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Monday, September 02, 2024

映画『きみの色』

【9月2日 記】 映画『きみの色』を観てきた。

個々のアニメを観るか観ないかの判断基準には、もちろん設定とかストーリーの占める比重は大きいのだが、絵柄や画風が好きかどうかということも決定的な要素だ。

僕が各クールの頭で今季はどのアニメを観るか決める際にもそれは外せない尺度だし、あんなに評判になっても『鬼滅の刃』の1話だけでも観てみようと思わなかったのもあの絵柄を好きになれなかったからである。

一方、僕はアニメでバンドを描くというのは却々難しいことだと考えていて、そんなこともあって当初はこのアニメを観る気はなかったのだが、予告編を何度か見るうちにその画に惚れ込んでしまって今回の鑑賞となった。

なお、山田尚子監督作品では 2016年の『聲の形』を観ている。

修道会系の女子高に通い、敷地内の寮で暮らしている日暮トツ子(CV:鈴川紗由)には人間の色が見えると言う。

これは一種の所謂“共感覚”なのかなと思う。聞こえた音に色が付いて見える「色聴(sound-color synesthesia)が有名だが、さすがに人間に色が付いて見えるというのはないだろう。これは作者の創作ではないだろうか。

そのトツ子が、高校の同級生で、途中で退学してしまう作永きみ(CV:髙石あかり)にはきれいなブルーを見、きみがアルバイトをしている中古本屋で出会った影平ルイ(CV:木戸大聖)にはきれいなグリーンを見て、2人に惹かれてしまう。そして、2人とも音楽をやっていることに気づいて、その場の勢いで3人でバンドをやりませんかと言ってしまう。

トツ子自身は自分の色が分からないと言うが、紙の上ではなく空間上で全ての色を表すにはどの色素が必要か考えれば、観客には容易に想像がつく。

トツ子は美少女漫画に出てくるような美少女ではない。ちょっとだけ太目で、なんかトロそうな娘である。信仰心は厚く、いつも誰もいない教会で祈りを捧げている。この辺りの設定は絶妙だと思う。

最初に述べた絵柄という点で言うと、水の表現力が秀逸である。決して写実的な絵ではない。しかし、水のゆらぎやきらめきを巧みに捉えている。

そして、風の描き方も見事だ。僕は風が吹いても人物の髪の毛が揺れない安物のアニメが嫌いなのだが、フェリーの甲板上での描き方など本当に巧い。

さらに光と陰の描き分け。淡い光、眩しい光、光が当たって顔や体の表面が光と陰に分けられる様。とても良い。

そして、3人でバンドをやるという設定も無理なくこなしている(さすが、京アニで『けいおん』シリーズを手掛けてきた山田監督だ)。

最初は練習で電気を通さずにシャカシャカ弾いていたきみのエレキが、テルミン(これまたすごい楽器を持ってきた!)を弾くルイに合わせて、初めて小さなアンプに繋がれた時の音の変化を、僕はとても気持ちよく聴いた。

しかし、初心者2人のギターとキーボード + テルミンでどうする?と思ったのだが、ルイが最初からデスクトップ・ミュージックをやっていたという設定が効いていて、次第に3人の楽曲が完成するのにも説得力がある。

彼らのライブ本番のシーンでは、ベースは不在だが、トツ子が両手の人差し指でキーボードを奏でるのを見て、あ、彼女がベース音を叩いているのか、と納得する。

きみがギターをアンプに近づけてハウらせる辺りもリアルだ。そして、音楽だけでなく、何度も出てくるトツ子が踊るシーンもとても魅力的だった。

そういう細かい画作りと音作りに支えられているからこそ、展開するストーリーがしっかりと際立ち、きわめてリリカルな青春映画が出来上がるのである。

♪水金地火木土天アーメン、という歌詞とメロディ! これがいつまでも頭から離れない。信仰と天文学を合一したすごい曲だと思う。

最後、島を離れるルイは別として、トツ子ときみはこの後どうするんだろう?と思いを巡らせてしまう。この別れのシーンもとても良いシーンだ。

こういうい終わり方に、まだ「伏線が回収できていない」とか「尻切れトンボ」とか言う若い人がいるのだろうか? 彼らにはそろそろ描き切らないことの効用を知ってほしいと思う。

ストーリーについてはほとんど書かなかったが、よく練られており、僕らはすんなり登場人物の心の襞にまで入り込んで行ける。良作アニメである。

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