Saturday, January 19, 2019

驚いた粒

【1月19日 記】 twitter で相次いで以下のようなツイートを見た。

ひとつは高名な政治評論家に宛てたもの:

偉そうに自民党批判しているが、自民党の独裁政権を許したのはあんたたちの世代なんだからあんたたちも同罪だ。あんたに自民党を批判する権利はない。

みたいなつぶやき。もうひとつは誰に向けてのつぶやきかは分からないのだが、

最近の若い奴らはダメだみたいなことを言ってる人がいるけど、その若い人を育てて指導してきたのはあなたたちの世代なんだから、あなたにそんなことを言う資格はない。

みたいなやつ。

これはマズいと思う。この人たちの論理性は一体いつ、何ゆえに、こんなに破綻してしてしまったのだろう?

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Tuesday, December 18, 2018

運は使い切ったか?

【12月18日 記】 僕はあまり大きくない懸賞には割合よく当たる。

PayPay は1回しか使わないうちにキャンペーンが終了してしまったが、それでもその1回だけの購入が全額(と言っても 658円だが)バックになった。

この1ヶ月間に、とあるキャンペーンで Tポイント 1000点が当たり、とあるアンケートに答えて抽選で Amazonポイント 1000点が当たった。

長い人生を振り返ると、最大級の例としては、宝くじで5万円が2回、なんかのキャンペーンで Tポイントが1万点、本を買ったらおまけでついてきた図書くじで図書券 10万円分が当たったことがある。

で、そういうことを言うと、必ず「そんな小さなことで運を使い切っているんだよ」と嬉しそうに言う人がいる。

僕はそれが不思議で仕方がない。いったいどういう精神状態が彼/彼女をしてそんなことを言わしめるのだろう?

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Friday, December 14, 2018

…と思っていて

【12月14日 記】 facebook にこんなことを書いた:

年のせいか、最近聞いてて引っかかる若い人(主にギョーカイ人)の言葉遣い:

    1. 「…と思っていて、」の連続で一向に句点が来ない文章
    2. 「だったりとか」の連発による過剰な婉曲
    3. 平板なアクセント(「山小屋」や「裏山」に近いアクセント)で、接続助詞ではなく接続詞的に使われる(つまり、文頭に来る)「とは言え」
    4. 平板なアクセントでの「弊社」(「閉鎖」や「会社」に近いアクセント)
    5. 自分が課金される側なのに「このサイトに1000円課金してる」などという誤った用法
    6. 終止形が来て句点が付いて文が終わるかと思ったら、何故か引用の格助詞「と」が付く(例えば「それで仕方なくてやってしまいます、と」)

言葉は変わって行くものだという認識は充分に持っているつもりではありますが…。

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Saturday, November 17, 2018

駄洒落

【11月17日 記】 facebook に書いた記事でちょっとことば遊びをしたら「オヤジギャグ」とコメントされた。いや、別にそんなことに腹を立てたり根に持ったりはしないのだが、とても奇異な感じを受ける。

昔やっていたホームページで同じようなことを、2003年の3月に書いているのだが、今はオヤジギャグと言われるものは僕らの小さい頃には単に駄洒落(ダジャレ)と言われていた。

で、今オヤジギャグと言われているものを僕がいつごろから熱心に言い続けている(笑)かと言えば、それは小学校時代からである。小学生が既に言っていたものをオヤジギャグと言われる不思議。

で、その文章の中にも書いたのだけれど、例えば和歌における掛詞や序詞などは全てこの駄洒落の発展したものだと思っている。ああいうのって、見ようによっては単なる洒落ではないか。そして、英語や中国語の詩で韻を踏むのも駄洒落の親戚だと思っている。

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Wednesday, November 14, 2018

ファースト・ネーム

【11月14日 記】 日本人がお互いをファースト・ネームで呼び合わないのは、名前が「姓・名」の順番だからだという説を聞いた。欧米人も日本人もともに姓名の前半部分で呼ぶだけのことで、日本語の名前では姓が言わばファースト・ネームだと言うのである。

それはどうも根拠が乏しいような感じがする。でも、その一方で不思議に説得力もある。

「日本人は名前より苗字が先  → だから先に来ている苗字で呼び合う」という理屈があまりに単純すぎて論理の流れに無理があるのは確かだが、ただ、「名前の成り立ちとして名ではなく姓が先」というのと「名前ではなく苗字で呼び合う」という2つの事柄の間には同じ根っこがあるような気がするのである。

そして、その同じ根っこは中国人や韓国人にもあるような気もするのである。それは、なんか、儒教と言うか、東洋思想と言うか、もっとざっくりと言ってしまうと東アジア人の気質に通じるものがあるような感じがあるのである。

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Thursday, November 01, 2018

Halloween

【11月1日 記】 Halloween の日本語表記にはハロウィンとハロウィーンがある。僕は今までハロウィンを使っていた。

最近知ったのだが、放送局ではハロウィーンを採用するところが多いようだ。英語の発音としては w の後は短母音ではなく長母音であるからハロウィーンが正解だということだろう。それはそれで正しいのだが、ただ、英単語をカタカナに移すときには注意すべきことがある。

