Thursday, November 26, 2020

新コロ宣言

【11月26日 記】 新型コロナウィルスの猛威がいつごろ収まるのか見通しが立たず、みんな不安な日々を過ごしている。旅行や会食がままならなくなり、娯楽が細り窮屈になった。

それを、僕もそうだが、多くの人は「コロナで」「コロナのせいで」などと言っている。

でも、考えてみればコロナって、元々はそんな印象の悪い言葉じゃなかったはずだ。

僕が人生で最初に出会ったコロナは多分自動車の名前だった──トヨタのコロナ・マークⅡ。

自分が車を運転できるようになる遥か前、まだ小さかったときに、大人たちが名車だと言っていたその車種名が僕ら子どもたちの脳裏にも定着した。

その次のコロナは義務教育の理科の時間に習った──太陽のコロナ。

太陽の外大気層の最も外側にあるガスの層で、普段は目に見えないが、皆既日食のときにはきれいな輪っかに見える。生きているうちに見てみたいなあと思った。

それからその後、お酒を飲める年齢になってから知ったのがコロナ・ビールかな。南米のエキゾチックな銘柄だった。

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Sunday, November 08, 2020

鬼滅の刃に思う──漢文事始

【11月8日 記】 これだけ話題になっても私が映画『鬼滅の刃』を見ないのは、何も『鬼滅の刃』に反感を抱いているからではありません。

ただ単に他に見たい映画が山ほどあって追いつかないということ(これはコロナの影響でいろんな作品の公開スケジュールが変わってしまい、その結果10月、11月に集中してしまった結果です)。

それと、どうせ見るのであればコミックスの第1巻かTVアニメの第1話から見たいという、言わばある種の贅沢心が邪魔をしているだけです。

だから、『鬼滅の刃』を貶すことなんて何もありません。そもそも見てもいない映画を貶すようなことは今までもやっていませんし。

ただ、ひとつだけ、どうも気に入らない、と言うか、引っかかっていることがあるにはあります。

それは、「鬼を滅ぼす刃」なのだから、『鬼滅の刃』ではなく『滅鬼の刃』ではないのかな、ということ。同じように、作中に出てくる「鬼殺隊」も「殺鬼隊」であるべきではないのかな、ということです。

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Wednesday, August 26, 2020

聴き分ける耳の機能

【8月26日 記】 石川啄木も「ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」と歌っているが、確かに生まれ育った土地の言葉を聞くとほっとすることがある。

僕の場合は最初の転勤からかなりの期間、東京に、と言うか、東京での仕事に馴染めなくて精神的に結構キツイ日が続いたので、とりわけそうだったのかもしれない。

電車の中でふと大阪弁を耳にすると、「あ、関西人がおる!」とびくんっと反応した。そして、少しほっこりした。

そのうちに東京での暮らしが嫌ではなくなって、結局生涯で5回転勤して大阪と東京の間を2往復半した。東京に行くのも大阪に行くのも「~に帰る」と言うようになった。

そして、大阪本社と東京支社の間を何度も出張で行き来しているうちに、ほんとうに自分が今どこにいるのか分からなくなる瞬間が出てきた。

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Sunday, June 28, 2020

グループの名は。

日本語の句読点の使い方がおかしくなってきたのはいつからだろうかと考えた時にすぐに思い浮かぶのは1997年のモーニング娘。の結成です。

どうです? もう、おかしいでしょ? 文の途中で句点(。)が出てきてますから。これだと「モーニング娘」でこの文が終わってるものと思ってしまいます。

僕が一番好きなのはモーニング娘。

みたいにね。

こういうのを「体言止め」と言います。文は通常は用言(動詞や形容動詞、形容詞など)で終わるものですが、余韻を残すためなどの狙いで体言(名詞)で文を終わらせてマルを打つわけです。

ところが、冒頭の文における「モーニング娘。」はマルがあるところで文章が終わっていません。その後にある「の」を見て、「あ、この文はまだ終わってなかったんだ」と気づくわけです。

「モーニング娘。」の場合はまだ良いのですが、2014年以降のこのグループの名前、例えば「モーニング娘。'20」のような場合は、マルとアポストロフィが連続していて、一体どこが繋がってどこが切れているのか、区別するのがかなり難しくなっています。

モーニング娘。は '14年以降はグループ名の最後に当該年の西暦の下二桁を付して「モーニング娘。'xx」としており、例えば '20年の場合はモーニング娘。'20となる。

なんと分かりにくい!

