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Friday, February 14, 2025

映画『大きな玉ねぎの下で』

【2月14日 記】  映画『大きな玉ねぎの下で』を観てきた。いやー、ほんとに良い映画だった。

言うまでもなく原案は 1985年に発表された爆風スランプのあの名曲である。

あれは中高生の甘酸っぱい失恋を歌った歌で、当時の僕はとっくにそんな年代は過ぎていたが、でも、ああいう気持ちは確かに経験したものであり、胸にずしんと響いた。

そして、そうか、日本武道館の屋根のてっぺんを玉ねぎになぞらえたのか、と感心した。

とは言え、あの歌で歌われたのは 1985年からさらに遡った昔の時代であり、1985年当時でさえすでに文通なんかしている人はいなかった。

それを今の時代の映画としてどうやって描くのかが疑問だったのだが、しかし、脚本を手掛けたのは高橋泉である。これはきっと面白いと思って見に行ったら、まさにアタリだった。

僕が初めて高橋泉の脚本に触れたのは 2005年に彼が監督も兼ねた『ある朝スウプは』だった。今の場所に引っ越す前のユーロスペースで観て、あまりのすごい脚本に愕然とした。そして、翌年『14歳』も観た。

以来彼を追いかけてきたのだが、最初は如何にも自主映画の脚本風だったのが、2010年頃からは完全に商業映画の新進脚本家という感じになってきて驚いた記憶がある。

僕は大体監督の名前で映画を選んでいるが、草野翔吾という、自分が名前を記憶していない監督の作品であるこの映画を観たのは、ひとえに高橋泉と桜田ひよりの名前に惹かれてのことである。

桜田ひよりは子役出身なので、実はもっと前から目にしてはいたはずだが、僕がしっかりと名前を憶えたのは、彼女が 2018年に主演した女子高生麻雀映画『咲 -Saki- 阿智賀編 episode of side-A』だった。以来僕は彼女の大ファンになった。

つい何年か前まではショートカットの、割合男の子っぽい役柄が多かった(とりわけ『映像研には手を出すな!』では男の子役だった)が、最近では髪の毛も伸ばして恋愛ものの主役を張ったりもしている。それはそれで嬉しい。

ちなみに僕が神尾楓珠の名前を憶えたのはかなり遅く、2019年のテレビドラマ『左ききのエレン』だった。思えば2人とも、僕がかつて勤めていた放送局の出資映画やテレビ番組で名前を憶えたわけである。

話を元に戻そう。

映画は現代から始まる。居酒屋で、別々のグループで飲みに来ていた丈流(たける、神尾楓珠)と美優(桜田ひより)の出会いが描かれる。一目惚れどころか、ぎくしゃくした、と言うよりいきなりいがみ合った最悪の出会いである。

それから時代は急に1988年に飛ぶ。どこかの高校生同士が雑誌の文通コーナーで知り合った相手と文通している時代である。時代を考えるともちろんこれは丈流と美優の高校時代ではない。もっともっと昔である。

はて、ここから現代の2人にどうやって繋げていくのかと思っていたら、その後の展開に舌を巻いた。

この話は小説家の中村航と高橋泉のコラボ企画らしいのだが、昼はスイーツ・ショップで夜はバーになる Double という店の設定を高橋泉が思いついたところからストーリーが一気に転がりだしたと言う。

偶然にも同じ店で丈流は夜に、美優は昼にアルバイトをしており、備品の購入や客の忘れ物などの連絡のために書いていたノートがいつしか交換日記風になっていくという展開である。もちろん最初はお互い相手が誰なのかは知らない。

そして 1988年には 1988年のドラマがある。

詳しくは書かないが、現代と 20世紀末との2重構造の複雑な物語構成が非常によくできている。偶然が重なり過ぎと言えば確かにそうだが、しかし、冒頭で丈流が「世の中なんて全て偶然のなせるものだ」みたいなことを世捨て人みたいに嘯いていたシーンがあり、逆にそこを裏打ちするようで裏切っていく展開が面白い。

カメラも美しかった。特に引き画が魅力的だった。過去と現代の映像が武道館の前で重なる仕掛けも良かった。

人が素直になる、しかも、もうこれが自分の限界いっぱいじゃないかと思うほど素直になれた瞬間って、人にとって一番嬉しい瞬間なんじゃないだろうか ── それが自分であれ、相手であれ。

これはそんな瞬間を見せてくれる映画だった。泣きはしなかったがうるうるする映画だった。そして、うっとりするような映画だった。

asmi による『大きな玉ねぎの下で』のカバーも心に滲みた。

草野翔吾という名前を憶えた。

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