『砂嵐に星屑』一穂ミチ(書評)
【10月12日 記】 元同僚(と言っても今は取締役だが)が facebook で褒めていたのを読んでこの本を読みたくなった。
ちなみにその元同僚は社員のひとりに教えてもらって読んだらしいのだが、その社員が多分巻末に解説を書いている山内健太郎である。
僕は彼とは一言二言しか喋ったことがなくてよく知らないのだが、社内では結構評価されている社員なのではないだろうか。彼が書いている note なども面白い。
一穂ミチは今年直木賞を獲った作家で、会社員を続けながら小説を書いていると言う。その会社というのが在阪の放送局らしい。
作品に出てくるのがナニワTV で、その所在地からして朝日放送(ABC)をモデルにしているようだが、ということはこの人も ABC の人なんだろうか。
この短編集は5つの作品から成っている。舞台は全てナニワTV だが、それぞれ主人公は異なっていて、いくつかの作品に重複して現れる共通の登場人物もいる。
で、僕もかつて放送局に勤務していたのだが、この小説、ほんとに「テレビ局あるある」なのである。もう「あるある」の連続で、一般の読者にはそういうのが分からないだろうから残念で仕方がない。
例えばタイトルにある「砂嵐」が何のことなのか、一般の人には分からないだろうが、僕らにはそのひと言だけで通じる。
そういう事物の名前だけではない。とにかく僕らはそこで起こるひとつひとつの事象や習慣の「あるある」具合に驚き、そして、それを楽しむのである。
さて、そんなことを思いながら読んでいると不意に
そうして無為に佇んでいる間にも夜の色が巻き上げられ、建物の窓やアンテナが朝陽に照らされて輝き出す。
などという洒落た表現に出くわす。
おっ、と思いながらさらに読み進むうちに、この作家はめちゃくちゃ「書ける」作家だと気がつく。まさに舌を巻くほど巧い。
女の怒りを「大げさな」と矮小化し、怒るほうが神経質で大人げなくて狭量な人間だと原因を押しつけてくる時の、吐き気がするような笑顔。
みたいな、これはジェンダー・バイアスを憤った表現だが、こういう普段からの観察に基づく分析や比喩も非常に巧みである。
そしてまさに度肝を抜かれたのが3作目の「嵐のランデブー」である。
これは TK の結花を主人公にして、結花が片思いをしている木南由朗とのルームシェアを描いた作品なのだが、とても生き生きとしたそれぞれの人物設定とその描写、意外性を持たせた展開と見事な落とし込みによるストーリーの作り方、そして(そういう点は僕は滅多に褒めないのだが)伏線の張り方など、どれを採っても超一流だと思った。
切ない話である。そして、人の心の深いところに染み込んでくる話である。
それに続く第4話の主人公の如何にも「あかんたれ」の感じなど、人物造形はどれも見事である。
同業者ということに惹かれて読んだのだが、そこに留まる作家ではなかった。
次は長編を読んでみたいと思う。
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