Sunday, August 29, 2021

騙されたと思って

【8月29日 記】 子供の頃、僕は食べ物の好き嫌いが激しかったのだが、そんな僕に「まあ、騙されたと思って食べてみ」と言う大人は多かった。僕はこれが嫌で仕方がなかった。

だって、騙されるのは屈辱ではないか。なのにまず騙されたと思ってからスタートするなんてまっぴら御免である。Hunger413685_640

まあ、子供だったから上記のような表現ではなかっただろうが、思ったのは概ねそんな感じのことである。

騙されたと思うのが嫌なのだから、騙されたと思って食べてみるなんてことは全くなかった。

そんなことを言われると、口に入れた瞬間に「おえっ、騙された!」と思って噛みかけの食物をべーっと吐き出している自分の姿が脳裏に浮かんだ。そうなるとまず食えない。

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Saturday, May 01, 2021

「さん」付けの怪

【5月1日 note から転載】

スピッツ呼び捨て事件

女優で歌手の上白石萌歌がテレビ出演したときに、スピッツを呼び捨てにしたことで物議を醸したと、後から知って驚いた。

僕が読んだのはこの記事である。

上白石萌歌の「スピッツ」呼び捨て発言が波紋…丁寧すぎる「さん付け」はむしろ失礼?

結局、そもそもスピッツのメンバーたち自身が「さん」付けで呼ばれることを快く思っていないということもあり、スピッツの大ファンである上白石萌歌はそのことも踏まえて「さん」を付けずに呼んだのだと擁護する人も出てきて、なんとなく終息したようだ。

しかし、なんであれ、グループ名に「さん」を付けないのは失礼であると思う人がいること自体に僕は驚いたし、しかも、「さん」を付けない人を悪し様に言ったりする人がいることにも仰天した。

この記事の著者・小泉カツミも書いているが、じゃあ、ビートルズさんとかローリングストーンズさんとか言うのか?と考えると、それはちょっと妙な感じがする。「俺の好きなバンドはキッスさんだ」とか言うのか(笑)

確かにそこにも書いてあるように、僕らも仕事中に「電通さんに」とか「日テレさんは」とか言うことはある。しかし、それは目の前に電通や日テレの人がいる場合であり、社内の打ち合わせでは当然「電通に」「日テレは」と呼び捨てである。

ただし、その考えで行くと、上白石萌歌のテレビ出演の際にはスピッツが目の前にいたらしいから、自分で言っておきながら辻褄が合わず、基準がよく分からなくなってしまう。

個人名への「さん」付けについては後述するが、例えば、僕が今書いているこの文章においては、表記のゆらぎを排除するために全て「さん」抜きで書いているが、上白石萌歌と小泉カツミは「さん」付けであっても違和感はない気がする。

また、小泉カツミの文章の表題には「さん付けはむしろ失礼?」という表現があるが、その考えにも今イチ同意できない。

付けないのが失礼であるということに賛同しないように、付けたら失礼であるという理屈もすんなりとは腑に落ちない。

スピッツのように嫌がる人がいる場合はやめたほうが良いというのが主旨であるとしたら、記事でいろいろなグループを取り上げるときには、いちいち彼らの所属事務所に「さん」をつけてほしいかほしくないかを打診して、それぞれに書き分けなければならなくなる。それはあり得ないだろう。

メール黎明期の敬称論争

グループに「さん」を付けるか付けないかという問題からは少し外れるが、このような敬称をめぐる論争は実は大昔にもあった。

若い人は知る由もないが、世の中に電子メールというもの(今でこそメールと言えば eメールのことだが、当時は単純にメールと言えば郵便物のことだった)が出てきたころの話だ。

ある人たちが、メールの宛先欄に書いた名前には必ず「様」を付けておかないと失礼だと言い出したのだ。僕はその考えには全く同意できなかった。

そもそもメールの宛先欄はメールを送った相手に対する情報ではなく、メールを届けるシステム上のサーバやルータに対する指示(及びメールを書いた本人の確認用)である。

そこに「様」をつける必要など全くないはずだ。「様」はメール本文の冒頭に「○○様」という形で付けておけばそれで良いのである。

だいいち、自分が最初の発信人である場合なら良いが、複数人宛のメールに対して「全員返信」や「転送」をする場合はどうするのか? 最初の発信人が宛先欄に「様」を付けていなければ、それはそのまま返信や転送のメールに引き継がれる。それをいちいち書き換えろと言うのか?

