映画『違国日記』
【6月9日 記】 映画『違国日記』を観てきた。とても良い映画だった。うん、びっくりするくらい。実に良かった。
ひとことで言うと成長物語なのだが、交通事故で両親を失った卒業間近の中学生・朝(あさ、早瀬憩)ひとりの物語ではなく、行きがかり上彼女を引き取ってしまった、叔母で小説家の高代槙生(たかしろまきお、新垣結衣)の成長物語でもある。いや、他の大人たちの物語でもあるのかもしれない。
とにかく脚本が素晴らしい。これは原作漫画の素晴らしさをきっと引き継いでいるのだとは思うが、それだけではないと思う。台詞的にも画的にも良いシーン続出で、僕は初めて観たのだが、監督・脚本・編集の瀬田なつき恐るべし!と思った。
冒頭はアイスクリームを買ってニコニコ顔の朝。両親の車はどこに駐車してたっけ?と見回すと、車から母親が手を振っている。そして、眼の前を通過するダンプカー(近すぎで速すぎて何なのかも識別できない)、ブレーキ音、衝突音。衝突のシーンは描かない。
次のシーンは PC で執筆中の槙生。電話が鳴る。何を知らせる電話なのかは言うまでもない。電話に出るシーンは描かない。次のシーンは病院に駆け込んで行く槙生。「遅いじゃない」と言う槙生の母(銀粉蝶)。
ものすごく手際が良い。
葬式の後の宴席で、周りがいろんなことを無神経に語っているのが朝に聞こえるシーンで、突然真っ暗になって朝の周りに誰もいなくなる。これはとても巧い比喩だ。この後も同じような手法の映像的な演出が出てくる。
皆の無神経さに腹を立てた槙生が、勢いで朝を引き取ると宣言してしまう。
「わたしはあなたの母親が心底嫌いだった。だから、あなたを愛せるかどうかはわからない。でも、わたしは、決してあなたを踏みにじらない」
いきなりの、この啖呵めいた台詞に度肝を抜かれた。この台詞が全体のテーマを括っている。
原作者のヤマシタトモコは「この作品で『人と人は絶対にわかりあえない』ことを大切に描きたいと思っていました」と言ったらしい。それは僕が普段から強く思っていることでもある。
槙生の親友であり、とにかく明るくて人なつっこい奈々(夏帆)とすぐに打ち解けた朝。一緒に家に向かっていた槙生と奈々が朝を見つけて合流し、3人でじゃれ合いながら帰宅するシーンが、なんと生き生きとしていることか! このじゃれ方のリアルさ! これはちょっと書けないシーン、撮れないシーンだ。
そして、朝の親友であるえみり(小宮山莉渚)が朝に、誰もいない体育館で自分の秘密を打ち明けるシーンの長回しの、なんと愛おしいことか! 2人の会話が嘘みたいに良い展開にはならず、ちゃんとぎくしゃくしているところがリアルなのだ。
「何故お母さんのことが嫌いだったの?」と迫る朝に、槙生は答えることさえ拒否する。怒った朝がが「全然わかんない!」とキレても、「わからなくていい」と槙生は一歩も引かない。
みんなが一筋縄では行かない何かを抱えている。槙生の元カレの笠町(瀬戸康史)は、
「ある日突然大人になるわけじゃないから、大人になってもまだわかんないことはあるんだよ」
と言う。
槙生の母親役の銀粉蝶(ちなみに彼女の演技も素晴らしかった)はパンフレットのインタビューでこう語っている:
「人を想うってこういうことだよね、と、ほんのり希望の灯りがともる。そんな映画だと思います」
まさにそういう仕上がりの映画だった。
そして何よりも、朝役の早瀬憩(はやせいこい)が素晴らしい。いや、新垣結衣も良かったのだが、その新垣が霞むくらい、信じられないくらい素晴らしかった。
オーディションで選ばれたとは言え、僕は知らなかったが演技経験はかなりある。ちょっと河合優実みたいな感じの子で、愛らしくて、そして、十代の繊細で揺れる心の内を十全に演じきっている。今後が楽しみなどと言うレベルではない。すごい娘が出てきたと、むしろ愕然とした。
台詞も筋運びも演技も画作りも、ともかくすごい出来の作品。圧倒された。すごく良かった。
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