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Friday, January 24, 2025

映画『嗤う蟲』

【1月24日 記】  映画『嗤う蟲』を観てきた。城定秀夫監督。脚本は『先生を流産させる会』(タイトルが醜悪だと思ったので、僕はこの映画を観ていない)の内藤瑛亮が書き始めたものに、途中から城定が参加した形。

サイコパスやゾンビが出てくるタイプではないが、一種のホラーである。

短いタイトル表記の中に虫が合計4匹もいて我々をゾッとさせてくれる。いや、虫は何度か画面に映し出されるが、虫が人間を襲う映画ではない。それは一種のメタファーなのである。なにしろ「笑う」んじゃなくて「嗤う」虫なんだから。

もう冒頭の、車が橋に差し掛かるシーンからなんとも言えない不吉さが漂っている。そして、その不吉さは、エンド・ロールの後の短いエピローグまで張り詰めたまま引っ張られる。やっぱり名監督なんだなと思う。

カメラのアングルからして、寄り方からして、どことなく不吉なのである。そして、大事なところではワンカットで緊張感を極限まで引っ張っている。

上杉輝道(若葉竜也)と長浜杏奈(深川麻衣)の夫婦(思うところあって別姓である)が東京から麻宮村の古民家に引っ越してくる。輝道のほうは脱サラして無農薬農業をやろうとしていて、杏奈のほうはイラストレータなので、どこにいても仕事はできる。

早速隣家の三橋剛(松浦祐也)が妻の椿(片岡礼子)を連れて興味津々な感じでやってくる。剛のなんとも言えないオドオドした感じ、そして椿の明らかに精神を病んでいる感じ。こういう役をやらせると2人ともめちゃくちゃ上手い、と言うか嵌まってると言うか。とにかく不吉だ。

彼らの話し言葉からすると愛知県かその周辺という感じだが、特定の地域を設定したわけではなく、つまらないトラブルを避けるためにもわざわざ方言を作ったのだそうだ(後に劇中で乱発される「ありがっさま」という台詞が結構怖い)。

そして2人は組合長の田久保(田口トモロヲ)のところに挨拶に行く。「何か用か」と警戒心も露わに強面で出てきた田久保は、転住者と聞くと気持ち悪いくらい一瞬で愛想良くなる。如何にも信用できない感じ。ずっとこの豹変する感じがつきまとっていてとても怖い。

村に多分一軒しかない小さなスーパーに買い物に行くと、もう皆が彼らのことを知っている。杏奈は「SNS より速いわね」と驚く。

警邏中の警官(中山功太)と出会う。何故か関西弁だ。困ったことがあったら何でも相談してくれと彼は言う。

村の人たちは、まあ田舎にありがちなお節介気質はウザいが、とは言え何かと親切にはしてくれる。だが、東京から越してきた彼らには理解できない、得体の知れない因習や常識に従っている。最初は断ると「別にいいよ」みたいなことを言われるのだが、断るのはそこはかとなく怖い。

どうやら村を田久保が全面的に仕切っていることが分かる。支配していると言っても良い。仕事のできない三橋はいつも虐待されている。

そして、農業の指導を受けているうちに輝道もどんどん田久保に取り込まれて行く。自治会に参加し、村の火祭りでも重要な役割を担わされる。

それに対して、杏奈は割と早くから違和感を覚え、何か裏にとんでもないことがあるのではないかという予感がしているが、抜き差しならないところまで引っ張り込まれかけている輝道は、曖昧にはぐらかしたり、妻を抑えるためにひどいことを口にするという、夫としては最悪手の対応をしてしまう。

この映画の最初の仮タイトルが『村八分』だっということからも、その後どんな展開になるのかは予想がつくだろう。だが、単によそ者がはじき出されるという話ではない。

杏奈が思った通り、裏側でとんでもないことが進行していたのである。

2人の間に生まれた子供を、まるで奪うかのように世話を焼きに来る田久保の妻(杉田かおる)がこれまた怖い。

というわけで、ストーリーの肝心な部分は書かないが、よくできたホラーなのである。

監督は村人だけが嫌な奴らなのではなくて、輝道と杏奈にも嫌なところがあることを描きたかったと言っていて、例えば杏奈が写真を撮って「#田舎移住」のタグをつけて Instagram に上げているシーンなどがそうなのだとパンフに書いてあったが、僕はあまりそういうことは感じなかった。だって、インスタなんて皆やってることではないか──などと思ってしまうことが、しかし、田舎の人たちの反感を買うのかもしれない。そう考えると怖さは一入である。

とても良くできた映画。人の心理の怖さを丹念に拾っている。都会人と田舎の人の対比という意味においても、昨日観た映画とは比較にならないくらい描き方が上手いと思った。

安定した演技力の若葉竜也と深川麻衣に加えて、脇にも上手い役者が揃ったということもあるが、やっぱり城定秀夫は名匠なんだなあと改めて思った。

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