Saturday, December 14, 2019

衣類と言葉の来し方行く末

【12月14日 記】 最近「毛糸のセーター」を着なくなりました。フリースのほうが暖かいからです。

私たちの子供の頃は、冬の衣装の王様は「毛糸」でした。「毛糸のパンツ」(ズボンではなく下着のほう)なんて奴までありましたが、こちらはそのうち誰も履かなくなりました(ですよね?)。

でも、「毛糸のセーター」はその後も随分長いこと冬物の王者でした。そもそもセーターと言えば毛糸に決まっていましたよね。ニットのセーターなんて洒落たものが出てくるのはもう少しあとのことです。

しかし、「ニットのセーター」というのも変な言い方です。ニットとは「編む」という意味の動詞 knit の(現在形と同形の)過去分詞なので、つまりは「編まれたセーター」ということであって、逆に「編まれていないセーター」があるのであれば見てみたいものです。

それは多分「綿ニットのセーター」が略されたものだと思います。毛糸ではなく木綿の糸で編まれたセーター。

ところで「毛糸」も「木綿」も近年はあまり使われない用語です。「毛糸」はいつしか「ウール」と言い換えられ、「木綿」は豆腐にしか使われなくなって、「綿(めん)」もしくは「コットン」と言われるようになりました。

毛糸が防寒着の材料として重宝された時代には、ありがたがって「純毛」などという言い方もしたものです。それは最高級の毛糸の衣装であり、つまり「100% 羊毛」を意味したのです。

その羊毛とか、絹とか、木綿とか、そういう天然素材に対して人間が作ったのが化学繊維で、昔は「化繊」と略されて随分低く見られたものです。「え? これ純毛ちゃうやん。化繊入ってるやん」などと、ウチの母親はよく言っていました。

化繊のうちのレーヨンは「人絹(じんけん)」と呼ばれていました。これは「人造絹糸」の意味で、今聞くと「人造人間」みたいでおかしいです。そもそも英語の rayon 自体が ray(光線)と cotton(綿)を組み合わせた造語だそうです(光沢のある綿、という意味でしょうか)。

レーヨンにはスフという言い方もあり、ウチの祖母はそんな言い方をしていたような気もします。スフはステイプル・ファイバー(staple fiber)の略だそうで、2つの単語の一番上の1字だけ抜くという、今では珍しい略し方です。今残っているのはベア(base up)ぐらいでしょうか。

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Monday, November 11, 2019

ネーミング

【11月11日 記】 先日久しぶりに東京駅から新幹線に乗って思ったのだが、最近は新幹線が増えすぎて、どれが何なのか分からなくなってしまった。

新幹線ができた当初は分かりやすかった。なにしろそれは東海道線しか走っていなくて、しかも、こだま号とひかり号しかなかった。

こだまとひかりというのがまた絶妙のネーミングではないか。音と光だ。日常的に身の周りにあるが、決してその速さを実感することもできないくらい速いもの。

そもそも小さい頃は音や光に速さがあるなんて知らなかった。なんと言うか、それはそこにあるものだと思っていたのだ。それが、遠くの星の爆発が宇宙空間を伝わってきたとか、何かと何かがぶつかった衝撃が空気を振動させて伝わってきたとか、そんな風に教わって初めて音や光が波であることを知ったのだ。

話が逸れてしまった。いずれにしても音も光もとてつもなく速いものであって、しかも、音よりも光のほうが速いことは誰でも知っている。だから、こだまとひかりというネーミングは絶妙だったのだ。──のぞみ号ができるまでは。

完全に対になっている音と光に、もうひとつ何かを組み合わせようとするのは無理がある。しかも、それは光より速くなければならない。だから、仕方なく「のぞみ」などというぼんやりしたネーミングになってしまったのだ。

それを考えると、自分の番組で三姉妹の名前を「のぞみ」「かなえ」「たまえ」にした萩本欽一のセンスは秀逸だと思う。

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Friday, October 04, 2019

中国の漢字

【10月4日 記】 最近はインバウンドの増加を反映してか、日本国内でもいろいろな外国語表記を目にする。特に多いのは中国語である。

僕は中国語の知識はまるでないが、漢字というものが共通であるがゆえに知らなくてもかなり意味は解るし、意味が解るだけに表現の違いが面白い。

たとえば、これは前に他のところに書いたことだが、中国語では「手紙」がトイレットペーパーのことらしく、では、手紙のことはどう言うのかと言えば「便」だと言うから面白い。ついつい「ベン」と読んでしまうとトイレット関係かと思うのだけれど、「ビン」あるいは「たより」と読んだらなるほどと思うでしょ?

