映画『か「」く「」し「」ご「」と「』
【5月30日 記】 映画『か「」く「」し「」ご「」と「』を観てきた。
主演が奥平大兼と出口夏希、原作小説が『君の膵臓をたべたい』の住野よる ── と話題に事欠かないが、僕が観に行ったのは監督・脚本の中川駿が目当て。長編デビュー作の『少女は卒業しない』がかなり良かったので。
で、誰でもまずこの特異な設定に目が行くと思う。そこで引っかかってしまって「ありえない」とか「ここまでやられると白ける」とか言う人もいるだろうし、僕の場合は2つ目の設定が明かされる直前に「ああ、きっとそうなんだろう」と予測がつき、その直後に全部でいくつの設定があるのかまで読み切ってしまった。
しかし、この映画、ポイントはそこではない。そんなところに引っかかってはいけない。ストーリー上も大きな要素に見えて、しかし、決して決定的な要素ではないのだ。
学園ドラマである。同じ高校の男子生徒2人、女子生徒3人の群像劇である。
京(奥平大兼)は、ひと言でばっさり言ってしまうと、とんでもないヘタレだ。ミッキー(出口夏希)のことが気になっているが、何もしないで諦めている。そして、京には人の気持が読めてしまうというのが第1の設定である(ここまでは予告編で明かされている)。
ミッキーは天真爛漫な不思議少女。出口夏希自身が「今まで演じた役の中でも自分とすごく似ている」と言っているところが興味深い。
ヅカ(佐野晶哉)はすごく気さくで良い奴なんだけれど、その一方で何を考えているのか読みにくいところがある。
パラ(菊池日菜子)は行動力抜群でしっかりとした女の子。エル(早瀬憩)は引っ込み思案の優しい女の子。
この5人の織りなす、五人五様の感情の移ろい、そして、それを演じた5人の俳優たちの見事に繊細な演技 ── それこそがこの映画の真髄だと思う。設定の奇抜さではなくまずそこを見てほしい。ありえない設定の上に、めちゃくちゃリアルでリリカルな世界が見えてくるから。
奥平大兼は『MOTHER マザー』(2020年)で長澤まさみの息子役でデビューしたときは 17歳だったが、今年1月期の TBS『御上先生』を見ていると「そろそろ高校生役は無理があるな」と思ったのだが、この映画ではちゃんと高校生に見えた。トータルの演出の差なんだろうなと思う。
ちなみに5人の中で最年長の出口夏希が、何の違和感もなく女子高生に見えたところがすごいと思う。彼女も今年 24歳になる。
なにしろ『舞妓さんちのまかないさん』(2023年)が鮮烈だったが、僕は MBS の深夜ドラマ『ガールガンレディ』(2021年)で初めて見たときの、あれほど大勢の若い女優たちが出ていた中で、彼女の印象はわりとはっきりと残っている。これはとても珍しいことだ。つまり、単に可愛いだけの女優ではないということ。
5人の中で一番若いのは『違国日記』(2024年)の早瀬憩である。あの映画も良かったが、この映画のこの役でも、心のひだひだの部分をしっかりと表現できて秀逸だった。
菊池日菜子も、『月の満ち欠け』(2022年)のときはそれほど印象に残らなかったのだが、この映画ではとても魅力的だった。2人ともまだ名前はそんなに売れていないが、ともに新人賞を獲った女優である。今後が楽しみだ。
そして、佐野晶哉。彼は Aぇ!グループのメンバーだが、この掴みどころのない役柄を不思議と魅力的に演じていた。
画もきれいだった。撮影は前作に引き続いて伊藤弘典。
── 五人五様のファッション。京とエルが自転車の2人乗りで走る陸橋。図書館でひとり取り残されたエルを左斜め上から狙った引きの構図。そのエルが、大きな声を上げてしまったことを他の図書館利用者に詫びるためにひょこっと頭を下げるところの、いかにも彼女らしいリアルさ。
そして、ミッキーを追いかけて行った京がミッキーに何と言ったのかを、最後まで見ても結局観客には明かさないところも、ミッキーが恥ずかしがって言わないところと合わせて考えると、めちゃくちゃリアルである。
中川監督が書いた映画オリジナルのパラの台詞(終盤にヅカが繰り返す)も素晴らしかった。
設定の突飛さからこの映画を貶す人もいるだろう。でも僕は断固としてこの映画を支持し、断固として褒めたい。
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