そのことからも分かるように、メールの宛先欄はメーラーがアドレス帳/連絡先や、あるいは送られてきたメールから自動的にコピペしてくるものなのである。もしもそこに自動的に「様」を付けたいのであれば、元のアドレス帳/連絡先に記入する時点から「様」を付けなければならない。

──自分の住所録にいちいち「様」付けで書いてる奴なんているか?

そういう考えから、僕は「様」を付けないのは失礼だとする考え方に激しく抵抗して、相手がどんなに偉い人であろうと、平身低頭するべきお詫びのメールであろうと、決して宛先欄に敬称は書かなかった(もちろん本文中には書いたが)。

幸いにして、最近ではそういう主張をする人はあまり見かけなくはなったが…。

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Thursday, November 26, 2020

新コロ宣言

【11月26日 記】 新型コロナウィルスの猛威がいつごろ収まるのか見通しが立たず、みんな不安な日々を過ごしている。旅行や会食がままならなくなり、娯楽が細り窮屈になった。

それを、僕もそうだが、多くの人は「コロナで」「コロナのせいで」などと言っている。

でも、考えてみればコロナって、元々はそんな印象の悪い言葉じゃなかったはずだ。

僕が人生で最初に出会ったコロナは多分自動車の名前だった──トヨタのコロナ・マークⅡ。

自分が車を運転できるようになる遥か前、まだ小さかったときに、大人たちが名車だと言っていたその車種名が僕ら子どもたちの脳裏にも定着した。

その次のコロナは義務教育の理科の時間に習った──太陽のコロナ。

太陽の外大気層の最も外側にあるガスの層で、普段は目に見えないが、皆既日食のときにはきれいな輪っかに見える。生きているうちに見てみたいなあと思った。

それからその後、お酒を飲める年齢になってから知ったのがコロナ・ビールかな。南米のエキゾチックな銘柄だった。

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Sunday, November 08, 2020

鬼滅の刃に思う──漢文事始

【11月8日 記】 これだけ話題になっても私が映画『鬼滅の刃』を見ないのは、何も『鬼滅の刃』に反感を抱いているからではありません。

ただ単に他に見たい映画が山ほどあって追いつかないということ(これはコロナの影響でいろんな作品の公開スケジュールが変わってしまい、その結果10月、11月に集中してしまった結果です)。

それと、どうせ見るのであればコミックスの第1巻かTVアニメの第1話から見たいという、言わばある種の贅沢心が邪魔をしているだけです。

だから、『鬼滅の刃』を貶すことなんて何もありません。そもそも見てもいない映画を貶すようなことは今までもやっていませんし。

ただ、ひとつだけ、どうも気に入らない、と言うか、引っかかっていることがあるにはあります。

それは、「鬼を滅ぼす刃」なのだから、『鬼滅の刃』ではなく『滅鬼の刃』ではないのかな、ということ。同じように、作中に出てくる「鬼殺隊」も「殺鬼隊」であるべきではないのかな、ということです。

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Wednesday, August 26, 2020

聴き分ける耳の機能

【8月26日 記】 石川啄木も「ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」と歌っているが、確かに生まれ育った土地の言葉を聞くとほっとすることがある。

僕の場合は最初の転勤からかなりの期間、東京に、と言うか、東京での仕事に馴染めなくて精神的に結構キツイ日が続いたので、とりわけそうだったのかもしれない。

電車の中でふと大阪弁を耳にすると、「あ、関西人がおる!」とびくんっと反応した。そして、少しほっこりした。

そのうちに東京での暮らしが嫌ではなくなって、結局生涯で5回転勤して大阪と東京の間を2往復半した。東京に行くのも大阪に行くのも「~に帰る」と言うようになった。

そして、大阪本社と東京支社の間を何度も出張で行き来しているうちに、ほんとうに自分が今どこにいるのか分からなくなる瞬間が出てきた。

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Sunday, June 28, 2020

グループの名は。

日本語の句読点の使い方がおかしくなってきたのはいつからだろうかと考えた時にすぐに思い浮かぶのは1997年のモーニング娘。の結成です。

どうです? もう、おかしいでしょ? 文の途中で句点(。)が出てきてますから。これだと「モーニング娘」でこの文が終わってるものと思ってしまいます。

僕が一番好きなのはモーニング娘。

みたいにね。

こういうのを「体言止め」と言います。文は通常は用言(動詞や形容動詞、形容詞など)で終わるものですが、余韻を残すためなどの狙いで体言(名詞)で文を終わらせてマルを打つわけです。

