映画『Cloud クラウド』
【10月1日 記】 映画『Cloud クラウド』を観てきた。
黒沢清監督は、近年の作品では僕の好みから少し外れてきた気がしていたのだが、この作品はまさに往年の黒沢ワールドで久しぶりに満喫した。
もうとにかく怖いのなんのって。
この映画をホラー映画という括りにしてしまって良いものかどうかは別として、一般的なホラー映画だと、突然大きな音がして恐ろしい姿のものが画面いっぱいに襲ってくるといった怖さで攻めてくるが、そういうのとは全然違うのである。
語られる台詞、そしてその言い方、表情、動き、そしてそれらを捉えるカメラの微妙な動きなどがいちいち怖いのである。でも、大抵は何も起こらない。ただの停電だ。締まりの悪いドアが少し開いただけだ。
しかし、何も起こらないと次のシーンが、次の展開が一層怖くなる。緊張感が漲ってくる。
そして、一般的なボラー映画だと、主人公とその家族や恋人や仲間たちがいて、彼らを脅かし襲ってくるものが恐ろしいのだが、この映画はもう菅田将暉が演じた主人公の吉井良介からして、ちょっと何を考えているか分からなくて怖い。
その恋人の秋子(古川琴音)にも良介に甘える可愛い姿の裏側に得体の知れないものが感じられて怖い。良介の先輩の村岡(窪田正孝)も、果たして良介をどう思っているのか、如何にも信用できない感じで胡散臭い。
そして、良介が勤めていた会社の上司・滝本も勝手な思い込みが強すぎて怖い。何と言っても滝本を演じた荒川良々のこんなに抑えた芝居は見たことがなく、空恐ろしい感じがした。
チョイ役の警官(矢柴俊博)まで含めて、出てくる人物全員が、怖いか、胡散臭いか、あるいはその両方だ。
良介は所謂「転売ヤー」だ。
仕入れたものを高く売るためにのべつ幕なしに買い占めたり買い叩いたりする。おまけに自分が仕入れたものが本物なのか偽物なのかなんてことには何の興味もなく、ただ仕入れた値段の何倍で売れるかということしか考えていない。
そんなことをやっているから、当然周囲からは「騙された」「ひどい仕打ちを受けた」などと恨まれる破目になる。しかし、本人はそんなことには全く気づいていない。
ひたすら値上がりしそうなものを買って高く売り抜けることしか考えていない。ある意味とても真面目なのである。しかし、その割には大した金持ちにもなっていない。
後半は、お互い名前も知らない何人かの男たちが、良介の本名と住所を突き止めて、ただ良介への恨みということだけを共通項にしてこぞって襲いかかってくる。
恐ろしいことにライフルまで持ち出して銃撃戦になる。そこからは前半の神経戦めいたホラーからバイオレンス・アクションへと映画は一変する。
いやあ、面白い。
人間の心の弱さ、心の闇みたいなものが十全に描かれるのだが、その中でメンタルが微動だにしない良介の“アシスタント”の佐野(奥平大兼)と、完全に蚊帳の外から見ている恋人・秋子の存在が面白い。
やっぱりこの手の映画を撮らせたら、こういう怖さを描かせたら、黒沢清の右に出るものはいないんじゃないだろうか。役者の挙動ひとつを取っても、ものすごく緻密な演出を感じる。
最後の車で走るシーンでは、黒沢作品でよくある手法なのだが、窓から見える景色をあえて実写にせず、ものすごく抽象的な風景がスクリーンに映っている感じで、これまた怖い。
最後はこれ、どうやって終わるのよ?と思って見ていたら、ひとつの意味深長な台詞を持って来て終わり。なるほど、そう来たか。
ホラーのようでホラーでなく、アクションのようでアクションではない──いや、違うな。ホラーでもありアクションでもあり、あとは何だろう、とにかくいろんな要素が練り込まれているのだが、それらものが単純には表出して来ないのである。全く一筋縄では行かない映画である。
いやはや本当に堪能した。
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