Friday, August 14, 2020

『熱源』川越宗一(書評)

【8月14日 記】 買ったまま長いこと放ってあった直木賞受賞作。

読み始めてすぐに思ったのは、この人はアイヌの末裔なんだろうか?ということ。もし僕が作家なら、そうでなければ怖くて書けない気がする。アイヌでない人がアイヌの物語を綴ると、間違いなくアイヌやその末裔から「それは違う」とのクレームが来るだろうから。

しかし、名前を見る限りそれっぽくない。もし、そうではないとしたら、 そこに至るまでには、興味の強さもさることながら、書くための調べ物も半端ではなかっただろう。何が彼をそこまで至らしめたのだろう?

いや、別にアイヌに興味を持つのが変だとか悪いとか言うわけではない。ただ、例えばマラソンに興味を持ったとかエレキギターに興味を覚えたとかいうことであれば、なんとなく想像がつくのだが、アイヌとなるとどういうシチュエーションでそうなったのかが思い浮かばないということだ。

よほど強烈なきっかけと動機があって書き始めたのだろうと推測するのだが、しかし、その割にはこの作品は、ひたすらアイヌに焦点を当てた小説ではなく、一方でロシア占領下にあるポーランド人を描いていたりもする。

アイヌ→樺太→ロシア→ポーランドという、いわば複雑な占領の構図及び歴史から必然的に導かれたのかもしれないが、しかし、2人の主人公は途中からストーリー上ではほぼ枝分かれしてしまっており、そのため印象がやや散漫になっているきらいもある。

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Wednesday, July 29, 2020

『嫌われモノの<広告>は再生するか?』境治(書評)

【7月29日 記】 境治氏の本は何冊か読んでいて、その都度書評を書いているが、その際にいつも書き添えているように、僕は境氏とは直接の知り合いである。最近はもっぱらリモートだが、以前は月に何度かはリアルで顔を合わせていた。

僕はまさにこの本で扱われるような領域で仕事をしており、境氏が主催するミライテレビ推進会議の、今となってはやや古株のメンバーでもあり、そういうわけで最低でも月に1回は境氏と接点がある。

会って直接雑談することもあれば、境氏が登壇するセミナーを聴きに行くこともあるし、逆に講演/登壇の依頼をしたこともある。

そういうわけで、僕がこの本を読んで、「へえ、そうなのか。知らなかった」ということは全くない、とまでは言わないが、ほとんど、多分全体の5%もない。

それは業務を通じて基礎知識があるというだけではなく、普段から境氏の話を聴き、境氏がネット上に発表した文章も読み、その上 twitter でも facebook でも繋がっているので、彼の考え方の基礎的な部分はこの本を読む前から知っていたからである。

ただ、これを読んで思ったのは、「へえ、境さん、そんな人のところまで取材に行ったのか」ということ。

やっぱり本を書くとなると、何となく解っているつもりのことでも改めてしっかりと取材をする必要があり、そういう意味で、この本はしっかりとやるべきことをやって書かれたものだということが分かる。

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Sunday, July 12, 2020

『サンセット・パーク』ポール・オースター(書評)

【7月11日 記】 ポール・オースターの作品は柴田元幸による翻訳が出るたびに読んでいるが、期待を裏切られたことがない。特に今回は1章1章を読み終えるごとに、「なんでこんなに面白いのだろう!」と驚いてしまった。

周知の通り、オースターは自分の作品の映画化を、プロデューサーとして自ら手がけたりもしてきたが、今回は彼の作品の中でもとりわけ映画的な小説だと思った。それはある種の群像劇だからだ。

主人公はマイルズ・ヘラーという28歳の男性だが、彼以外にも多くの登場人物があり、冒頭から暫くはマイルズの語り口で物語が進められるが、途中からは各章がそれぞれの人物の視点で語られるのである。

それはマイルズがまだ小さかった頃に離婚した父と母であり、それぞれの再婚相手であり、ビング、アリス、エレンという、後にニューヨーク市が所有する廃屋を不法占拠してマイルズと共同生活を送る友人たちであり、彼らのストーリーが、あるいは同じストーリーの彼らから見た側面が語られる。

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Tuesday, June 09, 2020

『オンエアできない! 女ADまふねこ(23)、テレビ番組つくってます』真船佳奈(書評)

【6月9日 記】 テレビ東京の AD の女の子が自分をネタにしたマンガを書いたという話は知っていた。が、僕も一応は同じ業界にいるわけであって、まあ、ある程度は知っている世界だろうと思って読まなかった。

