映画『君の忘れ方』
坂東龍汰の名前を憶えたのは、2021年の WOWOW の連続ドラマW『ソロモンの偽証』で、2015年の映画版では清水尋也が演った不良少年・大出を演じたときだ。僕は清水尋也の名前もこの役の時に憶えた。どちらも非常に印象に残る役だった。
それからずっと坂東龍汰をある意味追いかけてきたのだが、順調にいろいろな役をこなし、ついに去年 10月クールの TBS『ライオンの隠れ家』(僕も全話観た)での障碍を持った若者の役で一躍ブレイクした。
西野七瀬については、例よってアイドルに弱い(自分が若い頃にはそうでもなかったのだけれどw)僕のことなので、乃木坂46 時代は全く知らなかったのだが、本格的に女優としてデビューしてからは結構好きでよく見ていた。
とりわけ『恋は光』での、主人公・神尾楓珠を支える幼馴染みの役などは出色の出来だったと思う。
というわけで、要するにこの映画の主演の男優も女優も好きなのである。
そして予告編を見る限り面白そうでもあった。
でもなあ、監督が聞いたこともない奴だからなあ…というのが、僕が映画館に行くのを躊躇していた理由だったのである。
ところが一昨日、学生時代からの友人からのメッセージで、作道雄監督が実は僕らの共通の知人の息子さんだと知って、「こりゃ、見なきゃ」となったわけである。
作道監督が製作委員会から「グリーフ・ケアの映画を作ってほしい」とオファーを受けたのが最初だったとのことだ。エンディングでは「原案」の本がクレジットされているが、それは単にグリーフ・ケアについての詳しい本であって、ストーリーは作道監督のオリジナルらしい(なお、脚本は伊藤基晴との共同)。
僕は基本的にネタバレは極力書かない主義ではあるが、多分ここまでは書いても良いと思うので書いてしまうと、シナリオ・ライターの昴(坂東龍汰)は結婚を目前に控えた婚約者・美紀(西野七瀬)を交通事故で亡くしてしまう。
それが冒頭の何分間かで語られるのであるが、この描き方にはちょっと驚いた。
美紀が死ぬ瞬間は全く描かれておらず、昴が結婚披露宴で使う写真を選んでいると思ったら、実はそのシーンでは美紀の葬儀用の写真を選んでいて、そこから葬儀のシーンに直結する。僕はぎょっとした。
これは、しかし、僕が受けた印象としては、何も観客を驚かしてやろうというような薄っぺらい魂胆には思えなかった。むしろ、人が死ぬところは描かないというのが監督の良心、とまで言ってしまうとちょっと大げさだが、少なくとも監督の信念みたいなものを僕は感じた。
結局、昴は精神がやや不安定になり、昴が7歳のときに父が通り魔殺人に遭ってから今は母・洋子(南果歩)が独りで暮らしている実家に一時戻ることにする。そして、その地で取材に行ったグリーフ・ケアのグループの主宰者・牛丸(津田寛治)や参加者のみんなと交流する。
その中に死んだ奥さんが見えると言う池内(岡田義徳)という男がおり、彼は妻が実際に隣にいるように振る舞っている…。
── といった話である。
残念ながら僕が好きな西野七瀬は冒頭で死んでしまって出番はほとんどない。昴の前には現れる(それが亡霊なのか幻覚なのか、それとも他の何かなのかは別として)が、ほとんど声は聞けない。でも、とても大事な役を彼女は健気に、よく演じていたと思う。
その分、圧倒的な演技を見せたのが母親役の南果歩だった。上には書いていないが、母親を巡るエピソードも映画の中で大きな比重をしめている。結構危ないところまで行くのだが、しかし、その比重が程よいのである。
この手の映画では大したことはほとんど何も起こらないようなケースも多い。でもそうなると退屈だ。だからと言ってあまりに大きな事件を仕組んでしまうとわざとらしくなる。
この苦悩に満ちた母のエピソードの、映画の中での重さがとても適切であった。
よく練られた、非常に巧い脚本だと思った。
説明的な台詞が一切なく、所々上手にすっ飛ばしながらストーリーはテンポよく進んで行く。
2人の人物を切り返し切り返し映しているシーンと、ワンシーン・ワンカットで押えているシーンのメリハリも効いている。
坂東龍汰は心情を言葉にして吐露することもなく、鬱屈する日々を静かに演じていた(それだけに野球場のシーンが際立った)。
これは亡くしてしまった大切な人と、生き残ってしまった自分との間でどういう折り合いをつけるか ── そういう映画だった。
終盤になって、「さて、この映画はどういう形で終わるんだろう?」と気を揉みながら観ていたのだが、映画のラストとしての折り合いの付け方も見事だった。
良い映画を見せてもらったと思う。
舞台挨拶があって南果歩と監督の話を聞いたのも面白かった。監督とも少しだけ話ができて良かった。僕が最初に「知人」と書いた彼のお父さんは、彼が7歳のときに亡くなっている。
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