映画『愛に乱暴』
【9月3日 記】 映画『愛に乱暴』を観てきた。
吉田修一の小説はかなりの数が映像化されている。僕が観ただけでも『パレード』、『春、バーニーズで』、『悪人』、『さよなら渓谷』、『横道世之介』、『怒り』など枚挙に暇がないが、小説については1作しか読んでおらず、しかもあまり感心しなかった。
僕にとっては東野圭吾と同じである。人物の描き方が浅いと思った。でも、だからこそ脚本家の腕の見せ所で、それぞれが結構良いドラマや映画になっているのではないだろうか。
今回の脚本は『おじいちゃん、死んじゃったって。』の山崎佐保子と、(この人はよく知らないのだが)鈴木史子である。
森ガキ侑大監督は初めて観た『おじいちゃん、死んじゃったって。』がとにかく鮮烈だったので、その後テレビドラマも含めて結構観ている。
さて、乱暴にまとめてしまうと、江口のりこが演ずる 41歳、結婚8年目の主婦・桃子が次第に壊れて行く話である。
桃子は普段から小綺麗にしていて、主婦の仕事はきっちりこなし、近所のゴミ捨て場をいつもきれいにして、夫の真守(小泉孝太郎)の帰りが遅いと分かっている日でも手抜きせずに食事を作り、パートでやっている石鹸作りの教室も順調で、同じ敷地内の母屋に住んでいる義母・照子(風吹ジュン)ともうまくやっている。
なのに町内にはゴミのルールを守らない奴がおり、「おはようございます」と挨拶しても何も返さない奴がおり、近所では何度か不審火が出ていたりもするし、義母とは決して険悪な関係ではないがそこにはやはり嫁と姑の間にありがちな微妙な行き違いもある。
その上、夫に何を話しかけても上の空でテキトーに相槌を打つだけ、と言うか、目を合わせることさえあまりなく、ダブルベッドでは夫はいつも桃子に背を向けて寝ている。
そりゃ、おかしくもなるわな、という環境である。
彼女はしばらく世話をしていたらしい迷い猫がいなくなって、いつか帰ってくるのではないかと常に神経を張り詰めている。何の事件も起きないうちから、こういう描写もちょっと怖い。
やっと手に入れたお気に入りの高級カップ&ソーサーはある日欠けてしまう。これもとても不吉。
挙句の果てに、前から夫は浮気をしていて、別れてくれと言う。主催していた石鹸教室は突然閉鎖になる。桃子の元上司であり教室の担当者の鰐淵(斉藤陽一郎)はシカトを決め込んでいる。
しかし、それにしても江口のりこの切れ方が怖い!
なにしろ、家庭菜園に成っていたスイカをちぎり取ってそれを持って夫の愛人(馬場ふみか)の家におしかけたり、発作的にホームセンターでチェーンソーを買ってきて、家の畳を剥がして床板を四角く切り抜き土を掘り、また別の日にはリフォームする部屋の柱を真っ二つに切ってしまったりするのだから。
桃子はよく匂いを嗅ぐ。匂いを嗅いで何かを確かめる。これもちょっと怖い。
そして、「なんとかかんとか妊活中」というツイッター・アカウントをフォローして読んでいる。それが誰のアカウントなのかは、ちょっと分かりにくいのだけれど後になって判る(ちなみに、僕は最後まで分からずに、パンフを読んで初めて気づいた。そうか、あの服を捨てるときに一旦手が止まったのはそういうことだったのか、と)。
しかし、それにしても主婦が壊れちゃいましたというだけの話で映画が終わるわけに行かないぞ、と思っていたら、ああ、なるほど、そこがそう繋がってそういう展開になるのか、それなら桃子にも少し救いがある──という終盤になった。
ラストシーンがまたなんとも言えないシーンで、アイスクリームであったり、桃子が座っているのが自分たちが住んでいた離れではなく母屋のほうだったり、これは却々いろいろと考えさせられてしまって、余韻が深い。
小泉孝太郎が、多分今まで彼が演じたことがないような覇気のない男の役で、前髪を下ろしていたこともあって、映画の中盤までそれが小泉であることに気づかなかった。彼の新しい側面を見せてくれた。そして、いつもながら風吹ジュンはさすがである。
初っ端からえらく気になったのだが、画面のアスペクト比は4:3だった。映画はフィルムで撮影されたとのことで、長回しが多用されていた。
桃子がおかしくなるのはよく解るが、かといって彼女に共感がわくかと言うとそうでもない、という微妙なところに僕らは放り込まれる。面白い映画だった。
しかし、それにしても江口のりこのおっぱいを映す必要があったのかな? あの意図はよく分からなかった。
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