僕は制作の現場を経験していないので、もちろん身を以て体験したわけではない。

ただ、門前の小僧としていろんなことを見聞きしているし、誰もいない真っ暗な会議室のドアを開けて電気をつけたら、いきなり並べた椅子の上から若い AD がモゾモゾっと起き出してきた、なんて光景はたまに目撃したりもするわけだ。

まあ、そういう話が書いてあるのだろうという想像はつく。テレビ東京の特殊性というものも当然あるだろうが、多分業界全体の共通性のほうが多いだろう。僕が読んでも多分「あるある」ネタはいっぱいあるだろうし、まあ、読まなくて良いかと思っていたのである。

なのに…

なんで、買っちゃって読んじゃったのか?──それが思い出せない。しかも、続編も一緒に買っているではないか!(笑)

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Tuesday, June 02, 2020

読了:「本で元気に」企画

【6月2日 記】 文藝春秋の“本の話”というアカウントが note で展開していた「本で元気に!文春文庫人気シリーズ 期間限定1話無料公開中」のシリーズが終わった。

と言うか、毎日1篇ずつ読んでいて、あれ?続きが出てこないぞ?と思ったら、いつのまにか終わっていたのだ。

期間限定の企画だからいずれサイトも消えてしまうかもしれないのでリンクは貼らないが、僕が読み始めたときの記事のリンクを置いておこう。

本で元気に! 文春文庫人気シリーズ 期間限定1話無料公開中

連作短編の第1話のみ、全部で17作。そのうち既に読んでいた奥田英朗の 『イン・ザ・プール』を除いて、僕は公開スケジュールに従ってほぼ1日1作のペースで読み進んでいった。

公開された作品のリストを書いておく:

  1. 伊坂幸太郎 『死神の精度』より 「死神の精度」
    5月15日〜6月14日
  2. 三浦しをん 『まほろ駅前多田便利軒』より 「多田便利軒、繁盛中」
    5月16日〜6月15日
  3. 誉田哲也 『増山超能力師事務所』より 「初仕事はゴムの味」
    5月17日〜6月16日
  4. 平岩弓枝 『御宿かわせみ』より 「初春の客」
    5月18日〜6月17日
  5. 奥田英朗 『イン・ザ・プール』より 「イン・ザ・プール」
    5月19日〜6月18日
  6. 横山秀夫 『陰の季節』より 「陰の季節」
    5月20日〜6月19日
  7. 畠中恵 『まんまこと』より 「まんまこと」
    5月21日〜6月20日
  8. 石田衣良 『池袋ウエストゲートパーク』より 「池袋ウエストゲートパーク」
    5月22日〜6月21日
  9. あさのあつこ 『燦 風の刃』より 「野分/日方」
    5月23日〜6月22日
  10. 千早茜 『西洋菓子店プティ・フール』より 「グロゼイユ」
    5月24日〜6月23日
  11. 池波正太郎 『鬼平犯科帳』より 「本所・桜屋敷」
    5月25日〜6月24日
  12. 湊かなえ 『望郷』より 「海の星」
    5 月26日〜6月25日
  13. 柚月裕子 『あしたの君へ』より 「背負う者(17 歳 友里)」
    5月27日〜6月26日
  14. 夢枕獏 『陰陽師』より 「玄象といふ琵琶鬼のために盗らるること」
    5月28日〜6月27日
  15. 若竹七海 『依頼人は死んだ』より 「濃紺の悪魔」
    5月29日〜6月28日
  16. 山本兼一 『千両花嫁 とびきり屋見立て帖』より 「千両花嫁」
    5月30 日〜6月29日
  17. 藤沢周平 『よろずや平四郎活人剣』より 「辻斬り」
    5月31日〜6月30日

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Saturday, May 30, 2020

『君がいないと小説は書けない』白井一文(書評)

【5月30日 記】 僕と同じく白井一文を愛読している(と言うか、多分彼のほうが僕より断然多読しているのではないかと思う)知人から「ぜひ読んで書評を書いて読ませてくれ」と言われて手に取った小説だ。

去年も知り合いが二人死んだ。

という書き出しの一文を目にして、「いきなり来たか」と思った。一般にそう言われているのかどうかは知らないが、僕にとってはこの人は常に死生観を語る作家だった。

今回は主人公の大勢の知り合いの死が語られる。

主人公は野々村保古。そろそろ還暦を迎える作家である。父親も時代小説の書き手だった。彼自身は大学を卒業して出版社に就職し、編集者として一応の地位を築いてから、後に作家となる。

