世襲について思うこと
【5月9日 記】 歌舞伎を見るといつも思うことがある。
僕が父親との折り合いが悪かった、と言うか、父親を忌み嫌っていたからなのかもしれないが、僕は小さい頃から自分の父親の職業を継ぐ人の気持ちがどうしても分からなかった、と言うか、親と同じ職業を選ぶ人間を軽蔑していたとさえ言える(もちろんそれは「偏見」とよぶべきものなのだが)。
小さな貿易商を営んでいた僕の父親は、僕が小さい頃から僕に自分の会社を継がせようとしていたが、僕は小さい頃から父親の会社を継ぐのだけは絶対に嫌だと思ってきた。
その観点からすると、歌舞伎みたいな世襲制の世界がよく崩壊せずに続いているなあと驚くのである。
「俺は歌舞伎なんかやりたくない」という子息はいないのだろうか?
もっとも、実際には親の跡を継いで歌舞伎役者になることを拒否した人もそこそこいるのかもしれない。ニュースは有名人のことしか報じないから、歌舞伎役者の息子が他の世界の有名人になっていたら別だが、一般のサラリーマンなんかになっていたら、それが世間に報じられることはないだろう。
でも、それにしても、歌舞伎役者の息子でロック・ミュージシャンになったり、画家になったり、学者や政治家になったりした例もあまり聞かない。
確かに、歴史を振り返ると、歌舞伎役者をやめて映画スターになった人なども何人かはいる。しかし、それは大相撲をやめてプロレスラーになった人数より遥かに少ないんじゃないかな?
もっとも、歌舞伎界というのは結構懐が深いから、歌舞伎をやりながらテレビや映画の現代劇に出たりミュージカルをやったりしている人もかなり多い。息子が「俺はミュージシャンになる」などと言い出しても、親は「そんなもの、役者をやりながらでもできるじゃないか」と諭すんだろうか?
そういう周到な教育が子どもたちを歌舞伎役者の世襲へと導くのだろうか? しかし、教育って時々裏目に出るもんなんだけどな(僕の場合のように)。
一方で、歌舞伎役者は必ずしも父親が歌舞伎役者だった人ばかりではなく、他所から入門して今では人気役者になっている人もいる。世襲制が基本とは言え、決して門を閉ざしているわけではないのだ。
しかし、歌舞伎というのは基本的に様式美だから、まず、型を覚えなければならない。現実には多くの歌舞伎役者が型を破り、殻を破り、どんどん新しいことに挑戦しているのも事実だが、しかし、まず型を覚えなければ型を破ることはできない。
となると、根気強く長い教育期間が必要だから、やはり役者の息子で、小さい頃から英才教育を受けているというのが一番有利なのだろう。
それにしても驚くのは、この度襲名した 11歳の六代目尾上菊之助のインタビューを聞いていると、びっくりするほど素直なのである。小さな頃から祖父や父や、あるいは親戚、一門の役者の芝居を観てあこがれ、小さな頃から自分も立派な歌舞伎役者になりたいと思っていた、などと言っている。
どうして、そんなに素直なんだろう?
性格って遺伝するから、長いことかかって代々そういう素直な性格の子が生まれるようになっているんだろうか?
その辺のことはよく分からないのだが、なんであれ、僕は不思議で不思議で仕方がないのである。
そして、歌舞伎界のことを考えると、そこから思いが広がって皇室にまでたどりつき、「僕は天皇になんかなりたくない」と造反するような皇太子はこれまでも、これからも出てこないのかな?と不思議に思ったりもする。
徳川家や御三家には将軍になりたくないと言った人もいたと聞いたが・・・。
なんであれ、僕とは随分違った人たちが世の中にはたくさんいるということだ。
ま、いずれにしても、歌舞伎は素晴らしい芸術なのだけれど。
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