連続ドラマW『災』
【5月12日 記】 昨夜、WOWOW の連続ドラマW『災』全6話を見終わった。大変面白かった。
今回は完全にネタバレとなることを書きたい。
昨今はわざわざネタバレ記事を読んでから映画を観に行くような人もおられるようだから、この記事を先に読むのも勝手だが、僕の(あるいは僕らの世代の)感覚としては、これから配信や再放送で観る気のある方は、まずはドラマをご覧になってからこの記事をお読みいただくのが良いと思う。
さて、以下がネタバレである。おやめになる方は、ここで読むのをやめてほしい。
何が面白かったって、まずは事件が解決しないこと。
妻は「なんだ、解決しないの? 観て損した」などと冗談半分で言っていたが、僕はとても面白い試みだと思った。
そもそも犯罪ドラマとかミステリとかいうものは、真犯人であるとか動機とか、手段とかアリバイなどを、ともかく早い段階で視聴者や読者に悟られないように、一生懸命裏をかいてくるものだ。
そういう意味で言うと、連続殺人事件が一切解決しないまま、コンビを組んでいた同僚(竹原ピストル)まで殺された担当刑事(中村アン)の失意の表情を最後にドラマが終わるというのは、究極の裏のかき方ではないか。
世の中には真相が分からないこと、解決しないことはたくさんある。無念の思いで幕を閉じるという展開が何とも言えずリアルである。
そして、このドラマは連続殺人事件を描いているのに、殺人のシーンは一切ない。死体は映るが、どうやって殺されたのかも、視聴者にははっきりとは分からない。犯行直前に犯人が被害者を呼び出したり、被害者とばったり会ったりするシーンすらない。
そういうわけで、どう見ても主人公である香川照之が犯人なのだが、そこには強い暗示があるだけで、本当に彼が犯人であるという確定的な描かれ方は一切ない。
そんな描き方をされているから、全6話中の5話が終わった時点で、妻は「ねえ、ほんとに香川照之が犯人だと思う?」と僕に訊いたくらいだ。
確かに、彼が真犯人であると匂わせておいて実は第三者が、というのもこういうストーリーの裏のかき方のひとつだが、このドラマはそういう裏のかき方のさらに裏をかいてきている。
最終話で切り取った髪の毛の“コレクション”が映って、これで漸く香川照之が犯人で間違いないという初めての証拠が提示されたのであるが、しかし、何故殺した人間の髪の毛を切り取るのかということについては一切の説明がない。
この割り切りもあっぱれである。
最近では「伏線を回収する」ことがドラマにおいて一番大切なことだと信じている人もいて、そういう人たちはきっと「伏線が回収されていない!」と断罪し、酷評し、あるいは見終わって怒りだすのかもしれないが、僕はそういう見方には全く与しないので、寧ろ爽快で、「ざまあ見ろ」という気さえする。
人物の描き方としては、常に「他の人間になりたい」という強い衝動を持つ香川照之が、毎回違う名前と職業を持った違う人間として、毎回違う土地に現れるという設定も面白い。しかも、それが徹底しているのだ。
理容師になったときはわざわざ左足に障碍があるような偽装をしていてずっと足を引きずっていたのに、最後のシーンでやおら普通に歩きだしたりするのも面白かった。
そして何よりも、香川の、常に不吉な感じが漂う、と言うより不吉な空気に溢れた演技。
時々ドラマではあり得ないような長い沈黙を挟んでから話し出したりする。暗い顔をしていたかと思うと、急に気味の悪い笑い方をする。自分のことは極力語らない(もちろん、語ってもそれは嘘だ)。徹底して写真には写り込まない。── この異常な人物像!
そもそも何故殺すのか、そこのところさえ全く説明がない。よくここまで割り切ったストーリーを作り上げたと思う。分からないものは常に不安を呼び起こすのである。
そこに輪をかけて、突然鳴り響いてくる、大音響の、なんとも不吉な BGM。
とても意欲的な、面白いドラマだった。
監督・脚本は監督集団「5月」の関友太郎と平瀬謙太朗。監督集団「5月」と言うのは藝大名誉教授の佐藤雅彦、NHK の演出家関友太郎、メディアデザイナー平瀬謙太朗の3人からなる監督集団なのだそうだ。
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