妻と喧嘩して家出をし、そのまま妻と中1の息子を捨てて、籍こそ抜かず、経済的にも世帯主の役割を放棄しないものの、事実上の離婚となる。そして、今は十歳以上年の離れた「ことり」という名の女性と、4匹の猫と一緒に暮らしている。

野々村とことりの馴れ初めも詳しく語られている。

さて、この小説、読み始めから、なんか小説ではなくエッセイ、と言うか作家の手記を読んでいるような気になる。

「S編集長」とか「Uデスク」などと、人物の名前がイニシャルになっており、「A社」「C社」などと会社名も匿名になっているところも、これはドキュメンタリなのかと思わせる一因である。

手記のように見せることを狙ってやったのかどうか分からないが、とても変ではないか。小説であれば一般的には人物や団体の名前を考案する。その名前に何らかの意味が込められているか単なる記号なのかは別として。

で、冒頭から暫くは、そのS氏についての物語が語られる。S氏と野々村の関わり合いを通じて、S氏の人生が、そしてS氏の死が語られる。

彼はいまや、一介の死者に過ぎなかった。

いかにも白石一文らしい書きっぷりである。

その次は

弁護士のMさんの訃報が届いたのは去年の夏だった。

で始まる、Mさんの人生、そしてMさんの死の話。

しかし、不思議なのはMさんの奥さんは彩花さん、お嬢さんは夏目さんと、名前で語られている。イニシャルMの弁護士で奥さんが彩花さん、お嬢さんが夏目さんとなると、いくら名前を伏せても、これでは知っている人にはすぐに分かってしまう。

それでは実名で語っているのと同じじゃないか? それで良いのか? と思いながら、ああ、これは小説だったか、と思い直している自分がいる。これは作家の術中に嵌っているのだろうか?

その後もWさんとかA君とか、Iさん、X氏などと、引き続きイニシャルの人物が取り上げられているかと思えば、後半には城石先生とか日南田さんとか永尾さんとか雪ノ下さんとか佐藤裕子さんとか、「実名」の人物が多く出てきて、なんだか妙である。

しかし、相変わらず多くの登場人物の死が語られる。

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Saturday, May 16, 2020

本で元気に! 文春文庫人気シリーズ 期間限定1話無料公開中

【5月16日 記】 note に文藝春秋の「本の話」というアカウントがあります。多分、これ書いているのは僕の知人(twitter で知り合って、何回か会ったこともある)の女性ではないかと思うのですが、twitter にも同じアカウントがあって、そのツイートで「本で元気に! 文春文庫人気シリーズ 期間限定1話無料公開中」という企画があるのを知りました。

リンクを辿って見に行くと、そこにあったのは三浦しをんの『まほろ駅前多田便利軒』の「多田便利軒、繁盛中」でした。てっきり冒頭だけ公開して本の購入ページに飛ばされでもするのかと思っていたら、なんと第1話がまるまる読めるじゃないですか。

あっという間に読んでしまいました。で、気がついたらこれは第2弾で、第1弾では伊坂幸太郎の『死神の精度』から同名の第1話が公開されていて、こちらも一気に読んでしまいました。

コロナで引きこもっている人たちへのサービスなのでしょうが、これはなんとありがたい企画でしょう。

僕にとっては人選がとても良かったです。2人とも全く読んだことのない作家ではなく、かと言って大好きで追っかけている作家でもなく、決して嫌いではないけれど、でも、のめり込んではおらず、まあ、今回のようなチャンスがあると読んでしまうし、読んで面白いと思える作家と作品だったからです。

『まほろ駅前多田便利軒』のほうは大森立嗣監督が撮った映画2本を観ていたこともあって、多田が出てくると瑛太の、行天が話し出すと松田龍平の顔が浮かんできます。で、あの映画を見たときの映画評に、僕は随分不思議なトーンだということを書いたのですが、原作を読んでみて、ああ、あれは原作から映画まで地続きのトーンだったんだと気づきました。

小説の冒頭も、便利屋の多田が預かった子犬の姿を見失って探し回っていると、バス停で他ならぬそのチワワを抱いて座っている、高校の同級生・行天を見つける──という映画と同じシーンだったので、何を読んでも何を観てもすぐに忘れてしまうこの僕にしては珍しく、記憶が甦ってきました。

そうか、大森監督の映画は三浦しをんの小説そのままだったんだ、と何だか妙に嬉しくなってしまいました。

改めて思ったのは、三浦しをんって、巧い書き手ですね。凝った表現ができるかどうかということではなく、読み手に書き手の存在を全く意識させることなく、読み手を物語の世界に導き出してくれます。これでこそ作家だなあという感じ。

