« In due time | Main | アイドル歌謡曲 »

Saturday, June 07, 2025

映画『ぶぶ漬けどうどす』

【5月23日 記】  映画『ぶぶ漬けどうどす』を観てきた。冨永昌敬監督目当てで観たのだが、期待を裏切らないひねくれた(笑)映画だった。

僕自身は実際に言われたことはないが、「ぶぶ漬けどうどす?」は京都人のイケズさ = 意地の悪さを表すために(「いや、意地の悪さなんかじゃなくて、これが京都の文化であり、その文化を体現した奥の深い表現なのだ」などと言う人もあるかもしれないが)よく引用される決まり文句である。

この映画の主人公・澁澤まどか(深川麻衣)は、まさに「ぶぶ漬けどうどす?」と勧められたら、にこやかに「ありがとうございます」と言って上がり込み、本当にお茶漬けをごちそうになって顰蹙を買うような、一時大流行した表現を使うと KY な女性なのである。

結婚して京都で 450年も続いている老舗扇子店“澁澤扇舗”の長男の嫁となったまどかは、安西莉子(小野寺ずる)と組んでコミック・エッセイを書いている。まどかがストーリー担当、莉子が描画担当である。

冒頭のシーンはまどかが夫の真理央(大友律)とともに彼の実家を訪れるところから始まる。単なる帰省ではなく、まどかは夫の実家や他の京都の老舗を取材してコミック・エッセイにしようという魂胆である。

で、まどかがに店に入って来て義父母(松尾貴史、室井滋)が彼女を迎えたシーンからすでに、彼らの対応はとても柔らかなのに、変な緊張感、うっすらとした不安感、何かが起きそうな不吉な感じがみなぎっている。

この映画はパンフレットでは「シニカル・コメディ」と謳われていたが、僕にとってはさながらホラーだった。

まどかが京都のねじくれた空気感に全く親和性がなく、一つひとつ見事に素直に読み違え、積極的に動き回ってどんどん深みに嵌まって行く姿が見ていられなくて、なんかちょっと怖いと言うか、胸の奥のザワザワ、チリチリした感じがずっと拭えないのである。

まどかはインタビューした竹田梓(片岡礼子)ら女将連中からも総スカンを食ってしまうのだが、それにへこたれずにますます反感を買うような漫画を書いたりもしてしまう。まどかにまとわりついて物事をややこしくし、一緒にいる人の心を逆なでにする莉子の存在も、面白いと言うか、観ていて心が落ち着かなくなると言うか…。

しかし、相手が口にした言葉が必ずしも本音ではないと悟ってからは、まどかは誰かに何か言われるたびに、逐一梓に電話してどうするかを仰ぐようになる。── この辺のすっとぼけた設定が面白い。面白いが、梓にも必ずしも好かれているわけではないのでハラハラもする。

そして、ヨソから来た大学教師である中村先生(若葉竜也)にはむしろもっとやれと焚き付けられるのであるが、この男がどう見てもどこか壊れていて危ない。ストーリー上はむしろまどかを窮地に追いやるための駒なのである。

2人のシーンでまどかが琵琶湖に投げ込んだ大きな石が、沈んで見えなくならずに、浅瀬で半分頭を出した状態になるところはおかしかった。

こんな風に映画はまどかを、そして観客を雪隠詰めにするみたいに追い込んで行く。

京都を描きながら、必ずしも京都に限らず人間が共通に持っているややこしさを描いているようでもあって、却々深い映画だった。京都の風物や京都の色もしっかりとフィーチャーされていた。

しかし、出演者のうち兵庫県出身の松尾貴史を除いて、室井滋と言い、豊原功補と言い、片岡礼子と言い、なんとも言えず微妙に気持ちの悪い似非京都弁を使っている役者が少なからずいて、なんで関西出身の役者で固めなかったのか、この点では台無しだと思ったのだが、しかし、ストーリーが進んで行くと、それらの人たちは今でこそ京都人(あるいは昔からの洛中の住人)っぽく暮らしているが、元はと言えばヨソから来た人たちだったと分かる辺りは皮肉が効いていて、これはやられたと思った。

そして、パンフレットを読むと、小道具の扱い方や台詞の喋り方などで冨永監督が如何に細かく具体的な指示を出していたかが分かるし、しかも、その一つひとつがなんとも適切な気がする。やっぱり、傑出した監督だと思う。

脚本は、テレビや映画で僕も何本か作品を観てきたアサダアツシのオリジナルである。

何の解決にもなっていないエンディングがこれまた秀逸である。そう、世の中、未解決のまま走って行くしかない局面は多々ある。この描き方はリアルである。大変気に入った。

乃木坂46時代は全く知らなかったのだが、深川麻衣という女優は、なんとも言い難い不思議な魅力を湛えた女優で、僕はずっと応援している。今回もその魅力と演技力を余す所なく発揮している。

彼女が親しみの持てる女優であるからこそ、この役が活きてきたのだと思う。

|

« In due time | Main | アイドル歌謡曲 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



« In due time | Main | アイドル歌謡曲 »