞をはじめ世界の SF賞を合計20冠以上獲得している巨匠である。これがまだ2作目の本だとは言え、僕なんぞの手に負える作家ではない。

冒頭の「商人と錬金術師の門」を読み始めたら、なんとこれは『千夜一夜物語』ではないかという設定の作品。

これはタイムトラベルものだが、多くのその手の作品と違って「過去を書き換えることはできないが、過去を深く知ることはできる」という設定に則っているということを、読み終わって訳者あとがきではじめて気がつくという体たらくである(笑)

で、そもそも何編の作品が収められているのかも知らずに読んだので、この後もこのアラビアンナイトの設定が続くのかと思ったら、2作目以降にはまた作風も舞台も設定も全く違う8篇の SF が続いていた。

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Tuesday, August 10, 2021

『NHK 100分 de 名著 カール・マルクス「資本論」 』(NHKテキスト)斎藤幸平(書評)

【8月10日 記】 今年の1月に NHK が放送した『NHK 100分 de 名著』(25分×4回)のテキストブックである(と言っても、僕は Kindle で読んだのだが)。

番組のレギュラー司会は伊集院光と安部みちこアナウンサー、この4回の講師は大阪市立大学准教授の斎藤幸平氏だった。

僕はそのうちの何回かをたまたま見た。先に妻が見ていて、この人は若いけれど世界的に有名な学者らしいと教えてくれた。全部を見たわけではないのだが、とても面白かったので、見た回は途中からだったが最後まで見た。

へえ、面白いな、こういう学者がいるのか、と思った。ちょっと端折りすぎて乱暴な解説になっているなと思ったところもあったが、肝心のところはちゃんと踏まえた上で、新しい視点もあり、それを現代社会に当てはめて、例えばブラック企業を語ったりもしていた。

そのアプローチがとても興味深かったので、改めて活字で読んでみようと思った次第である。

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Sunday, August 01, 2021

『読みたいことを、書けばいい』田中泰延(書評)

【7月31日 記】 あー、すっきりした。

僕は、どう書けばみんなに読んでもらえて共感してもらえる文章が書けるのかを学ぼうとしてこの本を読んだのではない。

最近そういう文章術指南書の類があまりに多くて辟易していたのである。まあ、読めばそれなりになるほどとは思うのだが、しかし、その通りにやってみようという気にはならないのだ。

そういう本や記事にちょっと嫌気が差してきて、それで note にこんな文章を書いたりもした:

文章の長く苦しい旅

僕が田中泰延のこの本を長らく手に取らなかったのも、多分そういう類の本だろうと勝手に想像していたからである。でも、読んだ人の感想や、本人が別のところに書いたりしていることを読むと、どうやらそんな本ではなさそうだ──そう思ったから読んだ次第である。

実際読んでみると、この本には「まあ、とりあえず、自分が読みたいことを書いてみたらええんちゃう?」みたいなことが書いてあって、それ以外のことはほとんど書かれていない。

まことに関西人らしく、読書のリズムを狂わせるようなおちゃらけやバッド・ジョークがいっぱい挿入されているので、かなり安心して読める(笑)

中にはこの戯言を楽しみに読むひろのぶファンもいるのだろうが、僕はそういう部分は華麗にスルーして読み進んだ(何箇所かで不覚にも笑ってしまったが)。

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Friday, July 23, 2021

『カラフル』森絵都(書評)

【7月23日 記】 去年『風に舞いあがるビニールシート』で初めて森絵都を読んで、深い感銘を受け、その巧さに驚いた。これは是非にも他の作品もと思って『みかづき』を読み、それに続いて本書を選んだのだが、しかし、もう少し調べてから選ぶべきだった。

直木三十五賞を受賞した『風に舞いあがるビニールシート』と違って、その9年前に出版された本書は、まぎれもなく児童文学であり、森絵都も 100%児童文学者と捉えられていた時代の作品だったからだ。

僕は最初に読んだのが『風に舞いあがるビニールシート』でつくづく良かったと思う。先に児童文学を読んでいたら、二度とこの作家の本を手に取らなかったかもしれない。

本書は優れた児童文学なのだろうと思う。それは決して否定しないが、大人が読むには少し設定がチャチで、少し文章が幼くて、話の進み行きが軽い。そうとまで感じない大人の読者もいるのかもしれないが、少なくとも僕の好きな文体、僕が好む作品ではない。

そして、何よりも残念だったのは、Kindle の画面に「33%」という表示が出ていたので、ちょうど3分の1を読んだ当たりだと思うのだが、その時点で僕は電撃的にこのストーリーの結末を読み切ってしまったということである。

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