このシリーズを一から読んでみるのも良いかもしれません。

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Monday, May 04, 2020

『SNS変遷史 「いいね!」でつながる社会のゆくえ』天野彬(書評)

【5月4日 記】 奥律哉、美和晃、森下真理子、天野彬の各氏が登壇したセミナーを聴講したら、お土産にこの本がついてきた。買って読もうかと思っていたのでちょうど良かった。

ちなみに僕はこの4氏を勝手に「電通メディアイノベーションラボの四天王」と呼んでいる。もちろん勝手に呼んでいるのであって、MIL の4トップではないとは思うが(笑)

僕は奥氏とはリアルの交流がある。美和氏と森下氏については何度か講演を聴講しているが、名刺交換したかどうかは定かでない。天野氏とは随分前に名刺交換をしていて、最近では twitter でも交流がある。

僕は天野氏については、まとめるのがとても上手な人という認識をしている。そして、「ググるからタグるへ」と言ったネーミングが非常に巧みな人だ。

この本は学術書ではなく、一般の人が読みやすいように書かれてはいるが、内容としては学術書と全く遜色がないと思う。単に歴史を追っているのではなく、それを常に分析的に展開しているからだ。

そして、その論に説得力があるのは、学者のひたすら観察的な机上の空論めいたものではなく、彼自身が「元若者」として、ブログや twitter などに大いに親しみながら成人し、そのままシームレスに研究の生活に入っているということ、そして、フィールドワークを通じて今の若者(を中心とするユーザ)の生の声を常に聞いているからだと思う。

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Wednesday, April 29, 2020

『猫を棄てる』村上春樹(書評)

【4月29日 記】 僕がこれを読み始めた時に、多分僕と同じことを思った人も決して少なくはないのではないかと思うのだが、とても引っかかったのは、これは小説なのか事実(あるいはノンフィクションと言うべきか、随筆と言うべきか)なのか?ということだ。

登場人物も地名も全て実名のようだ。そして、村上の父親の生い立ちから死に至るまでが、詳細な年代記として記されている。だから、恐らくこれは事実であり、ノンフィクションであるのだが、しかし、極端な言い方をすれば、村上春樹が書いたものは全て小説になるのだ。

村上春樹というフィルタを通ったものを全て小説と捉えるのは決して誤りではないだろう。そして、それは独り村上春樹に限ったことでもないと思う。

副題は「父親について語るとき」だ。「父親について語るときに僕の語ること」ではない。

もちろん『走ることについて語るときに僕の語ること』と同型のタイトルを付けることのほうが不自然であり滑稽であるのだが、その途中でやめたような不完全な“村上語”が、僕には何か村上の心境変化を語っているようにさえ見えてしまう。

父を語るのに猫の話から入り、最後にまた猫の話が出てくる辺りが如何にも村上春樹らしいのだが、そのページの多くを割いて書かれているのは彼の父親の戦争体験である。

多分多くの読者がまっさきに思い出すのが『ねじまき鳥クロニクル』だろう。それまで彼の作品にはなかった戦争の描写が、しかも残忍な描写が現れて、我々は大いに驚いた。僕とほぼ同じペースで村上の長編を読み続けていた妻は、そこから先が読めず、ついに村上を読むのをやめてしまったほどだ。

あの戦争の話は実は村上のお父さんから聞かされたものだというような話は、当時どこかで読んだか誰かから聞かされたように記憶している。

それが、この本で淡々と書かれている。小説的な技巧は必要がない。ただ、淡々と書かれている。

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Monday, April 27, 2020

『遅いインターネット』宇野常寛(書評)

【4月27日 記】 こんなにも頭を使わされる書物を読むのは大学時代以来だ。そこには知的な歓びがある、などと書くと本末転倒であると言われるかもしれないが、そもそもそういう知的好奇心を刺激して“遅いインターネット”に誘うのも著者の狙いのひとつではないか。

とにかくべらぼうな構想の本である。

序章で東京オリンピックと「動員の革命」を語り、第1章では著者の結論の第1である「民主主義を半分諦める」ということをヒントのように提示し、第2章は『アベンジャーズ』で始まり、Ingress と ポケモンGO を経て、仮想現実と拡張現実を語り、ディズニーと Google を対比する。

そして、非日常(+)か日常(ー)かを X軸、他人の物語(+)か自分の物語(ー)かを Y軸として文化を4象限に分け、第三象限の日常×自分の物語がいま、手つかずのフロンティアとして残っている鍵だと語る。

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