映画『本心』
【11月8日 記】 映画『本心』を観てきた。
いつもとは随分書き出しが異なるのだが、この映画については三好彩花を演じた三吉彩花がとても良かったということをまず書いておきたい。
彼女の出た映画は何本か観ているが、「こんなヌボーっとした女、どこが良いんだろ?」とずっと思っていた。それが今回で完全に見直した。
役名と同一読みの一字違い!というのは全くの偶然らしいが、彼女にとってもこの映画が運命的な出会いになったのではないだろうか。
さて、この映画の原作は平野啓一郎である。若い頃は少し衒学的で鼻につく感じがして読まなかったが、最近ではちょくちょく読んでいる作家だ。とても読み応えのある本を書く人だと今では思っている。
そして、映画化したのは石井裕也監督だが、監督に映画化を持ちかけたのは原作を読んで感動した池松壮亮で(彼は何度も石井組に参加している)、その池松が主人公・朔也を演じている。
2025年のある日、「帰ってきたら大事な話がある」という母・秋子(田中裕子)を、「今日は用事があるから」といなして幼馴染で同僚の岸谷(水上恒司)と酒を飲んで帰ってきた朔也は、大雨の中、川辺に立って飛び込もうとする母を発見して、助けようとするが、彼自身も重症を負い、1年間近く昏睡状態に陥ってしまう。
目覚めたときには母はあの川で死んでしまっており、一方で朔也が眠っている間にヴァーチャル・リアリティや AI などの技術が驚異的に進歩しており、朔也は母にも世の中にも取り残された気分になってしまう。
既に職を失っていた朔也は、岸谷の勧めで岸谷と同じくリアル・アバターの仕事に就く。さまざまな事情で自ら出向くことができない依頼者の代理人として、360度カメラを持ってどこにでも行き何でもしてやって、仮想的な体験を助けるという商売だ。
一方、母が「自由死」を選択して登録していたと聞かされた朔也は、母が何故そんなことをしたのかという疑問がどうしても頭から離れず、技術者の野崎(妻夫木聡)に依頼して母のヴァーチャル・フィギュアを作ってもらう。代金は 300万円だった。
そして、ゴーグルを装着してヴァーチャル空間で母と再会し、いろいろな会話を重ねる中で、自分が知らなかった母の姿が現れてくるというような話かと思ったら(確かにそういう要素もあるのだが、それに加えて)、リアル・アバターとして上手に働けない朔也自身に、どんどん危ない方向に行ってしまう岸谷や、母の年の離れた親友だったという三好彩花、そして著名なアバター・デザイナーのイフィー(仲野太賀)などが複雑に絡んで、話は少し違う方向に進んで行く。
まあ、なんと深い話か。そして、なんと深い終わり方か! いろんなことを考えさせられる。余韻は極めて深い。
原作の平野啓一郎は
私は、原作のプロットを窮屈になぞろうとするのではない、石井裕也監督による映画的な再構築を受け入れました。試写会では固唾を飲んで見守りました。小説の映画化に於いて、原作と映画は、一種共同的なライバル関係にあるのだということを、私は強く感じました。
と言っている。
そして、田中裕子のコメントが、本筋とは少し外れるかもしれないが、これもとても素敵なので、ここに全文引用しておきたい。
『本心』の脚本を読んだ後、石井監督に聞きました。「ここに書かれている世界はだいぶ先の話ですよね」と。「いいえ、近い未来 10年とか、あとちょっとぐらいかな」監督はそうおっしゃいました。世の中の新しいシステムについて行けず、困ったなぁ感満載の私の日々です。
でもね。
この作品の主人公の男の子はいっぱい泣くんです。池松くんの涙を見ていると、「こんなに男の子が泣いてくれるんだったらまぁいいか…」と近い未来の恐怖にちょっとだけ安心する私がいます。
観ていただけらたわかると思うんだけどな。
この映画は久しぶりにもう一度観てみたくなった映画である。石井裕也ってやっぱり天才だと思う。
レストランで朔也と彩花が、お互いの体に触れずに踊るシーンは、2人のいろんな感情が迸るのが感じられて、また2人の関係を象徴しているようでもあり、極限的に美しいシーンだった。
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