ところが、冒頭の文における「モーニング娘。」はマルがあるところで文章が終わっていません。その後にある「の」を見て、「あ、この文はまだ終わってなかったんだ」と気づくわけです。

「モーニング娘。」の場合はまだ良いのですが、2014年以降のこのグループの名前、例えば「モーニング娘。'20」のような場合は、マルとアポストロフィが連続していて、一体どこが繋がってどこが切れているのか、区別するのがかなり難しくなっています。

モーニング娘。は '14年以降はグループ名の最後に当該年の西暦の下二桁を付して「モーニング娘。'xx」としており、例えば '20年の場合はモーニング娘。'20となる。

なんと分かりにくい!

私が今書いているこの文章では、読みやすくするために「モーニング娘。」と書いて、カギ括弧に挟まれた部分(マルまで)がグループ名であることを示しています。上記のような例文ではそうしないとめちゃくちゃ分かりづらいからです。

しかし、では、この書き方が日本語として正しいのかと言うと、規範性の高い表記方法としては正しいとは言い難いのです。なんとならば、「記号は重ねない」というのが従来の日本語表記のルールだったのです。つまり、

  1. 「それはおかしいよ。僕はそうは思わない。」と彼は言った。
  2. 「それはおかしいよ。僕はそうは思わない」と彼は言った。

のどちらが日本語の表記として正しいのかと言えば、2のほうなのです。近年かなり崩れて来ているとは言え、この原則を守って書こうとすると、もう書きようがありません。だから、

  • モーニング娘。が何度もメンバー・チェンジを繰り返すのは…
  • つんくがプロデュースしてきたモーニング娘。の場合は…

みたいな文章を読むたびにつっかえてしまうのです。句点があるのに終わらないって、反則じゃないですか!

なんでこんなことになったかと言うと、それまでの日本語の文章では、グループ名などの固有名詞やタイトルの場合、最後にマルを打つことはめったになかったのです。それを爆発的なヒットで覆してしまったのがつんくだったわけです。

この後、同じハロプロのユニット名として「カントリー娘。」や「ココナッツ娘。」などが続々登場します。そして、この書き方はやがてハロプロ以外にも広がって行き、例えば「ゲスの極み乙女。」(2012年結成)みたいなバンドも現れました。

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Wednesday, January 01, 2020

note

【1月1日 記】 note を始めた。正確に言うと、再開した。

2001年からやっていた自分のホームページ "Wise Word Web" を 2018年に閉めるに際して、そこに書いていた膨大な文章の一部でもどこかに残しておきたいと考えて、一度は note にそれを移し始めた。

でも、note だとやはり完全に埋もれてしまって、却々読んでもらえない。まだ自分のブログのほうが目に留まるような気がする。そう思って一度はやめてしまったのである。

それで始めたのが ALiS だ。

note よりもむしろこっちのほうが大勢の人に読んでもらえる可能性が低いが、こちらはブロックチェーンを使ったブログという面白さがある。そこに惹かれて、ホームページに連載していたことばのエッセイ「ことばのギア、発想のシフト」から何編か選んで、それに加筆修正しながら ALiS に投稿している。

案の定、ほとんど読んでもらえていない気はするが(笑)

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Saturday, December 14, 2019

衣類と言葉の来し方行く末

【12月14日 記】 最近「毛糸のセーター」を着なくなりました。フリースのほうが暖かいからです。

私たちの子供の頃は、冬の衣装の王様は「毛糸」でした。「毛糸のパンツ」(ズボンではなく下着のほう)なんて奴までありましたが、こちらはそのうち誰も履かなくなりました(ですよね?)。

でも、「毛糸のセーター」はその後も随分長いこと冬物の王者でした。そもそもセーターと言えば毛糸に決まっていましたよね。ニットのセーターなんて洒落たものが出てくるのはもう少しあとのことです。