で、最近なるほどと思ったのは「手机」というのがどうやら携帯電話/スマートフォンのことらしいということ。これには大変感心した。

手帳は手のひらサイズの帳面のことだが、もはや手のひらサイズで机並みの働きをする、と言うか、手の中であらゆるデスクワークができるということか!とひとり得心していたのである。

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Tuesday, October 01, 2019

フィンランド

【10月1日 記】 フィンランドに来ている。

どこに行くと書かずに出たものだから、僕が facebook に上げた記事をヒントに、知り合いがいろいろ的外れな推理をしてくれたが、実はフィンランドである。

推理のために僕が与えたヒントは2つ:

  1. 目には青葉 山ホトトギス 驢馬に笑み
  2. 近年はメインテナンスの仕事ばかりで減る新規

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Saturday, August 10, 2019

ブリの繁殖

【8月10日 記】若い人の言葉遣いで最近特に気になるのは「以来」と「ぶり」の混同です。

本来であれば「以来」は最後に行なったのがいつだっかを示し、「ぶり」は最後に行なってからどれくらいの期間が経っているかを示します。

例えば、今日が木曜日だったとして、先週の木曜日に入浴してから一度もお風呂に入っていなくて、今日久しぶりに入ったとしたら、それは「先週の木曜以来」であり「一週間ぶり」なわけです。

おんなじようなもんだろ、と思う人もいるかも知れませんが、前に付くのが日時や時代なのか時間や期間なのかという違いがあります。

中学を卒業してから一度も会っていなかった元同級生に会ったら、それは「中学以来」ではあっても、「中学ぶり」というのはおかしいのです。

「ぶり」を使うのであれば「10年ぶり」などと言うべきです。もし何年空いたのか定かでなければ「久しぶり」と言いましょう。

「平成15年以来」であったとしても「平成15年ぶり」では何のことか解りません。

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Sunday, July 28, 2019

上から目線

【7月28日 記】 自分のホームページを読み返すと、2012年頃から同じようなことを書いているのですが、今の若い人たちはとにかく「上から目線」というのを嫌うみたいですね(このブログには2015年にこんなことも書いていました)。

彼らが使う「上から目線」という表現は今や相手の全人格を否定できるほどのモンスター・ワードになったような気がします。

我々の世代からしたら、上の人が上から目線でものを言うのは当然と言うか、良いとか悪いとか言う以前に当たり前のところがあり、単に上から目線であるということがそれだけでそこまで嫌われることのほうがが解せないのです。

「上の人」というのは、学年や年齢や社歴が上の人、経験が自分より長い人、地位や職位が上の人、あるいは仕事をする上でお金を払うほうがもらうほうより上、というようなこともあるかもしれません。

中には勝手に自分のほうが上だと思い込んでいる人も当然いるわけで、そういう人たちからとても的外れかつ攻撃的なことを言われて嫌な思いをしたこともあるし、先生や上司からあまりにズバリと指摘されて気分が落ち込んだことなどももちろんあります。

ただ、問題になるのは言い方が上から目線かそうでないかではなく、あくまで言っている内容であって、上から目線の発言でもありがたく神妙に拝聴することもあったし、逆に下から頭突き食らわして猛烈に反発したこともあるし、あるいはもっと無難に適当に流して終わったこともあります。

それじゃダメなんですかね?

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Saturday, July 13, 2019

ハエか羽毛か? ──ボクシングの階級名の不思議

【7月13日 記】 昨日、プロボクシングの村田諒太選手が世界チャンピオンに返り咲きました。WBA世界ミドル級です。

ミドル級というのは日本人からしたら割合重いクラスで、調べてみると、白井義男以来今日までに 92人の日本のジム所属(外国籍も含む)チャンピオンが誕生している中で、ミドル級以上は竹原慎二と村田諒太しかいません。

と言うか、2人ともミドル級だから、スーパーミドル級以上でチャンピオンになった日本人ボクサーはいないということです。

でも、考えてみたら middle って「中くらい」「真ん中」の意味じゃないですか。村田諒太って中くらいですか!?

