Tuesday, April 02, 2019

新カテゴリ

【4月1日 記】 ショーケンの記事を書いて、ふと気がつくとこのブログにも少なからぬ追悼記事を書いてきたなあと思った。ほとんどがミュージシャン、あるいは音楽関係者である。

調べてみたら、追悼という意味合いがそれほど強くないものも含めて、12人の訃報に接して書いた 14の文章があった。順を追って行くと、宮川泰、阿久悠、遠藤実、三木たかし、加藤和彦、藤圭子、岩谷時子、かしぶち哲郎、大瀧詠一、かまやつひろし、森田童子、そして一昨日アップした萩原健一だ。

人は死ぬ。そして、その死んだ人の中には一度も会ったことがない僕が何かを書きたくなるような人が時々混じっている。だから今後も、ポツポツとこんな記事を書き続けるのだろうなと思った。

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Sunday, March 31, 2019

故・萩原健一さんに

【3月31日 記】 3月26日に萩原健一が亡くなっていた。近親者で葬儀を執り行ったあと発表された。

世代によってザ・テンプターズだったり、『太陽にほえろ!』だったり、『傷だらけの天使』だったり、『前略おふくろさん』だったりするのだろうけれど、僕が一番語りたいのは PYG である。

隆盛を極めたグループサウンズ(GS)ブームが下火になり、その3大バンドから2人ずつ実力のあるメンバーが結集したのが PYG だった(実は他にもうひとりメンバーがいたようだが)。

音楽と流行の間でどことなくインチキ臭い位置づけだった GS から、漸く本物の音楽をやるグループが生まれた、と僕は熱狂した。

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Tuesday, June 12, 2018

ぼくを見かけませんでしたか

【6月12日 記】 人が死ぬのを喜んではいけない。だけど、好きだった歌手が亡くなるといつも、新たにベスト盤が編まれたり、廃盤が復刻したりしないかな、と思ってしまう。

今日の報道で森田童子が亡くなっていたことを知った。僕が知ったのが今日だったというのではない。そもそも記事自体が「亡くなっていたことが分かった」というものだった。

人は失敗に打ちひしがれたりして極度に気分が落ち込んだとき、明るい曲よりもむしろ暗い曲を聴いたほうが立ち直りが早いものである。無理に明るい曲を聴くと空々しい気分になるだけなのである。

むしろ、徹底的に深く沈み込める曲を聴いたほうが良い。水死体は一旦底に沈まないと浮き上がって来ないと言うではないか(本当なのかどうかは知らないが)。

だから、落ち込んだときは中島みゆきを聴け、それでもダメなら山崎ハコを聴け、それでもまだダメだったら森田童子を聴け──若かった頃そんな話をしていた記憶がある。

そう、それは 1970年代後半である。訃報記事に判で押したように書いてある「『ぼくたちの失敗』が TBSドラマ『高校教師』の主題歌に使われ」というのは、僕らにとってはリバイバルでしかない。

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Thursday, March 02, 2017

かまやつひろしが亡くなった

【3月2日特記】 かまやつひろしが亡くなった。世間的にはどのくらいの反応なのだろう? 阿久悠や大瀧詠一が亡くなったときほどの反響はないのかもしれないが、日本ポップス界はまたひとり偉大な作家を失ったと僕は思っている。

作曲家として抜きん出ていただけではなく、(彼がどれほどの数の歌手や作品のプロデューサーを務めたのかは定かには知らないが)とてもプロデュース感覚に優れた人で、そのプロデュース作品の代表が多様に変化する歌手かまやつひろし本人だったと思う。

僕がかまやつを知ったのはグループサウンズのザ・スパイダースだ。ロカビリー時代はさすがに知らない。

で、GSブームが去って何年も経ってから振り返って、「あの時ロックをやっていたグループはかまやつのいたザ・スパイダースだけだったのかも」としみじみ思ったのである。

今さら言うまでもないが、乱暴に総括してしまうと GS は歌謡曲の一部だった。ブームを支えた作家たちの顔ぶれを見ればそれは明らかである。

だからと言って僕はグループサウンズに価値や意味がなかったなどと言う気はない。ただ、本当はやりたくなかった歌謡曲をいやいややっていたグループがあったのも確かで、そんな中で自分たちがやりたい音楽をしっかりやっていたのはザ・スパイダースだけだったような気がするのである。

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Tuesday, December 31, 2013

今度は大瀧詠一の訃報に

【12月31日特記】 先日かしぶち哲郎が亡くなったかと思ったら、今日は大瀧詠一の訃報である。これはかしぶちの時に引用すべきであったかもしれないが、まさに、

物は壊れる、人は死ぬ 三つ数えて、眼をつぶれ

である。

今日の twitter の僕のTLでは『A LONG VACATION』以降の作品、あるいは『風立ちぬ』『快盗ルビイ』『探偵物語』など歌謡曲の歌手に提供した楽曲への言及が多い。

(松田聖子、小泉今日子、薬師丸ひろ子は今夜のNHK紅白歌合戦で、予定を変更して、これらの曲を歌うべきであると書いている人がいた)

だが、僕にとってはもっともっと早い時期にインパクトを与えてくれた偉大なミュージシャンだった。

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Saturday, December 21, 2013

かしぶち哲郎の死

【12月20日特記】 かつて美空ひばりや石原裕次郎が亡くなった時にがっくりとうなだれている人たちがいた。僕よりも20~30歳上の、僕の親たちに近い世代だ。

僕にはそれが何なのか分からなかった。いや、「ふーん、彼(彼女)はあの世代の人たちにとってそんなに大きな存在だったのか」と推測はできるのだが、実感としては全く共有できなかったのである。