私が今書いているこの文章では、読みやすくするために「モーニング娘。」と書いて、カギ括弧に挟まれた部分(マルまで)がグループ名であることを示しています。上記のような例文ではそうしないとめちゃくちゃ分かりづらいからです。

しかし、では、この書き方が日本語として正しいのかと言うと、規範性の高い表記方法としては正しいとは言い難いのです。なんとならば、「記号は重ねない」というのが従来の日本語表記のルールだったのです。つまり、

  1. 「それはおかしいよ。僕はそうは思わない。」と彼は言った。
  2. 「それはおかしいよ。僕はそうは思わない」と彼は言った。

のどちらが日本語の表記として正しいのかと言えば、2のほうなのです。近年かなり崩れて来ているとは言え、この原則を守って書こうとすると、もう書きようがありません。だから、

  • モーニング娘。が何度もメンバー・チェンジを繰り返すのは…
  • つんくがプロデュースしてきたモーニング娘。の場合は…

みたいな文章を読むたびにつっかえてしまうのです。句点があるのに終わらないって、反則じゃないですか!

なんでこんなことになったかと言うと、それまでの日本語の文章では、グループ名などの固有名詞やタイトルの場合、最後にマルを打つことはめったになかったのです。それを爆発的なヒットで覆してしまったのがつんくだったわけです。

この後、同じハロプロのユニット名として「カントリー娘。」や「ココナッツ娘。」などが続々登場します。そして、この書き方はやがてハロプロ以外にも広がって行き、例えば「ゲスの極み乙女。」(2012年結成)みたいなバンドも現れました。

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Wednesday, January 01, 2020

note

【1月1日 記】 note を始めた。正確に言うと、再開した。

2001年からやっていた自分のホームページ "Wise Word Web" を 2018年に閉めるに際して、そこに書いていた膨大な文章の一部でもどこかに残しておきたいと考えて、一度は note にそれを移し始めた。

でも、note だとやはり完全に埋もれてしまって、却々読んでもらえない。まだ自分のブログのほうが目に留まるような気がする。そう思って一度はやめてしまったのである。

それで始めたのが ALiS だ。

note よりもむしろこっちのほうが大勢の人に読んでもらえる可能性が低いが、こちらはブロックチェーンを使ったブログという面白さがある。そこに惹かれて、ホームページに連載していたことばのエッセイ「ことばのギア、発想のシフト」から何編か選んで、それに加筆修正しながら ALiS に投稿している。

案の定、ほとんど読んでもらえていない気はするが(笑)

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Saturday, December 14, 2019

衣類と言葉の来し方行く末

【12月14日 記】 最近「毛糸のセーター」を着なくなりました。フリースのほうが暖かいからです。

私たちの子供の頃は、冬の衣装の王様は「毛糸」でした。「毛糸のパンツ」(ズボンではなく下着のほう)なんて奴までありましたが、こちらはそのうち誰も履かなくなりました(ですよね?)。

でも、「毛糸のセーター」はその後も随分長いこと冬物の王者でした。そもそもセーターと言えば毛糸に決まっていましたよね。ニットのセーターなんて洒落たものが出てくるのはもう少しあとのことです。

しかし、「ニットのセーター」というのも変な言い方です。ニットとは「編む」という意味の動詞 knit の(現在形と同形の)過去分詞なので、つまりは「編まれたセーター」ということであって、逆に「編まれていないセーター」があるのであれば見てみたいものです。

それは多分「綿ニットのセーター」が略されたものだと思います。毛糸ではなく木綿の糸で編まれたセーター。

ところで「毛糸」も「木綿」も近年はあまり使われない用語です。「毛糸」はいつしか「ウール」と言い換えられ、「木綿」は豆腐にしか使われなくなって、「綿(めん)」もしくは「コットン」と言われるようになりました。

毛糸が防寒着の材料として重宝された時代には、ありがたがって「純毛」などという言い方もしたものです。それは最高級の毛糸の衣装であり、つまり「100% 羊毛」を意味したのです。

その羊毛とか、絹とか、木綿とか、そういう天然素材に対して人間が作ったのが化学繊維で、昔は「化繊」と略されて随分低く見られたものです。「え? これ純毛ちゃうやん。化繊入ってるやん」などと、ウチの母親はよく言っていました。

化繊のうちのレーヨンは「人絹(じんけん)」と呼ばれていました。これは「人造絹糸」の意味で、今聞くと「人造人間」みたいでおかしいです。そもそも英語の rayon 自体が ray(光線)と cotton(綿)を組み合わせた造語だそうです(光沢のある綿、という意味でしょうか)。

