映画『私にふさわしいホテル』
特に好きな監督でもないし、とりたてて観たい映画でもなかったのだが、ま、堤幸彦監督ならそんなに外れたりはしないだろうと思って。
文壇を舞台にしたコメディである。
作家の中島加代子(のん)は小さな新人賞こそ獲ったものの、その作品が大御所の東十条(滝藤賢一)に酷評されたために、その後単行本の一冊も出せない苦境に立たされている。
そこで、大学時代のサークルの先輩で、今は大手出版社の花形編集者になっている遠藤(田中圭)を頼るところから物語は始まるのだが、映画のほうは必ずしも時系列通りにはなっていないので、中島が遠藤を訪ねるシーンは少し後になる。
柚木麻子の小説を原作とするこの物語の設定の面白さは、売れるためには手段を選ばない不屈の闘志と言うか、むしろ性格の悪い新人作家・中島と、「男尊女卑クソじじい」と中島が呼ぶ文壇の重鎮で、権力を盾に悉く中島を抑え込もうとする東十条の対比である。
そして、そこにちょこちょこ絡んでくる遠藤が、一方では中島に対してブレーキを踏んでいるようでもあり他方ではアクセルを吹かしているようでもあり、中島を見限っているようでもあり、それでもやっぱり棄てきれないようなところが面白い。
のんの演技は、あまりのデフォルメに、観ているこちらが恥ずかしくなるほどのはち切れようで、下手するととても寒い映画になるところだが、3人とも緩急の付け方がうまいので、ところどころで失笑してしまう。
カメラで遊んだりするところが全くないなど、凡そ堤幸彦らしからぬ映画になっていて驚いたのだが、パンフレットを読むと、表情や所作などについて、目の開き方から、箸の持ち方、倒れ込むときの角度まで、堤監督から細かい指示があったとのことで、まあ、そういうところで監督の演出は活きていたのだろう。
単なるドタバタ喜劇のようでありながらそれだけでは終わらず、文壇の欺瞞性をさらっと舐めながら、登場人物たちのねじくれた思いをしっかりと描くことによって、この映画は「創作意欲とは何か?」「モチベーションはどこから生まれるか?」みたいな、結構深いテーマに触れた作品になっていた。
現代の物語である原作を、昭和時代のものに変えたのは堤監督のアイデアだそうで、それは映画全体のイメージを形作る上で見事に功を奏したのではないだろうか。
ぶっ飛んだのんの演技に対して、カリスマ書店員に扮した橋本愛の抑えに抑えた演技が対照的で面白かった。
第一印象よりもかなり良い映画になっていたのではないだろうか。
ちなみに、舞台となっている山の上ホテルは現在休業中だが、明治大学が土地と建物を引き継ぐことになっている。
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