ただ、いつしか自分が熱狂したり心酔したりしたミュージシャンも死ぬ時が来るのだろうなと、その頃から思い始めた。

忌野清志郎が亡くなった時は想像しなかったほどの大きな反響があったが、僕自身としては熱狂した対象ではなかった。加藤和彦は偉大なアーティストとして尊敬はしていたので、とても残念ではあったが、一方で強烈な“思い入れ”があったかと言えば、そうではなかった。

でも、自分が誰かの死に喪失感を覚える日は遠からず来るだろうと思っていた。しかし、その最初の存在がこの人になるとは思ってもみなかった。

かしぶち哲郎。作曲のクレジットでは橿渕という漢字表記も使った。そのかしぶちが12/17(火)に亡くなっていた。食道がんだったそうだ。

僕がかしぶちの作品を最初に聴いたのは、はちみつぱいのアルバム『センチメンタル通り』(1976年)のB面1曲目、『釣り糸』だった。

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Monday, October 28, 2013

岩谷時子さんを偲ぶ

【10月28日特記】 作詞家の岩谷時子さんが亡くなった。天才的な作詞家だったと思う。

凝った比喩を持ち出す人ではなかった。どこにでもある、何気ない表現で、人をドキッとさせる人だった。それは多分、静かで確かな観察眼に裏打ちされていたのではないかと思う。

ザ・ピーナッツの『ふりむかないで』。女の子が靴下の乱れを直している──ただそれだけで歌になるのだ、ということを教えてくれたのが岩谷さんだった。この歌を聴いていると本当に屈んで靴下に手をやっている少女の姿を彷彿するのである。

そうかと思うと、加山雄三の一連のヒット曲では、ちょっと鼻につく気取った表現を並べ立てて、歌っている加山自身を照れさせたりもする。かと思うと、岸洋子の『夜明けのうた』のようなミュージカル的な大作もある。

今日まで知らなかったのだが、この人のキャリアのスタートは宝塚歌劇団だったとか。いや、タカラジェンヌではない。機関誌の編集者である。

そう言われると、その感じはよく解る。とても女性的な柔らかさと、ダイナミックな演劇的展開力を持っている。

そして、越路吹雪と出会い、意気投合し、ともに宝塚を辞めたと言う。

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Friday, August 23, 2013

藤圭子さんの訃報に接して

【8月22日転載】 藤圭子さんの訃報を目にして、突然僕の心の中で鳴り響き始めたのは『新宿の女』でした。

藤圭子さんと言うととかく『圭子の夢は夜ひらく』ばかりが取り上げられ、その「十五、十六、十七と私の人生暗かった」という歌詞ばかりに光が当たりがちですが、あれは園まりさんの『夢は夜ひらく』のカバーだし、あまりに藤圭子さんのイメージに被せられデフォルメされた嫌いがあると僕は思っています。

それよりも、デビュー曲であり最初のヒット曲でもあるこの歌や、中期の名作である『京都から博多まで』のほうが、僕には藤圭子さんらしい作品に思えます。

『新宿の女』は石坂まさをさんの作詞作曲で1969年の発売です。石坂まさをさんという人は本来的には作詞家だと僕は思うのですが、こんな風に時々作曲をしていて、それが悉く素直な良い曲で、大きなヒットにもなっています。

僕が twitter で彼女の死を知った時はちょうど外出していたのですが、阪急梅田駅から会社までの帰り道、この歌を口ずさみながら歩きました。それを歌うことが彼女への追悼になるような気がして。

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Saturday, February 27, 2010

再聴:和幸

【2月27日特記】 何度か書いているように、古い Walkman がぶっ壊れかけたので新しい Walkman を買ってきて今新たに曲を収集して収録している。

その曲選びの作業の中で手持ちのアルバムを聞き直すうちに、とある2枚のアルバムの凄さを再認識した。

それは和幸の『和幸 ゴールデン・ヒッツ』と『ひっぴいえんど』である。加藤和彦が亡くなったのは何月だったか。あの時にこのアルバムに触れた記事はどれほどあったのだろうか。

このアルバムを聴くと改めて加藤和彦の偉大さと洒脱さに脱帽することになるし、改めて坂崎幸之助の豊かな才能と加藤和彦との相性の良さに舌を巻くのである。

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Sunday, October 18, 2009

加藤和彦が逝ってしまった

【10月18日特記】 加藤和彦が逝ってしまった。

今、手許に D.M.M. から借りてダビングした和幸の2つのアルバム、『ゴールデン・ヒッツ』(2007年)と『ひっぴいえんど』(2009年)があるのだが、ひょっとするとこの2枚が、アレンジャ/プロデューサとしてではなくパフォーマとして出版した最後の作品なのかもしれない(調べていないので確信はないが)。

和幸/和幸 ゴールデン・ヒッツ

和幸は加藤和彦と元アルフィーの坂崎幸之助が組んだユニットである。今前者のアルバムを聴きながら書いているのだが、本当に遊び心溢れるアルバムである。

耳に心地良い、どこかで聞いたことがあるようなメロディばかり意識的に並べてある。そして、明らかに「解る人にだけ解れば良い」という感じのコラージュ、コントリビューション、パロディが横溢している。

これはサイモンとガーファンクルか。いや、CSN&Yか? おっ、ここはビートルズだ。これは吉田拓郎じゃないか。おっとこれはベッツィ&クリス。ほんでこれは明らかにローリングストーンズ、だと思っていたらいつの間にかサンタナだ(笑)──聴いているとこういうことの繰り返し。枚挙に暇がない。

あんなこともできるし、こんなこともできる。あんなのもあったし、こんなのもあったよね。そんなことだってどんなことだって自由自在にできるさ──好事家と趣味人が死力を尽くして遊んでいるようなアルバムである。

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