しかし、「ニットのセーター」というのも変な言い方です。ニットとは「編む」という意味の動詞 knit の(現在形と同形の)過去分詞なので、つまりは「編まれたセーター」ということであって、逆に「編まれていないセーター」があるのであれば見てみたいものです。

それは多分「綿ニットのセーター」が略されたものだと思います。毛糸ではなく木綿の糸で編まれたセーター。

ところで「毛糸」も「木綿」も近年はあまり使われない用語です。「毛糸」はいつしか「ウール」と言い換えられ、「木綿」は豆腐にしか使われなくなって、「綿(めん)」もしくは「コットン」と言われるようになりました。

毛糸が防寒着の材料として重宝された時代には、ありがたがって「純毛」などという言い方もしたものです。それは最高級の毛糸の衣装であり、つまり「100% 羊毛」を意味したのです。

その羊毛とか、絹とか、木綿とか、そういう天然素材に対して人間が作ったのが化学繊維で、昔は「化繊」と略されて随分低く見られたものです。「え? これ純毛ちゃうやん。化繊入ってるやん」などと、ウチの母親はよく言っていました。

化繊のうちのレーヨンは「人絹(じんけん)」と呼ばれていました。これは「人造絹糸」の意味で、今聞くと「人造人間」みたいでおかしいです。そもそも英語の rayon 自体が ray(光線)と cotton(綿)を組み合わせた造語だそうです(光沢のある綿、という意味でしょうか)。

レーヨンにはスフという言い方もあり、ウチの祖母はそんな言い方をしていたような気もします。スフはステイプル・ファイバー(staple fiber)の略だそうで、2つの単語の一番上の1字だけ抜くという、今では珍しい略し方です。今残っているのはベア(base up)ぐらいでしょうか。

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Monday, November 11, 2019

ネーミング

【11月11日 記】 先日久しぶりに東京駅から新幹線に乗って思ったのだが、最近は新幹線が増えすぎて、どれが何なのか分からなくなってしまった。

新幹線ができた当初は分かりやすかった。なにしろそれは東海道線しか走っていなくて、しかも、こだま号とひかり号しかなかった。

こだまとひかりというのがまた絶妙のネーミングではないか。音と光だ。日常的に身の周りにあるが、決してその速さを実感することもできないくらい速いもの。

そもそも小さい頃は音や光に速さがあるなんて知らなかった。なんと言うか、それはそこにあるものだと思っていたのだ。それが、遠くの星の爆発が宇宙空間を伝わってきたとか、何かと何かがぶつかった衝撃が空気を振動させて伝わってきたとか、そんな風に教わって初めて音や光が波であることを知ったのだ。

話が逸れてしまった。いずれにしても音も光もとてつもなく速いものであって、しかも、音よりも光のほうが速いことは誰でも知っている。だから、こだまとひかりというネーミングは絶妙だったのだ。──のぞみ号ができるまでは。

完全に対になっている音と光に、もうひとつ何かを組み合わせようとするのは無理がある。しかも、それは光より速くなければならない。だから、仕方なく「のぞみ」などというぼんやりしたネーミングになってしまったのだ。

それを考えると、自分の番組で三姉妹の名前を「のぞみ」「かなえ」「たまえ」にした萩本欽一のセンスは秀逸だと思う。

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Friday, October 04, 2019

中国の漢字

【10月4日 記】 最近はインバウンドの増加を反映してか、日本国内でもいろいろな外国語表記を目にする。特に多いのは中国語である。

僕は中国語の知識はまるでないが、漢字というものが共通であるがゆえに知らなくてもかなり意味は解るし、意味が解るだけに表現の違いが面白い。

たとえば、これは前に他のところに書いたことだが、中国語では「手紙」がトイレットペーパーのことらしく、では、手紙のことはどう言うのかと言えば「便」だと言うから面白い。ついつい「ベン」と読んでしまうとトイレット関係かと思うのだけれど、「ビン」あるいは「たより」と読んだらなるほどと思うでしょ?

で、最近なるほどと思ったのは「手机」というのがどうやら携帯電話/スマートフォンのことらしいということ。これには大変感心した。

手帳は手のひらサイズの帳面のことだが、もはや手のひらサイズで机並みの働きをする、と言うか、手の中であらゆるデスクワークができるということか!とひとり得心していたのである。

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