レーヨンにはスフという言い方もあり、ウチの祖母はそんな言い方をしていたような気もします。スフはステイプル・ファイバー(staple fiber)の略だそうで、2つの単語の一番上の1字だけ抜くという、今では珍しい略し方です。今残っているのはベア(base up)ぐらいでしょうか。

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Monday, November 11, 2019

ネーミング

【11月11日 記】 先日久しぶりに東京駅から新幹線に乗って思ったのだが、最近は新幹線が増えすぎて、どれが何なのか分からなくなってしまった。

新幹線ができた当初は分かりやすかった。なにしろそれは東海道線しか走っていなくて、しかも、こだま号とひかり号しかなかった。

こだまとひかりというのがまた絶妙のネーミングではないか。音と光だ。日常的に身の周りにあるが、決してその速さを実感することもできないくらい速いもの。

そもそも小さい頃は音や光に速さがあるなんて知らなかった。なんと言うか、それはそこにあるものだと思っていたのだ。それが、遠くの星の爆発が宇宙空間を伝わってきたとか、何かと何かがぶつかった衝撃が空気を振動させて伝わってきたとか、そんな風に教わって初めて音や光が波であることを知ったのだ。

話が逸れてしまった。いずれにしても音も光もとてつもなく速いものであって、しかも、音よりも光のほうが速いことは誰でも知っている。だから、こだまとひかりというネーミングは絶妙だったのだ。──のぞみ号ができるまでは。

完全に対になっている音と光に、もうひとつ何かを組み合わせようとするのは無理がある。しかも、それは光より速くなければならない。だから、仕方なく「のぞみ」などというぼんやりしたネーミングになってしまったのだ。

それを考えると、自分の番組で三姉妹の名前を「のぞみ」「かなえ」「たまえ」にした萩本欽一のセンスは秀逸だと思う。

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Friday, October 04, 2019

中国の漢字

【10月4日 記】 最近はインバウンドの増加を反映してか、日本国内でもいろいろな外国語表記を目にする。特に多いのは中国語である。

僕は中国語の知識はまるでないが、漢字というものが共通であるがゆえに知らなくてもかなり意味は解るし、意味が解るだけに表現の違いが面白い。

たとえば、これは前に他のところに書いたことだが、中国語では「手紙」がトイレットペーパーのことらしく、では、手紙のことはどう言うのかと言えば「便」だと言うから面白い。ついつい「ベン」と読んでしまうとトイレット関係かと思うのだけれど、「ビン」あるいは「たより」と読んだらなるほどと思うでしょ?

で、最近なるほどと思ったのは「手机」というのがどうやら携帯電話/スマートフォンのことらしいということ。これには大変感心した。

手帳は手のひらサイズの帳面のことだが、もはや手のひらサイズで机並みの働きをする、と言うか、手の中であらゆるデスクワークができるということか!とひとり得心していたのである。

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Tuesday, October 01, 2019

フィンランド

【10月1日 記】 フィンランドに来ている。

どこに行くと書かずに出たものだから、僕が facebook に上げた記事をヒントに、知り合いがいろいろ的外れな推理をしてくれたが、実はフィンランドである。

推理のために僕が与えたヒントは2つ:

  1. 目には青葉 山ホトトギス 驢馬に笑み
  2. 近年はメインテナンスの仕事ばかりで減る新規

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Saturday, August 10, 2019

ブリの繁殖

【8月10日 記】若い人の言葉遣いで最近特に気になるのは「以来」と「ぶり」の混同です。

本来であれば「以来」は最後に行なったのがいつだっかを示し、「ぶり」は最後に行なってからどれくらいの期間が経っているかを示します。

例えば、今日が木曜日だったとして、先週の木曜日に入浴してから一度もお風呂に入っていなくて、今日久しぶりに入ったとしたら、それは「先週の木曜以来」であり「一週間ぶり」なわけです。

おんなじようなもんだろ、と思う人もいるかも知れませんが、前に付くのが日時や時代なのか時間や期間なのかという違いがあります。

中学を卒業してから一度も会っていなかった元同級生に会ったら、それは「中学以来」ではあっても、「中学ぶり」というのはおかしいのです。

「ぶり」を使うのであれば「10年ぶり」などと言うべきです。もし何年空いたのか定かでなければ「久しぶり」と言いましょう。

「平成15年以来」であったとしても「平成15年ぶり」では何のことか解りません。

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