一方「軽い」って意味の light 級のチャンピオンだったガッツ石松なんかを見ると(もちろん引退後の太った姿を我々はTVで見慣れてしまったせいもありますが)「軽い」って印象あります? ごっついおっさんじゃないですか

でも、階級名だけから判断すると、日本人は中くらいよリ軽い選手ばかりってことになります。ただし、多分これは世界的な平均体重から命名された名前ではなく、近代ボクシングを始めたイギリスの白人たちの基準だったんでしょうが。

ミドル級は 160ポンド(72.57kg)以下ということなんで、まあ、日本人男子としては中くらいと言えないこともないですが、筋肉を鍛え上げたスポーツマンが厳しい減量に耐えた結果の 72kg だと考えれば、やっぱり日本では重いほうではないかという気がします。それでも middle級なんですよね。

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Tuesday, June 11, 2019

我孫子の不思議

【6月11日 記】 多分それぞれの土地にそれぞれの難読地名がある。遠くに引っ越して生活圏が変わったときに、そういう地名に出くわす。

関西から東京に出てきたときに「これは何と読むんだろう?」と思ったのは東急大井町線の「等々力」と「九品仏」ぐらいだろうか(いまだにその辺りには行ったことがないが)。御徒町も難読だが、これは早くからニュースなどで知っていた。

そう、どんなに特殊な読み方をしても、みんなが知っていればそれは難読ではないのだ。

例えば、地名ではないが、「人間」は小学校低学年で習うから何の不思議もなく読んでいるが、これが30歳を過ぎてからある日初めて目にした言葉であったら、ニンゲンと読める人はほとんどいないだろう。

そんな中で驚くのが「我孫子」である。これも知っていたから読める。何故知っていたかと言うと、関東の千葉県の常磐線の我孫子駅を知る前に関西の大阪市営地下鉄御堂筋線のあびこ駅(と、こちらの表記はひらがなではあるが)を知っていたからである。

で、何が不思議って、これをどうしてアビコと読むのか見当もつかないことである。

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Sunday, May 26, 2019

とは言え

【5月25日 記】 最近すごく気になるのは若い人が言う「とは言え」ということばです。 

そもそもは「○○とは言え」と接続助詞的に使う言葉ですが、それを単独で文頭に持ってきます。いや、それは良いのです。昔からある用法ですから。気になるのはそのアクセントです。

全体に平板なんですね。例えば「こめかみ」なんかと同じようなアクセント。我々の世代は「とは」を高く発音していました。 

いろんなことばのアクセントが平板化しているというのは随分前から指摘されていることで、例えば仕事でよく聞く「御社」も昔は「おん」が高い“頭高”アクセントでしたが、最近は「サンマ」みたいな“平板”アクセントで言う若者が多くて、年寄りとしてはこれまた気持ちが悪いんですよね。 

まあ、別にアクセントなんてどうでも良いじゃないか。好きなように発音すれば良い。英語みたいな強弱のアクセントじゃないんで間違えると通じないほどのもんじゃないし。──と言う人もいるかもしれませんが、いや、日本人も意外にアクセントで聞いている(意味を取っている)んですよ。 

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Monday, May 13, 2019

主張する数字

【5月13日 記】 買い物をしたら代金が 2,019円だった。おう、これは令和元年、と言うか、今年ではないか、と思ってしまう。これが 2,020円であったなら東京オリンピックを連想したかもしれない。

しかし、例えば 1980年代には 2020 という数字を見ても、それを年号だと思ったことはなかった。それまでに自分は死んでいるだろうと思っていたわけでもないが、その頃の自分を想像できないくらいの先の話で、だから年号だとは感じなかった。

これも今日まで生きてきた結果なんだなと思う。

我々は生きて行く中でどんどん数字に意味を見出してしまう。例えば 513 という数字を見ると、それは僕が関西で最後の 17年間を過ごしたマンションの号数だ。

あるいは 5月13日を出す人もいるだろう。それはたまたま今この文章を書いている今日の日付だが、僕にとっては 5/13 は特に記憶に残っている日ではないので、513 という数字は直接日付とは結びつかない。

でも3桁の数字や 1231以下の4桁の数字を月日と結びつけるのはよくあることだ。それは誰かの誕生日であったり何かの記念日であったりする。

いや、そんな個人的なものばかりではなく、例えば 1.17 なら阪神淡路大震災だ。9.11 なら NY の同時多発テロだ。そして、3.11 なら東日本大震災だ。

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