以前やっていたホームページでも確か書いたと思うのだが、日本語においては、3音以上の外来語が長音を含む場合、自動的にアクセントがその長音の部分に行きがちなのである。

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Sunday, August 12, 2018

『ドリーム』(と邦題)

【8月12日 記】 会社の同僚が貸してくれた DVD で『ドリーム』(セオドア・メルフィ監督、2016年、アメリカ合衆国)を観た。

とても面白い良い映画だった。下世話に言うと、黒人差別版「細うで繁盛記」なのだが、これをひとりの物語にせずに互いに友人である3人のストーリーに編み込んだのが正解だと思った。

すでに公開が終わってから長く、いくつか賞も獲って評価の固まった作品なので、こういう場合僕はあまりくだくだと映画評めいたものは書かないのだが、ひとつだけ、タイトルについて書いておきたい。

以前自分のホームページをやっていたときにも、「考えられなかった邦題を考える」「アバウト・ザ・タイトルズ・オブ・ムービーズ」などと題して、近年の邦題の無策とレベルの低さを嘆いたことがあったが、この『ドリーム』がそのとき例に挙げた映画と同じぐらいひどいと言うのではない。

『ドリーム』というタイトルは、原題をカタカナにしただけの芸のないものではなく、フンイキだけでテキトーな日本語を持ってきたものでもなく、ちゃんと映画の中の台詞から拾っているからだ。

だが、原題を知ると少し残念な気分になる。

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Tuesday, July 24, 2018

お疲れ様の行方

【7月24日 記】 若い人が「お疲れ様です」を乱用するのは気持ちが悪いというような話は、これまですでに数えられないくらいの人が数えられないくらいのところに書いているし、僕自身も(このブログではなく、すでに閉鎖した)自分のホームページに何度か書いている(ちなみに初めて書いたのは2002年だった)。

やっぱりある年齢以上の世代にとってはとても違和感のある表現なのだ。

昔は「お疲れ様でした」というのはひとつの仕事に区切りがついた時しか使われない表現で、従って、せいぜい一日に一度しか(何日もかかる仕事であれば、その仕事にケリがついた時しか)聞けない台詞だった。

それが今では、下手すると朝イチでかかってきた電話で言われることになる。

しかし、それに対して「バカ野郎、まだ会社に来たばっかりだ。疲れてなんかねえよ」と言っても仕方がない。それは「おはようございます」と言われて、「バカ野郎、俺は今日は7時から会社に来て働いてるんだ。何がお早うだ。ちっとも早くなんかねえ!」と管を巻くようなものである。

使っているうちに元々の字義から離れてしまう言葉はたくさんある。全てが元々の字義でないとおかしい、と言い出すと、僕らの世代でも途端に使えなくなる言葉が山ほどある。

若者たちの「お疲れ様」を観察していると、しかし、彼らもやはり「お疲れ様でした」は一日(あるいはひと仕事)の終わりにしか使っていないのに気がつく。

だから、「お疲れ様でした」の意味は昔とそれほど変わっていないのである。

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Wednesday, July 04, 2018

辞書を引く

【7月4日 記】 ことばの意味を間違って憶えて使っていた、というようなことは多かれ少なかれ誰でもあるだろう。

そして、正しい意味を知ったときに、「そうだったのか。じゃあ、これからは正しい意味で使おう」と素直に思えるものと、「えー、その言葉そんな意味で使うのか」と納得が行かないものがある。

例えば「あざとい」は辞書を引くと「あくどい」という意味が出てくる。でも、この言葉は「こざかしい」という意味で使う人のほうが多いのではないか? あるいは「わざとらしい」という意味で使っている人もいる。

でも、「あざとい」の意味として、「あくどい」は大抵の辞書が載せているが、「こざかしい」はまれに載せていない辞書がある。そして、「わざとらしい」と説明している辞書は、少なくとも僕は見たことがない。

僕は初めて辞書を引いたときに、「んー、『あくどい』はなんか違う」と釈然としない気持ちになった。

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Sunday, June 24, 2018

ミレナの鐘

【6月24日 記】 東京に出てみると、全国共通の言葉だと思っていたものが実は方言だったというようなことは結構ある。しかし、逆に方言だと思っていた言葉が実はそうではなかったというようなことはないだろうか?

方言でなければそれは何かと言うと、それはある地方でしか通じない言葉である方言ではなく、我が家でしか通じない妙な言葉である。

小さい頃、母方の祖母が隣に住んでいた。祖母は徳島出身である。だから、よく徳島弁(阿波弁)の語彙を持ち出した。

でも、僕が徳島弁だと思っていたものが実はそうではなく、ひょっとしたら世界中で祖母だけが使う独特の表現であったかもしれないと気がついたのである。言うならば「うちのおばあちゃん語」。

例を示そう:

  1. あくちが切れた
  2. あほらし屋の鐘が鳴る
  3. あんずあんずする
  4. うちゃもういやいや
  5. ええ年かきもそげて
  6. えくそいき
  7. 風邪はゴキの風邪
  8. ミレナの鐘の音

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